海水や凍結防止剤に由来する塩化物イオンがコンクリートへ侵入しても、そのすべてが細孔溶液中を自由に移動するわけではありません。
一部の塩化物イオンは、セメント水和物の表面に吸着したり、水和物の結晶構造に取り込まれたりします。この現象が、セメント中の塩化物イオン固定です。
化学的な塩化物イオン固定に深く関係する水和物が、フリーデル氏塩(Friedel’s salt)です。フリーデル氏塩は、カルシウムとアルミニウムを含む層状水和物であるAFm相の一種で、層間に塩化物イオンを取り込んでいます。
ただし、フリーデル氏塩が多いからといって、そのコンクリートの塩害抵抗性が必ず高いとは限りません。塩害には、塩化物イオンの固定量だけでなく、細孔溶液中に残る塩化物イオン濃度、内部への移動速度、空隙構造、水和物の安定性なども関係するためです。
また、固定された塩化物イオンも永久に動かなくなるわけではありません。炭酸化によってフリーデル氏塩が分解すると、固定されていた塩化物イオンが細孔溶液中へ再び放出される場合があります。
この記事では、セメント中の塩化物イオンがどのように固定されるのかを、フリーデル氏塩、AFm相、クーゼル氏塩、細孔溶液の関係から解説します。
セメント中の塩化物イオン固定とは何か

セメント硬化体中に存在する塩化物イオンは、主に次のように整理できます。
| 区分 | 主な存在状態 | 塩害評価での意味 |
|---|---|---|
| 自由塩化物イオン | 細孔溶液中にCl⁻として存在する | 移動しやすく、鋼材表面の腐食環境に関係する |
| 固相塩化物イオン | AFm相などの結晶構造に取り込まれる | 水和物中に化学的に固定されている |
| 吸着塩化物イオン | C-S-Hなどの表面に吸着する | 細孔溶液の組成や水和物表面の状態によって変化する |
固相塩化物イオンと吸着塩化物イオンを合わせて、固定塩化物イオンと呼ぶことがあります。
国内の研究でも、セメント硬化体による固定化を、フリーデル氏塩として存在する固相成分と、空隙壁面や水和物表面への吸着成分に分けて評価しています。結合材の種類によって固相として固定される量が異なり、吸着量には水和物の性質と細孔構造の両方が関係します。
化学的固定と物理的固定の違い
塩化物イオン固定は、一般に次の2種類に分けて説明されます。
化学的固定は、塩化物イオンが水和物の結晶構造に取り込まれる現象です。代表的な水和物がフリーデル氏塩やクーゼル氏塩です。
物理的固定は、塩化物イオンがC-S-Hなどの表面に吸着する現象です。C-S-Hの量、カルシウムとケイ素の比、アルミニウムの取り込み、細孔溶液の組成などによって吸着量が変わります。
実際のセメント硬化体では、化学的固定と物理的固定が同時に起きます。そのため、フリーデル氏塩の量だけを測っても、固定塩化物イオンの総量を完全には説明できません。
フリーデル氏塩とは何か
フリーデル氏塩は、層間に塩化物イオンを含むAFm相です。
セメント化学では、代表的な組成が次のように表されます。3CaO⋅Al2O3⋅CaCl2⋅10H2O
結晶構造を意識した表記では、次の式も使われます。Ca2Al(OH)6Cl⋅2H2O
文献によって水分子数や表記方法が異なることがありますが、基本的には「カルシウムとアルミニウムを含む正に帯電した層の間に、Cl⁻が入った水和物」と理解するとよいでしょう。
国内のセメント・コンクリート分野では「フリーデル氏塩」という名称が広く使われています。英語論文を検索するときは「Friedel’s salt」または「Cl-AFm」も有効です。フリーデル氏塩は、セメント硬化体における化学的な塩化物イオン固定を示す代表的な水和物として扱われています。
