1946–48|Powers & Brownyard:硬化セメントペーストの物理学

「水を減らすほど強くなる(w/c 則)」という経験を、水と空隙の収支で一本の理屈に仕立て直したのが、Powers & Brownyard(P&B)です。1946〜48年にわたり連続して発表された “Studies of the Physical Properties of Hardened Portland Cement Paste” は、硬化セメントペーストを**“水でできた空隙をもつ固体”**としてとらえ、非蒸発水(結合水)・蒸発可能水・空隙率という三つの量で、強度・密度・収縮・吸水性までを同じ土俵に上げました。以後の C–S–H 議論は、この座標軸の上で展開していきます。


1. 何を“見える化”したのか——水・固体・空隙の三者関係

P&B はまず、硬化体中の水を蒸発可能水(evaporable water)と非蒸発水(nonevaporable water)に分けました。前者は乾燥で失われる水、後者は反応生成物に取り込まれて容易には失われない水です。非蒸発水の量は反応の進み具合(degree of hydration)に比例し、生成する C–S–H 量を示す指標になります。他方で蒸発可能水が抜ければ毛細管孔が生まれ、連結していけば透水や耐久にも影響します。
この“水の二面性”を定量化したことが、P&B の一番の功績でした。測定で得た固体密度・全体密度・吸着等温線を突き合わせ、空隙率の見積もりと強度との関係(のちにgel/space ratioと呼ばれる概念)へと進む道筋をつくったのです。


2. 測り方の要諦——吸着・密度・凍結の三本柱

当時の装置は今ほど精密ではありません。だからこそ P&B は測定の三本柱を組み合わせて、互いに検算できる形にしました。

  • 水蒸気吸着等温線で、表面にとどまる水の量とその変化をたどる。
  • 密度測定(ペースト全体の見かけ密度/固体の実密度)で、空隙の総量を推定する。
  • 水の凍結挙動(低温での熱分析・吸着の議論)で、**「どの水が自由で、どの水が拘束されているか」を切り分ける。
    乾燥や前処理が測定に与える影響も繰り返し点検し、
    “見えている数字が試料作りの影ではないか”**を常に自問しています。ここに、P&B 流の研究作法がにじみます。

3. 強度と空隙——w/c 則の“物質収支”への翻訳

アブラムズの曲線は経験式でした。P&B はそれを、反応で生まれる固体(C–S–H 等)と、残る空隙の量という物質収支に翻訳します。非蒸発水が増える=反応が進む=固体が増える一方で、蒸発可能水の抜けた跡=毛細管孔が強度を下げる。強度は「ゲル(生成物)が占める体積」と「空隙(水が去った痕跡)」の比で決まるという見取り図は、配合や養生を変えてもぶれない“骨格の説明”になりました。
ここから、養生で“水の去り方”を制御し、毛細管孔の連結を断つという実務の原則が、明快な科学的根拠を得ます。


4. 収縮・クリープへの射程——水の状態で語る力学

P&B は乾燥収縮クリープも、まずは水の状態で説明する扉を開きました。蒸発可能水が減ると、表面力や毛細管張力が立ち上がり、粒子間距離が詰まる方向に働く。さらに、結合水として取り込まれる非蒸発水の増加は、化学収縮としての体積減少にも関わります。この二つが時期を違えて重なり、若材齢でのひび割れや長期の寸法安定に影響する——そうした“時間差の物語”を、データで描き出しました。
後年、Feldman–Sereda が層間水の概念で微視へ踏み込むときも、出発点はやはり P&B の水の区分量の言語です。


5. 今日から読み替える——P&B を“現代語訳”するコツ

現代の装置(29Si/27Al NMR、SAXS/SANS、X線全散乱、ナノインデンテーション)が示すのは、C–S–H がナノ粒子の集合体であること、密度や鎖長が時間とともに変わることです。P&B の非蒸発水は“どれだけ C–S–H ができたか”の素朴で強力な代理量、蒸発可能水は“どんな空隙がつながっているか”の手がかりに相当します。つまり、P&B の座標軸はそのままマルチスケール研究へ接続できるのです。
ナノの言葉で微修正しながら、水=生成物の糧/空隙の痕跡という二重性を頭に置く。これが P&B を “いま使える知識”にする最短ルートです。


6. 実務への翻訳——P&B を手順に落とす

配合設計・施工・養生の順に、P&B の視点を当てはめると、判断が揺れません。

  1. 配合:目標性能から許容 w/c を決める。非蒸発水を増やし(反応を進め)、蒸発可能水の余りを減らす方向へ。
  2. 施工:締固めとブリーディング管理で毛細管の連結を抑える。
  3. 養生:若材齢に水が去らない環境をつくり、毛細管孔をつくらない
    この三手を守るだけで、強度・耐久・寸法安定の“下限”がぐっと上がります。P&B は、単なる学説ではなく手順の学でもあるのです。

7. 限界とその後——乾燥アーティファクトと測定技法

P&B の時代は、どうしても乾燥前処理を避けがたい測定が多く、ゲル構造のゆらぎ(densification や不可逆収縮)が測定値に混ざります。この限界は、のちの非乾燥状態での密度決定時間分解観察で解消され、LD/HD 二相モデルコロイドモデルナノ顆粒力学といった“構造と言葉”の進化へつながりました。
それでも、水・固体・空隙の三者関係で硬化体を読む眼は、100年近く色あせません。P&B を読み直すことは、最新の議論を最終的に水の言葉に戻す訓練でもあります。


8. まとめ——P&B がくれた“座標軸”

P&B は、硬化体を「水でできた空隙を抱えた固体」として描き、非蒸発水(反応度)—蒸発可能水(空隙)—強度を同じ紙面にのせました。w/c 則を物質収支で語り直す道を示し、収縮やクリープまでを水の状態で結ぶ。以後の C–S–H 研究は、すべてこの座標軸上で細部を磨いてきた、といって過言ではありません。

次回:1968|Feldman–Sereda:層間水モデル。P&B の“水の区分”を、層間というナノ空間の物理にまで踏み込み直します。


参考文献

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