前回の基礎編では、炭酸化を「溶ける→移る→固まる」という連続現象として捉え、AFm→CH→CSH の順で相が入れ替わる“筋”を確認しました。応用編の本稿では、その筋がどのくらいの速さで進むのか――すなわち速度論を扱います。現場の言葉にひらくと、狙いは二つです。ひとつは試験室で測った抵抗性を、屋外の自然暴露へ無理なく外挿すること。もうひとつは配合と養生で「速度の舵」を切ること。
1|炭酸化深さはなぜ「√t」に従うのか——反応律速から拡散律速へ移る物語
炭酸化の深さ x は、一般に x = k√t と近似されます。はじめの数十時間~数日ほどは、表面近傍の反応(溶解・炭酸塩析出)の立ち上がりが効きますが、しだいにCO₂ の供給(細孔中の拡散)が追いつかなくなり、拡散律速の世界に落ち着くため、深さが時間の平方根で伸びていく——というわけです。重要なのは、炭酸化でできた緻密な CaCO₃ 層が“殻”になって D(有効拡散係数)を下げ続けること。結果として k は「CO₂ の通りやすさ × 緩衝能(主に CH 量)」の積で決まります。配合で空隙と緩衝能を、養生で通り道の履歴を、環境で外からの供給を、順に押さえれば、k は予測可能な量になります。
2|相対湿度 RH は“ドアマン”——ほどよい湿り気が最速になる理由
乾き過ぎると細孔水が薄く、CO₂ は入ってきても反応(溶解・再沈殿)が進まない。湿り過ぎると今度はガスの拡散路が埋まり、入ってくる CO₂ が不足する。結果として、多くのコンクリートでは中庸の RH(概ね 50–70%)で前線がよく進むという“山型”の振る舞いを示します。マテリアルの目で見ると、CH と CSH と AFtでは反応が活発な RH の帯が微妙に違い、CSH はCa/Si が高いほど高 RH 側で加速しやすい、といった“相ごとの差”も顔を出します。現場で RH を完全に固定することは難しいですが、試験時の前処理(乾燥・再吸水)と暴露 RH を丁寧にそろえるだけでも、k のばらつきは目に見えて減ります。
3|CO₂ 濃度は“燃料”だが、濃ければ良いわけではない
加速試験では 1–3% CO₂、自然暴露は 約 0.04%(400 ppm)。濃度を上げれば反応の駆動力は増すものの、表面に緻密殻が早くできて奥への供給が滞ることがあります。さらに、RH×CO₂ の組合せで生成する炭酸カルシウムの多形や微細構造も変わり、早すぎる緻密化が見かけの抵抗性を過大評価する引き金になりがちです。したがって、加速→自然の換算は一意ではない。後述のように、暴露区分ごとに換算係数や確率モデルでつなぐのが実務的です。
4|温度は“二枚刃”——拡散も化学も動かす
温度が上がれば拡散は速く、一方で溶解平衡や析出のルートも動きます。高温側では RH の管理が難しく、同じ表記 RH でも実効の含水率がズレることがあるため、温度×RH のペアで履歴を揃えることが肝心です。プレキャストの蒸気養生や夏季施工では、若材齢の CH 形成・細孔構造が異なる初期条件になるため、その後の炭酸化速度も同じ“見かけ強度”でも微妙に違ってきます。
5|配合の舵取り——w/b、混和材、石灰石微粉、そして養生
低 w/bは空隙を絞り、基本的には k を小さくします。ただし、CH 量が相対的に減るブレンド系(スラグ・FA)では、緩衝能の低下が加わるため、同じ圧縮強度でも k が大きく出ることがあります。ここに石灰石微粉が入ると、AFm の炭酸塩化が早く進んでアルミネートの分配や空隙充填に影響し、初期の核形成にも効いてきます。いずれの系でも、若材齢の湿潤・内部養生を外すと等温線の履歴が荒れて、拡散路の連結が必要以上に育ってしまう。**化学(相組成)×物理(細孔・履歴)**の掛け算で k は決まる、と覚えておくと設計の迷いが減ります。
6|「加速→自然」をどうつなぐか——係数と分類で外挿の“筋”をつくる
同じ試料に対して加速炭酸化の係数と自然暴露の係数を取り、暴露区分(雨掛かりの有無、屋内、海岸など)ごとに線形換算をつくるアプローチが実務で広く使われます。母集団が揃っていれば、加速係数 ×(暴露ごとの係数)=自然係数という素直な関係が得られ、統計的な“クラス”分け(要求性能に応じた抵抗性クラス)も設定できます。
注意点は三つ。第一に、試験体の年齢と前処理を固定すること。**第二に、初期の“見かけ炭酸化深さ”**をどう扱うか(ゼロ起点で回帰するか、初期値 x₀ を含めて回帰するか)。第三に、RH・温度・CO₂ の履歴が換算の外でブレないことです。これらを守れば、室内 2〜4 週間のデータでも、外構数十年の“射程”に堪える係数が得られます。
7|設計への落とし込み——カバー厚を「性能基準」で決める
構造細目で一律のかぶりを決めるやり方から、性能を評価して必要かぶりを算定するやり方へ。手順は、①配合・養生を決めて炭酸化係数 k を試験で取得、②暴露区分の換算で“自然 k”へ写像、③所要寿命 T と許容中性化深さ(かぶり−鉄筋径・誤差)から x = k√T を満たす k を逆算し、④足りなければ配合・養生・かぶりのいずれかを増し、安全側の余裕を載せる、という流れです。割裂や微細ひび割れは k を一段押し上げるため、ひび割れ幅管理と補修設計も同じ座標で議論できます。
8|試験の作法をもう一歩だけ——前処理・厚さ・測定誤差
乾燥前処理の時間と温度、目標 RH、供試体厚さ、指示薬の判定基準(フェノールフタレインの閾値、壊し方)など、見過ごしがちな条件で k は簡単に揺れます。回帰のやり方も結果に響きます。序盤のデータ点だけで直線近似を引けば、初期の“立ち上がり”の影響を過大評価しかねません。ゼロ起点固定か初期深さ x₀ を含めた非線形回帰か、試験計画の段で方針を決め、再現性を最優先にしましょう。
9|一般読者の直観:レインコートと呼吸
