1H低磁場NMRとパス解析で解明!合成C-S-H種子が早期水和とセメントペーストの細孔構造に与える衝撃的影響【2024】

著者: Peimin Zhan, Juan Wang, Hanbing Zhao, Wengui Li, Surendra P. Shah, Jing Xu

論文タイトル: Impact of synthetic C-S-H seeds on early hydration and pore structure evolution of cement pastes: A study by 1H low-field NMR and path analysis

掲載誌: Cement and Concrete Research

出版年: 2024

巻数: 175

ページ: 107376

Motivation: 研究の出発点

セメントの早期強度発現と長期性能の向上は、建設業界における重要な課題です。C-S-H(カルシウムシリケート水和物)種子は、セメントの水和を促進し、長期性能を損なうことなく早期強度を向上させる効果的な添加剤として注目されています。しかし、C-S-H種子の特性がセメントの初期性能にどのように影響するのか、そのメカニズムは十分に解明されていませんでした。

この研究では、以下の課題に取り組みました:

  • C-S-H種子の合成条件が、その特性にどのような影響を与えるか
  • C-S-H種子の特性が、セメントの水和反応と細孔構造の発達にどのように影響するか
  • C-S-H種子の特性、水和反応の速度論パラメータ、およびセメントペーストの性能の間の相関関係を定量的に明らかにすること

従来の研究では、市販のC-S-H種子を使用した実験が多く、C-S-H種子の合成条件が最終的なセメントの性能にどのように影響するかについては、ほとんど研究されていませんでした。また、C-S-H種子がセメントの水和反応と微細構造の発達に与える影響を、非破壊かつリアルタイムで観察する手法も限られていました。

Method: 研究手法

研究チームは、以下の革新的な手法を用いて実験を行いました:

  1. C-S-H種子の水熱合成: 反応物濃度、ポリカルボン酸エーテル(PCE)添加量、カルシウム/シリカ(Ca/Si)比を変えて、様々な特性を持つC-S-H種子を合成しました。
  2. C-S-H種子の特性評価: 粒子サイズ分布、鉱物組成、化学組成を詳細に分析しました。
  3. セメントペーストの作製: 合成したC-S-H種子をセメントに2%添加し、水セメント比0.35でペーストを作製しました。
  4. 1H低磁場核磁気共鳴(LF-NMR): セメントの水和過程をリアルタイムで非破壊観察しました。この手法により、水分子の状態と相対量を追跡し、水和度と細孔構造の発達を定量的に評価しました。
  5. 等温熱量計(IC): セメントの水和熱を測定し、LF-NMRの結果と比較しました。
  6. 窒素吸着/脱着法: セメントペーストの細孔構造を分析し、LF-NMRの結果と比較しました。
  7. パス解析: C-S-H種子の特性、水和反応の速度論パラメータ、セメントペーストの性能間の相関関係を定量的に評価しました。

この実験設計の優れた点は、C-S-H種子の合成から最終的なセメントの性能評価まで、一連のプロセスを体系的に調査していることです。特に、LF-NMRを用いた非破壊・リアルタイム観察と、パス解析による定量的な相関評価は、この研究の独創的な点です。

専門家向け深掘り: 実験手法の詳細

C-S-H種子の水熱合成では、反応物濃度(0.5~2.0 mol/L)、PCE添加量(0~80%)、Ca/Si比(1.0~2.0)を変化させ、11種類のC-S-H種子を作製しました。合成プロセスは以下の通りです:

  1. CaOとナノシリカを別々に脱イオン水に溶解
  2. PCEを添加し、超音波処理
  3. 120℃で10時間水熱処理
  4. 遠心分離と洗浄後、凍結乾燥

LF-NMR測定には、0.28 Tの固定磁場と11.9 MHzの作動周波数を持つNMRC12-010-T装置を使用しました。Carr-Purcell-Meiboom-Gill(CPMG)法を用いてT2分布を測定し、以下の式を用いて細孔径分布を推定しました:

1/T2 ≈ δ/T2s・Sc/vw = δ/T2s・4/D = γ・4/D

ここで、δは固体表面の水層の厚さ、Scは固体の表面積、T2sは細孔内の表面水のT2、vwはセメントペースト中の全細孔水の体積、γは固相の緩和能、Dは細孔径です。

パス解析では、C-S-H種子の特性(粒子サイズ、純度、CH含有量、PCE含有量)、水和反応の速度論パラメータ(核生成速度、成長速度)、セメントペーストの性能(水和度、全細孔率、ゲル細孔率、毛細管細孔率、強度)の間の相関関係を、12時間、24時間、72時間の3つの時点で評価しました。

