ジェナイトとCSH構造モデルの最新知見 | セメントの強度発現メカニズムを解明

ジェナイトとCSH構造モデルの最新知見

1. はじめに

セメントは、私たちの生活を支える建物や道路に不可欠な材料です。そのセメントの強度を決定づけるのが、CSHゲルと呼ばれる物質の構造。長年、その正確な構造は謎に包まれていましたが、近年、ジェナイト(Jennite)という結晶性の水和物が、その謎を解き明かす鍵として注目されています。

ジェナイトは1966年に初めて人工合成された比較的新しい鉱物ですが、実際のセメント硬化体で生成されるCSHゲルと非常に似た化学組成を持っています。特に重要なのは、ジェナイトのカルシウムとシリカの比率(Ca/Si比)が1.5と、実際のセメント中のCSHゲル(Ca/Si比1.7前後)に近いことです。

これまでCSHゲルの構造モデルとしては、主にトバモライトが参考にされてきました。しかし、トバモライトのCa/Si比は0.83と低く、実際のセメント硬化体の組成とは大きく異なっていました。ジェナイトの発見と構造解明により、より現実的なCSHゲルの構造モデルが構築できるようになったのです。

近年の高分解能分析技術の発展により、ジェナイトの原子レベルでの構造が詳しく分かってきました。本記事では、この新しい知見がセメント科学にどのような革新をもたらしているのかを解説します。

2. ジェナイトの基礎知識

2.1 ジェナイトの発見と命名

ジェナイト(Jennite)は、1966年にBonnaccorsiとMerlinoによって初めて合成・同定された人工鉱物です。その名前は、フランスの鉱物学者Jacques Jennyに因んで命名されました。天然では極めて稀で、主に人工的な合成によって研究されています。

2.2 ジェナイトの基本的性質

ジェナイトの化学組成は、理想化学式でCa₉Si₆O₁₈(OH)₆·8H₂Oと表され、セメント記法ではC₉S₆H₁₁と書きます。最も重要な特徴は、カルシウムとシリカの比(Ca/Si比)が1.5という値で、これは実際のセメント中のCSHゲルのCa/Si比(1.7前後)に近いことです。分子量は1042.8 g/molと計算されます。

結晶学的には、ジェナイトは三斜晶系に属し、空間群はP1̄(No. 2)です。格子定数はa軸が10.576オングストローム、b軸が7.265オングストローム、c軸が10.931オングストロームで、格子角はαが101.35°、βが97.07°、γが109.65°です。この複雑な格子定数は、ジェナイトの結晶構造の複雑さを反映しています。

物理的性質としては、密度が2.33 g/cm³(計算値)で、無色から白色の結晶として存在します。硬度はモース硬度で2から3と比較的軟らかく、{001}面に完全な劈開を持ちます。これらの性質は、ジェナイトが層状構造を持つことを示唆しています。

3. ジェナイトの結晶構造

3.1 基本構造の特徴

ジェナイトの結晶構造は、トバモライトの基本構造を発展させたものとして理解できます。

最も重要な構造要素は複合シリケート鎖で、Dreierkette(3周期シリケート鎖)とZweierkette(2周期シリケート鎖)が組み合わさった複雑な構造を形成しています。この複合構造は、トバモライトの単純な3周期構造とは異なり、より高いCa/Si比を実現するための重要な特徴です。

カルシウム層では、カルシウムイオンが複数の異なる配位環境を取り、構造全体の安定性に寄与しています。また、水酸基とプロトンが構造を安定化させる重要な役割を果たし、層間には8個の水分子が特定の位置に配置されています。これらの構造要素が組み合わさって、ジェナイトの特徴的な性質を生み出しています。

3.2 詳細な原子配列

**シリケート鎖の構造**

ジェナイトのシリケート鎖は、トバモライトの単純な3周期鎖とは異なり、より複雑な配列を示します:

