1. はじめに
セメントクリンカーを構成する主要鉱物の中で、C₂S(ビーライト、Belite)は「セメントの縁の下の力持ち」とも呼ばれる重要な鉱物です。C₃Sに比べて水和反応は遅いものの、長期強度の発現に大きく寄与し、水和熱が少ないという特徴から、マスコンクリートや低熱セメントには欠かせない成分となっています。
近年、セメント産業のCO₂排出削減が世界的な課題となる中、C₂Sは特に注目を集めています。その理由は、C₃Sよりも低い温度で生成でき、石灰石の使用量も少ないため、製造時のCO₂排出量を大幅に削減できる可能性を秘めているからです。
本記事では、C₂Sの基本的な特性から始まり、複雑な結晶多形、特徴的な水和反応メカニズム、そして環境配慮型セメントにおける役割まで、最新の研究成果を交えながら包括的に解説していきます。
2. C₂S(ビーライト)の基本情報
2.1 化学組成と名称
C₂S(ビーライト)の正式な化学名は「ケイ酸二カルシウム(Dicalcium Silicate)」で、化学式は2CaO・SiO₂です。
ビーライト(Belite)という名称は、1897年にスウェーデンの研究者トルネボーム(Törnebohm)により命名されました。クリンカー中に多く含まれるケイ酸二カルシウム相を指す呼称として、その後広く定着しています。
化学組成を見ると、理論的にはCaO 65.1%、SiO₂ 34.9%で、CaO/SiO₂のモル比は2.0となります。実際のクリンカー中では、様々な元素を固溶しており、これらが物性に大きな影響を与えています。
2.2 物理的性質
C₂Sの物理的性質は結晶多形によって変化しますが、主要な性質を見ていきましょう。密度は、α型で3.28 g/cm³、β型で3.32 g/cm³、γ型では2.97 g/cm³と、多形によって大きく異なります。融点は2130℃で、α’型として融解します。硬度はモース硬度で5〜6程度です。
色は純粋なものでは白色ですが、不純物により黄褐色から褐色を呈します。光学的には、屈折率が1.717〜1.735の範囲にあり、複屈折は0.015〜0.018を示します。偏光顕微鏡下では特徴的な縞模様(ラメラ構造)が観察され、これがビーライトの識別に重要な手がかりとなります。
2.3 結晶多形とその特徴
興味深いことに、C₂Sは温度によって顔を変える「変身の達人」のような性質を持っています。具体的には5つの主要な結晶多形を持ち、温度変化により複雑な相転移を示すのです。
最も高温の1425℃以上ではα型(六方晶系)として存在し、温度が下がるにつれて1160〜1425℃ではα’H型(斜方晶系、高温型)、さらに680〜1160℃ではα’L型(斜方晶系、低温型)へと変化します。実用的に最も重要なのは500〜680℃のβ型(単斜晶系)ですが、さらに温度が下がって500℃以下になるとγ型(斜方晶系)になってしまいます。
ここで注意が必要なのは、γ型への転移は約10%前後の体積膨張を伴い、クリンカーの粉化(dusting)という厄介な現象につながることです。そのため、実用的にはβ型をいかに安定化させるかが鍵となります。幸い、不純物の固溶により多形転移を抑制できるため、実際のセメント製造では様々な元素を活用してβ型を安定させているのです。
3. C₂Sの結晶構造
3.1 基本構造の特徴
C₂Sの結晶構造は、多形によって異なりますが、基本的にはSiO₄四面体とCaイオンから構成されます。最も重要なβ-C₂Sの構造を詳しく見てみましょう。
β-C₂Sは単斜晶系のP2₁/n空間群に属し、格子定数はa = 5.502 Å、b = 6.745 Å、c = 9.297 Å、β = 94.59°という値を示します。構造中では孤立したSiO₄四面体が存在し、Caイオンは不規則な6〜7配位をとっています。
この構造は、鉱物学的にはオリビン(Mg₂SiO₄)構造に類似しており、Ca-O結合はイオン性が強く、Si-O-Ca結合角の歪みが反応性に影響を与えています。
3.2 多形転移のメカニズム
C₂Sの多形転移は、主にCaイオンとSiO₄四面体の配列変化により起こります。α → α’転移(1425℃)は再構成的転移で、六方晶系から斜方晶系へ変化します。この転移では体積変化は小さいです。
α’ → β転移(680℃)は変位的転移で、Ca配位の変化を伴います。冷却速度により転移温度が変化するという特徴があります。
