ストラトリンガイトの生成条件と影響

ストラトリンガイトの生成条件と影響

1. はじめに

環境配慮型セメントとして注目される高炉セメントやフライアッシュセメントを分析すると、普通セメントでは見られない特殊な水和物が観察されることがあります。その代表的なものが、ストラトリンガイト(Stratlingite)という層状の水和物です。

ストラトリンガイトは化学式C₂ASH₈で表される比較的珍しい水和物で、1966年に天然鉱物として初めて発見されました。しかし現在では、むしろ人工的なセメント系材料での生成例の方が重要視されています。特に、副産物を活用した混合セメントにおいて、この水和物の存在が材料の長期性能に大きく影響することが分かってきました。

なぜストラトリンガイトが注目されるのでしょうか。それは、この水和物が混合セメントの特徴的な性質、すなわち長期強度増進や優れた化学的抵抗性と密接に関連しているからです。また、CO₂削減を目的として混合セメントの使用が拡大する中、ストラトリンガイトの生成と制御は、持続可能な建設材料の品質管理において重要な技術となっています。

本記事では、この興味深い水和物の正体と、それが材料性能に与える影響について、実務的な観点から詳しく解説します。

2. ストラトリンガイトの基礎知識

2.1 化学組成と結晶学的性質

ストラトリンガイトの基本的な性質を整理すると、化学式はCa₂Al₂SiO₇·8H₂Oで表され、セメント化学では簡潔にC₂ASH₈と記載されます。分子量は414.4 g/molで、英名はStratlingiteです。

結晶学的には六方晶系に属し、空間群はP6₃/mcm(No. 193)です。格子定数はa軸とb軸が等しく5.748オングストローム、c軸は27.98オングストロームという特徴を持ちます。結晶構造中には2つの分子が含まれています(Z = 2)。

物理的性質として、密度は1.95 g/cm³(計算値)で、外観は無色から淡黄色を呈します。結晶は{0001}面に明瞭な劈開を持ち、硬度はモース硬度で1.5~2.0と比較的軟らかい性質を示します。これらの特性は、後述する層状構造に起因しています。

2.2 結晶構造の特徴

ストラトリンガイトの結晶構造は層状構造を基本としています。構造の基本要素として、主層は[Ca₂Al₂SiO₇]²⁺という組成を持ち、その間に8個の水分子(8H₂O)が層間領域に存在します。積層様式はABAB型の2層周期をとり、層間距離は約14オングストロームという特徴的な値を示します。

原子配列の詳細を見ると、カルシウム原子は7配位の歪んだ一方向帽子付き八面体構造をとります。アルミニウム原子は興味深いことに、4配位(テトラヘドラル)と6配位(オクタヘドラル)の両方の配位環境を持ちます。シリコン原子は一般的な4配位(テトラヘドラル)構造をとり、水分子は層間の特定の位置に規則的に配置されています。この複雑な原子配列が、ストラトリンガイトの特異な性質を生み出しています。

2.3 AFm相における位置づけ

AFm相(A = Al₂O₃, F = Fe₂O₃, m = mono)は、セメント水和物の重要な一群で、ストラトリンガイトはその代表的な一種です。AFm相には複数の種類があり、それぞれ異なる特徴を持っています。

モノサルフェート(C₄AS̄H₁₂)は硫酸イオンを含有する相で、セメントの初期水和で重要な役割を果たします。モノカーボネート(C₄AC̄H₁₁)は炭酸イオンを含む相で、石灰石微粉末を添加したセメントでよく観察されます。ストラトリンガイト(C₂ASH₈)はシリケートを含有する点で他のAFm相とは異なる特徴を持ちます。ヘミカーボネート(C₄AC̄₀.₅H₁₁.₅)は中間的な炭酸化物として位置づけられます。

これらのAFm相は構造的に類似しており、基本的な層状構造、層間への陰イオン挿入、類似した格子定数などの共通点があります。また、環境条件の変化により相互転移する可能性があることも知られており、混合セメントの水和物組成を理解する上で重要な概念となっています。

