セメントXRD解析入門:エーライト・ビーライトのピークの読み方と同定のコツ

セメント XRD ピーク 読み方で悩む人の多くは、最初に 29〜33° 付近の“混み合った山”で止まります。とくにセメントクリンカーの主要相であるエーライト(C₃S)とビーライト(C₂S)は、ほかの相も同じ帯域に入りやすく、単純な「一番高いピーク=この相」とは読み切れません。セメント系でまず押さえるべき主要結晶相は、エーライト、ビーライト、アルミネート、フェライトの4つです。

鉱物そのものの役割を先に整理したい人は、セメント鉱物C3S(エーライト)の特性と役割セメント鉱物C2S(ビーライト)の特性と役割 を先に読むと、XRDパターンと材料特性がつながりやすくなります。水和の全体像は セメントの水和反応メカニズム詳解 もあわせて読むと理解が深まります。

セメントXRDの基本:最初に知っておくべきこと

セメントXRDでは、ピーク位置だけで相を仮決めし、最終的にはデータベース照合や全体パターンで確かめるのが基本です。NISTの整理でも、ピーク位置は「tentative identification(仮の同定)」であり、その後にICDDデータベースなどとの照合で確認する流れが示されています。つまり、1本のピークだけで断定するより、複数ピークの整合で読むほうが安全です。

さらに厄介なのは、セメントでは相どうしのピーク重なりが非常に多いことです。EPFLのレビューでも、エーライトとビーライトはピークがほぼ重なり、従来のピーク高さ・ピーク面積だけで厳密に定量するのは難しいとされています。だからこそ、B4の段階では「単独ピークで決める」のではなく、どの2θ帯に何が密集しているかを先に覚えるのが近道です。

エーライト・ビーライトのピークは、なぜ読みにくいのか

Cu Kα 条件の診断ピーク表を見ると、29.1〜33.9°付近には石膏、方解石、エーライト、ビーライト、C₃A、C₄AFが次々に並びます。たとえば 29.11° には gypsum、29.48° には calcite、29.36〜29.50° には alite、31.07° には β-belite、33.18〜33.25° には aluminate、33.88° には ferrite が入ります。29〜33°は“セメントXRDの渋滞帯”だと思って読むと、見誤りが減ります。

このため、初学者ほど「29.4°に強いピークがあるからC₃S」と即断しがちですが、実務ではそれだけでは足りません。29.4°近傍はエーライトの有力帯ではあるものの、石膏や方解石などの近接ピークもあるため、29.4°単独ではなく、31°付近や33°付近もあわせて見る必要があります。

B4向け:セメントXRDピークの読み方 3ステップ

1. まず 29.3〜29.5° でエーライトを「仮置き」する

エーライトは 29.36〜29.50° 付近に強い診断ピークを持つので、未水和クリンカーや普通ポルトランドセメントのXRDでは、まずここを見ます。ここでやることは断定ではなく、「C₃Sが主相候補」と仮置きすることです。29.11°の gypsum や 29.48°の calcite も近いので、ピーク肩や周辺の形をよく見てください。

2. 次に 31.07° 付近でビーライトを探す

β-C₂S(ビーライト)は 31.07° に診断ピークがあります。エーライトほど派手に見えないこともありますが、29.4°帯だけでなく 31.1°帯にも対応するピークがあるか を確認すると、C₂Sの存在に自信が持ちやすくなります。

3. 33°帯は「確認帯」であって、断定帯ではない

33°近傍には α-belite 33.03°、cubic/orthorhombic C₃A が 33.18〜33.25°、ferrite が 33.88° と集まっています。つまり 33°帯は便利ですが、混みすぎている帯域でもあります。ここは「補助的な確認窓」と考え、29.4°帯・31.1°帯との組み合わせで読むのが安全です

