セメントの分析方法を調べていると、XRDやFTIRに続いて「ラマン分光」という方法が出てきます。
しかし、初めて論文を読む人にとっては、次のような疑問が生じやすいのではないでしょうか。
- FTIRとラマン分光は何が違うのか
- セメント水和物のどの相が見やすいのか
- C-S-Hもラマン分光で測定できるのか
- 顕微ラマンを炭酸化の分析にどう使うのか
- 蛍光でスペクトルが見えないときはどうするのか
先に結論を示すと、セメント系材料におけるラマン分光の強みは、炭酸塩や硫酸塩などの化合物を局所的に見分け、その分布をマッピングできることです。
特に、方解石・アラゴナイト・バテライトなどの炭酸カルシウムの多形を区別したい場合や、炭酸化した部分が試料中のどこに広がっているかを調べたい場合に向いています。一方、C-S-Hの信号は比較的弱く、ラマン分光だけで生成量を定量するのは簡単ではありません。
この記事では、ラマン分光の原理を必要最小限にとどめ、FTIRとの使い分け、セメント水和物の代表的なピーク、顕微ラマンによる炭酸化・硫酸塩劣化の分析方法を中心に解説します。
ラマン分光とは何か

ラマン分光は、試料にレーザー光を当てたときに生じる「散乱光」を測定する分析方法です。
レーザー光の大部分は、入射した光と同じエネルギーのまま散乱されます。一方、ごく一部の光は、試料中の分子や結晶格子の振動とエネルギーをやり取りし、元のレーザー光とは少し異なるエネルギーで散乱されます。
この差をラマンシフトとして測定すると、化学結合や結晶構造に応じたスペクトルが得られます。横軸には通常、波数を表すcm⁻¹が使われます。
セメント分析でラマン分光を使う理由
セメント硬化体には、次のように性質の異なる相が混在しています。
- 未反応のエーライトやビーライト
- C-S-H
- 水酸化カルシウム
- エトリンガイトやモノサルフェート
- 石膏
- 方解石やバテライトなどの炭酸塩
- 混和材や骨材に由来する鉱物
粉末XRDでは試料全体に含まれる結晶相を調べられますが、「どの場所に存在するか」を細かく確認するには限界があります。
顕微ラマンでは、光学顕微鏡で測定位置を選び、マイクロメートル程度の範囲からスペクトルを取得できます。複数の点を順番に測定すれば、化合物の分布を画像として表すラマンマッピングも可能です。
つまり、ラマン分光はセメント硬化体を平均的に分析するというより、特定の粒子、反応層、劣化部分を狙って調べる方法として使うと長所を生かしやすくなります。
ラマン分光とFTIRの違い
ラマン分光とFTIRは、どちらも化学結合の振動を調べる振動分光法です。ただし、光と試料の関わり方が異なります。
FTIRは赤外光の吸収を測定するのに対し、ラマン分光はレーザー光の散乱を測定します。この違いにより、同じ試料を測定しても、強く現れるピークが異なります。両者は競合する分析法ではなく、互いに補い合う関係にあります。
| 比較項目 | ラマン分光 | FTIR |
|---|---|---|
| 測定する現象 | レーザー光の非弾性散乱 | 赤外光の吸収 |
| 得意な振動 | 分極率が変化する振動 | 双極子モーメントが変化する振動 |
| 水の影響 | 水のラマン信号は比較的弱い | 水の吸収が強く現れやすい |
| 空間分解能 | 顕微鏡と組み合わせて局所分析しやすい | 顕微FTIRでも可能だが、一般に測定範囲はラマンより大きい |
| 試料調整 | 少ない場合が多い | ATRでは少ないが、透過法では薄膜化や錠剤化が必要になることがある |
| セメントで得意な対象 | 炭酸塩多形、硫酸塩、局所相、化学マッピング | Si-O、OH、CO₃、SO₄領域の全体的な変化 |
| 主な問題 | 蛍光、レーザーによる加熱、測定位置の代表性 | ピークの重なり、水の吸収、接触状態の影響 |
FTIRの基本やセメント系でのピークの読み方は、セメントFTIR入門:Si-O・OH・CO3・SO4ピークの読み方で詳しく解説しています。
FTIRを先に使った方がよい場合