3. ストラトリンガイトの生成条件

3.1 熱力学的安定性

ストラトリンガイトの熱力学的安定性を理解するためには、まず標準状態(25°C)での生成自由エネルギーが-5,543 kJ/molという値を示すことが重要です。この負の値は、ストラトリンガイトが熱力学的に安定な相であることを明確に示しています。また、他の水和物相との関係では、C₂ASH₈ + CH ⇌ C₃AH₆ + CSHやC₂ASH₈ + C̄ ⇌ C₄AC̄H₁₁ + SHといった平衡反応を示し、環境条件の変化によって他の水和物へと相互転移する可能性があることを意味しています。この相互転移の特性は、混合セメントの長期性能や耐久性に大きな影響を与えるため、実用的な観点からも重要な特性です。

3.2 生成に必要な化学条件

ストラトリンガイトの生成には特定の化学成分が必要です。まず、カルシウム源としてCa²⁺イオンが必要で、これは通常セメント中のエーライトやビーライトの水和により供給されます。次に、アルミニウム源としてAl₂O₃が必要で、これは高炉スラグやフライアッシュなどの混和材から供給されることが多いです。さらに、シリカ源としてSiO₂も必要で、これも混和材由来です。最後に、結晶水として水が必要になります。

最適な化学組成として、CaO/SiO₂比は1.5~2.5の範囲が適しており、Al₂O₃/SiO₂比は0.8~1.5の範囲で良好な生成が見られます。水結合材比は0.3~0.6の範囲が最適とされています。これらの比率が適切でないと、他の水和物が優先的に生成されてしまいます。

pH条件も重要な生成因子です。生成pHは11.5~12.5の範囲で、これは通常のセメント硬化体のpH範囲とよく一致します。安定pHは10.0~13.0とより広い範囲ですが、pH 9.0未満や13.5を超える条件では分解してしまうため注意が必要です。

3.3 時間-温度条件

ストラトリンガイトの生成は温度に強く依存します。常温(20°C)では生成速度が遅く、主要な反応期間は数ヶ月から数年という長期間になります。これは、混合セメントの長期強度発現の一因となっています。

温度が40°Cに上昇すると、生成速度は中程度となり、主要反応期間は数週間から数ヶ月に短縮されます。これは、夏季の高温期や暖房された屋内での施工において観察される現象です。60°Cでは生成速度が速くなり、数日から数週間で主要な反応が完了します。この温度は蒸気養生などで利用される範囲です。

80°C以上の高温では、生成速度は極めて速くなり、数時間から数日で反応が進行しますが、同時に構造が不安定になる傾向があります。プレキャスト製品の蒸気養生では、この特性を考慮した温度管理が重要になります。

圧力の影響については、常圧が標準的な生成条件です。高圧条件では生成速度がわずかに促進されますが、実用的な範囲では大きな変化はありません。一方、真空条件では脱水により構造変化が起こる可能性があります。

4. セメント系でのストラトリンガイト生成

4.1 高炉セメントでの生成

**高炉セメントでのストラトリンガイト生成**
高炉セメントでのストラトリンガイト生成において、高炉スラグは決定的な役割を果たします。一般的な高炉スラグの化学組成はCaOが30-45%、SiO₂が30-35%、Al₂O₃が10-20%、MgOが5-15%となっており、これらの成分がセメントの水和反応で供給されるカルシウムイオンと反応し、2Ca²⁺ + Al₂O₃ + SiO₂ + 8H₂O → Ca₂Al₂SiO₇·8H₂Oという式でストラトリンガイトを生成します。生成時期は材齢28日から6ヶ月にかけて開始され、材齢1、2年でピークに達します。生成量はスラグ置換率に応じてセメント重量の2から8%程度となり、長期強度発現に寄与します。

4.2 フライアッシュセメントでの生成

**フライアッシュセメントでの生成特性**
フライアッシュセメントでのストラトリンガイト生成は、フライアッシュの特有の化学組成に大きく依存します。一般的なフライアッシュの組成はSiO₂が50-65%、Al₂O₃が15-30%、Fe₂O₃が5-15%、CaOが1-15%となっており、これらがポゾラン反応を通じてCH + フライアッシュ(Al₂O₃·SiO₂) + H₂O → C₂ASH₈ + CSHという反応でストラトリンガイトを生成します。ただし、フライアッシュの反応性は高炉スラグよりも遅く、生成量も比較的少量(1、3%程度)に留まります。さらに、フライアッシュの品質(粒子形状、組成、毒性など)に大きく依存するため、安定した生成を確保するには原料品質の管理が重要になります。