AFm相が塩化物イオンを固定する仕組み
AFm相は、セメントの水和反応で生成するカルシウムアルミネート系の層状水和物です。
模式的には、次のような構造で表せます。
ここで、は正に帯電した層の電荷を補う陰イオンです。
層間には、主に次の陰イオンが入ります。
- 硫酸イオン:SO₄²⁻
- 炭酸イオン:CO₃²⁻
- 水酸化物イオン:OH⁻
- 塩化物イオン:Cl⁻
層間に入る陰イオンが変わると、AFm相の名称や性質も変わります。
| AFm相 | 主な層間陰イオン | セメント中での位置づけ |
|---|---|---|
| モノサルフェート | SO₄²⁻ | 硫酸塩系のAFm相 |
| ヘミカーボネート | CO₃²⁻、OH⁻など | 炭酸塩系AFm相 |
| モノカーボネート | CO₃²⁻ | 比較的安定な炭酸塩系AFm相 |
| クーゼル氏塩 | Cl⁻、SO₄²⁻ | 塩化物と硫酸塩を含むAFm相 |
| フリーデル氏塩 | 主にCl⁻ | 塩化物イオン固定に関係するAFm相 |
AFm相全体の種類や生成条件については、AFm相とは何か:モノサルフェート・モノカーボネート・ヘミカーボネートを整理するで詳しく解説しています。
AFm相の層間で陰イオンの組成が変わる
塩化物イオンがセメント硬化体に侵入すると、まず細孔溶液中のCl⁻濃度が上昇します。
その後、細孔溶液とAFm相の間で、Cl⁻、SO₄²⁻、CO₃²⁻、OH⁻などの分配が変化します。塩化物イオンがAFm相の層間に取り込まれると、クーゼル氏塩やフリーデル氏塩が生成します。
この反応は、単純化すると次のように表せます。
ただし、実際には一つの陰イオンが一度にすべて置き換わるとは限りません。複数の陰イオンを含むAFm相が共存したり、固溶体を形成したりする場合があります。
モノサルフェート・クーゼル氏塩・フリーデル氏塩の関係
塩化物イオンが侵入する前のセメント硬化体には、モノサルフェートなどのAFm相が存在する場合があります。
モノサルフェートの層間には硫酸イオンが含まれています。塩化物イオンが供給されると、層間の陰イオン組成が変化し、Cl⁻とSO₄²⁻の両方を含むクーゼル氏塩(Kuzel’s salt)や、Cl⁻を多く含むフリーデル氏塩が生成します。
代表的な流れは、次のように整理できます。
| 水和物 | 主な層間陰イオン | 特徴 |
|---|---|---|
| モノサルフェート | SO₄²⁻ | 塩化物侵入前に存在することがある |
| クーゼル氏塩 | Cl⁻とSO₄²⁻ | 塩化物濃度が比較的低い条件などで現れる |
| フリーデル氏塩 | 主にCl⁻ | 塩化物濃度が高くなると生成しやすい |
合成モノサルフェートをNaCl水溶液に浸した研究では、塩化物濃度に応じてモノサルフェートの溶解や陰イオン交換が起こり、クーゼル氏塩またはフリーデル氏塩へ変化することが報告されています。
ただし、実際のセメント硬化体で必ずこの順番を通るとは限りません。
モノサルフェートやモノカーボネートの量よりも、塩化物浸漬後に生成したフリーデル氏塩量の方が多い例もあります。このような場合、C-A-HやC-A-S-Hなど、ほかのアルミニウム含有水和物もフリーデル氏塩の生成に関与した可能性があります。
そのため、論文や実験結果を読むときは、
モノサルフェートの硫酸イオンが、すべて塩化物イオンに置き換わった
と決めつけず、反応前後の水和物全体を確認する必要があります。
細孔溶液との平衡で塩化物イオン固定量が決まる
フリーデル氏塩は、外部から入ってきた塩化物イオンを無制限に取り込む水和物ではありません。
AFm相と細孔溶液は、溶解、析出、陰イオン交換を通じて互いに影響し合っています。そのため、塩化物イオン固定量はAFm相の量だけでは決まりません。
