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セメントFTIR入門:Si-O・OH・CO3・SO4ピークの読み方

セメントの分析では、まずXRDで結晶相を確認し、TG-DTAで水和物や炭酸塩を定量的に追うことが多いです。しかし、C-S-Hのように結晶性が低い相や、炭酸化・水分状態・硫酸塩相の変化をもう少し「結合の情報」として見たいとき、FTIRはかなり便利な分析法になります。

FTIR、つまりフーリエ変換赤外分光法は、試料中の化学結合が赤外線を吸収する位置を調べる方法です。セメント材料では、Si-O、O-H、H-O-H、CO3、SO4などの振動に対応する吸収帯を読み取ることで、C-S-H、ポルトランダイト(CH)、炭酸カルシウム、硫酸塩相などの存在や変化を推定できます。セメント系材料のFTIRでは、C-S-HやC-A-S-H、炭酸塩、硫酸塩、水酸基・水分子などに対応する領域がよく議論されます。

ただし、FTIRは「ピークがある=その相が確定」と単純に言い切れる分析ではありません。セメント硬化体は多相系で、ピーク同士の重なり、含水状態、炭酸化、前処理の影響を強く受けます。そのため、FTIRは単独で結論を出すよりも、XRD、TG-DTA、SEM-EDS、NMRなどと組み合わせて解釈するのが基本です。XRDでは長距離秩序をもつ結晶相を捉えやすい一方、FTIRやラマンのような振動分光は、非晶質・低結晶性相の局所構造を見るのに向いています。

この記事では、セメントFTIRを初めて読む人に向けて、主要ピークの見方、前処理、XRDやTG-DTAとの使い分け、誤読しやすいポイントを整理します。

FTIRで何が見えるか

FTIRで見ているのは、鉱物名そのものではなく「化学結合の振動」です。

たとえば、C-S-Hを見たい場合、FTIRで直接「C-S-H濃度」が表示されるわけではありません。主にSi-O結合の伸縮振動や、Si-O-Siの結合状態に関係する吸収帯を読み、C-S-Hの形成、シリケート鎖の重合、脱Caに伴うシリカゲル化などを推定します。

セメント材料でよく見る対象は、次のように整理できます。

見たい対象FTIRで主に見る結合・振動解釈の方向性
C-S-HSi-O、Si-O-Si水和生成物の形成、シリケート構造、脱Ca・重合
CH(ポルトランダイト)O-HCHの存在、ポゾラン反応や炭酸化による減少
炭酸塩CO3炭酸化、石灰石微粉末、CaCO3多形の可能性
硫酸塩相SO4石膏、エトリンガイト、モノサルフェートなどの影響
水・結合水O-H、H-O-H含水状態、乾燥状態、ゲル水・吸着水の影響

FTIRの強みは、C-S-HのようなXRDでシャープなピークを示しにくい相に対して、局所的な結合状態の変化を見られる点です。特にC-S-HのSi-O領域は、Ca/Si比やシリケート鎖の重合度、炭酸化による脱Caの影響を反映することがあります。YuらのC-S-Hに関する赤外分光研究では、合成C-S-Hの主な中赤外バンドが950〜1100、810〜830、660〜670、440〜450 cm-1付近に現れ、Ca/Si比の変化に応じてSi-O領域が系統的に変化することが示されています。

セメントの水和そのものを整理したい場合は、先にセメントの水和反応メカニズム詳解で、C3S、C2S、C3A、C4AFがどのように反応するかを確認しておくと、FTIRスペクトルの変化を水和反応の流れと結びつけやすくなります。