4.3 その他のアルミニウム源

**その他のアルミニウム源との反応**
メタカオリンは高純度のアルミニウムシリケート材料として、Al₂Si₂O₇ + 2Ca(OH)₂ + 6H₂O → Ca₂Al₂SiO₇·8H₂O + SiO₂·nH₂Oという反応でストラトリンガイトを生成します。この材料は反応性が高く、比較的短期間でストラトリンガイトの生成が期待できます。また、アルミナセメントを用いた系では、12CaO·7Al₂O₃、CA(モノカルシウムアルミネート)、C₃A(トリカルシウムアルミネート)などの異なるアルミネート相との反応によってもストラトリンガイトの生成が確認されており、特殊セメントでの応用が期待されています。

5. 分析・同定技術

5.1 X線回折分析

**特徴的回折ピーク**
X線回折分析において、ストラトリンガイトは非常に特徴的な回折パターンを示します。最も重要な特徴として、13.99オングストロームに現れる001反射が最強線として観察され、これはストラトリンガイトの層状構造に由来する非常に特徴的なピークです。この他にも、003反射が4.66オングストローム、102反射が4.18オングストローム、104反射が3.15オングストローム、そして006反射が2.33オングストロームにそれぞれ観察され、これらの組み合わせにより精密な相同定が可能となっています

他相との区別において、ストラトリンガイトは特徴的なXRDパターンを示します。最も重要な識別ポイントは、13.99オングストロームに現れる強い001反射で、これは層状構造に由来する特徴的なピークです。

これに対し、エトリンガイトは9.73オングストロームに主要ピークが現れ、中間的な間隔を示します。モノサルフェートはさらに小さい8.9オングストロームに主要ピークが観察されます。これらの違いにより、混合セメント硬化体中でのストラトリンガイトの同定が可能になっています。実際の分析では、これらのピーク位置と強度を総合的に判断して相同定を行います。

5.2 熱分析

熱重量-示差熱分析(TG-DTA)では、ストラトリンガイトは段階的な脱水挙動を示します。

第1段階(80~200°C)では、層間水の脱水が起こります。この温度範囲で約35%の質量減少が観察され、これは8個の水分子(8H₂O)の脱離に相当します。この段階の脱水は比較的容易に起こり、大きな質量減少を伴うため、ストラトリンガイトの定量分析に利用されます。

第2段階(200~400°C)では、構造水の脱水が進行し、化学式で表すとC₂ASH₈ → C₂AS + 8H₂O↑という反応が起こります。この段階では、層間だけでなく構造内部の水分子も除去されるため、結晶構造に大きな変化が生じます。

第3段階(400~600°C)では、残留構造水の除去が完了します。この温度まで加熱すると、ストラトリンガイト由来の水分はほぼ完全に除去され、安定した脱水生成物が得られます。これらの特徴的な脱水挙動により、混合セメント硬化体中のストラトリンガイト量を定量することが可能になります。

5.3 固体NMR分光法

固体NMR分光法は、ストラトリンガイトの局所構造を詳細に解析する強力な手法です。

²⁷Al NMRでは、ストラトリンガイト中のアルミニウムの配位環境を明確に区別できます。テトラヘドラル配位のアルミニウムは60~80 ppmの化学シフト領域に、オクタヘドラル配位のアルミニウムは0~20 ppmの領域に観察されます。興味深いことに、ストラトリンガイトではこれら二つの配位環境の比率がAl[4]:Al[6] = 1:1となっており、この特徴的な比率が構造同定の重要な指標となります。

²⁹Si NMRでは、ストラトリンガイト中のシリコンはQ⁰環境(他のシリコンと結合していない独立したシリケート単体)として存在し、-75 ± 2 ppmという特徴的な化学シフトを示します。線幅は比較的狭く、これは規則的で均一な局所環境を反映しています。この特性により、CSHゲルなど他のシリケート相との明確な区別が可能になります。