最も問題となるβ → γ転移(おおむね500℃以下)は再構成的転移で、約10%前後という大きな体積膨張を伴い、クリンカーの粉化(dusting)につながります。そのため実用上は、冷却条件の管理や固溶元素の制御によりβ型を保持し、γ型への転移を抑制することが重要です。
3.3 固溶体形成と安定化
実際のクリンカー中のC₂Sは多くの元素を固溶し、これがβ型の安定化に寄与します。
β型の安定化に最も効果的なのはAl₂O₃(〜2.5%)で、Al³⁺がSi⁴⁺を置換し、電荷補償としてCa²⁺空孔が生成されます。Fe₂O₃(〜2.0%)も安定化に寄与するとともに褐色の着色原因となります。MgO(〜2.0%)は限定的ながら安定化効果があり、特に高温型では有効です。
アルカリ成分(Na₂O、K₂O)は各1.0%程度で水和活性を向上させますが、過剰になると逆に活性が低下します。SO₃(〜1.0%)はα’型の安定化と焼成温度の低下に寄与します。
これらの固溶元素は格子歪みを導入し、転移の活性化エネルギーを増大させることで核生成を抑制し、β型を安定化させる機構で働いています。固溶元素の最適バランスについては国内外で詳細に検討が進められています。
4. C₂Sの生成過程
4.1 クリンカー焼成中の生成
C₂Sは、C₃Sよりも低い温度で生成されます。まず、800〜900℃で石灰石が分解してCaOが生成され、続いて900〜1200℃でCaOとSiO₂が反応してC₂Sが生成されます。
CaCO₃ → CaO + CO₂(800〜900℃)
2CaO + SiO₂ → C₂S(900〜1200℃)
生成過程は、固相反応期(900〜1200℃)と液相生成後(1250℃以上)に分けられます。固相反応期では、CaOとSiO₂の直接反応が拡散律速で進行し、原料の微粉度が重要となります。液相生成後は反応速度が急増し、液相を介した物質移動によりC₃S生成との競合が起こります。
4.2 C₂S生成に影響する因子
原料組成の面では、石灰飽和度(LSF)を85〜92%に調整することで、C₂S主体のセメントを製造できます。シリカ率(SM)は1.5〜2.5、アルミナ率(IM)は1.0〜2.0が適切とされています。
焼成条件では、最高温度を1350〜1450℃(C₃S主体より100℃程度低い)に設定し、15〜25分間保持します。冷却速度も重要で、急冷によりβ型を保持します。近年はクーラー性能や運転条件の最適化により、ビーライト系クリンカーの品質安定化が図られています。
鉱化剤の効果も見逃せません。CaF₂は液相生成温度を低下させ、C₂S生成を促進します。CaSO₄はα’型の安定化に、B₂O₃はβ型の安定化と水和活性向上に寄与します。
4.3 微細構造と結晶成長
クリンカー中のC₂S結晶は、丸みを帯びた粒状(rounded)の形態を示し、しばしばベリットクラスター(集合体)を形成します。特徴的なラメラ(縞状)構造は、多形転移の痕跡として観察されます。
結晶サイズは、通常15〜40μm、徐冷時には30〜60μm、急冷時には10〜25μmとなります。C₃S結晶間に分散し、液相により部分的に被覆された状態で存在します。クラスター形成による局在化も見られ、これが水和反応に影響を与えます。
5. C₂Sの水和反応メカニズム
5.1 水和反応の化学式
C₂Sの水和反応は、C₃Sと類似していますが、反応速度が大幅に遅いという特徴があります。
2C₂S + 4H → C₃S₂H₃ + CH
2(2CaO・SiO₂) + 4H₂O → 3CaO・2SiO₂・3H₂O + Ca(OH)₂
この反応では、生成するCH量がC₃Sの1/3と少なく、水和熱も約250 J/g(C₃Sの約半分)と低いのが特徴です。完全水和には数ヶ月から数年を要し、これが長期強度発現の源となっています。
5.2 水和反応の進行過程
C₂Sの水和は以下の段階を経て進行しますが、各段階の時間スケールがC₃Sよりも大幅に長くなります。
第1段階の初期溶解(0〜1日)では、表面からのCa²⁺、SiO₄⁴⁻の溶出が起こりますが、溶出速度はC₃Sの1/10程度と非常に遅く、保護層が形成されます。
第2段階の誘導期(1〜7日)では、極めて遅い反応が続き、表面の不動態化が進行します。pH上昇も緩やかです。