主に次の条件が関係します。
| 条件 | 塩化物イオン固定への影響 |
|---|---|
| 細孔溶液中のCl⁻濃度 | 高くなるとCl⁻を含むAFm相が生成しやすくなる |
| SO₄²⁻濃度 | Cl⁻とAFm相の層間をめぐって競合する |
| CO₃²⁻濃度 | 炭酸塩系AFm相の安定性に関係する |
| OH⁻濃度・pH | AFm相の安定性や陰イオンの分配に影響する |
| アルミニウム含有量 | AFm相などの生成可能量に関係する |
| 温度 | 水和物の安定性や溶解度に影響する |
| 結合材の種類 | 生成するAFm相やC-S-Hの量・組成が変わる |
塩化物イオンが侵入してから固定されるまでの流れは、次のように整理できます。
- 外部から塩化物イオンがセメント硬化体へ侵入する
- Cl⁻が細孔溶液中に入る
- 細孔溶液中のCl⁻濃度が上昇する
- AFm相と細孔溶液の間で陰イオンの分配が変わる
- クーゼル氏塩やフリーデル氏塩が生成する
- 一部のCl⁻が固相側へ移り、細孔溶液中の濃度が変化する
細孔溶液の役割については、セメントの細孔溶液とは何か:pH・アルカリ・Ca濃度で読む水和系の仕組みも参考になります。
塩化物イオン固定は「無害化」ではなく「分配」
フリーデル氏塩が生成すると、一部の塩化物イオンが細孔溶液から固相へ移ります。その時点では、塩化物イオンの移動や鋼材表面への供給を抑える方向に働きます。
しかし、固定量には限界があります。塩化物イオンの供給が続けば、AFm相に取り込まれず、細孔溶液中に残るCl⁻も増加します。
したがって、塩化物イオン固定は、
侵入した塩化物イオンを完全に無害化する反応
ではなく、
固相と細孔溶液の間で塩化物イオンを分配する反応
として考える方が適切です。
セメントの種類や混和材によって、固相塩化物イオン量と吸着塩化物イオン量の割合が異なることも確認されています。
塩化物イオン固定等温線とは何か
セメント硬化体の塩化物イオン固定能力を調べるときには、塩化物イオン固定等温線が使われます。
これは、一定温度で平衡に近づけたときの、
- 細孔溶液または外部溶液中の塩化物イオン濃度
- セメント硬化体に固定された塩化物イオン量
の関係を表したものです。
一般には、溶液中の塩化物イオン濃度が高くなるほど固定量も増えます。ただし、固定に利用できる水和物や吸着部位には限りがあるため、増加の仕方は一定ではありません。
論文では、固定等温線をLangmuir式やFreundlich式で近似する場合があります。しかし、これらは実験結果を表すための近似式であり、AFm相の生成や分解を直接示す反応式ではありません。
固定等温線を比較するときは、次の条件を確認します。
- 使用した結合材
- 水結合材比
- 材齢と養生条件
- 外部溶液の塩化物濃度
- 共存する陽イオンや陰イオン
- 試験温度
- 平衡期間
- 固定塩化物イオン量の算出方法
試験方法が異なる固定等温線を、そのまま比較するのは避けた方がよいでしょう。
炭酸塩系AFm相がある場合はどうなるか
石灰石微粉末を含むセメントでは、モノカーボネートやヘミカーボネートなどの炭酸塩系AFm相が生成します。
炭酸塩系AFm相とフリーデル氏塩は、同じAFm相ですが、層間に含む陰イオンが異なります。
| 比較項目 | 炭酸塩系AFm相 | フリーデル氏塩 |
|---|---|---|
| 主な層間陰イオン | CO₃²⁻、OH⁻など | Cl⁻ |
| 主な生成条件 | 石灰石や炭酸塩が存在する | 塩化物イオンが供給される |
| 主な役割 | AFm相とAFt相のバランスに影響する | 化学的な塩化物イオン固定に関係する |
