エトリンガイトの生成と膨張問題 | 実際の構造物での被害事例と対策を解説

エトリンガイトの生成と膨張問題

1. はじめに

建設現場でコンクリート構造物にひび割れが発生した時、その原因として最初に疑われるのは乾燥収縮や温度変化です。しかし近年、全く異なる原因による膨張問題が注目されています。それが、エトリンガイト(Ettringite)という針状結晶の水和物による膨張現象です。

エトリンガイトは通常、セメントの水和反応において重要な役割を果たす物質です。しかし、特定の条件が重なると、既に硬化したコンクリート内部で再び結晶化し、強大な膨張力を発生させます。この現象は、建物の外壁にひび割れを生じさせたり、道路橋の伸縮装置を破損させたりと、深刻な構造的問題を引き起こします。

日本では1990年代以降、新幹線の高架橋や高速道路の橋梁でエトリンガイト膨張による被害が相次いで報告されました。特に、夏場の高温養生を受けたプレキャスト部材や、海岸近くの硫酸塩環境にある構造物で問題が顕在化しています。

なぜエトリンガイトがこのような問題を起こすのか、そしてどのように対策すべきなのか。本記事では、現場で実際に起こっている問題から最新の解決策まで、実務に役立つ観点で詳しく解説します。

2. エトリンガイトの基礎知識

2.1 エトリンガイトとは

エトリンガイトを初めて見た人は、その美しい針状結晶に驚かされることでしょう。正式名称は「三硫酸カルシウムアルミネート水和物」ですが、この長い名前が示すように、カルシウム、アルミニウム、硫酸、そして大量の水分子から構成される複雑な化合物です。

化学式Ca₆Al₂(SO₄)₃(OH)₁₂·26H₂Oを見ると、最後の「26H₂O」が特に注目されます。これは、エトリンガイト1分子に26個もの水分子が含まれていることを意味し、これが後述する膨張問題の根本的な原因となります。この水分量は、他のセメント水和物と比較しても圧倒的に多く、エトリンガイトが「水膨れ」しやすい性質を持つ理由でもあります。

2.2 特異な針状結晶構造

エトリンガイトの最大の特徴は、その針状の結晶形態です。この結晶は六角形の断面を持つ針のような形をしており、長さと幅の比(アスペクト比)が10対1から20対1という極端に細長い形状をしています。これは、まるで髪の毛のような細さで、長さが数ミクロンから数十ミクロンにも達します。

この針状結晶の内部構造を詳しく見ると、カルシウムとアルミニウムから成る陽イオンの柱が規則的に配列し、その間を硫酸イオンと水分子が埋めています。特に興味深いのは、結晶の長軸方向に水分子のチャンネル(通り道)が形成されていることで、これにより水分子の出入りが容易になり、湿度変化に敏感に反応する特性を持ちます。

2.3 エトリンガイトの特異な性質

エトリンガイトの物理的性質を理解することは、膨張問題を予測する上で重要です。まず硬度について言えば、モース硬度2〜2.5という値は石膏と同程度で、指の爪で傷つけられるほど軟らかい物質です。

しかし、この軟らかさとは裏腹に、エトリンガイトが発生させる膨張力は非常に強大です。また、熱に対しては非常に敏感で、50°C程度から脱水が始まり、70°C以上では完全に分解してしまいます。これが、夏場の高温養生でエトリンガイト膨張問題が発生する理由の一つです。

興味深いことに、エトリンガイトの安定性はpH(酸性・アルカリ性の程度)にも大きく依存します。通常のコンクリート環境(pH 12以上の強アルカリ性)では安定ですが、中性付近では不安定になり、酸性環境では完全に溶解してしまいます。この性質を利用して、酸性溶液による除去処理も研究されています。

3. エトリンガイトの生成メカニズム

3.1 正常な水和過程での役割

エトリンガイトの生成メカニズムを理解するには、まず正常な水和反応での役割を知る必要があります。セメントに水を加えると、最初の30分間で劇的な化学反応が起こります。