主要ピークの読み方

セメントFTIRで最初に見るべき領域は、ざっくり次の5つです。

波数領域の目安主な帰属読み方のポイント注意点
3600〜3200 cm-1O-H伸縮、水、C-S-H中の水、CH含水・乾燥状態、CH、水和物中の水の影響水分で大きく変化する
約3640 cm-1CHのO-H伸縮ポルトランダイトの鋭いピークとして扱われることが多い炭酸化やポゾラン反応で弱くなる
約1640 cm-1H-O-H変角吸着水・結合水の影響乾燥条件に強く依存
1450〜1400、875、713 cm-1付近CO3CaCO3、炭酸化、石灰石微粉末C-S-H炭酸化との切り分けに注意
1200〜900 cm-1Si-O伸縮C-S-H、脱Ca C-S-H、シリカゲル化複数相が重なりやすい
1100〜1080、680〜600 cm-1付近SO4石膏、エトリンガイト、硫酸塩相Si-O帯と重なることがある
520〜450 cm-1付近Si-O曲げなどシリケート骨格の補助情報低波数側は装置・測定条件の影響も確認

この表の波数は、あくまで「読むための入口」です。実際のピーク位置は、試料の配合、材齢、Ca/Si比、Al置換、炭酸化、乾燥条件、測定法によって動きます。

C-S-H FTIR:Si-Oピークは「位置」と「形」を見る

セメントFTIRで最も重要なのは、900〜1200 cm-1付近のSi-O領域です。

普通ポルトランドセメントの水和が進むと、C-S-Hに由来するSi-O伸縮振動が900〜1000 cm-1付近に広いバンドとして現れることが多いです。C-S-Hは結晶性が低く、組成にも幅があるため、XRDのように明瞭な単一ピークで読むというより、広いバンドの位置、肩、幅、時間変化を見ます。

特に重要なのは、Si-Oバンドが高波数側に移動する場合です。一般に、C-S-Hの脱Caやシリケート鎖の重合が進むと、Si-O伸縮帯が高波数側へ移ることがあります。炭酸化したセメント材料では、CHの消費、CaCO3の増加、C-S-Hの脱Ca・重合が同時に進むことがあり、FTIRではC-S-H由来のバンドが960 cm-1付近から、より高波数側の1050〜1140 cm-1付近に広がる例が報告されています。

ただし、ここで注意したいのは、950〜1100 cm-1付近を「C-S-Hピーク」と一言で片づけないことです。この領域には、未反応クリンカー、C-S-H、C-A-S-H、シリカ、アルミノシリケート、硫酸塩由来の吸収が重なることがあります。C-S-HのFTIRを読むときは、ピーク位置だけでなく、炭酸塩ピーク、CHピーク、XRD結果、TG-DTAの質量減少も一緒に見る必要があります。

C-S-Hそのものの構造やCa/Si比の考え方を先に押さえたい場合は、ケイ酸カルシウム水和物(CSH)の化学的性質と実環境における構造変化を合わせて読むと、FTIRで見ているSi-O領域の意味がつかみやすくなります。

CH(ポルトランダイト):3640 cm-1付近の鋭いOHピークを見る

CH、つまりポルトランダイト Ca(OH)2 は、FTIRでは約3640 cm-1付近の鋭いO-H伸縮ピークとして確認されることが多いです。セメント系材料のFTIRレビューでも、ポルトランダイトに関連するOH領域は3500〜3640 cm-1付近として整理されており、CHの確認に使われます。

CHピークを見るときの典型的な考え方は次の通りです。

観察される変化可能性のある解釈
3640 cm-1付近のピークが明瞭CHが存在している可能性が高い
材齢とともにCHピークが増えるC3S/C2S水和によるCH生成
混和材添加でCHピークが弱くなるポゾラン反応でCHが消費された可能性
炭酸化後にCHピークが弱くなるCHがCaCO3へ変化した可能性
CHピークが弱いがCaCO3が強い試料採取・保管中の炭酸化も疑う

CHはXRDでも比較的見やすい相です。そのため、CHについてはFTIRだけで判断するより、XRDのCHピーク、TG-DTAの脱水ピーク、炭酸塩ピークを合わせて確認した方が安全です。