次のような目的では、まずFTIRで全体の傾向を確認する方が進めやすい場合があります。
- 試料全体のSi-Oバンドの変化を比較したい
- 炭酸化前後のOHやCO₃領域を短時間で確認したい
- 多数の配合や材齢を同じ条件で比較したい
- 混和材の反応による幅広いバンドの変化を見たい
ラマン分光を使う価値が高い場合
一方、次のような疑問にはラマン分光が向いています。
- 炭酸カルシウムが方解石、アラゴナイト、バテライトのどれか知りたい
- 炭酸化部分が空隙や未反応粒子の周囲にどう分布しているか見たい
- エトリンガイト、石膏、モノサルフェートの局所的な違いを調べたい
- 劣化層の表面から内部まで、生成相の分布を追いたい
- 光学顕微鏡で見つけた粒子を、その場所のまま同定したい
試料全体の変化を見るならFTIR、場所ごとの化合物を見るなら顕微ラマンと考えると、最初の使い分けがしやすくなります。
セメントで見やすい相と見にくい相
セメント系材料のラマンスペクトルでは、結晶性が高くラマン散乱が強い相ほど、鋭いピークが現れやすくなります。
一方、C-S-Hのように結晶性が低く、組成や構造に幅がある相では、ピークが弱く幅広くなりやすいため、実際のセメント硬化体中では検出が難しい場合があります。
代表的なラマンピーク
以下は、セメント系材料でよく検討される代表的なピークの目安です。
| 相・化合物 | 主なラマンシフトの目安 | 読み方のポイント |
| エーライト(C₃S) | 約835cm⁻¹ | 未反応セメント粒子の確認に使われる |
| ビーライト(C₂S) | 約877cm⁻¹ | C₃Sと合わせて未反応粒子を調べる |
| 水酸化カルシウム | 約356cm⁻¹ | 炭酸化に伴う減少を追いやすい |
| C-S-H | 約665~670cm⁻¹ | 弱く幅広いことが多い |
| エトリンガイト | 約988~990cm⁻¹ | SO₄の振動に由来する強いピーク |
| モノサルフェート | 約995cm⁻¹付近 | エトリンガイトと近いため単独ピークで断定しない |
| 石膏 | 約1000~1020cm⁻¹付近 | 測定条件や水和状態によって位置に差が出る |
| 方解石 | 約280、712、1085cm⁻¹ | 1085cm⁻¹だけでなく低波数側も確認する |
| アラゴナイト | 約205、700・704、1085cm⁻¹ | 1085cm⁻¹は方解石と重なる |
| バテライト | 約300、740・750、1074・1090cm⁻¹ | 1074・1090cm⁻¹付近の分裂が特徴 |
ピーク位置は、試料の組成、結晶性、応力、装置の分解能、測定条件によって変化します。そのため、表の数値と完全に一致しないからといって、直ちに別の相だと判断することはできません。
1085cm⁻¹のピークだけで方解石と判断しない
炭酸塩を分析するときに、特に注意したいのが約1085cm⁻¹のピークです。
方解石とアラゴナイトは、どちらも1085cm⁻¹付近に強いCO₃²⁻の対称伸縮振動を示します。バテライトにも近い位置に強いピークが現れます。
そのため、1085cm⁻¹付近にピークがあるという理由だけで、方解石と断定するのは適切ではありません。
炭酸カルシウムの多形を見分けるときは、次の低波数側のピークも確認します。
- 方解石:約280cm⁻¹
- アラゴナイト:約205cm⁻¹
- バテライト:約300cm⁻¹
さらに、700~750cm⁻¹付近のピーク形状も合わせて判断します。
C-S-Hはラマン分光で見えるのか
C-S-Hにもラマンバンドは存在します。
合成C-S-Hの研究では、約670cm⁻¹のSi-O-Si変角振動や、C/S比に応じた800~1100cm⁻¹付近の変化が報告されています。C/S比が高いC-S-Hでは、Q¹に関係する約889cm⁻¹付近のバンドが現れる例もあります。
ただし、実際のセメント硬化体では、C-S-Hのピークは次の理由で見えにくくなります。
- 結晶性が低く、ピークが幅広い
- 組成やCa/Si比が一定ではない