主要鉱物のピーク位置(2θ)一覧:実務でまず見る帯域

以下は Cu Kα 前提 の、B4向け実務メモです。

  • エーライト(C₃S):29.36〜29.50° 付近を最優先で確認。30.0〜30.2°にも関連ピークがあります。
  • ビーライト(β-C₂S):31.07° がまずの確認点。33°近傍は他相と重なるので補助扱い。
  • ポルトランダイト(CH):18.10° は水和後に非常に見やすい代表ピーク。未水和主体の試料と水和試料を見分けるときの目印になります。
  • 石膏(gypsum):11.59°、20.72°、29.11°。29°帯の読み違い要因になりやすい相です。
  • 方解石(calcite):29.48°。C₃S近傍に重なるので要注意です。
  • アルミネート(C₃A):33.18°、33.25°。33°帯を混雑させる代表格です。
  • フェライト(C₄AF):32.12°、33.88°。これも33°帯の読みを難しくします。

水和によるベースラインの盛り上がりは、ノイズではない

初めて水和後のセメントペーストを測ると、未水和クリンカーのような鋭い結晶ピークだけでなく、29〜32°付近にかけて幅広い盛り上がりが見えることがあります。これは単純な装置ノイズではなく、C-S-H のようなナノ結晶・非晶質寄り成分の寄与を含む可能性があります。近年のPONKCSを使った研究でも、C-S-Hの抽出プロファイルは 29.2〜29.4° 付近に現れ、結晶性の高い相よりかなり幅広い形をとることが示されています。

ここが、未水和クリンカーの読み方と水和後試料の読み方の大きな違いです。未水和主体なら「細く高いピークをどの相に割り当てるか」が中心ですが、水和後はそれに加えて、ベースラインの持ち上がりや幅広ピーク自体が情報になります。C-S-Hのイメージづくりには、コンクリートが固まるメカニズム:CSHの不思議な世界 を合わせて読むと理解しやすいです。

図解:図で理解する「なぜエーライトとビーライトは読みにくいのか」

図1:セメントクリンカー主要相の重ね合わせXRDパターン(NISTIR 5403 Figure 1をもとに作成)
26〜38.8°の範囲における混合試料のXRDパターン(最下段)と、各相の個別パターンを重ねて示す。
A:エーライト(alite, C₃S)
B:ビーライト(belite, C₂S)
C:フェライト(ferrite, C₄AF)
D:立方晶アルミネート(cubic aluminate, C₃A)
E:斜方晶アルミネート(orthorhombic aluminate, C₃A)
F:ペリクレース(periclase, MgO)
G:内部標準ルチル(rutile)
この図のポイントは、混合物のパターンは各相のピークが単純に並ぶのではなく、互いに重なった結果として現れることにある。NISTでも、この図は individual phase patterns の superposition と resultant peak overlapping を示すものとして提示されている。

出典:Quantitative x-ray powder diffraction methods for clinker and cement.
https://nvlpubs.nist.gov/nistpubs/Legacy/IR/nistir5403.pdf

Figure 1 を見ると、セメントXRDで初学者がつまずきやすい理由がよくわかります。
エーライト(C₃S)だけが単独できれいに立っているのではなく、ビーライト(C₂S)、アルミネート、フェライトなどのピークが同じ2θ帯に入り込み、混合物としてのピーク形状をつくっているからです。特に 29〜33° 付近は、主要クリンカー相の情報が密集する典型的な重なり領域で、単独ピークだけを見て相を断定するのは危険です。

この図で読むべき3つのポイント

1. 一番下の「混合物パターン」だけを見ても、各相はそのまま分離して見えない

混合試料のXRDパターンは、各相の個別パターンを足し合わせた結果として現れます。
そのため、実際のチャートでは「この山が丸ごとC₃S」「この山が丸ごとC₂S」とはなりません。見えている1本のピークの中に、複数相の寄与が重なっていると考えるのが基本です。

2. エーライトの強いピークが、他相の読みにくさを増やす

NISTの論文では、alite is the predominant phase であり、その回折パターンが他相を支配しやすいことが指摘されています。
つまり、クリンカーや普通ポルトランドセメントでは、まずC₃S由来の強いピークが目立ち、その近傍にあるC₂SやC₃A、C₄AFの寄与が埋もれやすくなります。B4が「C₃Sは見える気がするのに、C₂Sの自信が持てない」と感じるのは自然です。