CO3:炭酸化・石灰石微粉末・CaCO3を読む

セメントFTIRで非常によく出てくるのが、CO3に由来する炭酸塩ピークです。代表的には、1450〜1400 cm-1付近の広い吸収、875 cm-1付近、713 cm-1付近がよく確認されます。セメント系材料のFTIRレビューでは、炭酸化に関係するCO3の領域として1390〜1475 cm-1、CaCO3に関係する871 cm-1や1792〜2516 cm-1などが挙げられています。

炭酸塩ピークを読むときのポイントは、「炭酸塩がある」ことと「なぜ炭酸塩があるのか」を分けることです。

炭酸塩ピークが出る理由には、少なくとも次の可能性があります。

炭酸塩ピークの原因
試料の炭酸化CHやC-S-HがCO2と反応
石灰石微粉末の混入Portland limestone cement、LC3、フィラー
試料保管中の炭酸化乾燥粉砕後に空気中CO2と反応
混和材・骨材由来石灰石骨材、炭酸塩系材料
前処理中の変化乾燥・粉砕・溶媒置換後の空気暴露

特にセメント硬化体を粉砕して測る場合、粉砕後の比表面積が大きくなるため、空気中で急速に炭酸化することがあります。FTIRでCO3ピークが見えたからといって、必ずしも元の試料中に同じ量の炭酸塩があったとは限りません。

炭酸化を本気で評価したい場合は、FTIRに加えてTG-DTAでCaCO3の脱炭酸量を確認すると説得力が増します。熱分析との対応を押さえたい場合は、セメント等温熱量測定(カロリメーター)入門:発熱曲線のピークから水和反応を読むのような水和進行を追う分析と合わせて、どのタイミングで生成物が変化するのかを整理しておくと理解しやすくなります。

SO4:石膏・エトリンガイト・硫酸塩相を読む

SO4に由来する吸収は、1080〜1100 cm-1付近や600〜680 cm-1付近に現れることが多いです。セメント系材料のFTIRレビューでも、硫酸塩に関係する領域として600〜680 cm-1、1080〜1100 cm-1が整理されています。

ただし、SO4領域はSi-O領域と重なりやすい点に注意が必要です。たとえば、1080〜1100 cm-1付近の吸収をすべて硫酸塩と見ると、C-S-Hの高波数側シフトやシリカ・アルミノシリケート由来の吸収を見落とすことがあります。

硫酸塩相を読むときは、次のように考えると安全です。

見たいことFTIRだけでの難しさ併用したい分析
石膏が残っているかSO4帯が他相と重なるXRD
エトリンガイトが生成したか水・OH・SO4の吸収が複雑XRD、SEM-EDS
モノサルフェート/AFm相かFTIR単独では判別しにくいXRD、熱分析、必要に応じてNMR
外部硫酸塩劣化か炭酸化や水分状態も影響XRD、SEM-EDS、化学分析

SO4のピークは便利ですが、「硫酸塩っぽい吸収がある」以上の議論をするには、相同定に強いXRDや元素分布を見られるSEM-EDSと組み合わせた方がよいです。

前処理と試料条件

FTIRの解釈で意外と大事なのが、測定前の試料条件です。セメントFTIRでは、ピークそのものよりも、前処理でスペクトルが変わってしまうことがよくあります。

代表的な測定法には、KBr錠剤法、ATR-FTIR、DRIFTSなどがあります。セメント系材料では、KBrと混ぜて圧縮成形する透過法や、試料表面にATR結晶を接触させて測るATR法がよく使われます。レビューでは、透過法では試料を乾燥・粉砕し、KBrなどと混合してペレット化する方法が説明されており、ATR法は試料表面の測定や炭酸化評価にも用いられています。

KBr錠剤法とATR法の違い

項目KBr錠剤法ATR-FTIR
試料形態粉末をKBrと混合・圧縮粉末、ペースト、硬化体表面など
得られる情報試料全体の平均に近い表面・接触部の情報が強い
前処理乾燥・粉砕・混合が必要比較的簡便
注意点吸湿、炭酸化、希釈ムラ接触状態、粒径、表面粗さ
向く用途比較的均質な粉末比較表面変化、in situ測定、簡易確認