第3段階の加速期(7〜28日)でようやく水和が本格化し、C-S-Hの核生成と成長が始まります。ただし、最大反応速度はC₃Sの1/20程度に留まります。
第4段階の減速期(28日〜数ヶ月)では拡散律速となり、内部への水の浸透が律速となります。緻密な水和物層が形成されます。
第5段階の定常期(数ヶ月〜数年)では、極めて遅い水和が継続し、長期強度に寄与します。水和度は50〜80%程度で頭打ちになることが多いです。
5.3 水和反応の特徴
反応速度が遅い理由は、熱力学的要因、動力学的要因、構造的要因の3つに分けられます。
熱力学的要因として、C₂Sの溶解度がC₃Sよりも低いことが挙げられます。C₂Sの標準生成ギブスエネルギーは-2096.6 kJ/molで、C₃Sの-2830.4 kJ/molより安定です。
動力学的要因として、表面に形成される保護層の存在があります。初期水和で生成するC-S-H層が緻密で、水の浸透を阻害します。
構造的要因として、β-C₂Sの結晶構造におけるSiO₄四面体の配列が、溶解しにくい配置となっていることが挙げられます。特にSi-O結合が強固で、これが溶解速度を制限します。
6. C₂Sがセメント性能に与える影響
6.1 強度発現特性
C₂Sの最大の特徴は、長期強度の発現にあります。C₂S主体のセメントは、初期強度(1〜7日)は低いものの、28日以降も強度が増進し続けるという特徴があります。
一般的な普通ポルトランドセメントでは、28日強度の約70%が7日までに発現しますが、ビーライトセメントでは28日強度の約50%程度しか7日までに発現しません。しかし、91日、180日と時間が経過すると、普通ポルトランドセメントを上回る強度を示すこともあります。
この長期強度発現は、C₂Sの遅い水和反応が長期間継続することにより、徐々にC-S-Hが生成し、空隙を埋めて組織を緻密化させるためです。また、生成するCH量が少ないため、より多くのC-S-Hが生成され、これが強度に寄与します。
6.2 水和熱と温度ひび割れ抑制
C₂Sは水和熱が低いという特徴があり、これがマスコンクリートにおける温度ひび割れ抑制に大きく貢献します。普通ポルトランドセメントの総水和熱が約350〜400 J/gであるのに対し、ビーライトセメントでは約250〜300 J/g程度となります。
特に初期の水和熱発生速度が遅いため、コンクリート内部温度の上昇が緩やかで、最高温度も低く抑えられます。これにより、内部と表面の温度差が小さくなり、温度応力によるひび割れを防ぐことができます。
実際に、ダムコンクリートや大型基礎などのマスコンクリートでは、中庸熱ポルトランドセメントや低熱ポルトランドセメントが使用されますが、これらにはC₂Sが多く含まれています。
6.3 耐久性への影響
C₂S主体のセメントは、耐久性の面でも優れた特性を示すことが多いです。
硫酸塩抵抗性:C₂Sが多いセメントは一般的にC₃Aが少なく、硫酸塩による膨張破壊に対する抵抗性が高くなります。
アルカリシリカ反応抑制:C₂S水和で生成するCHが少ないため、細孔溶液のpH上昇が抑制され、アルカリシリカ反応のリスクが低下する可能性があります。
炭酸化:一方で、CH量が少ないため、炭酸化抵抗性は低下する可能性があります。ただし、組織が緻密化するため、CO₂の拡散が抑制される効果もあり、総合的な評価が必要です。
7. 環境配慮型セメントにおけるC₂Sの役割
7.1 CO₂削減ポテンシャル
セメント製造によるCO₂排出は、主に2つの要因から生じます。
1つ目は石灰石の分解によるプロセスCO₂(CaCO₃ → CaO + CO₂)で、一般に大きな割合を占めます。2つ目は燃料燃焼によるエネルギー起源CO₂で、こちらも無視できない割合を占めます。
C₂S主体のセメントは、C₃S主体のセメントに比べて以下の理由でCO₂排出を削減できます:
石灰石使用量の削減:C₂S(2CaO・SiO₂)はC₃S(3CaO・SiO₂)よりもCaO含有量が少ないため、同量のSiO₂に対して必要な石灰石量は理論的に約1/3低減します。
焼成温度の低下:C₂Sは1200℃程度から生成が始まり、C₃S生成に必要な1450℃よりも低温で製造できます。これにより燃料消費量が削減されます。
これらの効果を踏まえた試算では、条件次第でCO₂排出量を20〜30%程度削減できる可能性が示されています(比較対象や性能条件、運用条件により変動します)。