Insight: 結果と知見

研究チームは、以下の重要な知見を得ました:

  1. C-S-H種子の特性制御:
    • 低い反応物濃度とCa/Si比で、小さな粒子サイズと高純度のC-S-H種子が得られました。
    • PCE添加量の増加は、粒子サイズの減少をもたらしましたが、C-S-H種子の純度も低下させました。
    • 副生成物として水酸化カルシウム(CH)が生成され、PCE添加量が多いほどCH含有量が増加しました。
  2. セメントの早期強度向上:
    • C-S-H種子の添加により、セメントペーストの早期(特に12時間)の圧縮強度が大幅に向上しました。
    • 低反応物濃度または低Ca/Si比で合成されたC-S-H種子が、最も顕著な強度向上効果を示しました。
  3. 水和反応の加速:
    • C-S-H種子の添加により、セメントの加速期の開始が早まり(2時間以内)、終了も早まりました(6時間後)。
    • Boundary Nucleation and Growth(BNG)モデルに基づく解析により、C-S-H種子が水和反応の核生成速度と成長速度を大幅に増加させることが明らかになりました。
  4. 細孔構造の改善:
    • C-S-H種子の添加により、セメントペーストの全細孔率と毛細管細孔率が減少し、ゲル細孔率が増加しました。
    • 毛細管細孔からゲル細孔への転換が早期に起こり、より緻密な微細構造が形成されました。
  5. C-S-H種子特性と性能の相関:
    • C-S-H種子の粒子サイズが小さいほど、また純度が高いほど、核生成速度と成長速度が高くなりました。
    • CH含有量の増加は、C-S-H成長速度の低下をもたらしました。
    • 核生成速度は早期(12時間)の水和度と強度に強い正の相関を示し、全細孔率と毛細管細孔率に負の相関を示しました。
    • 成長速度は、水和度とゲル細孔率に強い正の相関を示し、毛細管細孔率に負の相関を示しました。

これらの結果は、C-S-H種子の特性がセメントの初期水和と微細構造の発達に重要な影響を与えることを明確に示しています。特に、高い有効表面積(小さな粒子サイズと高純度)を持つC-S-H種子が、最も効果的にセメントの初期性能を向上させることが分かりました。

専門家向け深掘り: 結果の詳細分析

水和反応の速度論解析:

BNGモデルに基づく解析結果から、C-S-H種子の添加により核生成速度Nと成長速度Gが大幅に増加することが分かりました。例えば、CSH1.0-60-1.5種子を添加した場合、Nは1.25 μm^(-2)・h^(-1)から4.50 μm^(-2)・h^(-1)に、Gは0.020 μm・h^(-1)から0.037 μm・h^(-1)に増加しました。

この増加は、C-S-H種子が提供する追加の核生成サイトと、それに伴う成長表面積の増加によるものと考えられます。また、C-S-H種子の特性がNとGに与える影響も明らかになりました:

  • 粒子サイズ: 小さいほどNとGが大きい
  • 純度: 高いほどNとGが大きい
  • CH含有量: 多いほどGが小さい

細孔構造の発達:

LF-NMRによる解析から、C-S-H種子の添加がセメントペーストの細孔構造に与える影響が詳細に明らかになりました。特に注目すべき点は、毛細管細孔からゲル細孔への転換が起こる臨界時点が、C-S-H種子の添加により早まることです。例えば:

  • コントロール: 約10時間
  • CSH1.0-60-1.5添加: 約6時間

この早期の細孔構造転換は、C-S-H種子が提供する追加の核生成サイトにより、より均一で緻密なC-S-Hゲルが形成されるためと考えられます。

パス解析による相関評価:

パス解析の結果、C-S-H種子の特性、水和反応の速度論パラメータ、セメントペーストの性能の間の複雑な相関関係が明らかになりました。特に興味深い点として:

  • 核生成速度の影響は初期(12時間)に顕著で、時間とともに弱まる
  • 成長速度の影響は、72時間経過後も強く残る
  • CH含有量とC-S-H成長速度の間に強い負の相関がある

これらの結果は、C-S-H種子の設計において、粒子サイズと純度の制御が重要であることを示唆しています。また、CH含有量を最小限に抑えることが、長期的な性能向上につながる可能性があります。

Contribution Summary: 研究の貢献

本研究チームは、C-S-H種子の特性がセメントの初期水和と微細構造に与える影響を解明するため、水熱合成によるC-S-H種子の作製、1H低磁場NMRによる非破壊観察、およびパス解析による定量的評価を行い、高い有効表面積を持つC-S-H種子が2時間以内にセメントの加速期を開始させ、6時間後に終了させることで、12時間後の強度と細孔構造を大幅に改善することを明らかにした。