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Dreierkette: [Si₃O₁₀]⁸⁻(3周期鎖)
Zweierkette: [Si₂O₇]⁶⁻(2周期鎖)
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**Ca-O多面体の配位**
– **Ca1サイト**:8配位(歪んだ立方体)
– **Ca2サイト**:7配位(一方向帽子付き八面体)
– **Ca3サイト**:6配位(歪んだ八面体)
– **Ca4サイト**:6配位(歪んだ八面体)

**水分子の配置**
8個の水分子が以下の位置に配置:
– 層間空間:6個
– Ca多面体配位:2個

3.3 トバモライトとの構造比較

ジェナイトとトバモライトの構造を比較すると、いくつかの重要な違いが明らかになります。最も大きな違いはCa/Si比で、トバモライト(11Åタイプ)の0.83に対し、ジェナイトは1.50という非常に高い値を示します。この違いは、実際のセメント中のCSHゲルの組成を理解する上で非常に重要です。

シリケート鎖の構造も大きく異なります。トバモライトがDreierkette(3周期鎖)のみを持つのに対し、ジェナイトはDreierketteとZweierkette(2周期鎖)の混合構造を持ちます。層間距離はトバモライトの11.3Åに対してジェナイトは10.9Åとやや短く、水分子数はトバモライトの4個に対してジェナイトは8個と倍の数を含みます。

しかし、両者には構造的な類似点もあります。基本的な層状構造、シリケート鎖の存在、Ca-O多面体の配列などは共通しており、これが両者が同じケイ酸カルシウム水和物のファミリーに属する理由です。カルシウムの配位数も両者とも6から8の範囲ですが、ジェナイトの方がより多様な配位環境を持っています。

4. ジェナイトの生成条件と合成

4.1 合成条件

ジェナイトの人工合成には水熱合成法が用いられます。反応式は9CaO + 6SiO₂ + 11H₂O → Ca₉Si₆O₁₈(OH)₆·8H₂Oで表され、酸化カルシウムと二酸化ケイ素が水の存在下で反応してジェナイトを生成します。

最適な合成条件は、温度が90°Cから120°Cの範囲で、これはトバモライトの合成温度(150°Cから200°C)よりも低いことが特徴です。反応時間は7日から30日と非常に長く、pHは12.5から13.5の強アルカリ性を保つ必要があります。原料のCa/Si比は1.5から2.0の範囲に設定します。

合成プロセスは、まず酸化カルシウム、二酸化ケイ素、水を適切な比率で混合し、テフロン容器に密封して水熱条件下に置きます。長期間の等温保持により結晶化が進行し、最後に洗浄と乾燥処理を行って純粋なジェナイトを得ます。

4.2 影響因子

温度はジェナイト生成に大きな影響を与えます。80°C以下では生成速度が極めて遅く、実用的ではありません。90°Cから120°Cが最適な結晶化温度で、この範囲で良質なジェナイトが生成されます。150°C以上になると、ジェナイトがトバモライトに転移してしまうため、温度管理が重要です。

pHもジェナイト生成に決定的な影響を持ちます。pHが12未満では主に非晶質CSHゲルが生成され、pHが12.5から13.5の範囲でジェナイトの生成が最適となります。pHが14を超えると、過剰な酸化カルシウムが析出してしまい、ジェナイトの純度が低下します。

時間の影響も重要で、最初の1日から7日は初期核生成の段階で、続く7日から30日の間に結晶成長が進行します。30日以上の長期養生により、結晶性が向上し、より完全なジェナイト構造が形成されます。

