ケイ酸カルシウム水和物(Calcium Silicate Hydrate、C-S-H)は、セメントが水と反応したときに生成する主要な水和物です。セメント硬化体の中で粒子同士を結びつけ、コンクリートの強度や緻密さを支えています。
最初に押さえたいのは、C-S-Hが決まった化学式を持つ単一の結晶ではないことです。カルシウムとケイ素の比率、シリケート鎖の長さ、内部に含まれる水、粒子の詰まり方などが、材料や養生条件によって変わります。そのため、同じ「C-S-H」でも構造や性質が完全に同じとは限りません。
C-S-Hを理解すると、次のような研究上の疑問を整理しやすくなります。
- なぜセメントは水と混ぜると強度を持つのか
- Ca/Si比が変わると何が変化するのか
- 高温養生で初期強度が上がっても、長期強度が伸びにくいのはなぜか
- 炭酸化によってC-S-Hはどのように変化するのか
- XRDで明瞭なピークがなくても、C-S-Hをどう評価するのか
この記事では、C-S-Hの化学的性質、実環境での構造変化、合成方法、応用例、分析方法を順番に解説します。
セメント鉱物や水和反応から確認したい場合は、先にセメント基礎・化学入門を読むと、C-S-Hが生成するまでの流れをつかみやすくなります。
C-S-Hがコンクリートの強度を支える理由

ポルトランドセメントに水を加えると、C₃S(エーライト)やC₂S(ビーライト)などのセメント鉱物が反応し、C-S-Hや水酸化カルシウムが生成します。
反応を単純化すると、次のように考えられます。
セメント鉱物+水
↓
C-S-H+水酸化カルシウムなどの水和物
C-S-Hは、セメント粒子やほかの水和物の間を埋めながら成長します。粒子同士を結びつけ、空間を細かく分割することで、セメントペーストが荷重に抵抗できる構造をつくります。
ただし、「C-S-Hが多ければ、それだけで必ず強くなる」とは限りません。強度には、次の要素も関係します。
- C-S-Hがどの場所に生成したか
- 粒子がどの程度密に詰まっているか
- 毛細管空隙がどれだけ残っているか
- 未反応のセメント粒子がどれだけあるか
- 乾燥や温度履歴によって構造が変化していないか
つまり、C-S-Hの量だけでなく、生成位置や微細構造まで見る必要があります。
セメント鉱物ごとの反応を詳しく確認したい場合は、セメントの水和反応メカニズム詳解も参考になります。
C-S-Hの化学的性質

C-S-Hは組成が一定ではない水和物
C-S-Hは、結晶性が低く、組成に幅がある水和物です。天然鉱物であるトバモライトやジェナイトに似た構造を持つと考えられていますが、実際のセメント中では欠陥や乱れを多く含みます。
基本的には、カルシウムを含む層と、SiO₄四面体がつながったシリケート鎖、層間に存在するカルシウムイオンや水分子などから構成されます。
C-S-Hの性質を考えるとき、特に重要なのが次の4点です。
| 見る項目 | 何を表すか | 関係する性質 |
|---|---|---|
| Ca/Si比 | カルシウムとケイ素の割合 | シリケート鎖、溶解性、イオン保持 |
| シリケート鎖長 | SiO₄四面体のつながり方 | 構造の重合度、化学的安定性 |
| 水の状態 | 層間水、吸着水、結合水など | 乾燥収縮、密度、変形 |
| 粒子の詰まり方 | C-S-H粒子の集合状態 | 空隙、弾性、物質移動 |
これらは独立しているわけではありません。Ca/Si比が変わればシリケート鎖が変わり、層間に存在するカルシウムや水の状態も変化します。
Ca/Si比が変わるとシリケート鎖も変わる
Ca/Si比は、C-S-Hを理解するための基本的な指標です。
合成C-S-Hでは、実験条件によってCa/Si比が広い範囲で調整されます。一方、一般的なポルトランドセメント硬化体のC-S-Hは、混和材の種類、材齢、測定位置などによって異なるため、単一の値で表すことはできません。
Ca/Si比と構造の関係は、おおむね次のように整理できます。