3. 29〜33°帯は「断定帯」ではなく「照合帯」

この帯域は、エーライト・ビーライト・アルミネート・フェライトが集中するため、1本のピークで相を決める場所ではなく、複数候補を照合する場所です。
実務では、まず「C₃Sが主相として妥当か」を見て、そのうえで周辺のピーク群にC₂SやC₃A、C₄AFと矛盾しない形があるかを確認します。29〜33°は“名前当て”ではなく、“整合確認”の帯域だと考えると読みやすくなります。

図から自然につながる実務的な読み方

この図を踏まえると、セメントXRDの初見では次の順で読むのが安全です。

  1. 強いピークを見つけたら、まずC₃S優勢を疑う
    ただし、その場で断定しない。
  2. 同じ帯域の周辺ピークにC₂S・C₃A・C₄AFの寄与が入っていないかを見る
    1本のピークではなく、帯域全体で整合を取る。
  3. ピーク分離が苦しい場合は、手読みで無理に定量しない
    NISTIR 5403 でも、こうした重なりの多い系では discrete peak より whole-pattern fitting や Rietveld のような全パターン解析が有利だと説明されています。

リートベルト解析への入り口:どこで手読みを卒業するか

相の重なりが多いセメントでは、手読みだけで定量まで進むのはすぐ限界が来ます。NISTの解説では、リートベルト法のような全パターン解析は個別ピークより精密に強度を扱え、ASTM C1365 として標準化もされています。エーライトとビーライトが重なる系では、「まず手で見て候補相を絞る → その後リートベルトで全体フィットする」流れが最も実務的です。

もうひとつ大事なのは試料調製です。NISTは、配向や粗粒の影響でピーク強度比が簡単に変わること、平均粒径を小さくすると再現性が上がる一方、過粉砕はピークを広げうることを示しています。特に alite では 32.1° と 32.7° 近傍の強度比が配向の影響を受けやすいため、「この比だけで相量を読む」のは危険です。

より広い分析設計まで見たい場合は、XRDとSEMで解明するセメント硬化体の微細構造 を内部リンクでつなぐと、XRD単独では見えにくい「形」の情報までカバーできます。

よくある失敗

29.4°だけ見て「これはC₃S」と決めてしまう

29.4°近傍は確かにエーライトの重要帯ですが、石膏や方解石も近く、単独での断定は危険です。29.4°は出発点であって、結論ではないと覚えておくと安全です。

水和後の幅広い盛り上がりを、全部ノイズ扱いしてしまう

29〜32°の幅広いハンプは、C-S-H のようなナノ結晶・非晶質寄り相の情報を含む可能性があります。むしろ水和試料では、この“きれいに尖らない情報”が重要です。

ピーク高さだけで定量しようとする

セメントでは相どうしの重なりが強く、EPFLの整理でも alite と belite は従来型のピーク比較だけでは厳密定量が難しいとされています。定量に踏み込むなら、早めにリートベルトへ移るほうが結果として近道です。

まとめ

セメントXRDの読み方で最初に大事なのは、29〜33°は混雑帯であり、単独ピークで決めないことです。
B4の実務としては、まず 29.4°帯で C₃S を仮置きし、31.1°帯で C₂S を探し、33°帯は補助確認に使う、という順番で読むのが安定します。水和後はさらに、18.1°の CH と 29〜32°の C-S-H ハンプまで視野に入れると、チャートの見え方が一気に変わります。

最後は、手読みで相の候補を絞り、リートベルトで全体パターンを詰める流れが王道です。XRDパターンの“山の名前当て”で止まらず、未水和クリンカーの鋭いピークと、水和後の幅広い情報を同じ図の中で読めるようになることが、セメントXRDの最初の壁を越えるコツです。

参考文献

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