この初期段階で、セメント中のアルミネート相(C₃A)が石膏と水の存在下で急速に反応し、エトリンガイトが生成されます。この反応は非常に重要で、C₃Aの急激な水和による異常発熱や急結を防ぐ「安全弁」の役割を果たします。エトリンガイトはC₃A粒子の表面に保護膜を形成し、過度の反応を抑制します。

しかし、この初期エトリンガイトは永続的なものではありません。セメント中の石膏が消費されると、6〜24時間後にエトリンガイトはより安定なモノサルフェート(単硫酸カルシウムアルミネート水和物)に変換されます。この変換過程で、体積の大きなエトリンガイトが体積の小さなモノサルフェートになるため、わずかながら収縮が生じます。

3.2 問題となる遅延エトリンガイト生成

問題となるのは、この正常な過程とは全く異なるタイミングで起こる「遅延エトリンガイト生成」(Delayed Ettringite Formation:DEF)です。これは、コンクリートが硬化してから数年、場合によっては数十年後に突然エトリンガイトが生成される現象です。

DEFが発生するためには、四つの条件が同時に揃う必要があります。まず、コンクリートが70°C以上の高温履歴を受けることです。これは、夏場の蒸気養生や、マスコンクリートの内部温度上昇で起こります。次に、十分な硫酸塩の存在が必要で、これはセメント自体や外部環境から供給されます。

さらに、継続的な水分供給と、pH12.5以上の強アルカリ環境が必要です。これらの条件が揃うと、高温で一時的に分解していたエトリンガイトの成分が、温度低下後に再び結晶化を始めます。この時の結晶化は、既に硬化したコンクリートマトリックス内で起こるため、強大な膨張圧を発生させるのです。

3.3 内部硫酸塩攻撃の脅威

もう一つの深刻な問題が、内部硫酸塩攻撃(Internal Sulfate Attack:ISA)です。これは、コンクリート材料自体に含まれる硫酸塩が原因となる現象です。

最も問題となるのは、骨材に含まれる黄鉄鉱(FeS₂)です。黄鉄鉱は一見無害な鉱物ですが、酸素と水の存在下で徐々に酸化され、硫酸イオンを放出します。この硫酸イオンがコンクリート内のカルシウムやアルミニウムと反応することで、後からエトリンガイトが生成されます。

実際の現場では、砂利採取場で黄鉄鉱を含む骨材が混入することがあり、これが数年後の膨張トラブルの原因となります。また、フライアッシュや高炉スラグなどの混和材にも微量の硫酸塩が含まれており、これらが長期間にわたってエトリンガイト生成の原因となることもあります。

4. なぜエトリンガイトが膨張を起こすのか

4.1 三つの膨張メカニズム

エトリンガイトによる膨張が建設業界で深刻な問題となっているのは、その膨張力が非常に強力だからです。この膨張は、三つの異なるメカニズムが複合的に作用することで発生します。

まず第一のメカニズムは「結晶成長圧」です。エトリンガイトが結晶として成長する際、周囲のコンクリートマトリックスを押し広げる力を発生させます。この力は1〜10メガパスカルという巨大な値に達し、これは一般的なコンクリートの引張強度(2〜5メガパスカル)を大きく上回ります。つまり、エトリンガイトの結晶成長圧は、コンクリートを確実に破壊できるほど強力なのです。

第二のメカニズムは「吸水膨張」です。エトリンガイト1分子には26個の水分子が含まれており、これらの水分子が湿度変化に応じて配向を変えることで体積変化を起こします。この現象は可逆的で、湿度が高くなると膨張し、乾燥すると収縮します。海岸近くの構造物で季節的な膨張・収縮が繰り返されるのは、この吸水膨張が原因です。

第三のメカニズムは「トポケミカル反応」と呼ばれる現象です。これは、固体状態のまま局所的に化学反応が進行し、反応生成物の体積増大により膨張が起こるものです。元の鉱物の形態を保ったまま反応が進むため、外見上は変化が分からないうちに内部で膨張圧が蓄積されます。

4.2 理論値と実測値の大きな違い

エトリンガイトとモノサルフェートの分子体積を比較すると、理論的には5〜8%という巨大な膨張が予想されます。しかし実際の構造物で測定される膨張率は0.05〜0.5%程度で、理論値よりもはるかに小さい値となります。

