前回はセメントの基礎からAAM(アルカリ活性材料)とC-A-S-Hの素顔までをやさしく整理しました。続編の今回は「つくって使う」視点です。実務でまず迷うのが配合設計と試験結果の解釈。とくにAAMは“材料の自由度が高い=正解が一つではない”ため、教科書的な背骨を持っておくことが肝になります。ここでは一般の読み手にもすっと入るストーリーを大切にしつつ、要所では査読論文に基づく数字と原理で裏づけます。総論としては、①配合は性能から逆算する、②耐久性試験は「ポルトランド前提」を疑って読む、③規格・推奨法は世界的に「性能基準化」へという三本柱で覚えておくと迷いにくくなります。ScienceDirect
1. スラグ系AAMの配合をどう始めるか
最初の足がかりは、高炉スラグ(GGBFS)を主原料にした“高Ca系AAM”です。実務向けの知見がまとまった研究では、Na₂O量は結合材に対して概ね3~5質量%、シリケートモジュラス(SiO₂/Na₂O, Ms)はおおむね0.6~1.5の範囲で、スランプと強度、塩化物拡散の狙い値に合わせて微調整する考え方が示されています。スラグの酸性度(酸性・中性・塩基性)によって最適Msが少しずれる点も押さえておくと、初期設計の当たりが付きます。White Rose Research Online
この枠組みの背景には化学の筋道があります。Na₂SiO₃主体で活性化するとC-A-S-Hが豊富に生まれて緻密化が進みやすく、同じNa₂O量でもNaOH主体より強度・拡散抑制が出やすいことが多い。逆にNaOH主体は初期の空隙がやや粗くなりがちで、作業性や発熱の面で扱いやすい反面、長期の緻密化は配合で支える必要が出ます。どちらを選んでも“水/結合材”だけで説明できない挙動が残るのがAAMの個性で、拡散はペースト組成とゲル相の性質の影響が大きいと読むのがコツです。White Rose Research Online
2. 「ターゲット性能」から逆算する設計
AAMは強度・スランプ・塩化物抵抗の三点を同時に狙って最適化するのが現実的です。例えば、目標スランプと28日圧縮強度を同時に指定して、**ペースト量やMs、Na₂O%**を調整し、拡散係数(あるいは見かけ拡散係数)を所定の等級に収めます。公開データでも、シリカ分の高い活性剤やペースト量増が塩化物結合と抵抗性を押し上げる傾向が明確です。拡散だけを小さくしようとして水を減らしすぎると施工性が破綻しますから、スランプ—強度—拡散の三角形でバランスさせる意識が重要です。White Rose Research Online
塩化物環境を強く意識するなら、層状複水酸化物(LDH)やAlに富む微粉の使い方も選択肢になります。これらは塩化物の“化学的結合”を補強し、単なる細孔閉塞だけに頼らない耐久化を狙えるからです。配合の工夫で結合量を4割以上引き上げられたという報告もあり、外洋や融雪剤環境の設計にヒントをくれます。SpringerLink+1research.tue.nl
3. 低Ca系(フライアッシュ/メタカオリン)で気を付ける点
低Ca系では主相がN-A-S-Hに寄りやすく、硬化機構や最適域の指標がやや変わります。強度と耐久の“出方”はSiO₂/Al₂O₃ と Na₂O/Al₂O₃ の初期モル比に強く依存し、一般にSiが高すぎても低すぎても脆弱化します。ここは“良い比率帯”を外さない粗設計が効きますが、反応速度や養生温度の影響が大きいので、蒸気や温水で初期反応を走らせる条件出しを同時に検討しておくと手戻りが少なくなります。ScienceDirect
4. 炭酸化試験は「結果の読み方」が命
AAMの炭酸化は試験条件で振れ幅が大きい。とくに加速炭酸化は実環境より過度に厳しく出ることがある、と再現性の高い実験で繰り返し示されています。相対湿度やCO₂濃度を変えると、ゲルの脱カルシウム化や相転移が強調され、見かけのpH低下が過大に観測されるのです。**「加速で×でも自然環境で○」**という逆転もあり得るので、RHとCO₂条件、暴露前の乾燥前処理を必ず確認して読み解く姿勢が欠かせません。the University of Bath’s research portalPMCScienceDirect