Unknown: 残された課題

本研究では、いくつかの重要な課題が残されています:

  1. 長期性能への影響: 研究は主に72時間までの初期段階に焦点を当てていますが、C-S-H種子が長期的な強度発現や耐久性にどのような影響を与えるかは不明です。
  2. 最適なC-S-H種子の設計: 粒子サイズ、純度、CH含有量などの特性を最適化し、セメントの性能を最大限に向上させるC-S-H種子の設計指針はまだ確立されていません。
  3. 他の混和材との相互作用: フライアッシュやスラグなど、他の混和材とC-S-H種子を併用した場合の効果は検討されていません。
  4. 実用化に向けた課題: C-S-H種子の大量生産、コスト、品質管理など、実用化に向けた技術的・経済的な課題が残されています。
  5. メカニズムの詳細な解明: C-S-H種子がセメントの水和を促進するメカニズムは、分子レベルではまだ完全には解明されていません。

今後の展望と課題

本研究の成果を踏まえ、今後の研究の方向性として以下が考えられます:

  1. 長期性能評価: C-S-H種子を添加したセメントの長期強度発現、耐久性、収縮特性などを詳細に調査する必要があります。
  2. C-S-H種子の最適化: 粒子サイズ、純度、CH含有量などの特性を系統的に変化させ、セメントの性能向上に最適なC-S-H種子の設計指針を確立することが重要です。
  3. 他の混和材との相乗効果: フライアッシュ、高炉スラグ、シリカフュームなど、他の混和材とC-S-H種子を組み合わせた場合の効果を調査し、より環境負荷の低いセメント系材料の開発を目指す必要があります。
  4. 実用化研究: C-S-H種子の大量生産技術の開発、コスト削減、品質管理手法の確立など、実用化に向けた研究が必要です。
  5. メカニズムの解明: 高分解能電子顕微鏡観察や分子動力学シミュレーションなどを用いて、C-S-H種子がセメントの水和を促進するメカニズムをより詳細に解明することが求められます。
  6. 環境影響評価: C-S-H種子を用いたセメントのライフサイクルアセスメント(LCA)を行い、環境負荷低減効果を定量的に評価する必要があります。
  7. 新しい応用分野の探索: C-S-H種子の特性を活かした新しい応用分野(例:自己修復コンクリート、高機能断熱材料など)の可能性を探求することも重要です。

これらの課題に取り組むことで、C-S-H種子技術の更なる発展と、より持続可能なセメント系材料の開発が期待されます。

読者へのインパクト

本研究の成果は、建設業界や材料科学分野に大きなインパクトを与える可能性があります:

  1. 早期強度の向上: C-S-H種子を用いることで、コンクリートの早期強度が大幅に向上します。これにより、建設工期の短縮やコスト削減が可能になります。例えば、高層ビルの建設では、各階の型枠の取り外し時期を早めることができ、建設速度が向上します。
  2. 環境負荷の低減: セメントの初期水和を促進することで、セメント使用量を削減できる可能性があります。これは、セメント製造時のCO2排出量削減につながり、建設業界の環境負荷低減に貢献します。
  3. 高性能コンクリートの開発: C-S-H種子技術を活用することで、より緻密で耐久性の高いコンクリートの開発が可能になります。これは、インフラ構造物の長寿命化につながり、維持管理コストの低減に貢献します。
  4. 混和材利用の促進: C-S-H種子との組み合わせにより、フライアッシュや高炉スラグなどの産業副産物の有効利用が促進される可能性があります。これは、資源の有効活用と廃棄物削減に貢献します。
  5. 新しい建設材料の可能性: C-S-H種子の特性を活かした新しい建設材料(例:自己修復コンクリート)の開発が期待されます。これにより、より安全で持続可能な建築・土木構造物の実現が可能になります。

一般の方々にとっては、この研究成果は以下のような形で日常生活に影響を与える可能性があります:

  • 建設工事期間の短縮により、交通規制や騒音などの生活への影響が軽減されます。
  • より耐久性の高いコンクリート構造物により、安全で長持ちする建物やインフラが実現します。
  • 建設業界のCO2排出量削減により、地球温暖化対策に貢献します。
  • 新しい建設材料の開発により、より快適で環境に優しい住宅や公共施設が実現する可能性があります。

この研究は、私たちの生活を支えるコンクリートという身近な材料の可能性を大きく広げるものであり、持続可能な社会の実現に向けた重要な一歩と言えるでしょう。

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