水ガラス(Na₂SiO₃)で固まるジオポリマー入門|アルカリ活性材料(AAM)の仕組み・CO₂削減・実用化課題

1. セメントと地球環境の関係

私たちが日常生活で最も身近に使っている建材といえば、やはり「コンクリート」です。道路や橋、ビルやダムなど、あらゆるインフラの基盤となっているのはセメントであり、近年の世界のセメント生産は年約40億トン規模で推移しています(USGSデータを基にした整理)。

参考:Our World in Data(出典:USGS)

しかし、便利さの裏側には環境問題が潜んでいます。セメントをつくる際には、大量の二酸化炭素(CO₂)が排出されるのです。この記事では、セメント代替材料の中でもジオポリマーに注目し、とくに硬化に重要な水ガラス(Na₂SiO₃)の役割をわかりやすく整理します。

セメントの主成分であるポルトランドセメントは、石灰石を約1450℃という高温で焼成して製造されます。この工程では、石灰石に含まれる炭酸カルシウムが分解されて酸化カルシウムになる際にCO₂が放出され、さらに燃料を燃やす際にもCO₂が発生します。そのため、セメント産業は世界全体のCO₂排出の約7%前後を占めるとの推計もあり、気候変動対策の観点からも無視できない存在です(※集計範囲:燃料由来/プロセス由来の扱いにより見え方は変わります)。

参考:EU JRC ファクトシートIEA(Cement Technology Roadmap 関連)

この問題を解決するために注目されているのが、アルカリ活性材料(AAM)ジオポリマー と呼ばれる新しいタイプのセメント代替材料です。これらは比較的低温(あるいは焼成を伴わない系)で製造でき、CO₂排出量を大幅に削減できる可能性を秘めています。


2. アルカリ活性材料(AAM)とジオポリマーの違い

「アルカリ活性材料(AAM)」とは、アルカリ性の溶液を用いて粉体材料を活性化し、硬化させる技術の総称です。一方で「ジオポリマー」という言葉は、特にアルミノシリケート系の粉体を用いてつくられるAAMを指すことが多く、両者はしばしば重なり合って使われています。

※用語について重要な注意:「AAM」と「ジオポリマー」の境界・定義は、文献や団体によって使い分けが揺れることがあります。本記事では「AAM=広義の総称」「ジオポリマー=(主に)アルミノシリケート系の代表的なAAM」として説明を統一します(異なる立場の整理例:Geopolymer Institute FAQ)。

イメージをわかりやすく説明すると、従来のセメントが「石灰石を焼いてつくる人工の石」であるのに対し、ジオポリマーは「土や火山灰のようなアルミノシリケートをアルカリで固める新しい石」と表現できます。

一般人の方には少し不思議に聞こえるかもしれませんが、実は人類は古くから似たような技術を使ってきました。たとえば、古代ローマの火山灰を使ったコンクリートは非常に長持ちすることで知られていますが、これは自然のアルカリ活性反応を利用していたとも考えられています。現代のジオポリマー研究は、こうした古代の知恵を科学的に再現し、現代社会に応用しようという試みでもあるのです。


3. Na₂SiO₃(ケイ酸ナトリウム水溶液)の役割

アルカリ活性材料に欠かせないのが、Na₂SiO₃(ケイ酸ナトリウム水溶液)、いわゆる「水ガラス」です。

水ガラスはもともと耐火材や接着剤、防水材などに使われてきた身近な化学物質で、無色透明の粘性を持つ液体です。AAMの世界では、水ガラスは(1)強アルカリ環境を与えて溶解を進めること、そして(2)反応に必要なシリケート種(Si成分)を供給することの両面で重要な役割を担います。

※安全上の注意:実験や試作では強アルカリ溶液(例:NaOH等)を扱うことがあり、皮膚・眼への影響などリスクがあります。専門設備・適切な保護具・管理のもとで取り扱う必要があります。

粉体原料(フライアッシュやメタカオリンなど)がアルカリ性の環境にさらされると、表面からシリカやアルミナが溶け出します。Na₂SiO₃溶液はこの過程を助けると同時に、溶け出した成分と反応して新しい三次元ネットワークをつくり、固体を形成するのです。

これを料理にたとえると、粉体原料は「小麦粉や砂糖などの原料」、Na₂SiO₃は「水(環境)と、ふくらみを支える要素(反応の進行を助ける成分)」の役割を果たすようなものです。粉体だけでは形にならないものが、アルカリ溶液と出会うことで反応が進み、やがてしっかりと固まる構造体になる――そのようなイメージを持つと理解しやすいでしょう。


4. どうやって固まるのか?反応の流れ

ジオポリマーの硬化は、一見するとセメントの水和反応と似ていますが、実際には異なる化学反応が進行しています。大きく分けると以下の段階があります。

  1. 溶解
    原料中のシリカやアルミナが、強いアルカリ溶液によって分解され、イオンとして溶け出します。
  2. 重縮合
    溶け出したイオンが再び結合し、Si–O–Al結合を主体とする三次元ネットワークが形成されます。
  3. ゲル形成
    この段階で「N-A-S-Hゲル」や「C-A-S-Hゲル」と呼ばれる物質が生成し、微細な構造をつくりながら固体へと変わっていきます。

