1996|Cong & Kirkpatrick:29Si MAS NMRで鎖長とQ種を定量

CSH(カルシウムシリケート水和物)は“ゲル状で非晶質”――この曖昧さが長く研究の壁でした。**1996年、Cong & Kirkpatrick は固体NMR(29Si MAS NMR)を使い、CSHの“骨格の長さ”を物理データで示す道を切り開きます。**シリケート鎖を構成するケイ素サイトの化学環境を「Q種」として読み分け、C/S比(Ca/Si)と鎖長の関係を実験的に描いたのです。以後、T/J(トバモライト/ジェンナイト)混成モデルやコロイドモデル、熱力学モデリングの議論は、この“鎖の目盛り”に沿って整流されていきます。


1. 何を測ったのか――Q種と「鎖長」という座標軸

固体の29Si MAS NMRでは、SiO₄四面体がどのくらい隣とつながっているかで化学シフトが変わります。末端が多い短い鎖では(鎖端)、つながりが進むと(鎖中)が増える――この“Q種の比率”を読み取れば、平均鎖長(mean chain length, MCL)を推定できます。Cong & Kirkpatrick は、組成を揃えた合成CSHを多数用意し、C/S比を系統的に振りながら29Siスペクトルを取得。C/Sが下がるほどQ²が増え、シリケート鎖が長くなるという関係を、実験で初めて明快に示しました。これにより、CSHを「ただのゲル」ではなく、**“可変長の鎖がつくるネットワーク”**として語る基盤が整います。 サイエンスダイレクトlibrary.search.tulane.edu


2. なぜ大事か――組成(C/S)から構造、そして物性へ

この研究の肝は、化学組成 → 構造 → 物性という橋が一段強固になったことにあります。C/Sが高い(Caが多い)と、CSHの周囲にはCa(OH)₂が共存しやすく、鎖は短め(Q¹多め)でネットワークは疎になりがち。逆にC/Sが低い(Siが多い)と、鎖が長く(Q²多め)、骨格は相対的に緻密になります。鎖が伸びればヤング率やクリープ挙動、乾燥収縮の感度といった巨視的ふるまいも変わる――この“化学から力学へ”の見取り図を、Cong & Kirkpatrick のデータは後続のモデルに受け渡しました。以後のレビューや構造モデルは、Q¹/Q²比=鎖長を出発点に議論を組み立てます。 PMC+1


3. 実験の工夫と限界――“若いCSH”をどう掴むか

非晶質のCSHでは、信号が広がってピークが重なり合うのが常です。Cong & Kirkpatrick は回転速度(MAS)やパルス条件を最適化してシグナルを分離し、既知組成の単相合成体に絞ることで解釈の自由度を絞りました。さらに、関連する研究で17O NMRや結晶性のシリケート水和物の参照測定を重ね、Q種の帰属を裏づけています。一方で、実セメントペーストの“混ざり物”や歳時変化を完全に写し取るのは難しく、乾燥・前処理の影響や、アルミニウム置換(C-A-S-H)など実材特有の要素は後年の高磁場NMRや総散乱、EXAFSが担うことになりました。 サイエンスダイレクトWiley Online Library – Ceramics


4. その後の展開――T/J、LD/HD、原子・メソ計算へ

1996年の“鎖長マップ”は、複数の系譜に伸びていきます。
まずT/J混成モデル(Richardson 2004)は、CSHを欠陥トバモライト/ジェンナイトの混成として捉え、Q種や鎖長の変化を結晶学的モチーフに結びつけました。LD/HD二相モデル(Tennis & Jennings 2000)は、密度の異なるCSHを想定し、吸着・表面積・収縮の解釈を整理。さらにナノインデンテーションnanogranular力学を提案し、局所弾性と相(LD/HD, Q種)の対応づけを進めます。2007年には非乾燥でのCSH固体密度測定が実現し、鎖長と密度・組成の同時整合が可能に。2009年以降の第一原理・分子動力学は、Q種分布と層間水の起源を原子レベルで検証する時代に入りました。こうして、NMRの“鎖の物差し”は、構造モデルと計算・力学・熱力学を束ねる共通言語になったのです。 サイエンスダイレクト+1PubMed


5. 一般読者の直観――“短いマカロニ”と“長いスパゲッティ”

シリケート鎖をパスタにたとえると、Q¹が多い=短いマカロニが多い状態、Q²が多い=長いスパゲッティが増える状態です。短いパスタは隙間ができやすく、長いパスタは絡まりやすい。同じ皿(体積)でも、絡まりが進めば緻密で弾力のある“塊”ができます。Cong & Kirkpatrick の仕事は、皿の上を上から眺めてパスタの長さを数えたようなもの。どのレシピ(C/S比)だと、どんな食感(物性)になるかが見えてきたので、あとは調理(配合・養生)で狙い撃ちできる。難しい式がなくても、この直観で多くの現象が腑に落ちます。


6. 研究を始めた人へ――“鎖長”を起点に論文を読む

CSHの論文を読み解くコツは、Q¹/Q²とMCLがどこに書かれているかを最初に探すことです。もし記載がなければ、29Siピーク比の図を見て自分で見当をつける。そこから密度(SAXS/中性子散乱)や力学(ナノインデンテーション)熱力学(Lothenbach系)の結果を並べると、異なる手法のデータが同じ鎖長の目盛りに収まります。配合や混和材の議論でも、C/Sを動かすと鎖はどう動くかから考える癖をつけると、用語に振り回されません。


7. 実務への翻訳――“鎖を育てる”配合と養生

配合でC/Sを下げる側(Siを増やす)に寄せると、鎖は伸びやすい。ただし、初期強度や施工性、自己収縮とのトレードオフが出ます。シリカフュームやスラグを使うと、溶液化学が変わって長期的に鎖が伸びる傾向があり、緻密化・耐久に効く一方で、若材齢の水管理がいっそう重要になります。Cong & Kirkpatrick の“鎖長視点”を脳内に置くと、なぜその対策が効くのかを配合・養生・環境で一貫して説明できるようになります。


8. まとめ――“ゲル”に目盛りを刻んだ論文

1996年の研究は、CSHを**“鎖の長さで語れる材料”に変えました。Q種の読み分けは、C/S—鎖長—密度—力学を一本の線で結び、以後のモデルと計算を受け止める標尺**になりました。ゲルに目盛りを刻んだ――Cong & Kirkpatrick の功績を一言で言えば、そう言えます。

次回:2000|Tennis & Jennings:LD/HD 二相モデル。鎖の物差しで見えた“密度の二相性”を、空隙・吸着・収縮と結び直します。


参考文献

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