6. 材料性能への影響

6.1 強度発現への寄与

**長期強度への貢献**
ストラトリンガイトの長期強度発現への貢献は、複数のメカニズムを通じて発現されます。まず最も基本的な機能として、微細な結晶が直接的な結合材として作用することが挙げられます。ストラトリンガイトの結晶は、既存の水和物と物理的・化学的な結合を形成し、硬化体の結束力向上に寄与します。また、空隙充填効果も重要な要因であり、結晶が成長する際に細孔構造を改善し、緊密で密実な組織を形成します。さらに、ストラトリンガイトと隣接する他の水和物相との間に形成される化学的結合も、全体的な強度向上に寄与しています

**強度発現の定量評価**
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長期圧縮強度 = f₂₈ + α × (ストラトリンガイト量)
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これらの効果は定量的にも評価されており、経験的に導かれた関係式では、長期圧縮強度は28日強度にストラトリンガイト量に係数αを乗じた値を加えたものとして表されます。この係数αは、混合セメントの種類や配合によって異なりますが、一般的には0.3から0.8 MPa/mass%の範囲の値を示し、これはストラトリンガイトの強度寄与が実用上有意であることを示しています

6.2 耐久性への影響

**正の影響**
ストラトリンガイトの存在は耐久性向上に多面的な効果をもたらします。最も重要な効果は細孔構造の改善で、結晶の成長により毛細管細孔が段階的に減少し、全体的な透水性の低下と物質移動抵抗の増加が実現されます。これにより、有害物質の侵入経路が制限され、長期的な耐久性向上が期待できます。

化学的安定性の面では、ストラトリンガイトは優れた耐酸性を示し、酸性環境下でも比較的安定した構造を維持します。また、硫酸塩に対する安定性も高く、海洋環境などの厳しい条件下でも劣化抵抗性を発揮します。さらに、アルカリシリカ反応の抑制効果も確認されており、アルカリ性物質の固定化により反応性の低下が期待できます。

**潜在的な負の影響**
一方で、ストラトリンガイトは炭酸化に対してやや感受性を示す特性があります。炭酸化反応(C₂ASH₈ + 2CO₂ → 2CaCO₃ + Al₂O₃·SiO₂·nH₂O)により結晶構造が変化し、本来の機能が損なわれる可能性があります。

また、凍結融解環境では注意が必要です。層状構造の層間に存在する水分子が凍結する際の体積膨張により、結晶構造に内部応力が発生し、場合によっては構造の破壊を引き起こす可能性があります。これらの特性を理解した上で適切な対策を講じることが重要です。

6.3 収縮特性への影響

**自己収縮への影響**
ストラトリンガイトの生成は自己収縮特性に複合的な影響を与えます。結晶の形成過程では内部水分が結合水として消費されますが、ストラトリンガイト自体の生成により正味体積がわずかに増加するため、全体的には自己収縮の軽減効果をもたらします。この特性は、高強度コンクリートなどの自己収縮が問題となる用途において有益な効果を発揮します。

**乾燥収縮への影響**
乾燥環境下では、ストラトリンガイトの層状構造が特徴的な挙動を示します。層間に存在する水分の逸散は比較的容易で、この過程で生じる収縮は湿度が回復すれば元に戻る可逆的な成分です。一方、構造内部により強固に結合した構造水の脱水は高温や長期間の乾燥条件下で起こり、これによる収縮は非可逆的で、材料の永続的な寸法変化をもたらします。これらの特性を考慮した設計と管理が重要です。

7. 混合セメントにおける制御技術

7.1 生成量の制御

ストラトリンガイトの生成量を制御するためには、原料組成の精密な管理が不可欠です。特に重要なのはAl₂O₃の含有量であり、結合材重量比で8から15%の範囲が最適とされています。この範囲を下回ると十分なストラトリンガイトの生成が期待できず、上回ると他のアルミネート相が優先的に生成される傾向があります。また、SiO₂とAl₂O₃の比率も重要で、1.2から2.0の範囲で最適な生成が実現されます。養生条件の制御では、温度管理が最も重要な要素であり、50から70°Cの中温範囲での養生が最も効果的です。湿度については相対湿度を(80%以上に維持することが必要であり、乾燥した環境では適切な水和反応が進行しません。時間管理については、ストラトリンガイトの生成が長期間にわたって進行するため、6ヶ月以上の長期養生が理想的とされています。