この違いが生じる理由は、コンクリート構造物に働く「拘束効果」にあります。実際の構造物では、鉄筋による拘束、隣接する部材からの拘束、構造物自体の重量による拘束などが働き、自由な膨張が阻害されます。この拘束により膨張は抑制されますが、同時に内部に巨大な応力が蓄積され、これがひび割れや構造的損傷の原因となります。

4.3 方向性を持つ膨張の特徴

エトリンガイトの針状結晶構造により、膨張には明確な方向性があります。これは、構造物の損傷パターンを理解する上で重要な特徴です。

最大主応力方向では膨張が最も顕著に現れ、逆に拘束の強い方向では膨張が抑制されます。また、エトリンガイト結晶は周囲の応力状態に応じて優先的な配向を示すため、構造物の応力分布によって膨張の方向が決まります。

この異方性により、ひび割れは最小主応力方向に発生しやすく、変形パターンも非等方的になります。実際の構造物では、この特性を利用してエトリンガイト膨張の診断を行うことがあります。たとえば、橋梁の桁で長軸方向のひび割れが卓越している場合は、エトリンガイト膨張の可能性が高いと判断されます。

5. エトリンガイト膨張による被害事例

5.1 国内での被害事例

日本国内では、1990年代以降、エトリンガイト膨張による被害が次々と報告されています。特に新幹線高架橋では、夏場の高温蒸気養生により遅延エトリンガイト生成(DEF)が発生し、橋脚に0.1~0.2%の異常膨張が確認されました。この膨張により軌道に変状が生じ、運行の安全性に影響を与える恐れがあったため、大規模な交換・補強工事が実施されました。

2000年代に入ると、海洋環境にある道路橋でも被害が顕在化しました。海水からの外部硫酸塩攻撃により、桁が膨張して支承が破損し、伸縮装置が機能不全に陥る事例が相次ぎました。これらの構造物では、表面被覆による保護工法の適用や、損傷の激しい部分の桁交換が行われています。

マスコンクリート構造物でも、エトリンガイト膨張の被害は深刻です。ダムでは築堤体の内部で膨張が進行し、橋台では背面土圧が増大して変状を起こす事例が報告されています。基礎構造物における膨張は、上部構造全体に影響を及ぼすため、特に慎重な対応が求められています。

5.2 海外での事例

海外でも、エトリンガイト膨張による被害は広く報告されています。米国ニューメキシコ州では、1980年代から遅延エトリンガイト生成(DEF)による大規模被害が発生しました。100橋以上の橋梁で膨張が確認され、経済損失は数十億ドル規模に達しました。この事例は、エトリンガイト膨張問題の深刻さを世界に知らしめるきっかけとなりました。

カナダのケベック州では、別のメカニズムによる被害が報告されています。ここでは、骨材中に含まれる黄鉄鉱が原因となる内部硫酸塩攻撃(ISA)により、マスコンクリート構造物で長期間にわたる緩慢な膨張が生じました。この膨張は非常にゆっくりと進行するため、初期段階での発見が困難で、構造物の使用性が著しく低下してから問題が顕在化することが多いという特徴があります。

5.3 被害の特徴と診断方法

エトリンガイト膨張による被害は、特徴的な外観を示すことが多く、これらの症状を早期に発見することが重要です。最も典型的な症状は亀甲状ひび割れ(map cracking)で、コンクリート表面に網目状のひび割れが発生します。また、局所的な膨張により表面のコンクリートが剥落するポップアウト現象や、硫酸塩の移動に伴う白色の析出物(エフロレッセンス)も観察されます。構造物全体では、異常な膨張変形により部材の変位や接合部の開きが生じることもあります。

これらの被害を正確に診断するためには、各種の分析技術が用いられます。X線回折(XRD)はエトリンガイトの存在と量を定量的に分析する最も信頼性の高い方法です。走査電子顕微鏡(SEM)では、エトリンガイトの特徴的な針状結晶を直接観察でき、その形態や分布状態を詳細に把握できます。熱重量分析(TG-DTA)は水和物の種類と量を熱的性質から同定し、偏光顕微鏡による薄片観察では、コンクリート内部の微細構造とエトリンガイトの生成位置を特定することができます。

