1. はじめに
建設現場を歩くと、コンクリートミキサー車から流れ出るコンクリートの色が、現場によって微妙に違うことに気付く方もいるでしょう。実は、その色の違いの一つに「高炉セメント」の使用があります。高炉セメント(Blast Furnace Slag Cement)は、見た目は普通のセメントと変わりませんが、環境への配慮という点で大きな違いを持っています。
なぜ今、高炉セメントが注目されているのでしょうか。その答えは、セメント産業が抱える深刻な環境問題にあります。セメント製造時には、石灰石を高温で焼く過程で大量のCO2が発生し、その量は世界全体のCO2排出の約7%(推計では7〜8%程度)を占めるとされています。これは単一の産業として見ても無視できない規模です。
高炉セメントは、製鉄所で鉄を作る際に発生する高炉スラグという副産物を活用することで、この問題に取り組んでいます。つまり、クリンカ(焼成工程が必要な主要成分)の使用割合を抑えられるため、石灰石の焼成由来のCO2と焼成に必要なエネルギー起因のCO2の双方を低減しやすいのです。
ただし、環境に良いからといって性能面で妥協があっては本末転倒です。高炉セメントは本当に普通のセメントと同じように使えるのか、どのような場面で力を発揮するのか、そして実際の建設現場ではどのような課題があるのか。これらの点について、実務の観点も交えながら詳しく見ていきましょう。
2. 高炉セメントの正体を知る
2.1 製鉄所の副産物が建設材料に変身
高炉セメントを理解するには、まず製鉄所で何が起こっているかを知る必要があります。製鉄所では、鉄鉱石から鉄を取り出すために高炉という巨大な炉を使います。この過程で、鉄以外の成分が溶けて浮き上がり、これが「高炉スラグ」と呼ばれる副産物になります。
高炉スラグは、そのままでは用途が限られますが、水で急冷して「高炉水砕スラグ」とし、粉末化することで、セメントの混合材として利用できるようになります。普通のポルトランドセメントにこのスラグ微粉末を混ぜることで、新しいタイプのセメントが生まれました。これが高炉セメントです。
日本の規格(JIS R 5211)では、スラグをどれだけ混ぜるかによって3つの種類に分けています。A種は5〜30%、B種は30〜60%、C種は60〜70%の割合でスラグが含まれています。加えて、実務上は「B種」が供給量・適用実績ともに中心で、公共工事のグリーン調達の枠組みでも主にB種・C種が位置づけられています。
例えば、海洋・地下など耐久性や止水性が厳しく問われるプロジェクトでは、コンクリートに高炉スラグ微粉末を添加するなど、塩害・耐久性を意識した材料設計が採用される例があります。
2.2 なぜスラグがセメントになるのか
高炉スラグがセメントの代わりになる理由は、その成分にあります。主な成分は石灰(CaO)、シリカ(SiO2)、アルミナ(Al2O3)で、これらはセメントの主要成分と非常に似ています。特に重要なのは、高炉から出てきたスラグを水で急冷することで、ガラス質の構造になることです。
このガラス質の構造が鍵となります。水とセメントが混ざると化学反応が起こりますが、高炉スラグの場合は少し違います。まず普通のセメント部分が反応して水酸化カルシウムを作り、この水酸化カルシウムがスラグのガラス質を溶かして、最終的にセメントと同じような硬い物質を作るのです。
2.3 二段階で進む硬化のしくみ
高炉セメントが固まる過程は、ちょうど二段構えのロケットのようなものです。第一段階では、普通のセメント成分が水と反応して基本的な強度を作ります。続く第二段階で、高炉スラグが徐々に反応に参加し、長期的な強度向上に貢献します。
この仕組みにより、高炉セメントは一般に「初期強度は小さいが、長期強度は大きい」という特徴を持ちます。したがって、短期での脱型・早期供用が支配的な工事条件か、長期耐久性が支配的な供用条件かで、材料選定の最適解が変わります。
3. 環境への効果を数字で見る
3.1 なぜCO2が削減できるのか
セメント製造でCO2が大量に発生する理由を、まず理解しておきましょう。普通のセメントを作るには、原料を約1,450℃の高温で焼成しクリンカを作ります。この時、石灰石(炭酸カルシウム)が分解されてCO2が発生します(プロセス由来)。さらに、焼成に必要な熱を得るための燃料使用などによりCO2が排出されます(エネルギー由来)。一般に、セメント製造の排出はプロセス由来が大きな比率(概ね6割程度)を占めると整理されています。
高炉セメントが環境にやさしい理由は単純です。高炉スラグ微粉末を混合することで、クリンカの使用割合を下げられるため、石灰石分解に伴うプロセス由来CO2と、焼成エネルギー由来CO2の両方を抑えやすいのです。これは、料理で「火入れが必要な工程」を減らすのに似ていて、エネルギーと排出の削減に直結します。
3.2 実際の削減効果はどれくらい?
