C-S-Hの炭酸化メカニズムを徹底解説:コンクリートはCO2を吸収して地球を救う?

はじめに:敵か味方か?セメントとCO2の複雑な関係

私たちの暮らしを支えるビルや橋、ダムといった巨大なインフラ。その根幹をなす材料が「コンクリート」です。そして、コンクリートの製造に不可欠なのが「セメント」。このセメントは、現代社会の発展に計り知れない貢献をしてきた一方で、製造過程で大量の二酸化炭素(CO2)を排出することから、地球温暖化の主要な原因の一つとして厳しい視線を向けられてきました。

しかし、もし、そのコンクリート自身が、排出に関わるCO2の一部を吸収し、鉱物として固定化する能力を持っているとしたら、どうでしょうか?

実は、コンクリートは空気中のCO2と反応して、時間をかけてゆっくりとCO2を吸収する「中性化(炭酸化反応に伴うpH低下を含む現象)」が知られています。これは従来、鉄筋コンクリートの劣化要因と見なされてきました。

一方で、炭酸化によるCO2の取り込み量は、材料組成・含水状態・CO2濃度・暴露期間などの条件に強く依存し、セメント製造に伴う排出を全面的に相殺するものではありません。だからこそ近年は、このCO2吸収能力を「用途と条件を限定して」人為的に高め、材料性能の設計と両立させる研究が活発です。

その流れの中で注目されているのが、セメント・コンクリートを「CO2排出源」だけで終わらせず、条件次第で「CO2の固定化(貯蔵)に寄与し得る材料」へと拡張するアプローチ、すなわちCCUS(Carbon Capture, Utilization, and Storage)関連の研究開発です。
その研究の中心にいるのが、コンクリートの強度の源である「C-S-H(ケイ酸カルシウム水和物)」です。

この記事では、セメント科学の心臓部ともいえるC-S-Hが、どのようにしてCO2を固定化するのか、そのメカニズムを深掘りしていきます。セメント科学に興味を持ち始めた方や、関連分野の研究をスタートさせた学生さんにもご理解いただけるよう、基礎から最新の研究動向まで、丁寧に解説します。

前提:中性化(自然炭酸化)とC-S-H

そもそもC-S-H(ケイ酸カルシウム水和物)とは何か?

本題に入る前に、主役であるC-S-Hについて少しおさらいしておきましょう。

C-S-Hは、セメントの主成分(酸化カルシウム CaO と二酸化ケイ素 SiO2 を含む)が水と反応(水和反応)して生成する、ゲル状の物質です。化学式では CaO-SiO2-H2Oの頭文字をとって、セメント化学の分野では慣例的に「C-S-H」と呼ばれます。

このC-S-Hは、ナノメートル(10億分の1メートル)レベルの非常に微細な粒子が集まってできており、セメントペースト(セメントと水を混ぜたもの)の中で複雑なネットワーク構造を形成します。この構造が、砂や砂利(骨材)を強力に結びつけ、コンクリートの驚異的な強度や耐久性を生み出しているのです。まさに、コンクリートの「魂」とも言える存在です。

C-S-Hの非常に興味深い特徴は、以下の2点です。

  • 不定比性(Non-stoichiometry):C-S-Hは、決まった化学式を持つ結晶とは異なり、構成元素であるカルシウム(Ca)とケイ素(Si)の比率(Ca/Si比)が一定の範囲で変動します。このCa/Si比が、C-S-Hの構造や性質、そして後述するCO2固定化能力に大きな影響を与えます。
  • アモルファスに近い構造:多くの鉱物のように原子が規則正しく並んだ結晶構造ではなく、ガラスのように不規則な(アモルファスに近い)構造をしています。この柔軟な構造が、外部からのイオンの出入りを許容し、CO2との反応性を高める一因となっています。

コンクリートの自然なCO2吸収「中性化」

C-S-Hの話に入る前に、コンクリートが自然に行うCO2吸収現象である「中性化」について触れておきましょう。

セメントが水和すると、C-S-Hと同時に強アルカリ性を示す水酸化カルシウム(Ca(OH)2)も生成されます。この水酸化カルシウムが、大気中のCO2と反応し、安定した炭酸カルシウム(CaCO3)に変化する現象が中性化です。