| Ca/Si比の傾向 | シリケート鎖 | 層間の状態 | 解釈するときの注意 |
| 低い | 鎖が長くなりやすい | Na、Kなどを取り込みやすくなる場合がある | シリカ質混和材や脱カルシウムの影響を確認する |
| 中間 | C-S-Hとして一般的な組成範囲 | Ca、Si、水が複雑に分布する | 測定方法による値の違いに注意する |
| 高い | 鎖端が増え、短い鎖が多くなりやすい | Caに富む構造になる | CHの混入をCa/Si比上昇と誤認しない |
合成C-S-Hを調べた研究では、Ca/Si比が高くなるほどシリケート鎖の架橋部分が減り、鎖長が短くなる傾向が示されています。
ただし、SEM-EDSで測定したCa/Si比には、周囲の水酸化カルシウムや未反応粒子の影響が含まれる場合があります。数字だけを見るのではなく、反射電子像、元素分布、XRD、NMRなどと合わせて判断する必要があります。
Q¹とQ²からシリケート鎖を読む
C-S-Hのシリケート構造は、²⁹Si MAS NMRを使って調べられます。
NMRでは、SiO₄四面体が何個の隣接四面体とつながっているかを、Qⁿという記号で表します。
- Q¹:主にシリケート鎖の端にある構造
- Q²:主にシリケート鎖の途中にある構造
- Q²(1Al):近接位置にアルミニウムを含む構造
- Q³、Q⁴:より多くの方向につながった構造
C-S-Hでは、Q¹とQ²の割合から平均的な鎖長を考えます。
例えば、材齢の進行やポゾラン反応に伴ってQ¹が減少し、Q²が増加した場合、シリケート鎖が長くなった可能性があります。ただし、未反応のシリカやほかのアルミノシリケート相が含まれる試料では、ピーク分離を慎重に行わなければなりません。
Q種の読み方を詳しく確認したい場合は、C-S-Hの鎖長をわかりやすく読むQ種の基本で、Q¹とQ²の違いを整理しています。
C-S-Hの代表的な構造モデル
C-S-Hには、複数の構造モデルが提案されています。モデルが複数あるのは、どれかが完全に間違っているからではありません。原子配列、粒子の集合、細孔構造など、対象とする長さの範囲が異なるためです。
| モデルの考え方 | 主に説明する範囲 | 特徴 |
| トバモライト・ジェナイトを基にしたモデル | 原子から結晶構造に近い範囲 | 層状構造やCa/Si比、シリケート鎖を説明しやすい |
| 欠陥トバモライト型モデル | 原子構造 | シリケート鎖の欠損や構造の乱れを考慮する |
| コロイドモデル | 数nmから数十nm | C-S-Hを微小粒子の集合として扱う |
| ナノ粒子の充填モデル | 力学特性や空隙 | 粒子の詰まり方と弾性、密度を結びつける |
RichardsonとGrovesは、実際のセメントペースト中のC-S-Hについて、トバモライトやジェナイトに関連した構造モデルを検討しています。Jenningsは、C-S-Hを数nm程度の基本単位が集まった構造として扱い、密度や比表面積、細孔を説明するモデルを提案しました。
構造モデルを調べるときは、「どのモデルが正しいか」だけでなく、「自分が説明したい現象に、どのモデルが適しているか」を考えることが必要です。
結晶構造との関係をさらに知りたい場合は、ジェナイトとCSH構造モデルの最新知見も参考になります。
実環境でC-S-Hはどう変化するのか

コンクリート構造物は、温度、湿度、二酸化炭素、塩類などの影響を受けながら使用されます。
これらの環境条件は、C-S-Hの組成やシリケート鎖、含水状態、細孔構造を変化させます。
| 環境要因 | C-S-Hに起こり得る変化 | コンクリートへの影響 |
| 高温養生 | 重合度、結合水、見かけ密度の変化 | 初期反応の促進、長期強度や空隙への影響 |
| 炭酸化 | 脱カルシウム、炭酸カルシウムの生成 | pH低下、力学特性や鉄筋防食への影響 |
| Alの取り込み | C-A-S-Hの形成 | 鎖構造、イオン保持、相平衡の変化 |