「どれくらい減るのか」は、混合材比率と評価範囲(どこまでをシステム境界に含めるか)で変わります。日本の公表データの一例として、セメント協会が2023年度実績に基づき公表しているLCIデータでは、ポルトランドセメント(加重平均)が約741 kg-CO2/t、混合セメントの代表である高炉セメントB種が約423 kg-CO2/tとされています(いずれも“購入電力の負荷を含めない”等の前提がある点に留意が必要です)。この範囲の比較でも、B種はおおむね4割前後の削減となります。
より現場感のある指標として、生コン1m³あたりの削減量で見る方法もあります。例えば、単位セメント量350kg/m³の条件で、普通セメントから高炉B種へ変更すると、約116kg-CO2/m³の削減になるという整理も紹介されています(前提条件に依存しますが、説明・提案資料として使いやすい目安です)。
3.3 建物全体で考えるとどうなるか
建設プロジェクト全体の環境負荷を評価するライフサイクルアセスメント(LCA)では、材料製造(いわゆるA1〜A3相当)が支配的な構造物ほど、セメント由来の削減がプロジェクト全体にも効きやすくなります。逆に、運用段階の影響が大きい用途(設備・エネルギー消費が支配的な建物など)では、相対的に見えにくくなることがあります。
したがって、LCAでの“全体削減率”を一つの固定値として断定するのではなく、「どの工程が支配的か(ホットスポット分析)」と「材料置換が効く範囲か」を押さえたうえで評価するのが実務的です。
3.4 社会全体への貢献
日本政府は2050年までにカーボンニュートラル(温室効果ガス排出の実質ゼロ)を目標として掲げています。こうした流れの中で、高炉セメントは“クリンカ使用量を下げられる現実的な手段”として位置づけやすく、公共調達の枠組みでも扱われています。
実際に、グリーン購入法の特定調達品目(公共工事分野)では、高炉セメント(原料に高炉スラグを一定割合以上使用するもの)が判断基準として示され、国土交通省の調達方針(要約)でも、供給の地域差に留意しつつ、河川工事の護岸基礎など「早期強度を必要としない」場面での利用推進が明記されています。
4. 現場で直面する課題と対策
4.1 初期強度の問題と現実的な対応
高炉セメントを使う上で最も大きな課題として挙げられるのは、普通のセメントと比べて初期の強度発現が遅くなりやすいことです。特に低温環境では水和反応が進みにくく、工程計画(脱型・プレストレス導入・供用開始など)に影響し得ます。
一方で、高炉セメントB種は、一般に材齢28日で普通セメントと同等の設計強度を確保し、その後も強度が増進するという整理が広く用いられています。したがって、短期の工程制約がどれほど厳しいかを見極めたうえで、使い分けや配合・養生計画に落とし込むことが重要です。
この課題に対して、現場では様々な工夫が行われています。代表的には、混合材の粉末度や配合の最適化、化学混和剤の選定、冬場の保温養生や温度管理などです。特に養生の取り方は耐久性にも効くため、標準養生の確保や、必要に応じた表面保護の検討が実務上のポイントになります。
4.2 海辺の工事では力を発揮
一方で、高炉セメントが普通のセメントよりも優れている面もあります。特に海辺の工事や、塩害・化学的作用が課題となる環境では、その特性が評価されやすい材料です。
例えば、海洋環境下で長期間暴露したコンクリートの研究では、高炉セメントB種(やB種+フライアッシュ等の三成分系)を用いた配合で、遮塩性(塩分浸透の抑制)や長期強度の観点で良好な結果が報告されています。また、別の検討では、高炉セメントB種を用いたコンクリートは塩分浸透抵抗性が高い一方で、中性化抵抗性は養生条件等により低下し得るため、養生期間の確保や水分供給、必要に応じた表面含浸材などで改善を図れることが示されています。
