前回までで、CSH を「ナノ粒子(グロビュール)の集合体」と捉えるコロイド視点と、LD/HD(二相)やナノ顆粒力学の言葉をそろえました。2008 年の Jennings による CM-II(Colloid Model II)は、その“粒子の世界”を吸脱着等温線の精密な読み替え**で理路整然と描き直した決定版です。ポイントは三つ。① グロビュールの内部と外部の水を区別し、② 吸着ヒステリシスが生まれる仕組みを“通路の開閉と微小な再配置”として記述し、③ 乾燥収縮の「可逆」と「不可逆」を分けて説明したこと。これにより、収縮・クリープ・透水性・弾性といったバラバラに見えた現象が、水の出入りと粒子パッキングの履歴という一本の線でつながります。
1. CM-I から何が変わったのか——“水の居場所”が増えた
初代のコロイドモデル(2004)は、CSH をナノ粒子の凝集体としてとらえ、粒子間の水が比表面積や透過性を左右する、という直観を与えました。CM-II ではさらに、粒子の“内部”に抱えられた水(intraglobular water)と、粒子“あいだ”にいる水(interglobular water)を区別します。前者は粒子そのものの“体温”のように構造を支え、後者は粒子間の通路(スロート)を満たしながら、相対湿度に応じて出入りする。この二重構造が、等温線の形とヒステリシスの多くを決めると見なしたのが CM-II の肝です。粒子の「詰まり具合」が進むほど、内部水の比率が上がり、可逆な質量変化は減る一方で、通路の“形戻し”に伴う不可逆な体積変化が残りやすくなります。
2. 吸脱着等温線は“粒子パッキングの履歴書”
水蒸気吸着の実験で、相対湿度を上げ下げすると同じ点を通らずヒステリシスが生じます。CM-II はこれを、通路(スロート)の開閉と粒子の微小再配置で説明します。吸着側では水が通路を“濡らし”て行き止まりをつなげ、脱着側では細い喉が最後まで“乾きにくい”ため、行きと戻りが重ならない。ここに、乾燥過程で粒子の位置関係がわずかに変わる(densification)という不可逆の要素が重なると、ヒステリシスはさらに大きくなり、質量は戻るのに長さは戻らないという現場の“あるある”が理屈になります。つまり、等温線はどのくらいの通路が、どの順番で開閉し、どれだけ“形が変わったか”を映す履歴書なのです。
3. 乾燥収縮を二色に塗り分ける——可逆 vs. 不可逆
CM-II では、乾燥収縮を可逆(湿度に応じて戻る分)と不可逆(履歴として残る分)に切り分けます。可逆成分は、表面力の変化(毛細力やディスジョイニング圧)に材料が弾性的に応じる部分。不可逆成分は、粒子間接触の組み替えや微小滑りなど、パッキングそのものが別の“極小配置”に落ち込むために残る分です。相対湿度が急に下がる、薄片に強い乾燥勾配が立つ、若材齢で乾燥を始めて粒子ネットワークが未成熟――こうした条件は不可逆分を増やします。逆に、湿潤・内部養生で通路の開閉を穏やかに進め、粒子接触を育てながら乾燥に向かえば、不可逆分は抑制できます。ここで“やるべきこと”が、等温線の形から読めるわけです。
4. LD/HD・ナノ顆粒力学・非乾燥密度との“すり合わせ”
CM-II は、LD/HD(二相)の「疎/密」という直観を、アクセス可能な通路と内部水の比率へ翻訳します。LD 寄りでは通路が多く、等温線の履歴も大きい。HD 寄りでは通路が閉じ、内部水の比率が上がるため、履歴は小さくなる。ナノ顆粒力学が示した弾性の二峰性は、通路がつながる疎なネットワーク/接触が増えた密なネットワークに対応づけられます。さらに非乾燥で決まった CSH の固体密度は、グロビュールの“実体”を与え、CM-II の“中身”の数字合わせを助けます。こうして**吸着(等温線)—力学(弾性)—密度(粒子の中身)**が、矛盾なく同じ座標にそろいます。
5. 一般読者の直観——“スポンジの通路”と“綿ぼこり”
濡れたスポンジを想像してみてください。太い道はすぐに濡れたり乾いたりするけれど、細い通路は最後まで水が残る。乾燥を急ぐとスポンジの繊維の位置関係が少し入れ替わって、目の詰まり方が元に戻らないことがある。これが不可逆収縮です。加えて、スポンジの繊維一本一本の中にもわずかな水が染み込んでいて、これは外の湿度には鈍い。通路(外側の水)と繊維の中(内部の水)を分けて考えるだけで、乾燥・再吸水・長さ変化の“ややこしさ”が一気にほどけます。CM-II はこの素朴なたとえを研究に耐える数理にした、と言えます。
6. 研究の進め方——“同一バッチで複式簿記”
CM-II を自分の試料で確かめたいなら、同一バッチで次の情報をそろえるのが近道です。まず、動的蒸気吸着(DVS)で等温線の行きと戻りを丁寧にとり、前処理(前史)を変えて履歴の差を確認します。次に、ナノインデンテーションで弾性分布を測り、ヒストグラムの“丘”の位置と比率が湿度や乾燥履歴でどう動くかを追う。さらに、SAXS/SANSや非乾燥密度でグロビュールの“中身”を支える数字を確かめ、余裕があれば29Si NMRで鎖長の基準を置く。乾燥のアーティファクトを避け、複数の手法を同じ秤にのせる――この“複式簿記”が、CM-II を実材へ落とす最短ルートです。
7. 現場での翻訳——“いつ乾かすか、どれだけ乾かすか”