さらに、スラグのMgO含有や活性剤の種類は炭酸化の出方に効きます。MgOが多いスラグはハイドロタルサイト相の形成に寄与し、炭酸化深さが小さくなる傾向が指摘されています。Na₂SiO₃活性化とNaOH活性化でも挙動が異なり、「どのAAMか」で一次評価を変えるのが実務的です。PMC
5. 塩化物浸透:結合と移動の二つのレバー
塩化物に対してAAMは**「入れない」だけでなく「つかまえる」戦略をとれます。C-A-S-H自体の物理吸着/表面電位**に加え、LDH(ハイドロタルサイト系)やAFm系の副相がイオン交換でCl⁻を取り込むことで、見かけの拡散を有利にできます。スラグ単味かフライアッシュ併用か、活性剤の炭酸塩—シリケート—水酸化物の別でも結合機構が少し変わるため、目標環境に合わせて副相設計を“足し算”する発想が効果的です。SpringerLink+1
試験法にも注意点があります。RCPT(ASTM C1202)の60V印加はAAMで加熱暴走しやすく、オーバーヒートで結果が壊れる危険が知られています。10V-RCPTへのモディファイを推奨する国際委員会の勧告が公表され、長期拡散試験との整合も確認されています。ポルトランド前提の短期法をそのまま当てはめず、AAM向けの電気法に読み替える動きが進んでいる、と押さえてください。SpringerLink
6. 「規格は性能へ」——RILEMの整理を道しるべに
配合そのものを規定するより、性能で適合性を判定する流れが強まっています。AAMの炭酸化・塩化物浸透のラウンドロビンを実施したRILEM TC 247-DTAは、多様なAAMに既存法がどこまで有効かを検証し、読み方の“目盛り合わせ”を進めました。硫酸塩抵抗や炭酸化・塩化物に関する成果は公開され、精度と適用可能性が丁寧に議論されています。SpringerLink+1
一方で、工程・材料の自由度を担保しつつ**“同等以上の性能であればよい”という性能基準化の考え方は、総説論文や実務レビューでも繰り返し提案されています。“ポルトランドでOKならAAMもOK”ではなく、“AAMの特性を踏まえて同等の性能実証をする”**という設計・検証の転換が、社会実装を加速します。ScienceDirectWhite Rose Research Online
7. 現場で役立つ“読み替え三箇条”
まず試験条件を必ず読む。加速炭酸化のRHやCO₂、RCPTの印加電圧、前処理乾燥の有無で結果は大きく揺れます。次にゲル相と副相に注目。C-A-S-Hの性質やLDHの有無が、同じ空隙率でも拡散や結合を変えます。最後に配合は一発で決めない。Ms、Na₂O%、ペースト量、水、温度履歴を性能から逆算して反復する——これがAAM設計の王道です。the University of Bath’s research portalSpringerLinkWhite Rose Research Online
8. まとめ:AAMを“扱える材料”にするために
AAMは「万能薬」ではありませんが、狙いに応じた設計自由度と低炭素の伸びしろを両立できる材料群です。配合は数値の当たり所(Na₂O 3~5%、Ms 0.6~1.5 など)から始め、性能を見ながら副相も設計する。試験は条件と“読解”が半分。そして規格は性能基準で捉える。こうした地道なリテラシーの積み重ねが、住宅の基礎から海岸の防潮、インフラ更新まで、AAMの活躍の場を着実に広げます。仕上げとして、次回は国内外の実橋・舗装・プレキャストでの事例とLCA/コストの勘定まで数字で踏み込みます。SpringerLink
参考文献
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