7.2 品質管理

ストラトリンガイトの品質管理において、生成量の正確な評価は極めて重要です。最も信頼性の高い手法はX線回折分析におけるリートベルト法であり、この手法により結晶構造パラメータの精密化と同時に高精度な定量分析が可能です。補完的な手法として、熱重量-示差熱分析(TG-DTA法)は特徴的な脱水挙動を利用した定量が可能であり、選択溶解法を用いた化学分析では特定成分の選択的抽出による定量が実現されます。実用的な品質基準としては、高炉セメントB種での目標生成量が3から8%の範囲で設定されており、この範囲で最適な長期強度発現が期待できます。品質管理の下限値としては1%以上の生成量が必要であり、これを下回ると混合セメントとしての特徴が十分に発揮されません。一方、上限値としては12%以下に抜制することが重要であり、これを上回ると他の水和物相の生成を阻害したり、予期しない副作用が生じる可能性があります。

8. 最新の研究動向

8.1 結晶構造の精密解析

**中性子回折研究の進展**
中性子回折技術を用いた研究では、X線では困難な水素原子位置の精密な決定が可能になっています。この技術により、ストラトリンガイト中の水分子の正確な配向と水素結合ネットワークの詳細が明らかになりつつあります。また、同位体効果を利用した研究では、軽水素(H)と重水素(D)の置換により、水和物中の水分子の動的挙動や構造安定性に関する新たな知見が得られています。

**単結晶構造解析の精密化**
高品質な単結晶試料を用いた構造解析により、完全な原子座標の決定と熱振動パラメータの精密化が実現されています。この解析により、各原子の熱的挙動や結晶内での動的特性が定量的に評価でき、さらに電子密度分布の詳細な解析から化学結合の性質や結合強度の定量的評価も可能になっています。

8.2 生成機構の解明

**in-situ観察技術の発展**
リアルタイム観察技術の発展により、ストラトリンガイトの生成から変化までの全過程を連続的に追跡できるようになりました。高温X線回折測定では温度変化に伴う構造転移を詳細に追跡でき、時分割測定技術により反応過程を実時間で観察することが可能です。また、湿度やCO₂濃度を精密に制御した環境下での測定により、実際の使用環境に近い条件でのストラトリンガイトの挙動を解明できます。

**計算科学の活用**
理論計算手法の発展により、実験では困難な現象の理解が深まっています。第一原理計算を用いることで、ストラトリンガイトの熱力学的安定性や他の相との平衡関係を理論的に予測できます。分子動力学シミュレーションにより、水分子の動的挙動や拡散過程を原子レベルで解析でき、また多成分系の相図計算により、複雑な化学組成での平衡状態を予測することが可能になっています。

8.3 新機能の探索

**イオン交換能の活用**
ストラトリンガイトの層状構造を活用したイオン交換機能の研究が進んでいます。層間への異種イオンの選択的導入により、従来にない機能性を持つ材料の開発が期待されています。この特性を応用した環境浄化技術では、有害イオンの選択的除去や固定化により、環境修復材料としての新たな用途展開が検討されています。

**光学特性の探索**
希土類イオンを添加したストラトリンガイトでは、特異な蛍光特性を示すことが発見されています。結晶構造中の欠陥準位を制御することで、フォトルミネッセンス特性を調整でき、光学材料やセンサー材料としての応用可能性が広がっています。これらの新機能は、建設材料の枠を超えた高付加価値材料の創出につながる可能性があります。

9. 実用的応用と今後の展望

9.1 高性能混合セメントへの応用

**最適配合設計技術**
高炉セメントB種の実用的な設計例では、普通セメント(OPC)55%と高炉スラグ微粉末(GGBS)45%の配合により、目標ストラトリンガイト量5~7%を達成し、28日強度42 MPa、91日強度52 MPaという優れた性能を実現しています。

**品質予測モデルの開発**
長期強度発現の予測には、f₉₁ = f₂₈ × (1 + 0.15 × ln(t/28)) + α × [Stratlingite]という予測式が開発されており、この式により28日強度からストラトリンガイト量を考慮した91日強度の精密な予測が可能となっています。

9.2 プレキャスト製品への応用

**蒸気養生製品への応用**
蒸気養生製品では、60~80°Cという中温度域での4~8時間の養生により、初期強度の80%以上を確保しながらストラトリンガイトの効率的な生成を実現しています。この技術により、製造効率と品質向上の両立が図られています。