4.3 セメント系での生成可能性

**理論的可能性**
セメントペーストのCa/Si比(約1.7)はジェナイト生成に適していますが、実際の生成は限定的です:

**制限要因**
1. **反応速度**:常温では極めて遅い
2. **空間制約**:セメント粒子間の限られた空間
3. **競合反応**:他の水和物との競合
4. **pH変化**:時間とともにpHが低下

5. CSH構造モデルの発展

5.1 古典的モデルの限界

**Powers-Brunauer モデル(1950年代)**
– 層状ケイ酸塩を基本とした単純なモデル
– 組成変化の説明が困難
– ナノ構造の考慮不足

**Feldman-Sereda モデル(1960年代)**
– ゲル粒子の概念を導入
– 物理的相互作用を重視
– 化学結合の説明不足

5.2 結晶類似モデル

**Taylor モデル(1986年)**
トバモライトとジェナイトを基本構造とする混合モデル:

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CSH(Ca/Si=x) = (1-y)×Tobermorite + y×Jennite
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**特徴**
– Ca/Si比による構造変化を説明
– 実験データとの良い一致
– 物理的意味の明確性

**限界**
– 非晶質性の説明不足
– ナノスケール構造の考慮不足

5.3 Richardson モデル(現代的統合モデル)

Ian Richardson により2000年代に提案された最新のCSH構造モデル:

**基本概念**
1. **平均鎖長(MCL)**:シリケート鎖の重合度
2. **架橋度**:隣接鎖間の結合度
3. **Ca配位**:多様な配位環境
4. **欠陥構造**:理想構造からの逸脱

**数学的表現**
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MCL = 2 + (8 × (Ca/Si – 0.5))
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**Ca/Si比別の構造特徴**

| Ca/Si比 | 主要構造 | MCL | 特徴 |
|———|———-|—–|——|
| 0.5-1.0 | トバモライト様 | 5-13 | 長鎖、低Ca |
| 1.0-1.5 | 中間構造 | 2-5 | 中鎖、中Ca |
| 1.5-2.0 | ジェナイト様 | 2-3 | 短鎖、高Ca |

6. 最新の分析技術による構造解明

6.1 固体NMR分光法

**²⁹Si NMR による構造解析**

シリケート環境の定量分析:
– **Q⁰**:単離シリケート(Ca/Si = 2.0)
– **Q¹**:鎖末端シリケート
– **Q²**:鎖中央シリケート
– **Q³**:架橋シリケート

**ジェナイトの²⁹Si NMRスペクトル**
– Q¹:-78.5 ppm(40%)
– Q²:-85.2 ppm(60%)
– MCL = 2.5(計算値と一致)

**²⁷Al NMR**
– アルミニウム置換サイトの同定
– テトラヘドラル/オクタヘドラル配位の区別

6.2 中性子散乱技術

**小角中性子散乱(SANS)**
– ナノスケール構造の定量評価
– 細孔構造の解析
– 水分子の分布状態

**非弾性中性子散乱(INS)**
– 水分子の動的挙動
– 水素結合の強度
– 振動スペクトルの解析

6.3 高分解能電子顕微鏡

**収差補正STEM**
– 原子レベルでの構造観察
– 元素分布のマッピング
– 結晶-非晶質界面の解析

**環境制御TEM**
– in-situ水和反応観察
– 温度・湿度変化での構造変化
– 動的プロセスの可視化

7. 計算科学による構造モデリング

7.1 第一原理計算

**密度汎関数理論(DFT)**
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Electronic structure calculation of jennite:
– 基底状態の電子密度分布
– 原子間結合の性質
– 安定構造の予測
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**計算結果の例**
– 弾性定数:C₁₁ = 65 GPa, C₂₂ = 78 GPa
– バルク弾性率:45 GPa
– 剪断弾性率:25 GPa

7.2 分子動力学シミュレーション

**ReaxFF力場**
– 化学結合の形成・切断を考慮
– 水和反応の動的シミュレーション
– 温度・圧力効果の評価

**CLAYFF力場**
– 粘土鉱物に特化した力場
– 水分子との相互作用
– 膨潤・収縮挙動の再現

7.3 マルチスケールモデリング

**階層的アプローチ**
1. **原子レベル**:DFT計算
2. **分子レベル**:MD シミュレーション
3. **メソスケール**:粗視化分子動力学
4. **マクロスケール**:連続体力学

8. CSH構造モデルの実用的応用

8.1 セメント配合設計への応用

**Ca/Si比制御**
– 目標強度に応じたCa/Si比設定
– 混和材による組成制御
– 長期強度予測

**実例:高炉セメント**
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OPC (Ca/Si=1.7) + GGBS (Ca/Si=1.0)
→ C-A-S-H gel (Ca/Si=1.3-1.5)
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8.2 耐久性予測モデル