初心者が最初に気をつけるべきなのは、「同じ前処理で比較する」ことです。たとえば、A試料は真空乾燥、B試料は105℃乾燥、C試料は溶媒置換後に乾燥、という条件で比較すると、FTIRの差が材料差なのか前処理差なのかわからなくなります。

含水状態の影響

セメント硬化体には、自由水、吸着水、ゲル水、層間水、水和物中の水などが存在します。そのため、O-H領域やH-O-H領域は、乾燥条件に大きく影響されます。

特に注意したいのは、次の2つです。

影響起こりやすい問題
乾燥不足3400 cm-1付近と1640 cm-1付近が強くなり、他のピークが見にくくなる
過度な乾燥・加熱水和物の脱水や構造変化が起こり、元の状態を反映しにくくなる

セメントの赤外分光では、水の吸収とベースライン変化が大きなアーティファクトになります。C3S水和をin situ ATR-FTIRで追跡した研究でも、C-S-H形成を詳しく解析するには、水の吸収寄与や時間変化するベースラインを適切に扱う必要があると指摘されています。

粉砕と炭酸化の影響

粉砕はFTIR測定に必要な前処理ですが、同時に炭酸化を進める原因にもなります。粉砕によって新鮮な表面が露出し、比表面積が増えるためです。

特にCHを多く含む試料では、粉砕後に空気中で放置するとCHがCaCO3に変わり、3640 cm-1付近のCHピークが弱くなり、CO3ピークが強く見える可能性があります。これを元の試料の炭酸化と誤読すると、かなり危険です。

おすすめの運用は次の通りです。

目的推奨される扱い
水和停止後の比較溶媒置換・乾燥条件を統一
炭酸化を避けたい粉砕後は密閉・乾燥・短時間で測定
炭酸化を評価したい粉砕条件、暴露時間、湿度を記録
材齢比較同じ乾燥法、同じ粉砕時間、同じ測定法にする
定量に近づけたい標準試料、ベースライン処理、ピーク分離条件を固定

FTIRは簡単に測れる分、試料履歴の影響も簡単に入ります。スペクトルを保存するときは、測定日だけでなく、材齢、水結合材比、養生条件、水和停止法、乾燥条件、粉砕条件、測定法、分解能、積算回数も一緒に記録しておくと、後から解釈しやすくなります。

XRD/TG-DTAとの使い分け

FTIRは便利ですが、万能ではありません。セメント分析では、XRD、TG-DTA、FTIRをそれぞれ別の視点として使うのが基本です。

分析法得意なこと苦手なこと
XRD結晶相の同定、未反応クリンカー、CH、石膏、エトリンガイト、炭酸塩の確認C-S-Hなど低結晶性相の詳細
TG-DTACH量、CaCO3量、脱水・脱炭酸の定量的評価相の詳細な結合状態
FTIRSi-O、OH、CO3、SO4などの結合情報、C-S-Hの局所構造変化多相系での厳密な相同定・定量
SEM-EDS組織観察、元素分布、局所組成結合状態や相の厳密同定
NMRSiやAlの局所構造、Qn分布装置・測定コストが高い

FTIRを使うべき場面は、たとえば次のようなケースです。

  • XRDではC-S-Hがはっきり見えないが、Si-O領域の変化を追いたい
  • 炭酸化によるCH消費、CaCO3生成、C-S-H脱Caをまとめて確認したい
  • 混和材添加によるC-S-H/C-A-S-HのSi-Oバンド変化を比較したい
  • 水和初期のC-S-H形成を、in situまたは短時間間隔で追いたい
  • 石灰石微粉末や炭酸塩の影響をスクリーニングしたい

