セメント/AAM(アルカリ活性材料)/C-A-S-Hをやさしく深掘りする


セメントは、家や道路、高層ビルからダムまで、私たちの生活を支える「見えない骨格」です。ところが、その主原料であるポルトランドセメントをつくる過程では、多くの二酸化炭素(CO₂)が排出されます。近年は、その課題に向き合う選択肢として**AAM(Alkali-Activated Materials:アルカリ活性材料)が注目され、そこで現れる主要な結合相としてC-A-S-H(カルシウム・アルミノ・シリケート水和物)**が頻繁に語られるようになりました。本稿は、一般の方にも読み進めやすいよう平易に、しかし要所では研究の視点も織り交ぜつつ、セメント・AAM・C-A-S-Hの要点と最新理解を整理します。


1. なぜ、いまセメントを語り直すのか

ポルトランドセメントの製造では、石灰石を焼成してクリンカを得る「脱炭酸(CaCO₃→CaO+CO₂)」が避けられず、これだけで世界の化石燃料由来排出の約4%に相当するプロセス由来CO₂が生じます。背景データを丹念に突き合わせた分析では、2018年のセメント由来プロセス排出量は1.50±0.12 Gt-CO₂と報告されています。こうした数字は、低炭素化に向けて結合材そのものを見直す必要性を端的に示しています。ESSD


2. ポルトランドセメントの「主役」C-S-Hとは

ポルトランドセメントを水と混ぜると、時間とともに水和反応が起こり、コンクリートを硬く結びつけるC-S-H(カルシウム・シリケート水和物)が主に生成します。C-S-Hは完全な結晶ではなく、14Åトバモライトやジェンナイトと呼ばれる鉱物に似た層状構造を部分的に持つ準結晶(ナノ結晶)的な物質だと理解されています。中性子・X線のペア分布関数解析などの実験から、C-S-H(I)がトバモライト様の骨格を持つことが示され、原子スケールの像がだいぶ鮮明になってきました。PubMedScienceDirect

C-S-Hの「よりどころ」になっている層状モデルは、カルシウムのシートにを中心とするシリケート鎖が付く構図で説明できます。トバモライトとジェンナイトは近縁ですが、鎖の長さや層間構造が異なるため、C-S-Hの**可変性(Ca/Si比の幅や水の多様な結合状態)**を理解する手がかりになります。ScienceDirect


3. AAM(アルカリ活性材料)とは何か

AAMは、セメントクリンカを前提とせず、高炉スラグやフライアッシュ、メタカオリンなどのアルミノケイ酸塩源をアルカリ水溶液で活性化して硬化させる結合材の総称です。製造時のプロセスCO₂が相対的に小さく設計でき、地域の副産物を賦活して資源循環に寄与しうる点が大きな魅力です。AAMの総説では、原料の種類、反応機構、配合・養生の要点、そして実装上の課題(アルカリの取り扱い、品質のばらつき、規格の整備など)が体系的に整理されています。White Rose Research Online

AAMは原料のカルシウム量によって生成する主要ゲル相が変わります。高Ca系(高炉スラグ主体など)ではC-S-HやC-A-S-Hが、低Ca系(フライアッシュやメタカオリン主体など)では**N-A-S-H(ナトリウム・アルミノ・シリケート水和物)**が支配的になりやすいという整理は、AAMを理解する第一歩です。abdn.elsevierpure.com


4. N-A-S-HとC-A-S-H:AAM特有の「二枚看板」

N-A-S-Hは、三次元に連結したアルミノケイ酸塩ネットワークを主骨格とし、アルカリカチオン(Na⁺など)が電荷補償として関与します。一方、C-A-S-Hは、ポルトランド系のC-S-HにAlが置換してできる「拡張型C-S-H」と捉えるとイメージしやすいでしょう。両者は混和材の種類やアルカリ度、Ca/Si/Alの比によって共存したり、相互に相分離したりします。この相図的な振る舞いを明快に示した古典的研究では、pHやCaの多寡に応じてC-A-S-HやC₂ASH₈が安定に現れる領域が描かれています。abdn.elsevierpure.com

実務的な示唆として、高Ca系AAM(スラグ主体)は総じて初期強度の立ち上がりが速く、マトリクスが緻密になりやすいのに対し、低Ca系AAM(フライアッシュ主体)は高温養生で反応が進み、長期的な耐薬品性に利点が出る場合があります。もちろん、骨材の含有塩分、促進剤・遅延剤、湿潤・温度履歴など、配合以外の要因も大きく揺さぶるため、一概には決めつけられません。ScienceDirectPMC


5. C-A-S-Hとは何者か:構造・化学・ゆらぎ

C-A-S-Hは、C-S-Hのシリケート鎖にAlが部分置換した相として理解されます。Al/Si比が上がるほど架橋(cross-link)が増え、鎖の連結度が変化して力学特性や収縮挙動に影響します。結晶学・分光学・NMR・第一原理計算を総動員した研究群は、C-A-S-Hが14Åトバモライト由来の層状モデルでかなりよく説明できること、ただし組成幅や欠陥による「ゆらぎ」が本質だという、現在のコンセンサスを支えています。PubMedjournals.iucr.org

原子スケールでは、C-A-S-Hの層間水やCaのサイト占有、アルカリ陽イオンの導入に伴う電荷補償の仕方が、安定性と物性を左右します。たとえば、Na⁺やK⁺の対称的配置が熱力学的安定性を高めるという第一原理計算の報告や、Al置換により鎖が横方向に橋かけされて剛性が上がるという分子動力学の結果は、実験で見えるマクロ特性の変化を「分子の言葉」で裏づけています。arxiv.org+1dx.doi.org