- 炭酸塩や未反応粒子の強いピークと重なる
- 測定点に複数の相が同時に含まれる
- 蛍光による背景に埋もれる
実際の炭酸化セメントペーストを測定した研究でも、方解石や未反応クリンカーの信号は明瞭に得られた一方、C-S-Hとエトリンガイトの信号は比較的弱く、ラマンマップとして表示しにくい場合があったと報告されています。
したがって、C-S-Hについては次のように考えるのが現実的です。
- C-S-Hの存在や構造変化を検討することはできる
- 合成C-S-Hや単純な系の方が解析しやすい
- 実セメント中では単独のピークだけで同定しない
- 生のピーク強度からC-S-H量を直接求めない
- FTIR、固体NMR、XRD、TG-DTAなどと組み合わせる
C-S-Hのシリケート鎖やQ¹・Q²を詳しく調べたい場合は、ラマン分光よりも固体NMRが適することがあります。セメント固体NMR入門:29Si MAS NMRでC-S-Hの鎖長を読むも参考にしてください。
顕微ラマンで何ができるのか
顕微ラマンは、ラマン分光装置と光学顕微鏡を組み合わせた分析方法です。
一般的な測定方法には、次の3つがあります。
点分析
光学顕微鏡で粒子や変色部を選び、その一点のスペクトルを取得します。
最初に行うべき測定として適しており、目的のピークが本当に検出できるかを短時間で確認できます。
線分析
表面から内部へ一定間隔で測定し、ピーク強度の変化を調べます。
例えば、炭酸化面から未炭酸化部に向かって測定すれば、方解石の増減や水酸化カルシウムの消失位置を検討できます。
面分析・ラマンマッピング
格子状に多数の点を測定し、特定のピーク強度やスペクトル解析結果を色分けして表示します。
ラマンマップでは、各画素が一つのスペクトルを持っています。そのため、単なる顕微鏡写真では見分けられない化合物の分布を表示できます。炭酸化セメントペーストの研究では、方解石、水酸化カルシウム、C₃S、C₂Sの分布と時間変化がラマンマッピングによって追跡されています。
ただし、マップの明るさがそのまま物質の量を表すとは限りません。ラマン強度は、濃度だけでなく、結晶性、結晶の向き、焦点、表面状態、レーザー出力などにも影響されるためです。
顕微ラマンによるセメントの炭酸化評価
ラマン分光が特に役立つ用途の一つが、セメント硬化体の炭酸化評価です。
炭酸化では、水酸化カルシウムやC-S-Hなどのカルシウムを含む相がCO₂と反応し、炭酸カルシウムが生成します。
顕微ラマンを使うと、単に「炭酸カルシウムが増えた」という結果だけでなく、次の点まで調べられます。
- どの炭酸カルシウム多形が生成したか
- 水酸化カルシウムがどこから減少したか
- 炭酸化が空隙や粒子の周囲からどう進んだか
- 表面と内部で生成相が異なるか
- 自然炭酸化と促進炭酸化で相分布が異なるか
炭酸化スペクトルを読む基本手順
1.水酸化カルシウムのピークを見る
炭酸化前の試料では、約356cm⁻¹に水酸化カルシウムのピークが現れることがあります。
炭酸化が進むと、このピークが弱くなり、同時に炭酸塩のピークが増加します。炭酸化したセメントペーストを継続測定した研究でも、方解石の1085cm⁻¹付近のピークが増加し、水酸化カルシウムの356cm⁻¹付近のピークが減少しました。
2.炭酸カルシウムの多形を確認する
まず1085cm⁻¹付近の強いピークを探し、次に200~800cm⁻¹付近を確認します。
- 約280cm⁻¹と712cm⁻¹:方解石
- 約205cm⁻¹と700・704cm⁻¹:アラゴナイト
- 約300cm⁻¹と740・750cm⁻¹:バテライト
C-S-Hの炭酸化では、初期のCa/Si比や反応条件によってバテライトやアラゴナイトが生成する例があります。合成C-S-Hを空気中で炭酸化した研究では、C/S比によって生成する炭酸カルシウム多形が変化し、脱カルシウムに伴ってシリケート構造の重合が進むことも示されています。
3.表面から内部へマッピングする
炭酸化面に対して直角になるように断面を作り、表面から内部へ線分析または面分析を行います。
