前回のLD/HD(二相)モデルは、同じCSHでも**“ふんわり”と“みっちり”の二つの状態がある、という見方を与えてくれました。では、その違いは力学的にどのくらいはっきりしているのか。2004年、Constantinides & Ulm はこの問いにナノインデンテーション**で真正面から挑み、**二つの弾性の“顔つき”**をきれいに描いて見せました。以後、CSHを語るとき「柔らかめ(LD寄り)」「硬め(HD寄り)」という言い方が、データで裏づけられた言語として根づいていきます。
1. 何をした研究か――“同じ場所で、たくさん刺して、分布で語る”
ナノインデンテーションは、微小なダイヤモンド圧子で材料を押し込み、荷重―変位から局所のヤング率や硬さを読む方法です。著者らは、均質だと仮定しがちなペーストの中にもミクロなばらつきがあると捉え、同一試料に数百〜千点規模の格子状インデントを刻んで、弾性率の分布そのものを結果として提出しました。生の分布をそのまま眺めるのではなく、ミクロメカニクスの混合則で分解することで、**二つの母集団(柔らかめ/硬め)**が潜んでいることを丁寧に示します。
興味深いのは、比較対象として脱灰(Ca溶出)で軟化させたペーストも測っている点です。化学的に“痩せた”領域では、柔らかめの母集団が増える。これは、化学組成(C/S比やCaの保持)と弾性の差が現実に結びついていることの、直接的なヒントになりました。
2. 何が見えたのか――“二つの丘”として立ち上がる弾性の分布
データは、弾性率のヒストグラムに二つの丘(バイモーダル分布)を示しました。片方は相対的に低い弾性を持ち、もう片方は高い弾性を示す。これは、LD/HDモデルの**“詰まり具合の差”を力学でなぞったかたちです。著者らは、測定スケールで混ざり合う相を複合材料として扱い、割合と代表弾性を推定。結果として、柔らかめ(LD寄り)と硬め(HD寄り)の体積比が、配合や処理の違い(脱灰の有無、反応度の差など)に応じて系統的に動く**ことを明らかにしました。
この“二つの丘”は、後年の研究で湿度や履歴に応じて形が動くことも確かめられ、吸着・収縮の感度が高い側=LD寄り、寸法安定と弾性の底上げに効く側=HD寄りという機能的な分担の理解へつながっていきます。
3. 方法のキモ――スケールと解析の“お作法”
インデンテーションの世界では、どのくらいの体積を平均しているか(解析窓の大きさ)が結果を左右します。著者らは浅い押し込み深さと高密度の格子測定を使い、粗骨材や大きな気泡を避けつつ、CSH主体の組織をねらい撃ちしました。取得した分布はそのままでは“試料の地図”に依存しますが、**ミクロメカニクスのモデル(複合則)を通すと、“相の代表値”と“配分”**へと一般化できます。
もう一点、重要なのは前処理の影響です。乾燥・研磨・充填樹脂の条件は、表面近傍の水の状態や微小ひびに影響します。論文は、この種のアーティファクトを繰り返し測定と統計でノイズとして抑え、母集団の差が信号として立つように設計されています。読者が自分の試料で追試するなら、湿度管理と表面仕上げの再現性を最初のチェックリストに入れるとよいでしょう。
4. 何がうれしいのか――配合・養生・劣化を“弾性の言葉”で語れる
実務の意思決定では、強度・弾性・収縮・浸透のトレードオフを同時に考えます。ナノインデンテーションで二相の弾性が見えると、たとえば次のような読み替えが可能になります。
- 若材齢に水を逃がさない養生は、HD寄りの割合を押し上げる方向に働く。これは弾性の立ち上がりを助け、乾燥収縮の感度を抑える可能性が高い。
- 脱灰やASRなどの化学劣化は、LD寄りの割合を増やし、局所弾性の低下と分布の広がりとして表れる。
- 混和材でC/Sを動かすと、鎖長(Q種)や密度の議論と足並みをそろえて、“柔らかめ↔硬め”の配分を操作できる。
要するに、**化学(C/S・鎖長)—物理(詰まり具合)—力学(弾性)**が一本の線で結ばれ、配合と養生を“弾性の言葉”に翻訳できるようになるのです。
5. 誤解しないための注意点――二相は“ラベル”、実態は“連続体”
本研究は、弾性分布に二つの代表的な山があることを示しました。しかし、世界が本当に二つの純粋相に割れるわけではありません。実態は連続的な密度スペクトルで、その上に代表値として“柔らかめ/硬め”を置くのが、設計や議論に便利という考え方です。測定のスケールや解析窓を変えれば、山の形も動きます。重要なのは、同じ手順で同じ指標を追い、配合・養生・劣化による相対変化を読むことです。
6. 一般読者の直観――スポンジの“押しごたえ”が二種類ある
濡れたスポンジでも、ふわっと沈む場所としっかり跳ね返す場所があります。見た目は同じでも、目の詰まり具合と水の抱え方が違えば、指先の感覚は変わる。ナノインデンテーションは、それをマイクロスケールで定量する装置です。そして、スポンジが乾き・再吸水を繰り返すと押しごたえが変わるように、コンクリートのCSHも湿度や時間で“柔らかめ↔硬め”の配分が動きます。研究は難しくても、直観は案外シンプルです。
7. まとめ――“二相CSH”に手ざわりを与えた
Constantinides & Ulm の2004年論文は、LD/HDというミクロ構造の仮説に手ざわり(弾性)を与え、配合—養生—劣化を同じ地図で語る基盤を作りました。続く2007年の“nanogranular”論文は、CSHを粒子同士の接触が支配する顆粒体として位置づけ、二相の解釈を粒子力学の言葉で深めていきます。
次回は、この流れを受けて2004|Jennings:コロイドモデルへ。グロビュール(微小粒子)の凝集という視点から、収縮・クリープ・吸脱着を“同じ舞台”に並べ直します。
参考文献
- Constantinides, G., & Ulm, F.-J. (2004). The effect of two types of C–S–H on the elasticity of cement-based materials: Results from nanoindentation and micromechanical modeling. Cement and Concrete Research, 34(1), 67–80. DOI: https://doi.org/10.1016/S0008-8846(03)00230-8 / Publisher(抄録): https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0008884603002308 サイエンスダイレクト
- Constantinides, G., & Ulm, F.-J. (2007). The nanogranular nature of C–S–H. Journal of the Mechanics and Physics of Solids, 55(1), 64–90. DOI: https://doi.org/10.1016/j.jmps.2006.06.003 / Alt PDF: https://www.bouwenwonen.net/download/sdarticle.pdf サイエンスダイレクトBouw & Wonen
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