はじめに – 進化する防食技術
前回は、八潮市の道路陥没事故を例に、下水道管が硫化水素によって腐食するメカニズムについて解説しました。年間数ミリメートルという速度で進行するコンクリートの腐食は、50年、100年という長期スパンで見ると構造物に致命的なダメージを与えます。
しかし、この問題に対して手をこまねいているわけではありません。材料科学や化学工学の進歩により、様々な防食技術が開発され、実用化されています。今回は、その中でも特に注目される「FRPM管」と「防食ライニング工法」について、技術的な特徴と実際の適用事例を交えながら詳しく解説していきます。
FRPM管 – 腐食しない強化プラスチック複合管
FRPM管(Fiberglass Reinforced Plastic Mortar Pipes:強化プラスチック複合管)は、硫化水素による腐食問題を根本的に解決する画期的な材料として注目されています。
FRPM管の構造は、まさに現代の複合材料技術の結晶といえます。ガラス繊維と不飽和ポリエステル樹脂、そしてレジンモルタルを組み合わせた三層構造になっており、内面と外面がFRP(繊維強化プラスチック)層、中間に樹脂モルタル層を配置したサンドイッチ構造を形成しています。
この独特な構造により、FRPM管は従来のコンクリート管では実現できなかった優れた特性を持っています。まず、最大の特徴は耐薬品性です。不飽和ポリエステル樹脂は硫酸に対して極めて高い耐性を示し、pH2程度の強酸性環境でも劣化しません。これは、硫化水素が原因となる下水道管の腐食問題を根本的に解決する特性です。
さらに、FRPM管の内面は非常に滑らかで、粗度係数が0.010とコンクリート管の0.013より小さいため、同じ管径でもより多くの下水を流すことができます。これは、既存の下水道システムの能力向上にも貢献します。実際の施工例では、コンクリート管に対して1サイズダウンしたFRPM管で同等以上の流下能力を確保できることが実証されています。
重量面でも大きなメリットがあります。FRPM管はコンクリート管の約3分の1から4分の1の重量しかないため、運搬や施工が容易で、工期短縮とコスト削減に貢献します。特に軟弱地盤や狭い施工現場では、その軽量性が大きな利点となります。
シールド工法との組み合わせでも、FRPM管は革新的な技術として活用されています。FP-L工法と呼ばれる技術では、シールドトンネルの二次覆工にFRPM管を使用することで、従来のコンクリート二次覆工と比較して工期を半分以下に短縮できます。また、掘削断面を縮小できるため、建設コストの大幅な削減も可能になっています。
エポキシ樹脂ライニング – 既存施設を再生する技術
新設の下水道管にはFRPM管という選択肢がありますが、既に建設されている膨大な既存施設はどうすればよいのでしょうか。その答えの一つが「防食ライニング工法」です。
防食ライニング工法は、既存のコンクリート構造物の表面に耐酸性の高い樹脂材料を塗布することで、硫酸から構造物を保護する技術です。中でもエポキシ樹脂やビニルエステル樹脂を使用したライニング工法は、日本下水道事業団の技術マニュアルにも規定され、広く採用されています。
施工プロセスは精密な品質管理のもとで行われます。まず、劣化したコンクリート表面を高圧洗浄やサンダー処理で除去し、健全な部分を露出させます。次に、プライマーと呼ばれる下地処理材を塗布して、コンクリートと樹脂の密着性を確保します。その後、エポキシ樹脂やビニルエステル樹脂を複数層塗り重ね、最終的に1〜3ミリメートル程度の防食層を形成します。
この薄い層が、実は驚異的な防食性能を発揮します。適切に施工された防食ライニングは、pH1〜2の強酸性環境でも10年以上の耐久性を示すことが実証されています。さらに、最新の材料技術により、湿潤面への施工も可能になり、下水道施設のような常に水分が存在する環境でも確実な防食効果を発揮します。
実際の施工例として、東京都の芝浦水再生センターでは、約5万平方メートルという広大な雨天時貯留池の防食工事が行われました。ここでは完全無臭・ノンスチレン型の最新防食材料が採用され、作業環境の改善と高い防食性能の両立が実現されています。
スマート技術が変える維持管理の未来
防食技術の進化と並行して、下水道管の維持管理にもデジタル技術の波が押し寄せています。
AIを活用した劣化診断システムの開発が急速に進んでいます。管内を走行するカメラロボットが撮影した画像を、AIが自動的に解析し、腐食の進行度を判定するシステムが実用化されつつあります。これにより、人間の目では見落としがちな初期段階の劣化も確実に検出できるようになりました。