方解石のピークが強い範囲と、水酸化カルシウムのピークが残っている範囲を比較すると、炭酸化による相変化の境界を検討できます。
ただし、ラマンマッピングで得られるのは「測定した断面における化学相の分布」です。コンクリート全体の炭酸化深さとして扱うには、複数箇所を測定し、試料のばらつきを確認する必要があります。
4.XRDやTG-DTAと組み合わせる
ラマン分光は炭酸塩多形と局所分布に強い一方、試料全体の炭酸塩量をそのまま求める方法ではありません。
- XRD:結晶相と炭酸塩多形の確認
- TG-DTA:炭酸塩の脱炭酸に伴う質量減少
- ラマン:炭酸塩の種類と局所分布
- フェノールフタレイン:低pH領域の広がり
- SEM-EDS:組織と元素分布
このように、各分析法が示す情報を分けて解釈すると、炭酸化の進行を説明しやすくなります。
XRDの基本的な読み方は、セメントXRD解析入門:エーライト・ビーライトのピークの読み方と同定のコツで整理しています。
硫酸塩や劣化生成物をラマン分光で見る
セメント系材料では、エトリンガイト、モノサルフェート、石膏、ソーマサイトなど、硫酸塩を含む相が問題になることがあります。
これらの相は、SO₄²⁻に由来する強いラマンバンドを1000cm⁻¹前後に示します。そのため、ラマン分光は硫酸塩水和物を検出する方法として利用できます。
エトリンガイトとモノサルフェート
エトリンガイトでは約988~990cm⁻¹、モノサルフェートでは約995cm⁻¹付近に硫酸イオンに由来するピークが現れる例があります。
ただし、両者のピーク位置は近接しています。実試料ではピーク幅が広がり、ほかの硫酸塩も共存するため、数cm⁻¹の差だけで相を断定するのは危険です。
判断するときは、次の項目を確認します。
- ピーク位置だけでなく形状や幅を見る
- OH伸縮領域を含む広い範囲を測定する
- 合成した標準試料や既知試料と比較する
- XRDでAFt相・AFm相を確認する
- SEM-EDSでAl、S、Caの分布を見る
エトリンガイトやモノサルフェートは、水素結合や局所構造によってラマンスペクトルが変化します。ラマン分光は、硫酸イオン周辺の局所環境を調べられる一方、実セメント中での同定には複数の情報が必要です。
ソーマサイト硫酸塩劣化
ソーマサイトとエトリンガイトは、外観や結晶構造が似ているため、SEM像やXRDだけでは区別が難しい場合があります。
近赤外ラマンイメージングを用いた研究では、ソーマサイト、エトリンガイト、石膏のスペクトルを分け、硫酸塩劣化を受けたモルタル中の分布が化学マップとして示されています。
針状結晶が見つからない、またはSEM観察で水和物の形が崩れてしまう場合は、エトリンガイトが見えない?セメントSEM観察で失敗しないための試料調整術も参考になります。
ラマン分光でよくある失敗
蛍光でピークが見えない
ラマン分光で最もよく起こる問題が蛍光です。
蛍光はラマン散乱よりもはるかに強く、スペクトル全体が大きく持ち上がったように見えます。灰色のセメント、鉄を含む相、有機物、樹脂、汚れなどがあると、蛍光が強くなる場合があります。
対処法としては、次の方法があります。
- 532nmから785nmなどの長波長レーザーに変更する
- 別の測定点を選ぶ
- 表面の汚れや研磨材を除去する
- 包埋樹脂だけを測定し、背景を確認する
- レーザーを弱く当てながら蛍光の減少を確認する
- FTIRやXRDなど別の分析法に切り替える
一般に785nmなどの近赤外レーザーは、可視レーザーより蛍光を抑えやすい傾向があります。ただし、ラマン信号の強度や空間分解能との間に差が生じるため、すべての試料で785nmが適するとは限りません。
レーザー出力を最初から上げすぎる
ラマン信号が弱いと、レーザー出力や露光時間を増やしたくなります。
しかし、顕微ラマンではレーザーが小さな範囲に集中します。出力が高すぎると、試料表面の加熱、脱水、変色、相変化が起こる可能性があります。