| Na・Kの取り込み | 層間へのアルカリ保持 | 細孔溶液組成や構造の変化 |
| 乾燥 | 層間水やゲル水の減少 | 収縮、クリープ、細孔構造の変化 |
温度によるC-S-Hの変化
養生温度が高いと、セメントの初期水和は速く進みます。そのため、蒸気養生や暑中環境では早い段階で強度が発現しやすくなります。
一方で、高温養生が長期的な微細構造に与える影響は、単純ではありません。
5~60℃で養生したセメントペーストを調べた研究では、温度の上昇に伴い、C-S-Hのシリケート鎖の重合度が高くなりました。また、結合水が減少し、C-S-Hの見かけ密度は高くなる傾向が示されています。
ここで注意したいのは、C-S-H自体の密度が高くなっても、セメントペースト全体が必ず緻密になるわけではないことです。
高温でC-S-Hが密に生成すると、同じ量の水和物が占める体積が小さくなります。その結果、周囲に比較的大きな毛細管空隙が残り、ペースト全体では粗い空隙構造になる場合があります。
つまり、次の2つは分けて考える必要があります。
C-S-H粒子内部の密度が高くなる
≠
セメントペースト全体の空隙が減る
SANS、乾燥試験、ナノインデンテーションを組み合わせた研究でも、高温養生や乾燥によってC-S-Hのナノ構造が密な状態へ変化する一方、ペースト中の毛細管空隙が増える可能性が示されています。
炭酸化による構造変化
炭酸化は、大気中の二酸化炭素がコンクリート内部へ入り、細孔溶液や水和物と反応する現象です。
C-S-Hが炭酸化すると、カルシウムが構造から抜ける脱カルシウムが進みます。放出されたカルシウムは炭酸イオンと反応し、炭酸カルシウムを生成します。残ったシリケート部分では、鎖の重合が進み、最終的にはシリカゲルに近い構造へ変化します。
合成C-S-Hを使った加速炭酸化試験では、反応が次の3段階に整理されています。
- 溶解が進む段階
C-S-HのCa/Si比と周囲のpHが低下し、炭酸カルシウムが生成する。 - 生成物層内の拡散が影響する段階
シリケート鎖の架橋が進み、カルシウムを含むシリカゲルが増える。 - 反応がゆっくり続く段階
C-S-Hの分解がさらに進み、炭酸カルシウムとシリカ質の生成物が残る。
炭酸化を「CO₂を固定する良い反応」とだけ考えるのは適切ではありません。
材料の再資源化や炭酸化養生では、CO₂固定を積極的に利用できる場合があります。一方、供用中の鉄筋コンクリートでは、炭酸化によるpH低下が鉄筋腐食の危険性を高めます。また、C-S-Hの脱カルシウムは、局所的な力学特性にも影響します。
目的と対象を分けて考えることが必要です。
アルミニウムが入るとC-A-S-Hになる
高炉スラグ、フライアッシュ、メタカオリンなどを使用すると、セメント系にアルミニウムが供給されます。その一部は、C-S-Hのシリケート鎖に取り込まれます。
アルミニウムを含むC-S-Hは、一般にC-A-S-H(Calcium Aluminosilicate Hydrate)と呼ばれます。
NMRを用いた研究では、アルミニウムがシリケート鎖の架橋位置や非架橋位置に入ることが確認されています。また、セメント中のアルカリ量が多い場合、架橋位置へのAlの取り込みが促進される例も報告されています。
ただし、供給したアルミニウムがすべてC-A-S-Hに入るわけではありません。
アルミニウムは、AFm相、エトリンガイト、ハイドロガーネット、ストラトリング石など、ほかの水和物にも分配されます。C-A-S-Hへの取り込み量を考えるときは、Ca/Si比、Al/Si比、pH、アルカリ濃度、共存相を確認する必要があります。
ナトリウムとカリウムの取り込み
NaやKなどのアルカリ金属イオンは、C-S-HやC-A-S-Hの層間に取り込まれる場合があります。
合成C-S-HとC-A-S-Hを調べた研究では、Ca/Si比が低い試料ほど、NaやKを多く取り込む傾向が確認されています。アルカリの取り込みによって層間のカルシウム量やシリケート鎖長が変化する場合もあります。