化学反応式: Ca(OH)2 + CO2 → CaCO3 + H2O

なぜC-S-Hが重要か:水酸化カルシウムの限界とC-S-Hの寄与

この反応により、コンクリートのアルカリ性が失われ、内部の鉄筋が錆びやすくなるため、従来は「劣化」として扱われてきました。しかし、化学反応式を見れば明らかなように、このプロセスは紛れもなくコンクリートがCO2を固定している瞬間なのです。

ただ、この水酸化カルシウムによるCO2固定量には限界があります。そこで研究者たちが着目したのが、セメント硬化体の体積の50〜70%を占める主成分、C-S-Hだったのです。もしC-S-Hが持つカルシウムを効率的に炭酸化できれば、CO2固定量を増大させられる可能性があります。

【本題】C-S-H炭酸化の反応ステップ:脱Caと生成物の形成

ここからがこの記事の核心です。C-S-HはどのようにしてCO2と反応し、固定化するのでしょうか。そのプロセスは、単なる化学反応式の理解だけでは見えてこない、ナノスケールでのダイナミックな構造変化を伴います。

C-S-Hの炭酸化は、大きく以下の反応式で表されます。

高Ca/Si比のC-S-H(例:Ca/Si ≈ 1.7)

化学反応式: (CaO)x(SiO2)(H2O)y + xCO2 → xCaCO3 + SiO2・nH2O

この式が意味するのは、C-S-HがCO2と反応すると、炭酸カルシウム(CaCO3)シリカゲル(SiO2・nH2O)に分解されるということです。このプロセスは、以下のステップで進行すると考えられています [1]。

1. CO2の溶解と酸性化: CO2がコンクリート中の水分(間隙水)に溶け込み、炭酸(H2CO3)を生成します。これにより、局所的にpHが低下します。
2. C-S-HからのCaイオンの脱離: pHの低下により、C-S-Hの構造からカルシウムイオン(Ca2+)が溶出(脱離)します。
3. CaCO3の生成: 溶出したCa2+イオンが、水に溶け込んだ炭酸イオン(CO3^2-)と反応し、非常に安定した鉱物である炭酸カルシウム(CaCO3)として沈殿・結晶化します。
4. シリカゲルの形成: カルシウムが抜け落ちた後のC-S-Hのケイ酸(シリカ)骨格は不安定になり、再重合してアモルファスなシリカゲルを形成します。

この一連の反応は、C-S-Hというナノ構造体を一度分解し、より安定な物質(炭酸カルシウムとシリカゲル)へと再構築するプロセスと言えます。

鍵を握る「Ca/Si比」の役割

Ca/Si比によって炭酸化挙動はどう変わるのか(概要)

前述の通り、C-S-Hの性質はCa/Si比に大きく依存します。そして、このCa/Si比は炭酸化反応の挙動にも決定的な影響を及ぼします [2]。

高Ca/Si比のC-S-H(例:Ca/Si ≈ 1.7)

一般的なポルトランドセメントから生成されるC-S-Hは、Ca/Si比が高い傾向にあります。

  • 特徴: カルシウムを豊富に含んでいるため、CO2と反応するポテンシャルが高いです。つまり、多くのCO2を固定化できます。
  • 課題: 炭酸化によって構造から大量のカルシウムが失われるため、元のC-S-H構造が大きく崩壊します。これにより、生成したシリカゲルのネットワークが脆弱になり、結果として材料の強度低下や収縮を引き起こす可能性があります。

低Ca/Si比のC-S-H(例:Ca/Si < 1.0)

フライアッシュやシリカフュームといったポゾラン材料を混合したセメントでは、Ca/Si比の低いC-S-Hが生成されます。

  • 特徴: ケイ酸の重合度が高く、より強固で安定したネットワーク構造を持っています。炭酸化が起きても、その骨格構造が維持されやすいと考えられています。
  • 課題: そもそも反応に利用できるカルシウムの量が少ないため、単位体積あたりのCO2固定量は高Ca/Si比のものに比べて少なくなります。

固定量と物性のトレードオフ:最適化の論点

このように、「CO2固定量」と「炭酸化後の力学特性の維持」はトレードオフの関係にあり、このバランスをいかに最適化するかが、研究開発における最大のテーマの一つとなっています。

CO2固定化技術の最前線:悪者から資源へ

C-S-Hの炭酸化メカニズムの解明は、コンクリートを能動的にCO2吸収材料へと進化させる技術開発に繋がっています。

促進炭酸化(Accelerated Carbonation)