6. エトリンガイト膨張の対策技術

6.1 設計・施工段階での対策

エトリンガイト膨張を防ぐには、設計・施工段階での適切な対策が最も効果的です。材料選定においては、低アルカリセメント(Na₂O当量0.6%未満)の使用が推奨されます。また、セメント中の硫酸塩含有量を3.5%未満に制限し、硫酸塩を含む反応性骨材の使用を避けることも重要です。フライアッシュを使用する場合は、SO₃含有量が少ない高品質なものを選定する必要があります。

配合設計では、水セメント比を0.45以下に設定することで、緻密な構造を形成し、外部からの硫酸塩侵入を抑制できます。単位セメント量は必要最小限に設定し、過度の水和熱を避けることが重要です。さらに、シリカフュームやフライアッシュなどの混和材を併用することで、水和生成物の組成を制御し、エトリンガイト生成を抑制する効果が期待できます。

施工管理においては、養生温度を65°C以下に制限することが特に重要です。これにより、遅延エトリンガイト生成のリスクを大幅に低減できます。また、十分な初期養生期間を確保し、適切な水分管理により過度な水分供給を避けることで、長期的な耐久性を確保することができます。

6.2 既存構造物の対策

既存構造物でエトリンガイト膨張が確認された場合、適切な対策工法の選定が重要です。表面保護工法は、外部からの水分や硫酸塩の侵入を防ぐ最も基本的な対策です。けい酸系やアクリル系の浸透性防水材は、コンクリート表層部に浸透して撥水層を形成し、水分の侵入を効果的に抑制します。より確実な遮断が必要な場合は、エポキシ樹脂系やウレタン系の表面被覆材が適用されます。また、構造物周辺の排水システムを改善し、水分供給を根本的に遮断することも重要な対策となります。

構造補強工法は、膨張による変形や応力を制御する方法です。外ケーブル工法では、プレストレスを導入することで膨張力に対抗し、構造物の変形を抑制します。鋼板巻立て工法は、既存部材を鋼板で包み込むことで膨張力を拘束し、FRP(繊維強化プラスチック)巻立て工法は、軽量でありながら高強度な拘束効果を発揮します。これらの工法は、構造物の使用条件や被害の程度に応じて選択されます。

被害が深刻な場合は、部材交換工法が採用されます。全断面交換は最も確実な方法ですが、工事規模が大きくなるため、局所的な被害に対しては部分交換が選択されることもあります。また、既存断面に新しいコンクリートを打ち足す増厚工法は、構造物の耐力向上と膨張抑制の両方の効果が期待できる工法です。

6.3 新技術・新材料

エトリンガイト膨張対策の分野では、革新的な新技術・新材料の開発が進んでいます。結晶成長抑制剤の開発では、リン酸系化合物がエトリンガイト結晶の成長を効果的に阻害することが発見されました。また、特定の有機系添加剤は結晶形態を制御し、膨張性の低い形態へと誘導する効果があります。ナノ材料を用いた技術では、結晶核の形成段階から制御することで、根本的な膨張抑制を実現する研究が進められています。

代替セメント技術も大きな進展を見せています。CSAセメントは、アルミネート相の組成を精密に制御することで、エトリンガイト生成を管理可能にした新しいセメントです。ベリットセメントは、硫酸塩含有量を最適化し、膨張リスクを最小限に抑えながら必要な強度発現を実現します。さらに、硫酸塩を全く含まないジオポリマーは、エトリンガイト膨張の心配がない革新的な代替結合材として注目されています。

モニタリング技術の進歩により、エトリンガイト膨張の早期検知が可能になってきました。AE(アコースティックエミッション)計測は、微小な破壊音を検知することで、目に見えない内部での膨張進行を捉えることができます。光ファイバセンサーを用いた連続的なひずみ測定は、構造物全体の変形を高精度で監視し、デジタル画像解析技術は、表面に現れる微細な変状を定量的に評価することを可能にしています。