**オートクレーブ養生製品への応用**
オートクレーブ養生では、180°C、1.0 MPaという高温高圧条件下での4~8時間の処理により、ストラトリンガイトがトバモライトと共存する特殊な微細構造を形成し、50年以上という長期安定性を実現しています。この技術は高耐久性が要求される製品に活用されています。

9.3 環境対応技術

環境対応技術の分野では、ストラトリンガイトの生成がCO₂削減に与える効果が定量的に評価されています。例えづ45%の高炉スラグ置換を行った高炉セメントでは、セメント製造時のCO₂排出量が約40%削減され、さらにストラトリンガイトの生成が追加で5%の削減効果をもたらし、総合で約45%のCO₂削減効果を実現しています。また、廃棄物の有効活用においても重要な役割を果たしており、製鋼スラグをアルミナ源として活用したり、石炭灰をシリカ・アルミナ源として利用したり、建設糸から生じる各種副産物を原料の一部として組み込むことで、循環型社会の実現に大きく貢献しています。

10. 今後の課題と研究方向

10.1 基礎研究の課題

基礎研究の課題としては、まずストラトリンガイトの安定性機構の全面的な解明が急務です。特に重要なのは100年オーダーという構造物の設計供用期間に対応した長期安定性の予測技術の確立であり、これにより信頼性の高い耐久性設計が可能になります。また、多様な環境条件下での挙動予測や、他の水和物相との相互転移機構の精密な解明も重要な研究テーマです。機能発現機構の面では、ストラトリンガイトがどのようなメカニズムで長期強度発現に貢献しているかの精密な結合メカニズムの解明、耐久性向上に寄与する劣化抑制機構の理解、さらには温度や湿度、化学的環境などの外部刺激に対する応答性の解明が求められています。

10.2 実用技術の開発

実用技術の開発においては、迅速かつ精密な評価技術の確立が急務です。特に求められているのは、初期材齢の段階で最終的な長期性能を精度よく予測できる早期診断技術の開発であり、これにより品質管理の効率化とコスト削減が期待できます。また、実際の構造物での非破壊評価技術の実用化や、人工知能(AI)を活用した自動評価システムの構築も重要な開発目標です。最適化技術の分野では、強度、耐久性、環境負荷などの多面的な性能要求を同時に満たす配合最適化技術の確立が必要であり、エネルギー効率を考慮した養生最適化や、製造プロセス全体を通じた精密な品質制御技術の実用化が期待されています。

10.3 持続可能性への貢献

持続可能性への貢献においては、循環型材料システムの構築が最重要課題であり、特に廃棄物利用率の大幅な向上を目指した90%以上という野心的な目標の達成が求められています。これと並行して、製造プロセス改善を通じたエネルギー回収技術の実用化や、材料の製造から廃棄までを包括したライフサイクル全体での総合的環境評価手法の確立も不可欠です。新材料開発の分野では、従来の構造材料としての機能に加えて、センサー機能やエネルギー薔積機能などの付加機能を統合した多機能材料の開発や、構造物の劣化や損傷を自動的に診断し、必要に応じて自己修復するスマート材料の実用化が大きな期待を集めています。
さらに生体適合性を活用したバイオ材料としての応用研究も進められており、医療・バイオテクノロジー分野での新たな展開も期待されています。

11. まとめ

ストラトリンガイトは、混合セメントにおいて重要な役割を果たす特殊な水和物です。その生成は、アルミニウムとシリカを含む補助セメンタリー材料の存在と適切な化学環境によって支配され、材料の長期性能向上に大きく寄与します。

近年の詳細な分析技術の発展により、ストラトリンガイトの結晶構造、生成機構、材料性能への影響が次第に明らかになってきました。特に、長期強度発現や耐久性向上への貢献は、持続可能な建設材料の開発において重要な知見となっています。

今後は、ストラトリンガイト生成の精密制御技術、迅速評価技術、そして新機能材料への展開が期待されます。また、AI・機械学習を活用した材料設計や、環境負荷低減型材料システムへの応用により、より高性能で持続可能なセメント系材料の実現に貢献することでしょう。

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