一方で、FTIRだけでは避けたい判断もあります。

FTIRだけで断定しにくいこと理由
C-S-H量の定量ピーク重なり、ベースライン、試料厚み・接触状態の影響が大きい
エトリンガイトとAFm相の厳密な識別SO4、OH、水の吸収が重なる
CaCO3多形の完全な同定calcite/aragonite/vateriteの識別にはXRD併用が安全
CH量の正確な定量TG-DTAやXRDリートベルトの方が向く
反応率の直接算出未反応相・生成相が多く、検量線なしでは難しい

たとえば、FTIRで炭酸塩ピークが増え、CHピークが減り、Si-Oバンドが高波数側へ移動している場合、「炭酸化によりCHが消費され、C-S-Hが脱Ca・重合した可能性がある」とは言えます。しかし、どの程度CaCO3が増えたか、calciteなのかvateriteなのか、CHがどれだけ残っているかを詰めるには、XRDやTG-DTAが必要です。

また、セメントの細孔溶液のpHやCa濃度は、水和物の安定性やCHの生成・溶解とも関係します。FTIRのピーク変化を化学平衡や溶液環境と結びつけたい場合は、セメントの細孔溶液とは何か:pH・アルカリ・Ca濃度で読む水和系の考え方を押さえておくと、スペクトル解釈が一段深くなります。

誤読しやすいポイント

セメントFTIRでよくある誤読を、実務的なチェックリストとしてまとめます。

1. 「960 cm-1付近=C-S-H」と単純に決めない

900〜1200 cm-1付近は、C-S-HのSi-O伸縮を読む中心領域です。しかし、未反応シリケート、シリカ、アルミノシリケート、硫酸塩、脱CaしたC-S-Hなどが重なります。

特に混和材を含む系では、C-A-S-HやN-A-S-H的な構造、未反応ガラス相の影響も入るため、ピーク位置だけで相名を断定するのは危険です。FTIRでは「C-S-Hに由来する可能性の高いSi-Oバンド」と表現し、XRDやNMR、SEM-EDSと整合するかを確認した方がよいです。

2. CO3ピークをすべて「劣化」と見なさない

CO3ピークが出たからといって、必ずしも悪い炭酸化劣化とは限りません。石灰石微粉末を含むセメント、LC3、石灰石骨材、試料保管中の軽微な炭酸化でもCO3ピークは出ます。

大事なのは、CO3ピークの有無ではなく、CHピークの減少、Si-Oバンドの高波数側シフト、TG-DTAでのCaCO3量、XRDでのcalcite/vaterite/aragoniteの確認を合わせて、「何が炭酸化したのか」を考えることです。

3. CHピークが弱い=CHがない、とは限らない

3640 cm-1付近のCHピークが弱い場合、CHが少ない可能性はあります。しかし、試料の表面状態、ATRの接触、粉砕ムラ、炭酸化、ベースライン処理でも見え方は変わります。

CHを議論するなら、FTIRだけでなくTG-DTAで400〜500℃付近のCH脱水、XRDでCHピークを確認すると安全です。

4. 水のピークを材料差と間違えない

3400 cm-1付近の広いO-Hピークや1640 cm-1付近のH-O-Hピークは、水分状態の影響を強く受けます。乾燥時間が違う、湿度が違う、測定までの放置時間が違うだけで、ピーク強度が変わることがあります。

水分状態を比較したい場合を除き、FTIRの比較では乾燥条件と測定タイミングをそろえることが重要です。

5. ATR-FTIRの表面情報をバルク情報として扱わない

ATR-FTIRは簡便ですが、基本的には試料表面近傍の情報が強く出ます。硬化体表面をそのまま測る場合、表面炭酸化、レイタンス、研磨状態、粗さ、ATR結晶との密着がスペクトルに影響します。

バルクの平均情報を見たい場合は、内部を採取して粉末化する、複数点を測る、KBr法やDRIFTSと比較するなどの工夫が必要です。

セメントFTIRの読み方:実践フロー

最後に、初学者向けの読み方を手順化します。

Step 1:まず全体を5領域に分けて見る

最初から細かいピーク帰属に入るのではなく、次の順番で見ます。

  1. 3600〜3200 cm-1:水・OHが強すぎないか
  2. 3640 cm-1付近:CHが見えるか
  3. 1450〜1400、875、713 cm-1付近:炭酸塩があるか
  4. 1200〜900 cm-1:Si-Oバンドの位置と形はどうか
  5. 1100〜1080、680〜600 cm-1付近:硫酸塩の影響はありそうか