この性質は、細孔溶液中のアルカリ濃度やアルカリシリカ反応を考えるうえでも関係します。
ただし、実際のセメント硬化体では、混和材の反応率、材齢、溶液組成などが同時に変わります。「低Ca/Si比だからアルカリをすべて固定できる」と単純には判断できません。
C-S-Hの合成方法

C-S-Hを人工的に合成すると、セメント硬化体からほかの水和物を完全に分離することが難しいという問題を避けられます。
Ca/Si比、Al/Si比、温度、添加剤などを変えた試料をつくり、構造や溶解性、炭酸化、イオン保持を比較する研究に使われます。
代表的な合成方法は次のとおりです。
| 合成方法 | 主な原料例 | 特徴 | 向いている研究 |
| 液相反応・共沈法 | 硝酸カルシウム、ケイ酸ナトリウム | 室温付近でも合成でき、条件を調整しやすい | ナノ粒子、添加剤、核生成 |
| ポゾラン反応法 | CaOまたはCa(OH)₂、非晶質シリカ | セメント中の反応に比較的近い | 炭酸化、組成、反応性 |
| 水熱合成法 | Ca源、Si源、水 | 高温・高圧で結晶性の高い生成物を得やすい | トバモライト、ジェナイトなどの構造研究 |
液相反応法
液相反応法では、カルシウムを含む水溶液とケイ酸塩水溶液を混合し、C-S-Hを析出させます。
室温・大気圧で硝酸カルシウムとケイ酸ナトリウムを反応させ、C-S-Hナノ粒子を合成した研究では、ポリカルボン酸系分散剤の量によって粒子の大きさや凝集状態が変化しています。合成した粒子をセメントへ添加すると、核生成点として働き、初期水和や早期強度を促進する結果が示されました。
一方、液相反応法では、原料に由来するNaや硝酸イオンなどが残る可能性があります。洗浄条件や乾燥方法を統一しなければ、添加試験や分析結果に影響します。
ポゾラン反応法
ポゾラン反応法では、CaOやCa(OH)₂と反応性シリカを水中で反応させます。
実際のセメント系で起こるポゾラン反応に近い組み合わせであり、Ca/Si比の異なるC-S-Hを調製する研究に使われます。
ただし、未反応のシリカや水酸化カルシウムが残ると、分析結果を誤って解釈する可能性があります。XRDだけでなく、TG-DTA、溶液分析、NMRなどを組み合わせて純度を確認する必要があります。
水熱合成法
水熱合成法では、密閉容器内で高温・高圧条件をつくり、C-S-Hや結晶性ケイ酸カルシウム水和物を合成します。
常温で生成するC-S-Hよりも規則性の高い構造を得やすく、トバモライトやジェナイトなどとの比較に適しています。
一方で、温度が高くなると、常温のセメント中で形成されるC-S-Hとは異なる結晶相が生成する場合があります。実構造物のC-S-Hを再現したいのか、結晶構造を詳しく調べたいのかによって、合成条件を選ぶ必要があります。
C-S-Hの応用例

水和促進用の核生成材
合成したC-S-Hナノ粒子をセメントに添加すると、新しい水和物が成長する場所を増やせます。
その結果、水和反応の立ち上がりが早まり、凝結時間の短縮や早期強度の向上につながる場合があります。近年の研究でも、分散させたC-S-H粒子が水和生成物の形成を促進し、特に早い材齢で圧縮強度を高める例が報告されています。
ただし、効果は添加量、分散状態、水セメント比、使用セメント、化学混和剤によって変わります。
添加量を増やせば比例して強度が上がるとは限りません。凝集した粒子が弱点になったり、流動性が低下したりする可能性もあるため、無添加試料との比較が欠かせません。
排水からのリン回収
多孔質のC-S-Hは、排水中からリン酸を回収するための結晶種として研究されています。
C-S-HからCa²⁺とOH⁻が供給されると、排水中のリン酸イオンと反応し、ヒドロキシアパタイトが生成します。PEGを造孔剤として使用した研究では、C-S-Hの比表面積や細孔容積を増やすことで、リン回収性能が向上しました。