6. 性能と耐久性:塩化物、乾燥収縮、アルカリシリカ反応(ASR)

塩化物浸透に対しては、高Ca系AAMで生成するC-A-S-Hが水和水を多く保持し、細孔を微細化して拡散係数を下げるという報告があります。これは海洋コンクリートや凍結防止剤を使う寒冷地構造物の耐久設計に直結する知見です。ただし、塩化物結合(ケミカルバインディング)や間隙溶液のイオン組成など、系の化学も効くため、単純な「ゲル相の差」だけでは語れません。PMC

乾燥収縮については、C-A-S-Hの層間水の出入りと骨格の可撓性(たわみやすさ)が鍵です。トバモライト様の層状ネットワークは、湿潤履歴で層間距離が変わりやすく、微視的には可逆的な膨潤・収縮が繰り返されています。このナノスケール挙動が、ミクロ–マクロの橋渡しモデルに落とされ、時間依存のクリープや収縮の予測に使われてきました。C-S-H研究で積み上げられた骨格理解は、そのままC-A-S-Hの設計指針にもなります。ScienceDirect+1

ASR(アルカリシリカ反応)に関しては、AAM系ではアルカリ量が相対的に高くなる設計もあるため、反応場のpH管理や反応性骨材の選別がいっそう重要です。他方で、C-A-S-Hや副相のハイドロタルサイト系がアルカリや塩化物を取り込む/固定化する可能性も指摘され、配合と養生条件の組合せで耐久性を調えられる余地があります。ここは配合設計・施工の「腕の見せどころ」です。ScienceDirect


7. 実務目線の「勘どころ」

一般の読者にまず押さえてほしいのは、AAMやC-A-S-Hは**「セメントの代わり」の単一製品ではないという点です。原料(スラグ、フライアッシュ、メタカオリンなど)、活性化剤(NaOH、Na₂SiO₃等)、温度と湿潤の履歴が変われば、「同じAAM」でも別物のように性格が変わります。研究の立場からも、C-A-S-HのAl/SiやCa/Siのゆらぎ**が、強度・耐久・収縮・イオン輸送を左右することが見えてきました。だからこそ、地域の副産物を生かしつつ、**目的性能に応じた“設計”**が肝になります。White Rose Research Onlinelink.aps.org


8. まとめ:C-A-S-Hは「拡張されたC-S-H」、AAMは「設計の自由度」

C-A-S-Hは、C-S-Hの世界観を土台にAlの導入で可能性が広がった結合相です。AAMは、そのC-A-S-H(高Ca)とN-A-S-H(低Ca)の二枚看板を使い分けることで、低炭素化と性能制御の両立を狙う枠組みといえます。産業副産物の活用やCO₂削減の観点からも、AAMは今後の「現実解」の一つになり得ますが、安全な取り扱い、品質のばらつき対策、規格化といった課題も同時に解いていく必要があります。本稿では基礎を概観しました。次回は、配合設計の考え方実構造物での事例・規格動向まで踏み込んだ「続編」を提案します(記事を2回構成にすれば、一般向け7割・研究者向け3割のバランスを保ったまま、より深く具体に入れます)。White Rose Research Online


参考文献

  1. Andrew, R. M. (2018). Global CO₂ emissions from cement production. Earth System Science Data, 10, 195–217. doi:10.5194/essd-10-195-2018. ESSD
  2. Provis, J. L. (2014). Alkali-activated materials. Cement and Concrete Research, 57, 128–144. doi:10.1016/j.cemconres.2014.04.001.(本文は著者版プレプリントでも確認可能) White Rose Research Online
  3. García-Lodeiro, I., Palomo, A., Fernández-Jiménez, A., & Macphee, D. E. (2011). Compatibility studies between N-A-S-H and C-A-S-H gels: Study in the ternary diagram Na₂O–CaO–Al₂O₃–SiO₂–H₂O. Cement and Concrete Research, 41(9), 923–931. doi:10.1016/j.cemconres.2011.05.006. abdn.elsevierpure.com
  4. Richardson, I. G. (2014). Model structures for C-(A)-S-H(I). Acta Crystallographica Section B, 70(Pt 6), 903–923. doi:10.1107/S2052520614021982. PubMed
  5. Skinner, L. B., Chae, S. R., Benmore, C. J., Wenk, H.-R., & Monteiro, P. J. M. (2010). Nanostructure of calcium silicate hydrates in cements. Physical Review Letters, 104, 195502. doi:10.1103/PhysRevLett.104.195502. PubMed
  6. Nonat, A. (2004). The structure and stoichiometry of C-S-H. Cement and Concrete Research, 34, 1521–1528. doi:10.1016/j.cemconres.2004.04.035. OSTI
  7. Provis, J. L. & van Deventer, J. S. J. (Eds.) (2014). Alkali Activated Materials: State-of-the-Art Report, RILEM TC 224-AAM. Springer. doi:10.1007/978-94-007-7672-2.(総説的成書) ResearchGate
  8. Wan, X., Zhao, X., Zhang, Y., et al. (2023). Chloride Transport and Related Influencing Factors in Alkali-Activated Materials. Materials, 16(11), 3895. doi:10.3390/ma16113895.(総説。オープンアクセス) PMC

補記(読み進めたい方へ)

より専門的な構造モデルや定量化手法(XRDリートベルトにおけるC-(A)-S-H取り扱い、NMRによるQⁿ分布解析など)に関心があれば、Duque-Redondo et al. (2022) の包括的レビューや、Mesecke et al. (2022) のC-(A)-S-H定量化手法の論文が良い導入口になります。

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