| 塩化物侵入時 | Cl⁻とCO₃²⁻の分配が変化する | Cl⁻を含むAFm相として生成する |
炭酸イオンはAFm相に比較的強く取り込まれるため、炭酸塩系AFm相がすべて簡単にフリーデル氏塩へ変化するとは限りません。
また、Cl⁻、CO₃²⁻、OH⁻を同時に含むAFm相が生じる場合もあります。実際のセメント硬化体では、純粋な単一相ではなく、組成に幅を持つ固溶体として存在する可能性を考える必要があります。
石灰石微粉末とカーボネート系AFm相の関係は、石灰石微粉末はなぜ効くのか:フィラー効果とカーボアルミネート反応でも解説しています。
アルミニウムが多いほど固定量は増えるのか
AFm相はアルミニウムを含む水和物です。そのため、反応可能なアルミニウムが多い結合材では、フリーデル氏塩などを生成できる余地が増える可能性があります。
国内の実験でも、結合材中のAl₂O₃量が多いほど固定塩化物イオン量が増加した例が報告されています。
ただし、
アルミニウムが多ければ、必ず塩害に強くなる
とは判断できません。
アルミニウムが多くても、どの水和物に入っているかによって反応性が変わります。また、塩害抵抗性には次の要素も関係します。
- AFm相の種類と量
- C-A-S-Hなどへのアルミニウムの取り込み
- C-S-Hへの塩化物イオン吸着
- 毛細管空隙の量と連続性
- 塩化物イオンの拡散速度
- 炭酸化の進みやすさ
- 硫酸塩や炭酸塩との競合
塩化物イオンを多く固定できる材料でも、空隙が多く、塩化物イオンが速く内部へ移動する場合があります。
反対に、固定量が特別多くなくても、細孔構造が緻密で塩化物イオンの移動が遅ければ、高い浸透抵抗性を示すことがあります。
フリーデル氏塩が多ければ塩害に強いのか
フリーデル氏塩の生成は、化学的な塩化物イオン固定が起きていることを示します。
しかし、フリーデル氏塩量だけで塩害抵抗性を判断することはできません。
塩害評価では、少なくとも次の項目を分けて確認します。
| 確認項目 | 分かること |
|---|---|
| 全塩化物イオン量 | 試料中に含まれる塩化物イオンの総量 |
| 自由塩化物イオン濃度 | 細孔溶液中に存在するCl⁻の状態 |
| 固定塩化物イオン量 | 固相への取り込みや吸着の程度 |
| フリーデル氏塩量 | AFm相による化学的固定の程度 |
| 塩化物イオン濃度分布 | 表面から内部への侵入状況 |
| 拡散係数 | 塩化物イオンの移動しやすさ |
| 空隙構造 | 移動経路の量やつながり方 |
| pH・OH⁻濃度 | 鋼材周辺の腐食環境 |
フリーデル氏塩量が多くても、細孔溶液中のCl⁻濃度が高ければ、鋼材腐食の危険性が残ります。
また、塩化物イオン固定能力と、塩化物イオンを内部へ通しにくくする性能は別の性質です。塩害を評価するときは、「どれだけ固定できるか」と「どれだけ移動を抑えられるか」を分けて考える必要があります。
炭酸化すると固定塩化物イオンが放出される
フリーデル氏塩に取り込まれた塩化物イオンは、永久に固定されるわけではありません。
コンクリートが炭酸化すると、AFm相を含むセメント水和物の安定性が変化します。フリーデル氏塩が炭酸化によって分解すると、層間に固定されていた塩化物イオンが細孔溶液中へ放出されます。
代表的な反応は、次のように表されます。
塩害と炭酸化が重なった場合の流れは、次のように整理できます。
- 塩化物イオンがセメント硬化体へ侵入する
- 一部がフリーデル氏塩として固定される
- 表面側から炭酸化が進む
- 炭酸化した部分のフリーデル氏塩が分解する
- 固定されていた塩化物イオンが細孔溶液中へ移る