7.2 低炭素セメント技術への応用
現在研究開発が進められている低炭素セメント技術の多くで、C₂Sが重要な役割を果たしています。
LC³セメント(Limestone Calcined Clay Cement):石灰石と焼成粘土を混合したセメントで、C₂Sと反応して強度を発現します。
カルシウムサルホアルミネートセメント(CSA):エトリンガイト生成を主とするセメントですが、C₂Sが共存することで長期強度を補完します。
活性化ビーライトセメント:ビーライトの反応性を高めるための技術で、ナノ粒子添加、機械的活性化、化学的活性化などが研究されています。
特に注目されているのは、β-C₂Sをより反応性の高い状態で安定化させる技術です。例えば、特定の不純物を固溶させて格子歪みを導入することで、水和反応を促進することができます。
7.3 実用化への課題
ビーライトセメントの実用化には、いくつかの課題があります。
初期強度不足:建設工事では早期脱型や工期短縮のため初期強度が重要です。これを補うための混和材や養生方法の工夫が必要です。
製造プロセスの最適化:β型の安定化には冷却条件の管理が重要で、既存のセメント工場での製造には設備改良が必要な場合があります。
規格・基準の整備:現在のセメント規格は普通ポルトランドセメントを基準としており、新しいセメントの性能評価方法や品質基準の策定が必要です。
しかし、カーボンニュートラル達成に向けてセメント産業の変革が求められる中、これらの課題を克服してビーライトセメントを実用化する意義は大きいといえます。
8. まとめ
C₂S(ビーライト)は、セメントクリンカー中で重要な役割を果たす鉱物であり、以下の特徴を持っています:
・C₃Sより水和反応が遅いが、長期強度発現に寄与
・水和熱が低く、マスコンクリートに適用される
・複雑な結晶多形を持ち、β型の安定化が重要
・低温で生成でき、CO₂削減に大きなポテンシャルを持つ
特に、環境配慮型セメントとしての可能性は非常に大きく、今後のセメント産業の脱炭素化において中心的な役割を担う可能性があります。初期強度などの課題はありますが、活性化技術の進展により、実用化が加速することが期待されます。
セメント化学の世界では、古くから知られている鉱物でありながら、新たな価値が見出されているC₂S。まさに「縁の下の力持ち」から「主役」へと変貌を遂げようとしているのかもしれません。
参考文献
1. Taylor, H.F.W. (1997). Cement Chemistry (2nd ed.). Thomas Telford.
2. Hewlett, P.C. (Ed.) (2003). Lea’s Chemistry of Cement and Concrete (4th ed.). Butterworth-Heinemann.
3. Gartner, E.M. (2004). Industrially interesting approaches to “low-CO₂” cements. Cement and Concrete Research, 34(9), 1489-1498.
4. 日本セメント技術協会 (2020). セメントクリンカー鉱物の基礎と応用. 東京: セメント協会.
5. 土木学会 (2017). マスコンクリートの温度ひび割れ制御指針. 土木学会.
6. 日本コンクリート工学会 (2022). コンクリート技術の要点’22. 東京官書普及.
7. Scrivener, K.L., John, V.M., & Gartner, E.M. (2018). Eco-efficient cements: Potential economically viable solutions for a low-CO₂ cement-based materials industry. Cement and Concrete Research, 114, 2-26.
8. Mehta, P.K., & Monteiro, P.J.M. (2014). Concrete: Microstructure, Properties, and Materials (4th ed.). McGraw-Hill Education.
