なぜ“地球にやさしいセメント”として注目されるのか?――アルカリ活性材料とジオポリマーの基礎


1. セメントと地球環境の関係

私たちが日常生活で最も身近に使っている建材といえば、やはり「コンクリート」です。道路や橋、ビルやダムなど、あらゆるインフラの基盤となっているのはセメントであり、その年間生産量は世界全体で 40億トンを超える といわれています。しかし、便利さの裏側には環境問題が潜んでいます。セメントをつくる際には、大量の二酸化炭素(CO₂)が排出されるのです。

セメントの主成分であるポルトランドセメントは、石灰石を約1450℃という高温で焼成して製造されます。この工程では、石灰石に含まれる炭酸カルシウムが分解されて酸化カルシウムになる際にCO₂が放出され、さらに燃料を燃やす際にもCO₂が発生します。そのため、セメント産業は人類が排出するCO₂の 約7~8%を占める といわれており、気候変動対策の観点からも無視できない存在です。

この問題を解決するために注目されているのが、アルカリ活性材料(AAM)ジオポリマー と呼ばれる新しいタイプのセメント代替材料です。これらは低温で製造でき、CO₂排出量も大幅に削減できる可能性を秘めています。


2. アルカリ活性材料(AAM)とジオポリマーの違い

「アルカリ活性材料(AAM)」とは、アルカリ性の溶液を用いて粉体材料を活性化し、硬化させる技術の総称です。一方で「ジオポリマー」という言葉は、特にアルミノシリケート系の粉体を用いてつくられるAAMを指すことが多く、両者はしばしば重なり合って使われています。

イメージをわかりやすく説明すると、従来のセメントが「石灰石を焼いてつくる人工の石」であるのに対し、ジオポリマーは「土や火山灰のようなアルミノシリケートをアルカリで固める新しい石」と表現できます。

一般人の方には少し不思議に聞こえるかもしれませんが、実は人類は古くから似たような技術を使ってきました。たとえば、古代ローマの火山灰を使ったコンクリートは非常に長持ちすることで知られていますが、これは自然のアルカリ活性反応を利用していたとも考えられています。現代のジオポリマー研究は、こうした古代の知恵を科学的に再現し、現代社会に応用しようという試みでもあるのです。


3. Na₂SiO₃(ケイ酸ナトリウム水溶液)の役割

アルカリ活性材料に欠かせないのが、Na₂SiO₃(ケイ酸ナトリウム水溶液)、いわゆる「水ガラス」です。

水ガラスはもともと耐火材や接着剤、防水材などに使われてきた身近な化学物質で、無色透明の粘性を持つ液体です。AAMの世界では、この水ガラスが反応の「触媒兼材料供給源」として重要な役割を担います。

粉体原料(フライアッシュやメタカオリンなど)がアルカリ性の環境にさらされると、表面からシリカやアルミナが溶け出します。Na₂SiO₃溶液はこの過程を助けると同時に、溶け出した成分と反応して新しい三次元ネットワークをつくり、固体を形成するのです。

これを料理にたとえると、粉体原料は「小麦粉や砂糖などの原料」、Na₂SiO₃は「水と酵母の役割」を果たすようなものです。粉体だけでは形にならないものが、アルカリ溶液と出会うことで「発酵」し、やがてしっかりと固まるケーキやパンのような構造体になる――そのようなイメージを持つと理解しやすいでしょう。


4. どうやって固まるのか?反応の流れ

ジオポリマーの硬化は、一見するとセメントの水和反応と似ていますが、実際には異なる化学反応が進行しています。大きく分けると以下の段階があります。

  1. 溶解
    原料中のシリカやアルミナが、強いアルカリ溶液によって分解され、イオンとして溶け出します。
  2. 重縮合
    溶け出したイオンが再び結合し、Si–O–Al結合を主体とする三次元ネットワークが形成されます。
  3. ゲル形成
    この段階で「N-A-S-Hゲル」や「C-A-S-Hゲル」と呼ばれる物質が生成し、微細な構造をつくりながら固体へと変わっていきます。

研究者の立場からすると、ここでどのようなゲルが生成するかによって最終的な強度や耐久性が大きく変わるため、Na₂SiO₃の濃度やアルカリ溶液の種類を最適化することが重要な研究課題となっています。


5. 実用化へのチャレンジ

では、このジオポリマーやAAMはすぐに従来のセメントを置き換えられるのでしょうか?答えは「部分的にはすでに実用化されているが、本格的な普及には課題が残っている」というのが現状です。

たとえば、オーストラリアやヨーロッパでは、ジオポリマーコンクリートが橋梁補修材や耐火パネルとして実際に使われています。また、日本国内でも大学や企業が共同で実験的な建材開発を進めています。ジオポリマーは耐熱性や耐薬品性に優れるため、一般的なセメントにはない強みを発揮する場面も少なくありません。

一方で、課題となっているのは主に コストと標準化 です。Na₂SiO₃の製造コストは決して安くなく、さらに国際的な建材規格にまだ十分組み込まれていないため、大規模な建設プロジェクトで採用するにはハードルが高いのが現実です。研究者たちは、廃棄物由来の原料から安価に水ガラスを合成する方法や、粉体にあらかじめアルカリ成分を混ぜ込んだ「ワンパート型材料」などの開発に取り組んでいます。


6. 一般人にとっての意義

ここまで読むと、もしかしたら「難しい化学の話ばかり」と感じるかもしれません。しかし、ジオポリマーやAAMが実用化されることで、私たちの日常生活にも直接的なメリットがあります。

まず第一に、地球温暖化対策 への貢献です。セメント産業がCO₂排出の大きな要因である以上、それを減らすことは地球全体にとって大きな意義があります。ジオポリマーを使う建物が増えれば、私たちが暮らす都市そのものが「CO₂を減らす都市」へと変わっていく可能性があります。

また、ジオポリマーは耐久性に優れるため、インフラの寿命が延び、結果的に税金の節約やメンテナンスの負担軽減にもつながります。さらに、耐火性能の高さは火災リスクを下げることにもつながり、安全で安心な生活基盤をつくるうえで大きな価値があります。


7. 研究者が注目する未来の方向性

研究の現場では、AAMやジオポリマーの可能性はさらに広がっています。たとえば、放射性廃棄物を封じ込める材料としての利用や、海洋環境での耐久性を活かした海洋構造物の建設など、従来のセメントでは難しかった用途に応用しようという試みが続けられています。

また、ナノテクノロジーや分析機器の発展により、反応中のイオンの挙動やゲルの成長過程が徐々に明らかになってきています。こうした研究成果は、将来的により安定した配合設計や高性能な材料の開発につながっていくと考えられます。


8. まとめ

アルカリ活性材料(AAM)やジオポリマーは、CO₂排出量の削減という現代社会の大きな課題に応えると同時に、従来のセメントにはない優れた特性を持つ次世代の建材です。その中心にあるのがNa₂SiO₃(水ガラス)という身近でありながら重要な化学物質であり、これが粉体材料を固めて「新しい石」をつくり出しています。

もちろん、普及にはコストや規格といった課題もありますが、世界各地で研究と実用化の試みが進む今、この新しいセメントが私たちの生活に入り込む日はそう遠くないかもしれません。


参考文献(DOI付き)

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