- 濃度差によって未炭酸化部へ移動する
- 未炭酸化部付近に塩化物イオンが濃縮する場合がある
実構造物では、表面付近よりも少し内部で塩化物イオン濃度が高くなる場合があります。これは、表面から塩化物イオンが単純に拡散した結果だけでなく、炭酸化部から放出された塩化物イオンが内部へ移動した影響として説明されます。
したがって、固定塩化物イオンは、
固定されている間は自由塩化物イオンとして移動しにくいが、周囲の化学環境が変わると再放出される可能性がある
と理解するのが適切です。
硫酸塩が共存するとどうなるか
海水や地下水などの実環境には、塩化物イオンだけでなく、硫酸イオンや炭酸イオンなども含まれています。
硫酸イオンが存在すると、AFm相の層間をめぐってCl⁻とSO₄²⁻が競合します。その結果、クーゼル氏塩、モノサルフェート、エトリンガイトなどの生成状態が変化することがあります。
塩化物イオンによってモノサルフェートから硫酸イオンが放出されると、その硫酸イオンがほかのアルミネート水和物と反応し、エトリンガイトの生成に関係する場合もあります。
このため、NaCl水溶液だけを使った試験結果と、海水や硫酸塩を含む環境での挙動が同じになるとは限りません。
特に複数のイオンが共存する研究では、塩化物イオン濃度だけでなく、SO₄²⁻、CO₃²⁻、Mg²⁺、Na⁺、Ca²⁺などの条件も確認する必要があります。
フリーデル氏塩はどの分析方法で確認するか
フリーデル氏塩を確認する代表的な方法には、X線回折、熱分析、電子顕微鏡、細孔溶液分析があります。
X線回折で確認する
X線回折法では、フリーデル氏塩やクーゼル氏塩の結晶構造に由来する回折ピークを確認します。
国内の研究では、Cu-Kα線を用いた条件で、クーゼル氏塩を約10.6°、フリーデル氏塩を約11.2°付近の回折ピークから評価する例があります。
ただし、回折角は測定条件や試料状態によって変わる可能性があります。また、AFm相同士のピークが近く、複数相が共存すると分離が難しくなる場合があります。
確認するときは、次の点に注意します。
- 使用したX線源
- 測定範囲と走査速度
- 試料の乾燥方法
- 炭酸化の有無
- クーゼル氏塩やモノカーボネートとのピークの重なり
- 内部標準を用いたか
- リートベルト解析の対象相
TG・DTGで確認する
TGやDTGでは、水和物が加熱によって脱水・分解するときの質量変化を測定します。
フリーデル氏塩を含むAFm相は、主に150~400℃程度の複数の温度範囲で脱水・分解を示します。ただし、モノサルフェート、モノカーボネート、C-S-H、ハイドロタルサイトなどの変化と重なるため、TGだけでフリーデル氏塩量を断定するのは難しい場合があります。
XRDや細孔溶液分析と組み合わせて解釈する方が安全です。
SEM-EDSで確認する
SEM-EDSでは、セメント硬化体中のCl、Al、Ca、Sなどの元素分布を確認できます。
ただし、EDSでClとAlが同じ場所から検出されたからといって、それだけでフリーデル氏塩と断定することはできません。
周囲にC-S-H、エトリンガイト、モノサルフェートなどが混在していると、測定範囲に複数の水和物が含まれるためです。結晶形態、元素比、XRDの結果を合わせて判断します。
細孔溶液分析で確認する
細孔溶液を圧搾して採取し、イオンクロマトグラフィーなどでCl⁻濃度を測定すると、液相側に残っている塩化物イオン量を評価できます。
固相分析と細孔溶液分析を組み合わせることで、
- 固相側にどの水和物が生成したか
- 細孔溶液中にどの程度のCl⁻が残ったか
- 固相と液相の分配がどう変わったか
を確認しやすくなります。