7. エトリンガイト膨張の予測と評価

7.1 膨張予測モデル

エトリンガイト膨張を定量的に予測するため、様々な数学モデルが開発されています。最も広く使用される経験的モデルでは、膨張ひずみの時間変化を指数関数で表現します。このモデルでは、時間tでの膨張ひずみε(t)は、最終膨張ひずみε∞と時定数τを用いて、ε(t) = ε∞[1 – exp(-t/τ)]という式で表されます。この単純な式は、実測データとの良好な一致を示し、実務での膨張予測に広く活用されています。

一方、より理論的なアプローチとして、熱力学モデルが開発されています。このモデルは、Gibbs自由エネルギーに基づく平衡計算により、エトリンガイトの生成量を予測します。温度や湿度などの環境条件を考慮し、セメント-水-硫酸塩系の多相平衡を計算することで、長期的な膨張挙動の予測が可能となります。この手法は、複雑な環境条件下での膨張予測に特に有効です。

7.2 膨張試験方法

エトリンガイト膨張の評価には、各国で標準化された試験方法が用いられています。日本では、日本コンクリート工学会のJCI-DD2法が広く採用されています。この方法では、40°C、相対湿度95%の環境下で供試体を保管し、材齢1年まで継続的に膨張量を測定します。判定基準として、膨張率0.1%以下が望ましいとされており、これを超える場合は対策が必要と判断されます。

アメリカ材料試験協会のASTM C1293は、38°C、相対湿度100%という条件で、プリズム供試体を用いた膨張測定を行います。この試験は2年間という長期にわたって実施され、より確実な膨張評価が可能です。長期試験であるため時間はかかりますが、実際の構造物での膨張挙動をより正確に再現できる利点があります。

迅速な評価が必要な場合は、国際材料構造試験研究機関連合のRILEM AAR-3法が有効です。この方法では、60°C、相対湿度100%という高温高湿条件により膨張を促進させ、3か月程度で判定を行うことができます。促進条件での試験であるため、実際の膨張量との相関を適切に評価する必要がありますが、新材料の開発や品質管理において重要な役割を果たしています。

7.3 数値解析技術

近年のコンピュータ技術の発展により、エトリンガイト膨張の数値解析が可能になっています。有限要素解析は、構造物レベルでの膨張挙動を予測する強力なツールです。この手法では、膨張ひずみの空間的な分布を詳細に解析し、それに伴う応力状態を可視化することができます。実際の構造物の形状や境界条件を考慮した変形予測により、ひび割れの発生位置や進展方向を事前に予測することが可能となっています。

分子レベルでの理解を深めるため、分子動力学シミュレーションも活用されています。この手法では、エトリンガイト結晶の成長過程を原子・分子レベルで追跡し、結晶化のメカニズムを詳細に解明できます。特に、26個の水分子がどのように配置され、どのような役割を果たすかを明らかにすることで、膨張メカニズムの理論的理解が深まっています。これらの知見は、より効果的な膨張抑制技術の開発に貢献しています。

8. 関連する国際基準と規格

8.1 日本の基準

日本では、エトリンガイト膨張を防ぐための各種基準が整備されています。JIS A 5308(レディーミクストコンクリート)では、セメント中のSO₃含有量を4.0%以下に制限することで、過剰な硫酸塩の供給を防いでいます。また、アルカリ骨材反応との複合劣化を防ぐため、抑制対象地域ではアルカリ総量を3.0kg/m³以下に制限する規定も設けられています。

土木学会のコンクリート標準示方書では、より包括的なアプローチが採用されています。耐久性照査の考え方に基づき、構造物が置かれる環境作用を詳細に分類し、それぞれの環境に応じた対策工法の選定指針を示しています。これにより、設計者は構造物の重要度や環境条件を考慮した適切な対策を選択することが可能となっています。

8.2 国際基準

国際的にも、エトリンガイト膨張対策のための基準が整備されています。米国コンクリート学会のACI 318では、硫酸塩環境の厳しさに応じてセメントの種類を指定しています。中程度の硫酸塩環境ではタイプⅡセメント、厳しい環境ではタイプⅤセメントの使用を義務付け、同時に水セメント比の制限値を設定することで、緻密なコンクリートの製造を確保しています。また、適切な被り厚さの規定により、鉄筋への影響を最小限に抑える配慮もなされています。