特に水和物や有機樹脂を含む試料では、測定そのものによってスペクトルが変化するおそれがあります。ラマン分光は一般に非破壊分析として扱われますが、出力、照射時間、試料の吸光性によっては損傷が起こります。
最初は低出力・短時間で測定し、同じ点を繰り返し測定してピーク形状が変化しないか確認します。
一つのピークだけで相を決める
セメント硬化体では、多くの相が共存しています。
例えば、1000cm⁻¹前後には複数の硫酸塩やシリケートの信号が現れます。1080cm⁻¹前後には炭酸塩とシリケートの信号が重なる可能性があります。
相同定では、最低でも次の3点を確認します。
- 主ピーク以外の副ピーク
- 低波数側を含む全体の形状
- 標準試料や別の分析結果との一致
ピーク強度をそのまま含有量として扱う
ラマンピークが2倍になったからといって、対象相の量が2倍になったとは限りません。
ピーク強度には、次の要因が影響します。
- 焦点のずれ
- 表面の凹凸
- 粒子の向き
- 結晶性
- レーザー出力
- 対物レンズ
- 測定時間
- ベースライン補正
- 蛍光
- ほかの相との重なり
定量する場合は、標準試料、検量線、内部標準、測定条件の固定などが必要です。マッピング画像の明るさも、原則として相の分布を示す指標として読み、無条件に体積率へ置き換えないようにします。
ガラスや樹脂の信号を試料のピークと間違える
顕微鏡用スライドガラス、カバーガラス、包埋樹脂、研磨材も、背景やピークを生じることがあります。
試料を載せる基板を変えたときや、樹脂包埋試料を測定するときは、次のブランクも測定します。
- 基板だけ
- 樹脂だけ
- 未使用の研磨材
- 未炭酸化試料
- 未水和セメント
特にガラス基板が測定を妨げる場合は、金属基板やラマン背景の小さい基板への変更を検討します。
セメント試料を測定する実践手順
1.最初に分析目的を一文で決める
測定を始める前に、何を確認したいのかを一文で書きます。
良い例は次のとおりです。
炭酸化面から内部に向かって、方解石と水酸化カルシウムの分布を比較する。
硫酸塩浸漬試料の表層で、石膏とエトリンガイトが生成している位置を調べる。
未反応セメント粒子の周囲で、C-S-Hに由来するスペクトルが変化するか確認する。
目的が決まっていないと、測定範囲を広げすぎたり、意味のないマップを作ったりしやすくなります。
2.点分析で条件を決める
いきなり広い範囲をマッピングするのではなく、まず数点を測定します。
- 炭酸化部分
- 未炭酸化部分
- 未反応粒子
- 空隙周辺
- 骨材や混和材
- 樹脂部分
それぞれのスペクトルを比較し、目的のピークが検出できることを確認します。
3.レーザー波長と出力を調整する
532nmで蛍光が強い場合は、785nmを試します。
ただし、波長だけでなく、出力、露光時間、積算回数、対物レンズも変えながら条件を決めます。高出力を一度当てるより、低出力で複数回積算する方が試料損傷を抑えられる場合があります。
4.標準スペクトルを用意する
可能であれば、次の標準試料を同じ装置・同じ条件で測定します。
- 未水和セメント
- 水酸化カルシウム
- 方解石
- アラゴナイト
- バテライト
- 石膏
- 合成エトリンガイト
- 使用した混和材や骨材
論文のピーク表だけで判断するより、自分の装置で取得した標準スペクトルと比較する方が同定の信頼性は高くなります。
5.マッピング範囲と間隔を決める
測定間隔を細かくすると画像は細かくなりますが、測定時間とデータ量が増えます。
例えば、レーザースポットが1~2µm程度であるのに、10µm間隔で測定すると、小さな反応層を見落とす可能性があります。一方、必要以上に細かく測定しても、光学的な分解能を超えた情報が得られるわけではありません。
最初は小さな範囲で試験マップを作り、ピークの分布が確認できてから本測定へ進むと失敗を減らせます。
6.別の分析結果と照合する
ラマン分光だけで結論を作るのではなく、分析ごとの役割を整理します。
| 分析方法 | 主に分かること | ラマン分光との組み合わせ |