実際の採取方法や分析上の注意点は、セメント細孔溶液の採取・分析方法:抽出からpH・イオン測定までで解説しています。
水溶性塩化物イオンと自由塩化物イオンは同じではない
塩化物イオン固定の実験では、試料を水や温水に浸して抽出した「水溶性塩化物イオン量」が使われることがあります。
ここで注意したいのは、水溶性塩化物イオン量が、実際の細孔溶液中に存在していた自由塩化物イオン量と完全に一致するとは限らないことです。
抽出試験では、次の条件によって測定値が変わります。
- 試料の粉砕程度
- 抽出温度
- 抽出時間
- 固液比
- かくはん方法
- ろ過方法
- 試料採取後の乾燥や炭酸化
温水抽出によって、常温ではフリーデル氏塩やクーゼル氏塩に固定されていた塩化物イオンの一部まで抽出される可能性も指摘されています。
RILEMの測定法レビューでも、酸可溶性・水溶性分析は試料全体の平均的な塩化物量を測る方法である一方、XRD、TG、SEM-EDSなどは特定の相に含まれる塩化物を評価する方法として整理されています。測定方法によって対象とする塩化物の状態が異なるため、異なる試験の数値を直接比較するときには注意が必要です。
塩害試験や論文を読むときの確認手順
塩化物浸漬試験や海洋暴露試験の結果を読むときは、次の順番で確認すると整理しやすくなります。
1.塩化物イオンはどこまで侵入したか
まず、深さ方向の全塩化物イオン量や塩化物イオン濃度分布を確認します。
表面付近だけで濃度が高いのか、内部まで侵入しているのかによって、材料の移動抵抗性が異なります。
2.侵入したうち、どの程度が液相に残っているか
細孔溶液中のCl⁻濃度や、水溶性塩化物イオン量を確認します。
水溶性塩化物イオン量を使う場合は、抽出条件も合わせて確認します。
3.どの水和物が生成したか
XRDやTGで、次の相を確認します。
- モノサルフェート
- クーゼル氏塩
- フリーデル氏塩
- モノカーボネート
- ヘミカーボネート
- エトリンガイト
AFm相だけでなく、C-S-H、C-A-S-H、ハイドロタルサイト系水和物などの影響も考慮します。
4.固定量と移動速度を分けて考える
固定塩化物イオン量が多くても、塩化物イオンが速く内部へ移動する材料では、鋼材位置への到達を十分に遅らせられない可能性があります。
固定能力は「入ってきた塩化物イオンをどの程度固相側へ移せるか」、移動抵抗性は「塩化物イオンがどの程度の速さで内部へ進むか」を示します。
両者は関連しますが、同じ指標ではありません。
5.炭酸化や硫酸塩の影響を確認する
長期暴露試験では、炭酸化、硫酸塩、乾湿繰返し、凍結融解などの影響も確認します。
試験開始時に固定されていた塩化物イオンが、後から水和物の分解によって再放出される場合があるためです。
よくある誤解
フリーデル氏塩が生成すれば塩化物イオンはすべて固定される
フリーデル氏塩が生成しても、すべての塩化物イオンが取り込まれるわけではありません。
AFm相の量や組成には限界があり、固定されなかった塩化物イオンは細孔溶液中に残ります。
フリーデル氏塩が多い材料は必ず塩害に強い
フリーデル氏塩量は、化学的固定を示す指標の一つです。
塩害抵抗性には、塩化物イオンの拡散速度、空隙構造、ひび割れ、養生、炭酸化なども関係します。
モノサルフェートは必ずクーゼル氏塩を経てフリーデル氏塩になる
代表的な説明としては理解しやすいものの、実際の反応経路は細孔溶液の組成や既存の水和物によって変わります。
モノカーボネートやC-A-S-Hなど、モノサルフェート以外の水和物が関係する場合もあります。
固定された塩化物イオンは二度と動かない
炭酸化や周囲のイオン組成の変化によってフリーデル氏塩が不安定になると、固定されていた塩化物イオンが再び細孔溶液中へ放出される可能性があります。