欧州規格EN 206では、より体系的なアプローチが採用されています。硫酸塩環境をXA1からXA3までのクラスに分類し、各クラスに応じたセメントの種類と性能要求を明確に規定しています。この規格では、耐久性設計の包括的な枠組みを提供し、設計者が環境条件に応じた適切な材料選定と配合設計を行えるようになっています。

9. 今後の研究課題と展望

9.1 基礎研究の方向性

エトリンガイト膨張に関する基礎研究は、さらなる深化が求められています。結晶成長機構の解明では、in-situ(その場)観察技術の開発が重要な課題となっています。リアルタイムでエトリンガイト結晶の成長を観察することで、結晶核生成の制御因子や成長速度に影響する環境要因を詳細に解明できます。これらの知見は、より効果的な膨張抑制技術の開発に直結します。

膨張応力の定量化も重要な研究テーマです。実際の構造物では様々な拘束条件下で膨張が生じるため、これらの条件を考慮した膨張挙動の解明が必要です。また、応力緩和メカニズムやクリープとの相互作用を理解することで、長期的な構造物の挙動をより正確に予測できるようになります。

予測精度の向上に向けては、長期予測モデルの精緻化が進められています。温度、湿度、化学的環境などの要因を統合的に評価し、予測の不確実性を定量化することで、より信頼性の高い寿命予測が可能となります。これらの研究成果は、インフラの維持管理計画の最適化に貢献することが期待されています。

9.2 実用技術の開発

実用技術の開発では、早期診断技術の高度化が急務となっています。従来の非破壊検査手法を改良し、より高精度でエトリンガイト膨張を検出できる技術の開発が進められています。特に注目されているのは、AI(人工知能)を活用した自動診断システムです。画像認識技術により、ひび割れパターンから膨張原因を推定し、リアルタイムモニタリングと組み合わせることで、構造物の健全性を継続的に評価することが可能になりつつあります。

効果的な対策工法の開発では、コストと耐久性のバランスが重要な課題です。低コストでありながら高い耐久性を持つ新材料の開発や、現場での施工性を十分に考慮した工法の開発が進められています。また、初期コストだけでなく、維持管理費用を含めたライフサイクルコストの最適化を図ることで、経済的に持続可能な対策技術の確立を目指しています。

9.3 持続可能性への貢献

地球温暖化対策として低炭素セメントの使用が推進される中、これらの新しいセメントでのエトリンガイト膨張制御が重要な課題となっています。高炉スラグやフライアッシュを多量に使用した副産物セメントは、通常のポルトランドセメントとは異なる膨張特性を示すため、その挙動を正確に把握し、適切な対策を講じる必要があります。また、全く新しい結合材の開発においても、環境負荷の低減と耐久性の確保という相反する要求をバランス良く満たすことが求められています。

既存インフラの延命化は、持続可能な社会の実現に不可欠です。エトリンガイト膨張の予防保全技術を確立することで、構造物の突発的な劣化を防ぎ、計画的な維持管理が可能となります。効率的な補修・補強手法の開発により、既存構造物を長期間にわたって安全に使用し続けることができ、新規建設に伴う資源消費とCO₂排出を削減できます。これらの技術は、社会インフラの持続的活用に大きく貢献することが期待されています。

10. まとめ

エトリンガイトの生成による膨張問題は、セメントコンクリートの長期耐久性を左右する重要な課題です。正常な水和反応では強度発現に寄与するエトリンガイトも、特定の条件下では構造物に深刻な被害をもたらす可能性があります。

この問題への対策には、材料レベルでの制御から構造物レベルでの対応まで、多角的なアプローチが必要です。近年の研究により、膨張メカニズムの理解が深まり、効果的な対策技術も開発されてきています。

今後は、気候変動による環境の変化や、低炭素セメントの普及といった新たな課題に対応しながら、より予測精度の高い評価手法と実用的な対策技術の開発が求められます。エトリンガイト膨張の制御技術は、持続可能な社会インフラの実現において、ますます重要な役割を果たすことでしょう。

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