コンクリートを呼吸するスポンジだと考えてください。湿り過ぎると呼吸は止まり、乾き過ぎると声(反応)が出ない。ちょうど良い湿り気のときに、外の空気(CO₂)と中の水分がいちばんよく行き来して、炭酸化が進む。しかも一度できた薄い“膜”(CaCO₃)は、これ以上の呼吸をゆっくりにする。だから、外装(かぶり・仕上げ)・配合・養生の三つで、呼吸の仕方を整えてやることが、炭酸化のいちばん効く処方になります。
まとめ
炭酸化の速度は、通り道(拡散)× 緩衝能(CH ほか)× 外乱(RH・CO₂・温度)の掛け算で決まります。x = k√t はその総決算にすぎません。加速試験の k は、暴露区分ごとの係数や性能クラスで自然暴露へ橋渡しでき、配合・養生・かぶりの三つ巴で所要寿命に合わせ込めます。試験の前処理と回帰の作法まで含めて**“可搬な k”を作ること――それが、研究の数字を設計と維持管理の現場へ渡す最短距離です。次回は低水結合材比の時代:自己乾燥とオートジェニアス収縮の理解**。炭酸化と同じように“水の出入り”が主役になるテーマを、若材齢の力学と結び付けて整理します。
参考論文
- Papadakis, V. G., Vayenas, C. G., & Fardis, M. N. (1991). Experimental investigation and mathematical modeling of the concrete carbonation problem. Chemical Engineering Science, 46(5–6), 1333–1338. DOI: https://doi.org/10.1016/0009-2509(91)85060-B / ScienceDirect: https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/000925099185060B Semantic Scholar+1
- Neves, R., Branco, F., & de Brito, J. (2013). Field assessment of the relationship between natural and accelerated concrete carbonation resistance. Cement and Concrete Composites, 41, 9–15. DOI: https://doi.org/10.1016/j.cemconcomp.2013.04.006 / ScienceDirect: https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0958946513000620 サイエンスダイレクト
- von Greve-Dierfeld, S., & Gehlen, C. (2016). Performance-based durability design, carbonation part 2 – Classification of concrete. Structural Concrete, 17(4), 523–532. DOI: https://doi.org/10.1002/suco.201600067 / Wiley: https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/suco.201600067 Wiley Online Library
- Carević, V., Ignjatović, I., & Dragaš, J. (2019). Model for practical carbonation depth prediction for high volume fly ash concrete and recycled aggregate concrete. Construction and Building Materials, 213, 194–208. DOI: https://doi.org/10.1016/j.conbuildmat.2019.03.267 / ScienceDirect: https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0950061819307639 ResearchGate+1
- Steiner, S., Lothenbach, B., Proske, T., Borgschulte, A., & Winnefeld, F. (2020). Effect of relative humidity on the carbonation rate of portlandite, calcium silicate hydrates and ettringite. Cement and Concrete Research, 135, 106116. DOI: https://doi.org/10.1016/j.cemconres.2020.106116 / ScienceDirect: https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0008884620301204 サイエンスダイレクト
- von Greve-Dierfeld, S., Lothenbach, B., Vollpracht, A., et al. (2020). Understanding the carbonation of concrete with supplementary cementitious materials: a critical review by RILEM TC 281-CCC. Materials and Structures, 53(6), 136. DOI: https://doi.org/10.1617/s11527-020-01558-w / Springer: https://link.springer.com/article/10.1617/s11527-020-01558-w SpringerLink