まとめ:固定量・自由塩化物イオン・侵入速度を分けて考える
フリーデル氏塩は、AFm相の層間に塩化物イオンが取り込まれて生成する水和物です。
セメント中の塩化物イオン固定を理解するうえでは、次の点が重要です。
- セメント中の塩化物イオンは、自由塩化物イオンと固定塩化物イオンに分けて考えられる
- フリーデル氏塩は、化学的な塩化物イオン固定を担う代表的なAFm相である
- C-S-Hなどへの吸着も塩化物イオン固定に関係する
- モノサルフェートにCl⁻が作用すると、クーゼル氏塩やフリーデル氏塩が生成する場合がある
- 固定量はCl⁻だけでなく、SO₄²⁻、CO₃²⁻、OH⁻、pH、温度などに左右される
- 炭酸化によってフリーデル氏塩が分解すると、塩化物イオンが再放出される場合がある
- フリーデル氏塩量だけでは、塩害抵抗性を判断できない
- 固定能力と塩化物イオンの移動抵抗性は分けて評価する必要がある
実験結果を確認するときは、まず全塩化物イオン量と深さ方向の濃度分布を確認します。そのうえで、細孔溶液中のCl⁻濃度、フリーデル氏塩などの水和物量、空隙構造、拡散係数を対応させます。
「どれだけ固定されたか」だけでなく、「どれだけ自由な状態で残っているか」「どの速さで内部へ移動するか」まで確認することで、塩化物イオン固定と塩害の関係を正しく読み取れるようになります。
よくある質問
フリーデル氏塩とFriedel’s saltは同じものですか?
同じものです。日本のセメント・コンクリート分野では「フリーデル氏塩」という表記が広く使われています。英語論文では「Friedel’s salt」や「Cl-AFm」と表記されます。
フリーデル氏塩とクーゼル氏塩の違いは何ですか?
フリーデル氏塩は主にCl⁻を層間に含むAFm相です。クーゼル氏塩はCl⁻とSO₄²⁻の両方を含むAFm相です。塩化物イオン濃度や硫酸イオン濃度によって、両者の生成状態が変わります。
AFm相が多ければ塩化物イオン固定量も増えますか?
増える可能性はありますが、AFm相の種類や層間組成によって固定可能量は異なります。炭酸塩系AFm相が多い場合や、硫酸イオンが多い場合には、Cl⁻の取り込み方が変わります。
フリーデル氏塩はXRDだけで定量できますか?
XRDによる定量は可能ですが、AFm相同士のピークの重なり、試料乾燥、炭酸化、非晶質相の影響を受けます。TG、SEM-EDS、細孔溶液分析などと組み合わせて評価する方が、結果を解釈しやすくなります。
参考文献
- 石田哲也・宮原茂禎・丸屋剛「ポルトランドセメントおよび混和材を使用したモルタルの塩素固定化特性」土木学会論文集E、2007年。
- 佐伯竜彦「コンクリート構造物の複合劣化入門 ②塩害と中性化の複合劣化」コンクリート工学、2019年。
- Balonis, M. et al., “Impact of chloride on the mineralogy of hydrated Portland cement systems,” Cement and Concrete Research, 2010.
- Yoon, S. et al., “Phase Changes of Monosulfoaluminate in NaCl Aqueous Solution,” Materials, 2016.
- Georget, F. et al., “Measuring chloride binding in cementitious materials: A review by RILEM TC 298-EBD,” Materials and Structures, 2025.

