著者名:松井 久仁雄
論文タイトル:ケイ酸カルシウム水和物(C-S-H)のナノ構造はどこまで見えるか?
掲載誌名:コンクリート工学
出版年:2015年
巻数:53
ページ範囲:394-399
研究背景と動機
社会インフラの老朽化や放射性廃棄物の処理問題が深刻化する中、コンクリートの長期耐久性に対する関心が高まっています。コンクリートの主要構成要素であるケイ酸カルシウム水和物(C-S-H)は、その複雑なナノ構造ゆえに、構造と物性の相関が十分に解明されていませんでした。しかし、近年、分析技術の進展により、C-S-H のナノ構造解明が進展しています。本稿では、最新の分析技術を用いたC-S-H のナノ構造および複雑な凝集構造解明へのアプローチについて解説します。
C-S-H のナノ構造モデル
C-S-H のナノ構造は、低結晶質であること、多孔性であり空隙構造が複雑なこと、水や水酸基を含み変化しやすいことなどから、その解析は容易ではありません。これまで、層状構造を基にしたモデルや、トバモライトやジェナイトを基本構造とするモデルなど、様々なモデルが提案されてきました。近年では、Cong and Kirkpatrick や Richardson らによって、bridging 位置の Si 四面体の欠落により Ca/Si 比を表現したモデルや、clinotobermorite を基本ユニットとするモデルが提唱されています。
固体 NMR による解析
29Si-固体 NMR および 27Al-固体 NMR
固体 NMR、特に 29Si-固体 NMR は、C-S-H の構造解析に大きく貢献してきました。Cong and Kirkpatrick や Richardson らは、29Si-固体 NMR を用いることで、C-S-H の SiO4 四面体鎖長と Ca/Si 比の関係を明らかにしました。また、27Al-固体 NMR は、セメント中の不純物である Al の影響や、C-S-H 中の Al の存在状態を調べる上で重要な手法となっています。高磁場 NMR の登場により、ピークの分離能が向上し、より詳細な構造解析が可能になっています。
43Ca-固体 NMR
C-S-H 中の Ca の位置や役割を調べる上で、43Ca-固体 NMR が期待されています。しかし、Ca 核の四極子モーメントや天然存在比の低さから、感度が低く、解析は容易ではありません。今後、43Ca 濃縮試薬を用いた測定や、測定技術の向上による感度向上などが期待されます。
1H-NMR
固体 1H-NMR を用いることで、C-S-H 中の水の存在状態や空隙構造を調べることができます。プロトンの緩和時間(T1 あるいは T2)曲線を解析することで、セメント硬化体の空隙構造を推定することができます。1H-NMR は、水を含む試料をそのまま測定できるため、セメントの水和過程を in situ で観察できるという利点があります。
小角散乱による解析
小角 X 線散乱測定(SAXS)および小角中性子散乱測定(SANS)は、数十~数百 nm 領域の構造を解析する手法です。C-S-H の凝集構造解析に用いられており、Jennings や Allen らのモデル構築に貢献してきました。放射光施設の整備により、高輝度・高平行の X 線を用いた測定が可能となり、今後、より詳細な構造解析が期待されます。
X 線吸収微細構造(XAFS)による解析
X 線吸収微細構造(XAFS)は、特定の原子周辺の局所構造を解析する手法です。C-S-H 中の Ca の位置やその変化を調べる上で有効な手段となります。XAFS を走査型 X 線顕微鏡(STXM)と組み合わせることで、元素分布と化学状態を同時に可視化することも可能です。
今後の展望と未解決の課題
C-S-H のナノ構造解明は、コンクリートの耐久性向上や新規材料開発に不可欠です。最新の分析技術の進展により、C-S-H の構造に関する理解は深まってきましたが、依然として未解明な部分が多く残されています。例えば、C-S-H の構造変化と力学特性の関係や、水和反応機構の詳細などは、今後の重要な研究課題として挙げられます。また、計算化学的手法と実験的手法を組み合わせることで、より精密な構造モデルの構築や、物性予測などが期待されます。これらの課題を解決することで、より高性能なコンクリート材料の開発や、コンクリート構造物の長期耐久性向上に貢献することが期待されます。
本記事は学術論文の要約であり、原著作者および出版社の権利を尊重しています。詳細な情報や正確な引用については、原論文を参照してください。