研究者の立場からすると、ここでどのようなゲルが生成するかによって最終的な強度や耐久性が大きく変わるため、Na₂SiO₃の濃度やアルカリ溶液の種類を最適化することが重要な研究課題となっています。


5. 実用化へのチャレンジ

では、このジオポリマーやAAMはすぐに従来のセメントを置き換えられるのでしょうか?答えは「部分的にはすでに実用化されているが、本格的な普及には課題が残っている」というのが現状です。

たとえば、オーストラリアではジオポリマーコンクリートを用いたプレキャスト部材が建築用途で実装された事例が報告されています(例:UQ関連プロジェクトの技術報告)。

参考:Wagners/Bligh Tanner 事例報告(PDF)

また、ジオポリマーは耐熱性や耐薬品性に優れるため、一般的なセメントにはない強みを発揮する場面も少なくありません。

一方で、課題となっているのは主に コストと標準化 です。Na₂SiO₃の製造コストは決して安くなく、さらに国際的な建材規格にまだ十分組み込まれていないため、大規模な建設プロジェクトで採用するにはハードルが高いのが現実です。研究者たちは、廃棄物由来の原料から安価に水ガラスを合成する方法や、粉体にあらかじめアルカリ成分を混ぜ込んだ「ワンパート型材料」などの開発に取り組んでいます。

標準化については、性能規定(performance-based)に寄せた提案や技術委員会での整理が進んでいます(例:RILEM TC 224-AAM)。


6. 一般人にとっての意義

ここまで読むと、もしかしたら「難しい化学の話ばかり」と感じるかもしれません。しかし、ジオポリマーやAAMが実用化されることで、私たちの日常生活にも直接的なメリットがあります。

まず第一に、地球温暖化対策 への貢献です。セメント産業がCO₂排出の大きな要因である以上、それを減らすことは地球全体にとって大きな意義があります。ジオポリマーを使う建物が増えれば、私たちが暮らす都市そのものが「CO₂を減らす都市」へと変わっていく可能性があります。

また、ジオポリマーは 耐久性に優れる ため、インフラの寿命が延び、結果的に税金の節約やメンテナンスの負担軽減にもつながります。さらに、耐火性能の高さは火災リスクを下げることにもつながり、安全で安心な生活基盤をつくるうえで大きな価値があります。


7. 研究者が注目する未来の方向性

研究の現場では、AAMやジオポリマーの可能性はさらに広がっています。たとえば、放射性廃棄物を封じ込める材料としての利用や、海洋環境での耐久性を活かした海洋構造物の建設など、従来のセメントでは難しかった用途に応用しようという試みが続けられています。

また、ナノテクノロジーや分析機器の発展により、反応中のイオンの挙動やゲルの成長過程が徐々に明らかになってきています。こうした研究成果は、将来的により安定した配合設計や高性能な材料の開発につながっていくと考えられます。


8. まとめ

アルカリ活性材料(AAM)やジオポリマーは、CO₂排出量の削減という現代社会の大きな課題に応えると同時に、従来のセメントにはない優れた特性を持つ次世代の建材です。その中心にあるのがNa₂SiO₃(水ガラス)という身近でありながら重要な化学物質であり、これが粉体材料を固めて「新しい石」をつくり出しています。

もちろん、普及にはコストや規格といった課題もありますが、世界各地で研究と実用化の試みが進む今、この新しいセメントが私たちの生活に入り込む日はそう遠くないかもしれません。


参考文献(DOI/識別子を含む)

  1. Provis, J. L., & van Deventer, J. S. J. (2009). Geopolymers: Structures, Processing, Properties and Industrial Applications. Woodhead Publishing. https://doi.org/10.1533/9781845696382
  2. Bernal, S. A., et al. (2011). Durability of alkali-activated materials: Progress and perspectives. Journal of the American Ceramic Society, 94(4), 1011–1020. https://doi.org/10.1111/j.1551-2916.2010.04345.x
  3. Davidovits, J. (2015). Geopolymer Chemistry and Applications. Geopolymer Institute. (※DOIではなく識別子の場合あり) https://doi.org/10.13140/RG.2.1.5115.8480
  4. Nath, P., & Sarker, P. K. (2014). Effect of sodium silicate as activator on fly ash based geopolymer concrete. Journal of Materials in Civil Engineering, 26(4), 594–603. https://doi.org/10.1061/(ASCE)MT.1943-5533.0000810
  5. Habert, G., et al. (2011). Environmental evaluation of geopolymers. Construction and Building Materials, 25(9), 406–417. https://doi.org/10.1016/j.conbuildmat.2010.11.066
  6. Provis, J. L. (2018). Alkali-activated materials. Cement and Concrete Research, 114, 40–48. https://doi.org/10.1016/j.cemconres.2017.02.009
  7. Shi, C., et al. (2011). Alkali-activated cements and concretes. CRC Press. https://doi.org/10.1201/9780203390672

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