| XRD | 試料全体の結晶相 | ラマンで見つけた局所相が全体にも含まれるか確認 |
| FTIR | Si-O、OH、CO₃、SO₄の全体的な変化 | 局所的な結果と試料全体の傾向を比較 |
| TG-DTA | 水酸化カルシウム、結合水、炭酸塩量 | ラマンで見た相変化を質量変化で確認 |
| SEM-EDS | 形態と元素分布 | ラマンマップと同じ位置を比較 |
| 固体NMR | SiやAlの局所構造 | C-S-HやC-A-S-Hの構造変化を補う |
| ラマン分光 | 化合物の種類と局所分布 | 炭酸塩多形や硫酸塩の位置を確認 |
セメントのラマン分光で最初に確認するチェックリスト
測定前には、次の項目を確認します。
- 目的が「全体分析」か「局所分析」か決まっている
- 未水和試料や未劣化試料を用意している
- 基板、樹脂、研磨材のブランクを測定している
- 低出力から測定を始めている
- 蛍光が強い場合に別のレーザー波長を試している
- 主ピークだけでなく副ピークも確認している
- ベースライン補正前の生データも保存している
- マッピング前に点分析で測定条件を決めている
- 同じ条件で標準試料を測定している
- XRD、FTIR、TG-DTA、SEMなどとの整合性を確認している
よくある質問
ラマン分光だけでC-S-H量を定量できますか?
一般的なセメント硬化体では簡単ではありません。
C-S-Hのラマン信号は弱く、結晶性、組成、炭酸化、測定位置などの影響を受けます。ピーク強度だけからC-S-H量を求めるのではなく、固体NMR、TG-DTA、XRD、化学分析などと組み合わせて評価する必要があります。
FTIRとラマン分光はどちらが優れていますか?
目的によって異なります。
試料全体のSi-O、OH、CO₃、SO₄領域を比較するならFTIRが使いやすく、炭酸塩多形や局所的な相分布を見るなら顕微ラマンが向いています。両者は異なる振動を強く検出するため、同じ試料に併用すると解釈しやすくなります。
顕微ラマンで炭酸化深さを測定できますか?
断面を作り、表面から内部へ線分析または面分析を行えば、炭酸塩や水酸化カルシウムの分布を調べられます。
ただし、一つの断面だけでは試料全体を代表しない可能性があります。複数位置を測定し、フェノールフタレイン、XRD、TG-DTAなどの結果と比較して判断します。
水を含んだセメントペーストも測定できますか?
測定できます。
水はラマン散乱が比較的弱いため、水和中のセメントペーストをその場測定した研究もあります。実際に、C₂S、C₃S、C₃Aの反応と、水酸化カルシウム、エトリンガイト、モノサルフェート、C-S-Hの生成が共焦点ラマン顕微鏡で追跡されています。
ただし、測定中の乾燥、レーザー加熱、焦点の変化に注意が必要です。
まとめ
セメント系材料におけるラマン分光は、すべての水和物を一度に定量する方法ではありません。
特に力を発揮するのは、次のような場面です。
- 炭酸カルシウムの多形を区別する
- 炭酸化による水酸化カルシウムの減少を追う
- 炭酸化生成物の分布をマッピングする
- エトリンガイト、石膏、モノサルフェートを局所分析する
- 硫酸塩劣化部分の生成相を調べる
- 顕微鏡で見つけた粒子をその場所で同定する
一方、C-S-Hは信号が弱く、実セメント中ではほかの相や蛍光の影響を受けます。「C-S-Hのピークが見えないから存在しない」「ピークが強いから量が多い」といった判断は避ける必要があります。
初めて測定する場合は、まず代表的な数点でスペクトルを取得し、蛍光、レーザー出力、ピークの再現性を確認します。その後、目的のピークが安定して得られることを確認してから、線分析やラマンマッピングへ進むのが現実的です。
ラマン分光は単独で答えを出す装置というより、XRDやFTIRで得た全体的な情報に、化合物の種類と位置の情報を加える分析方法として使うと、セメント水和物や劣化現象を説明しやすくなります。
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