若材齢の湿潤・内部養生は、通路の開閉をゆっくりにして不可逆収縮を抑えます。乾燥開始を遅らせるだけでなく、厚みや表面積に応じて乾燥勾配をゆるやかにする配慮が効きます。減水剤・微粉末で初期の核形成と分散を整えれば、後の densification が“つまずかず”に進み、履歴は小さくなる。逆に、急な換気・加熱や低湿度での素早い乾燥、あるいは前処理での完全乾燥→再吸水は、履歴を大きくしがちです。CM-II は、「乾燥の仕方」そのものが性能の設計変数だと教えてくれます。
8. その先へ——表面力・原子モデル・最新の等温線解析
CM-II の骨格に、ディスジョイニング圧や毛細凝縮の物理を重ねる研究が進み、可逆/不可逆の境界や、クリープとの共通基盤がよりはっきりしてきました。原子モデル(2009)は、短距離秩序が層状であること、長距離では乱れが支配的であることを示し、粒子内部の水の居場所と表面の相互作用に現実味を与えました。近年は DVS とシミュレーションの連携で、温度依存や速度効果まで折り込んだ等温線解析も登場し、**“履歴の読み取り”**は一段と精密になっています。
まとめ
CM-II は、CSH を「粒子+内部水/通路+履歴」で読む共通語を与え、乾燥収縮の可逆・不可逆をはっきり分けて説明しました。これによって、配合・養生・劣化の議論が等温線という測れる指標にひもづき、**力学(弾性・クリープ)**とも自然につながるようになったのです。
次回は 2009|Pellenq(PNAS):実在的原子モデル(CSH-FF)。コロイドの“粒子の中身”を、化学と力学まで一筆書きでつなぐボトムアップ像を見に行きます。
参考文献
- Jennings, H. M. (2008). Refinements to colloid model of C–S–H in cement: CM-II. Cement and Concrete Research, 38(3), 275–289. DOI: https://doi.org/10.1016/j.cemconres.2007.10.006 / Publisher: https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0008884607002761 。等温線の解釈に基づく第2世代コロイドモデルの原典。 サイエンスダイレクト
- Allen, A. J., Thomas, J. J., & Jennings, H. M. (2007). Composition and density of nanoscale calcium–silicate–hydrate in cement. Nature Materials, 6(4), 311–316. DOI: https://doi.org/10.1038/nmat1871 / Open/Author PDF: https://www.civil.northwestern.edu/people/thomas/pdf/Allen_CSHContrast_NM_2007.pdf 。非乾燥で決まった CSH の固体密度と平均組成。 PubMed+1
- Constantinides, G., & Ulm, F.-J. (2007). The nanogranular nature of C–S–H. Journal of the Mechanics and Physics of Solids, 55(1), 64–90. DOI: https://doi.org/10.1016/j.jmps.2006.06.003 / Publisher: https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0022509606001062 。顆粒体としての力学を与えた基盤研究。 サイエンスダイレクト
- Rahman, S. F., & Grasley, Z. C. (2023). The role of disjoining pressure on the drying shrinkage of cementitious materials. Open Geomechanics, 4, Article 2, 1–12. DOI: https://doi.org/10.5802/ogeo.14 / Open PDF: https://opengeomechanics.centre-mersenne.org/item/10.5802/ogeo.14.pdf 。乾燥収縮の理論基盤(表面力)の最新整理。 opengeomechanics.centre-mersenne.org+1
- Pellenq, R. J.-M., et al. (2009). A realistic molecular model of cement hydrates. Proceedings of the National Academy of Sciences, 106(38), 16102–16107. DOI: https://doi.org/10.1073/pnas.0902180106 。粒子の“中身”を原子レベルで整合させたボトムアップモデル。 ResearchGate