Step 2:ピーク位置だけでなく「変化」を見る

FTIRは、単独試料のピーク表よりも、比較で力を発揮します。

比較の例としては、次のようなものがあります。

比較軸読み取れる可能性
未水和 vs 水和後C-S-H生成、CH生成、石膏消費
1日 vs 7日 vs 28日水和進行、C-S-H増加、CH増加
OPC vs 混和材置換CH消費、Si-Oバンド変化、C-A-S-H化
非炭酸化 vs 炭酸化CO3増加、CH減少、C-S-H脱Ca
表面 vs 内部表面炭酸化、劣化深さの違い
乾燥条件違い水分ピーク、OHピークの変化

Step 3:XRD・TG-DTAと対応させる

FTIRで「可能性」を見つけたら、次のように他の分析で裏取りします。

FTIRで見えたこと確認したい分析
3640 cm-1のCHピークXRDのCHピーク、TG-DTAのCH脱水
CO3ピークの増加XRDのcalcite等、TG-DTAの脱炭酸
Si-Oバンドの高波数側シフトXRDでCH減少、TG-DTAでCaCO3増加、必要に応じてNMR
SO4ピークの変化XRDで石膏・エトリンガイト・AFm相
水ピークの変化乾燥条件、TGの低温脱水域

Step 4:結論は「断定」より「整合性」で書く

セメントFTIRの考察では、次のような書き方が安全です。

悪い例:

960 cm-1にピークがあるため、C-S-Hが生成した。

よりよい例:

960 cm-1付近にSi-O伸縮に対応すると考えられる広い吸収帯が確認され、XRDでCHの生成、TG-DTAで低温脱水量の増加も見られたことから、水和に伴いC-S-Hが生成した可能性が高い。

悪い例:

1410 cm-1にピークがあるため、試料は炭酸化している。

よりよい例:

1410 cm-1付近および875 cm-1付近にCO3に由来すると考えられる吸収が確認され、同時にCHの3640 cm-1ピークが弱くなった。したがって、CHの炭酸化または炭酸塩の増加が示唆される。ただし、石灰石微粉末や試料調製中の炭酸化の寄与も考慮する必要がある。

まとめ

セメントFTIRは、C-S-H、CH、炭酸塩、硫酸塩、水分状態を「化学結合の変化」として見るための有効な分析法です。特に、XRDでは見えにくいC-S-HのSi-O領域や、炭酸化に伴うCH消費・CaCO3生成・C-S-H脱Caを追うときに役立ちます。

一方で、セメント硬化体は多相系であり、FTIRのピークは重なりやすく、含水状態や前処理の影響も大きく受けます。そのため、セメントFTIRでは「ピーク表を覚える」よりも、ピークの位置、形、強度、前処理、比較対象、他分析との整合性をセットで読むことが重要です。

初心者が最初に押さえるべきポイントは、次の5つです。

  1. C-S-Hは主に900〜1200 cm-1付近のSi-O領域を見る
  2. CHは約3640 cm-1の鋭いOHピークを確認する
  3. 炭酸塩は1450〜1400、875、713 cm-1付近を見る
  4. SO4は1080〜1100、600〜680 cm-1付近を見るが、Si-Oとの重なりに注意する
  5. FTIR単独で断定せず、XRDやTG-DTAと組み合わせる

FTIRは、XRDの「結晶相を見る目」とは違い、セメント中の結合状態や局所構造の変化を見るための分析です。XRDの次に学ぶ分析法としてFTIRを押さえておくと、C-S-H、炭酸化、混和材反応、硫酸塩相の理解がぐっと立体的になります。

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