コンクリート製品の製造工程において、高濃度のCO2環境下で養生(硬化させること)を行う技術です。これにより、短時間で強制的に炭酸化反応を進行させます。

この技術の利点は、単にCO2を固定するだけではありません。
炭酸化によって生成したナノサイズの炭酸カルシウム粒子が、C-S-Hやシリカゲルの隙間を埋めるフィラーとして機能します。これにより、組織が緻密化し、通常のコンクリートよりも高い強度や耐久性が得られる場合があるのです [3]。

つまり、CO2を「処理すべき廃棄物」としてではなく、「材料性能を向上させるための有用な資源」として活用する、まさにCCU(Carbon Capture and Utilization)の発想です。この技術は、コンクリートブロックやパネルといったプレキャスト製品への応用が特に期待されています。


先進的な解析技術が解き明かすナノの世界

C-S-Hの炭酸化は、私たちの目には見えないナノスケールで起こる非常に複雑な現象です。研究者たちは、その謎を解き明かすために最先端の分析技術を駆使しています。

  • 核磁気共鳴(NMR)分光法: 原子核レベルで物質の構造や化学的な結合状態を調べることができます。これにより、炭酸化の前後でC-S-Hのケイ酸骨格がどのように変化したか(ケイ酸鎖の重合度がどう変わったか)を詳細に追跡できます [1]。
  • 電子顕微鏡(TEM/SEM): ナノスケールの形態観察により、炭酸化によって生成したCaCO3の粒子がどこに、どのような形で存在しているかを直接見ることができます [4]。
  • X線CTスキャン: 材料を破壊することなく、内部の三次元的な空隙構造や生成物の分布を可視化し、緻密化の度合いを評価します。

これらの先進技術によって得られる知見が、より効率的で高性能なCO2固定化コンクリートの開発を支えているのです。

まとめと今後の展望:コンクリートが拓くカーボンニュートラルな未来

この記事では、コンクリートの主成分であるC-S-HがCO2を固定化するメカニズムについて、その基礎から最新の研究動向までを解説しました。

要点を振り返ってみましょう。

  • コンクリートの強度の源であるC-S-Hは、CO2と反応して安定な炭酸カルシウムとシリカゲルに変化することで、CO2を鉱物として固定化する能力を持つ。
  • この反応は、C-S-HのCa/Si比に大きく依存し、「CO2固定量」と「材料の安定性」の間にトレードオフの関係が存在する。
  • 高濃度のCO2を用いて反応を促進させる「促進炭酸化」技術は、CO2を固定するだけでなく、材料の強度や耐久性を向上させる可能性を秘めており、CCUS技術の有望な一翼を担う。

セメント産業が直面するCO2排出という巨大な課題に対し、C-S-Hの炭酸化は、その解決策の一つとして非常に大きなポテンシャルを秘めています。もちろん、実用化に向けては、反応速度の精密な制御、長期的な環境下での安定性評価、そして経済性の確保など、乗り越えるべきハードルはまだ数多く存在します。

しかし、人類が最も多く使用する人工材料であるコンクリートが、単なる構造材料から、環境負荷低減に寄与し得る機能性材料へと拡張されていく可能性は十分にあります。C-S-Hという小さなナノの世界で起こる化学反応が、私たちの社会を持続可能なものへと変える鍵の一つを握っているのです。


参考文献

[1] Sevelsted, T. F., & Skibsted, J. (2015). Carbonation of C–S–H and C–A–S–H: The effect of aluminum on the reaction mechanism and the product composition. Cement and Concrete Research, 71, 50-59. DOI: 10.1016/j.cemconres.2015.01.018

[2] Zajac, M., Ben Haha, M., & Deja, J. (2022). CO2 mineral carbonation of C-S-H: A review. Journal of CO2 Utilization, 59, 101955. DOI: 10.1016/j.jcou.2022.101955

[3] Galvan, P., Garcia-Lodeiro, I., Maldonado-García, M. A., & Fernández-Jiménez, A. (2021). Microstructural characterization of C-(A)-S-H gels carbonated under different CO2 concentrations. Cement and Concrete Research, 142, 106360. DOI: 10.1016/j.cemconres.2021.106360

[4] Fang, Y., & Chang, J. (2015). Microstructure of carbonated C-S-H. Construction and Building Materials, 96, 358-366. DOI: 10.1016/j.conbuildmat.2015.08.026

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です