シャープは八潮市の事故後、下水道管のコンクリート腐食を画像処理で判断するシステムの開発に着手しました。このシステムでは、微細なひび割れや表面の変色といった腐食の初期兆候を高精度で検出できることが期待されています。
また、IoTセンサーを活用した常時モニタリングシステムも注目されています。管内の硫化水素濃度、pH、温度などを24時間365日監視し、異常値を検出すると即座にアラートを発信します。これにより、腐食が加速する前に予防的な対策を講じることが可能になります。
さらに興味深いのは、衛星画像とAIを組み合わせた地盤変動の検出技術です。地下の下水道管に問題が発生すると、その上部の地盤にわずかな変動が生じます。この微細な変動を衛星から検出し、道路陥没のリスクを事前に予測する研究が進められています。
持続可能な下水道システムに向けて
技術的な対策と同時に重要なのが、下水道システム全体の最適化です。
硫化水素の発生を抑制する方法として、下水への薬剤注入が行われています。硝酸塩や鉄塩を添加することで、硫酸塩還元細菌の活動を抑制し、硫化水素の生成を防ぐことができます。また、下水道管内の強制換気により、硫化水素濃度を低減する対策も効果的です。
さらに根本的な対策として、下水道網の設計思想そのものを見直す動きもあります。高低差を最小限に抑えた管路設計、滞留しにくい流速の確保、適切な勾配の設定など、硫化水素が発生しにくい構造を最初から組み込むことが重要です。
経済的な観点からは、予防保全の重要性が再認識されています。事後保全(壊れてから直す)から予防保全(壊れる前に対策する)への転換により、長期的なライフサイクルコストを大幅に削減できることが明らかになってきました。
私たちにできること
下水道の維持管理は、行政や専門業者だけの問題ではありません。実は、私たち一人ひとりの行動が、下水道管の寿命に大きく影響します。
硫化水素の発生源となる有機物を減らすことが重要です。生ごみをそのまま流さない、油脂類を適切に処理するといった日常的な心がけが、下水道管の腐食を遅らせることにつながります。特に、ディスポーザー(生ごみ粉砕機)の使用には注意が必要で、適切な維持管理と使用方法の遵守が求められます。
また、下水道料金の適正化についても理解を深める必要があります。老朽化した下水道インフラの更新には莫大な費用がかかりますが、それは私たちの生活を支える重要な投資です。適正な料金負担により、持続可能な下水道システムの維持が可能になることを認識すべきでしょう。
まとめ – 技術革新と社会の協働
八潮市の事故は、私たちに下水道インフラの重要性と脆弱性を改めて認識させました。しかし同時に、FRPM管や防食ライニングといった革新的な技術、AIやIoTを活用したスマート維持管理システムなど、課題を克服するための技術も着実に進化しています。
下水道は、都市の健全な水循環を支える重要なインフラです。その維持管理には、最新技術の活用、適切な投資、そして市民の理解と協力が不可欠です。見えない地下で起きている腐食との戦いは、まさに現代都市が直面する重要な課題の一つといえるでしょう。
技術革新と社会の協働により、100年先も安心して使える下水道システムの構築を目指して、私たちは歩み続ける必要があります。
参考文献
- 日本下水道事業団(2003)「下水道施設におけるコンクリートの微生物腐食とその対策」コンクリートジャーナル, 41(10), pp.8-14. DOI: https://doi.org/10.3151/coj1975.41.10_8
- Wu, M., et al. (2020) “Microbiologically induced corrosion of concrete in sewer structures: A review of the mechanisms and phenomena” Construction and Building Materials, 239, 117813. DOI: https://doi.org/10.1016/j.conbuildmat.2019.117813
- Kaushal, V., Najafi, M. (2022) “Investigation of Microbiologically Influenced Corrosion of Concrete in Sanitary Sewer Pipes and Manholes: Field Surveys and Laboratory Assessment” Advances in Environmental and Engineering Research, 3(2), 027. DOI: https://doi.org/10.21926/aeer.2202027