**中性化予測**
– CSH構造とCO₂反応性の関係
– pH buffering capacityの定量評価
– 長期中性化深さの予測

**塩害予測**
– 塩化物イオン結合能力
– 細孔構造との相関
– 鉄筋腐食開始時期の予測

8.3 新材料開発

**低炭素セメント**
– CSH類似構造を持つ代替結合材
– C-A-S-H、N-A-S-H ゲルの設計
– 性能予測モデルの構築

**自己修復材料**
– CSH再生成機構の理解
– カプセル化技術との組み合わせ
– 修復効果の定量評価

9. 課題と今後の研究方向

9.1 構造解析の課題

**動的構造変化**
– 水和反応中の構造変化
– 環境変化に対する応答
– 時間依存性の定量化

**界面構造**
– CSH-CH界面の構造
– CSH-骨材界面の特性
– 異相間の相互作用

9.2 モデルの精緻化

**欠陥構造の定量化**
– 空孔、転位、粒界の影響
– 不純物元素の効果
– 構造不規則性の評価

**水分子の役割**
– 構造水と自由水の区別
– 水分子の動的挙動
– 湿度変化への応答

9.3 実用化への展開

**迅速評価手法**
– 構造同定の簡便化
– 品質管理への応用
– 現場での構造評価

**AI・機械学習の活用**
– 構造-物性相関の学習
– 最適配合の自動設計
– 予測精度の向上

10. 環境・エネルギー分野への展開

10.1 CO₂固定化技術

**鉱物炭酸化反応**
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Ca₉Si₆O₁₈(OH)₆ + 9CO₂ → 9CaCO₃ + 6SiO₂ + 3H₂O
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**ジェナイト型構造の優位性**
– 高いCa含有量による高反応性
– 多孔質構造による高い表面積
– CO₂拡散の促進

10.2 地熱発電所での応用

**地熱流体との反応**
– 高温高圧下でのCSH生成
– スケール形成の制御
– 地層注入井での活用

10.3 核廃棄物処分

**セメント系人工バリア**
– 長期安定性の評価
– 放射性核種の固定化
– 地下水との長期相互作用

11. まとめ

ジェナイトとCSH構造モデルの研究は、セメント科学の最前線において急速に発展しています。Richardson モデルに代表される現代的な構造モデルは、Ca/Si比による構造変化を統一的に説明し、実用的な材料設計への道筋を示しています。

近年の分析技術の進歩により、原子レベルでの構造理解が深まり、これまで経験的に行われてきたセメント材料の設計が、より科学的な基盤に基づいて行えるようになってきました。特に、固体NMRや中性子散乱などの手法により、CSHゲルの局所構造と長距離構造の両方が定量的に評価できるようになったことは、大きな進歩です。

今後は、計算科学と実験科学の融合により、さらに精密な構造モデルの構築が期待されます。また、環境・エネルギー分野での新たな応用展開により、ジェナイトとCSH構造の研究は、持続可能な社会の実現に向けてますます重要な役割を果たすことでしょう。

参考文献

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[3] Lothenbach, B., Matschei, T., Möschner, G., & Glasser, F.P. (2008). Thermodynamic modelling of the effect of temperature on the hydration and porosity of Portland cement. Cement and Concrete Research, 38(1), 1-18.
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[5] 土木学会 (2022). コンクリート標準示方書[材料編]. 土木学会.
[6] Neville, A.M. (2011). Properties of Concrete (5th ed.). Pearson Education Limited.
[7] Mehta, P.K., Monteiro, P.J.M. (2014). Concrete: Microstructure, Properties, and Materials (4th ed.). McGraw-Hill Education.

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