つまり、「耐塩害に強いから万能」というより、耐久性の“得意分野”と“設計・施工で補うべき分野”をセットで理解し、かぶり・ひび割れ制御・養生・表面保護などを一体で設計することが肝要です。
4.3 見た目の問題をどう解決するか
高炉セメントには、見た目に関する課題もあります。普通のセメントが白っぽい灰色なのに対し、高炉セメントは青緑色っぽい独特の色になることがあります。また、時間が経つと表面に白い粉(エフロレッセンス)が出ることもあります。
これらの問題は、特に建築物の外装や、デザイン性を重視する構造物では無視できません。現在では、配合調整や表面処理、プレキャスト化(工場製品化)などにより、色調・外観品質を安定させる実務的な選択肢が増えています。
4.4 品質のばらつきをいかに管理するか
高炉スラグは副産物であるため、化学組成や品質特性の変動をゼロにはできません。このため、セメント工場側では受入検査・調合管理・複数ソースのブレンディングなどを通じて品質を安定化させています。
さらに近年は、プロセスデータを活用した予測・最適化(統計・機械学習の活用を含む)により、ばらつきの早期検知や運用の高度化を図る動きも見られます。現場側としては、材料試験・配合確認・施工時の受入検査の位置づけを明確にし、「材料の良さ」を工程に確実に反映させる運用設計が重要です。
5. 成功事例に学ぶ活用のポイント
5.1 建築分野での採用事例
高炉セメントは土木だけでなく建築分野でも利用が進んでいます。例として、東京都庁、京都迎賓館、国立国会図書館関西館、近年では東京スカイツリータウンや新国立競技場などで使用されたと紹介されています。
建築で高炉セメントが選ばれる背景には、環境配慮(材料由来CO2の低減)に加え、耐久性の確保や長期性能の観点があり、プロジェクトの要求性能と整合する場合に有力な選択肢となります。
5.2 公共工事での“使いどころ”が明確
公共工事では、グリーン調達の観点からも高炉セメントの活用が整理されています。国土交通省の調達方針(要約)では、供給状況の地域差に留意しつつ、河川工事の護岸基礎など「早期強度を必要としない場合」に使用を推進するとされています。
この整理は、実務上の意思決定にも有効です。すなわち、工程制約が厳しい部位では通常セメント等を選択し、耐久性・温度ひび割れ抑制・塩害対策などが効く部位で高炉セメントを積極採用する、といった“部位別最適化”が取りやすくなります。
5.3 技術改良の最前線
現在の技術開発は、高炉セメントの弱点克服(特に初期強度・低温時の反応性)に重点が置かれています。粉末度・粒度分布の最適化、混和材の組合せ(多成分化)、混和剤・養生の高度化などが主な方向性です。
また、メーカー各社からは、高炉スラグ比率を高めた低炭素型の混合セメントや、従来より大幅なCO2削減をうたう製品・技術の発表も出てきています。加えて、CO2を直接コンクリートに固定化する技術など、材料・施工・供用を通じた脱炭素ソリューションとの組合せも検討が進んでいます。
6. 世界の動向と日本の立ち位置
6.1 海外では“クリンカ代替”が重要テーマ
世界的に見ると、セメントの脱炭素は「エネルギー転換」だけでなく、「クリンカ比率の低減(混合材の活用)」が重要テーマとして扱われています。これは、プロセス由来CO2の比率が大きいことから、原料・配合の工夫が排出削減に直結しやすいためです。
6.2 日本はB種中心で実装が進んでいる
日本では、混合セメントの中でも高炉セメントB種の生産量が大きく、実務での適用実績も厚いのが特徴です。加えて、グリーン購入法の枠組みや国土交通省の調達方針でも、適用場面が比較的明確に整理されています。
6.3 今後の普及拡大の課題