この方法には、水質改善とリン資源回収を同時に行える可能性があります。一方で、実際の排水にはMg、炭酸イオン、有機物なども含まれるため、実用化には共存物質の影響や再利用方法の検討が必要です。
CO₂の固定と再生材料への利用
C-S-Hは炭酸化によってCO₂を取り込み、炭酸カルシウムを生成します。
この反応を利用し、再生骨材やセメント系廃材にCO₂を反応させる技術が検討されています。材料によっては、CO₂を固定しながら、再生材料の表面組織や品質を改善できる可能性があります。
ただし、供用中の鉄筋コンクリートの炭酸化と、管理された条件で行う炭酸化処理は目的が異なります。
- 供用中の炭酸化:耐久性上の劣化要因になり得る
- 再生材料の炭酸化処理:CO₂利用や品質改善を目的とする
- 炭酸化養生:初期段階で意図的にCO₂を反応させる
同じ「炭酸化」でも、対象と条件を区別して評価する必要があります。
C-S-Hの分析方法

C-S-Hは結晶性が低く、組成にも幅があるため、1種類の分析だけで構造や量を決めることは困難です。
分析方法ごとの得意分野を理解し、複数の結果を組み合わせます。
| 分析方法 | 主に分かること | 注意点 |
| ²⁹Si MAS NMR | Q¹、Q²、平均鎖長、Al近接構造 | 装置や解析の負担が大きい |
| XRD | 結晶相、未反応鉱物、CH、炭酸カルシウム | C-S-Hは幅広い回折を示し、定量が難しい |
| FTIR | Si-O、OH、CO₃などの結合状態 | ピークが重なりやすい |
| SEM-EDS | 微細組織、局所的なCa/Si比 | 測定領域にほかの相が混ざることがある |
| TEM・STEM | ナノスケールの形態、局所構造 | 試料調製や電子線損傷に注意する |
| TG-DTA | 結合水、CH、炭酸塩の熱分解 | C-S-Hの脱水範囲がほかの相と重なる |
| SAXS・SANS | ナノ粒子や細孔構造 | モデルを使った解釈が必要 |
| ナノインデンテーション | 局所的な弾性係数、硬さ | 相の同定には別の分析が必要 |
XRDでピークが弱いからといってC-S-Hがないとは限らない
C-S-Hは長距離にわたって規則的な結晶構造を持たないため、XRDでは幅広い回折として現れます。
そのため、次の判断は避ける必要があります。
C-S-Hの明瞭なピークがないため、C-S-Hは生成していない。
XRDでは、未反応のC₃SやC₂Sが減っているか、CHやエトリンガイトが生成しているかなどを確認します。そのうえで、TG-DTA、NMR、FTIR、SEMなどからC-S-Hの生成を判断します。
FTIRではピークの位置だけでなく変化を見る
FTIRでは、主にSi-O結合の振動からC-S-Hの構造変化を考えます。
炭酸化や脱カルシウムが進むと、シリケート鎖の重合に伴ってSi-O領域が高波数側へ移動する場合があります。しかし、この領域には未反応シリカ、アルミノシリケート、硫酸塩などの影響も重なります。
詳しいピークの読み方は、セメントFTIR入門:Si-O・OH・CO3・SO4ピークの読み方で整理しています。
SEM-EDSのCa/Si比は単独で結論にしない
SEM-EDSは、C-S-Hの局所組成を比較するために便利です。一方、電子線が当たる範囲には、C-S-HだけでなくCH、未反応粒子、AFm相などが含まれることがあります。
例えば、Ca/Si比が高く測定された場合、次の可能性を考えます。
- 実際にCaに富むC-S-Hが形成された
- 微細なCHが測定範囲に含まれた
- 未反応のC₃SやC₂Sが含まれた
- 測定位置や研磨状態による誤差が生じた
複数点を測定し、元素分布や反射電子像を確認したうえで、平均値とばらつきを示す必要があります。
分析結果を組み合わせた考察例
炭酸化した試料で、次の結果が得られたとします。
- SEM-EDS:C-S-H部分のCa/Si比が低下した
- ²⁹Si NMR:Q¹が減少し、Q²や高重合成分が増えた
- FTIR:Si-O吸収帯が高波数側へ移動した
- XRD:炭酸カルシウムのピークが増えた
- TG-DTA:炭酸塩に対応する質量減少が増えた
この場合は、次のように考察できます。
炭酸化によってC-S-Hからカルシウムが抜け、炭酸カルシウムが生成した可能性が高い。Ca/Si比の低下、NMRにおけるシリケート鎖の重合、FTIRの高波数側への変化は、C-S-Hの脱カルシウムとシリカ質構造の形成を支持している。
反対に、FTIRのピークが少し移動しただけでは、C-S-Hの炭酸化を断定できません。試料の乾燥方法や石灰石微粉末の有無も確認する必要があります。
C-S-H研究でよくある誤解
Ca/Si比が低いほど強度が高いとは限らない
低Ca/Si比では、シリケート鎖が長くなる傾向があります。しかし、コンクリートの強度は、C-S-Hの鎖長だけでは決まりません。
水和物量、空隙、未反応粒子、界面、乾燥状態、ひび割れなども影響します。Ca/Si比と圧縮強度を直接結びつける場合は、ほかの条件が同じかを確認する必要があります。
C-S-Hの密度が高いほどペースト全体が緻密とは限らない
高温養生では、C-S-Hの見かけ密度が高くなっても、セメントペースト全体では毛細管空隙が増える場合があります。
材料内部の異なる長さの範囲を分けて考える必要があります。
- 原子・分子の範囲:シリケート鎖や層間構造
- 数nmの範囲:C-S-H粒子やゲル細孔
- μm以上の範囲:毛細管空隙や未反応粒子
- 供試体全体:圧縮強度、収縮、透水性
合成C-S-Hの結果を実セメントへそのまま当てはめない
合成C-S-Hは、組成や反応条件を限定できるため、基礎研究に適しています。
一方、実際のセメント硬化体には、CH、エトリンガイト、AFm相、未反応クリンカー、混和材などが共存します。細孔溶液の組成も時間とともに変わります。
合成系の結果は、現象を理解するための基準として使い、実セメント系で確認することが必要です。
C-S-H研究を始めるときの確認項目
研究計画を立てるときは、最初に次の項目を決めます。
- 研究対象は合成C-S-Hか、セメントペーストか
- 確認したいのは組成、構造、細孔、力学特性のどれか
- Ca/Si比やAl/Si比をどのように管理するか
- 炭酸化や乾燥を防ぐ試料保管ができているか
- 水和停止方法が分析対象を変化させないか
- XRD以外にどの分析を組み合わせるか
- 無添加試料や未処理試料を比較対象にしているか
分析方法に迷った場合は、次の組み合わせから始めると整理しやすくなります。
水和物の種類を確認する
→ XRD+TG-DTA
局所組成を確認する
→ SEM-EDS
シリケート鎖を確認する
→ ²⁹Si MAS NMR
炭酸化や結合状態を見る
→ FTIR+XRD+TG-DTA
細孔と力学特性を結びつける
→ SANS・SAXS+ナノインデンテーション
まとめ:C-S-Hは量だけでなく組成と構造を見る
C-S-Hは、セメント硬化体の強度と微細構造を支える主要な水和物です。一方、一定の化学式を持つ単純な物質ではなく、Ca/Si比、シリケート鎖、含水状態、粒子の詰まり方によって性質が変わります。
研究で特に押さえたい点は、次の5つです。
- Ca/Si比が低くなると、シリケート鎖は長くなる傾向がある
- 高温ではC-S-Hが高密度化しても、ペースト全体の空隙が粗くなる場合がある
- 炭酸化では脱カルシウムとシリケート鎖の重合が進む
- Al、Na、Kなどの取り込みによって組成や層間構造が変化する
- C-S-HはXRDだけで判断せず、NMR、FTIR、SEM-EDS、TG-DTAなどを組み合わせる
次に行うことは、研究目的を「C-S-Hの何を明らかにしたいのか」に分けることです。
組成を見たいのか、シリケート鎖を見たいのか、空隙を見たいのかによって、必要な試料と分析方法は変わります。まずは比較対象を用意し、1つの測定結果だけで結論を出さない研究計画を立ててください。
よくある質問
C-S-HとCSHは同じものですか?