一方で、民間工事での普及を広げるには、初期強度への懸念、外観品質の不安、設計・施工側の経験値、供給の地域差など、意思決定の摩擦要因を減らす必要があります。ここは「材料の優位性」だけで押し切るのではなく、工程・性能・コスト・調達性を含めた総合提案(標準詳細・養生仕様・部位別適用・代替案の用意)が求められます。
7. 今後の展望と課題
高炉セメントは、高炉スラグという副産物を有効活用しつつ、クリンカ比率を抑えることでCO2排出を低減できる、現実的な環境配慮型セメントです。公表LCIデータの範囲で見ても、高炉セメントB種はポルトランドセメントに対して製造段階でおおむね4割前後のCO2削減が示されており、プロジェクトによっては生コン1m³あたりの削減効果としても説明可能です。
ただし、完璧な材料というものは存在しません。高炉セメントにも、初期強度発現の遅れ、中性化抵抗性が養生条件等で不利になり得る点、色調の違いといった課題があります。しかし、これらは設計・施工・養生・表面保護の一体設計や、材料技術の進展により、実務上の解像度が上がりつつあります。
重要なのは、環境性能と構造性能のバランスを考慮した適切な使い分けです。塩害対策や温度ひび割れ抑制、長期耐久性が求められる部位では高炉セメントの特性が活かされ、急速施工が必要な場合は通常セメントや別の結合材体系を選択する、といった“部位別最適化”が合理的です。
今後、建設業界全体で持続可能性への意識が高まる中、高炉セメントのような環境配慮型材料の重要性はますます増していくでしょう。技術者には、環境への配慮と構造物の安全性・耐久性を両立させる高い専門性が求められています。
参考文献
1. Taylor, H.F.W. (1997). Cement Chemistry (2nd ed.). Thomas Telford Publishing, London.
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3. 日本コンクリート工学会 (2022). コンクリート技術の要点’22. 東京官書普及.
4. 土木学会 (2022). コンクリート標準示方書[材料編]. 土木学会.
5. Neville, A.M. (2011). Properties of Concrete (5th ed.). Pearson Education Limited.
6. JIS R 5211 (2019). 高炉セメント. 日本規格協会.
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8. International Energy Agency (IEA). “Technology Roadmap: Low-Carbon Transition in the Cement Industry / related briefings(セメントが世界排出の約7%を占める旨の整理)”.
9. IPCC (2022). AR6 WGIII Technical Summary(セメントのプロセス由来排出が大きい旨の整理).
10. 一般社団法人セメント協会 (2025). 「セメントのLCIデータの概要」(2023年度実績、品種別インベントリデータ一覧表).
11. 鐵鋼スラグ協会 (2023/2024). 「建築物への高炉セメントの利用」「高炉セメント(各種パンフレット)」等(高炉B種の削減目安、採用例の紹介).
12. 国土交通省 国土技術政策総合研究所 (NILIM). 「公共工事におけるグリーン調達について」(グリーン購入法の調達方針・要約).
13. 日本コンクリート工学会(JCI)論文等(高炉B種の中性化・塩分浸透抵抗性、養生の影響に関する報告).