多くの場合、同じケイ酸カルシウム水和物を指します。
セメント化学では、組成が一定ではないことを示すために「C-S-H」とハイフンを入れる表記が一般的です。一方、検索語や一般向けの説明では「CSH」と表記されることもあります。
C-S-HはXRDで定量できますか?
一般的なXRDだけで正確に定量するのは簡単ではありません。
C-S-Hは結晶性が低く、幅広い回折を示すためです。内部標準を使った方法や非晶質量の評価はありますが、未反応相やほかの非晶質成分との区別が課題になります。TG-DTA、NMR、選択溶解などとの併用を検討します。
Ca/Si比はどの分析で測ればよいですか?
局所的なCa/Si比を見る場合はSEM-EDSやTEM-EDSが使われます。試料全体の平均組成を確認する場合は、化学分析やICPを利用できます。
ただし、SEM-EDSではCHや未反応粒子が測定範囲に入る可能性があります。複数点を測定し、像や元素分布と合わせて判断することが必要です。
C-S-HとC-A-S-Hの違いは何ですか?
C-A-S-Hは、C-S-Hの構造にアルミニウムが取り込まれた水和物です。
高炉スラグやフライアッシュなどを含むセメント系で形成されやすく、シリケート鎖、アルカリ保持、相平衡などがC-S-Hとは異なる場合があります。ただし、アルミニウムのすべてがC-A-S-Hに入るわけではなく、AFm相などほかの水和物にも分配されます。
参考文献
- Richardson, I. G. and Groves, G. W., “Models for the composition and structure of calcium silicate hydrate gel in hardened tricalcium silicate pastes,” Cement and Concrete Research, 22, 1001–1010, 1992.
- Cong, X. and Kirkpatrick, R. J., “²⁹Si MAS NMR study of the structure of calcium silicate hydrate,” Advanced Cement Based Materials, 3, 144–156, 1996.
- Jennings, H. M., “A model for the microstructure of calcium silicate hydrate in cement paste,” Cement and Concrete Research, 30, 101–116, 2000.
- Jennings, H. M. et al., “A multi-technique investigation of the nanoporosity of cement paste,” Cement and Concrete Research, 37, 329–336, 2007.
- Gallucci, E. et al., “Effect of temperature on the microstructure of calcium silicate hydrate,” Cement and Concrete Research, 53, 185–195, 2013.
- Liu, X. et al., “Carbonation behavior of calcium silicate hydrate: Its potential for CO₂ capture,” Chemical Engineering Journal, 431, 134243, 2022.
- Lee, H. et al., “Synthesis of calcium silicate hydrate nanoparticles and their effect on cement hydration and compressive strength,” Construction and Building Materials, 407, 133559, 2023.
- Guan, W. et al., “Synthesis and Enhanced Phosphate Recovery Property of Porous Calcium Silicate Hydrate Using Polyethyleneglycol as Pore-Generation Agent,” Materials, 6, 2846–2861, 2013.

