セメント化学の論文や解説記事を読むと、C-S-H、AFm、AFt、CH、C3S、XRD、MIP、AAMなどの略号が次々に出てきます。
最初のうちは、「これは物質名なのか」「分析方法なのか」「モデルの名前なのか」が分からず、本文に入る前に止まってしまうことも多いはずです。
結論から言うと、セメント化学の略号は大きく分けて次の4種類です。
| 種類 | 例 | 何を表しているか |
|---|---|---|
| セメント化学記法 | C, S, A, F, H | 酸化物を短く書くための記号 |
| セメント鉱物・水和物 | C3S, CH, C-S-H, AFm, AFt | セメント中の相や反応生成物 |
| 分析法・評価法 | XRD, TG-DTA, SEM-EDS, MIP | 試料を調べる手法 |
| 低炭素材料・AAM系 | AAM, N-A-S-H, C-A-S-H | アルカリ活性材料や関連ゲル |
この記事では、B4・修士の学生が論文を読み始めるときに困りやすい「セメント 略号 一覧」として、まず覚えるべきものから順に整理します。
セメントの反応全体を先に押さえたい場合は、セメント化学入門:基本的な化学反応と特性を読んでから戻ってくると、略号の位置づけが分かりやすくなります。
まず覚える略号:セメント化学記法
セメント化学では、酸化物を短い記号で表す独特の書き方が使われます。これは cement chemist notation と呼ばれ、たとえば CaO を C、SiO2 を S、Al2O3 を A、Fe2O3 を F、H2O を H と書きます。
| 略号 | 実際の化学式 | 日本語での意味 |
|---|---|---|
| C | CaO | 酸化カルシウム、石灰 |
| S | SiO2 | 二酸化ケイ素、シリカ |
| A | Al2O3 | 酸化アルミニウム、アルミナ |
| F | Fe2O3 | 酸化鉄 |
| H | H2O | 水 |
| S̄ または $ | SO3 | 三酸化硫黄、硫酸成分 |
| C̄ | CO2 | 二酸化炭素、炭酸成分 |
| N | Na2O | 酸化ナトリウム |
| K | K2O | 酸化カリウム |
| M | MgO | 酸化マグネシウム |
注意したいのは、Cは炭素ではなくCaOを意味することです。高校化学や一般的な化学式の感覚で読むと混乱しやすい部分です。
たとえば、C3Sは「炭素3個と硫黄1個」ではありません。セメント化学記法では、C3Sは 3CaO・SiO2、つまりエーライトに対応する主要クリンカー鉱物です。C2S、C3A、C4AFも同じ考え方で読みます。
| 略号 | セメント化学記法での意味 | 一般名・鉱物名 |
|---|---|---|
| C3S | 3CaO・SiO2 | エーライト、けい酸三カルシウム |
| C2S | 2CaO・SiO2 | ビーライト、けい酸二カルシウム |
| C3A | 3CaO・Al2O3 | アルミネート相 |
| C4AF | 4CaO・Al2O3・Fe2O3 | フェライト相 |
| CH | CaO・H2O | 水酸化カルシウム、ポルトランダイト |
論文を読むときは、まず「C, S, A, F, Hが酸化物の略号である」と覚えるだけでかなり読みやすくなります。
水和物の略号:C-S-H、AFm、AFtの違い
セメント水和で特によく出るのが、C-S-H、CH、AFm、AFtです。
ざっくり言うと、C-S-Hは強度に大きく関わる主役、CHは水酸化カルシウム、AFmとAFtはアルミネート系の水和物です。
| 略号 | 読み方の例 | 何を表すか | まず押さえるポイント |
|---|---|---|---|
| C-S-H | シーエスエイチ | Calcium Silicate Hydrate | セメント硬化体の強度に大きく関わる主要水和物 |
| CH | シーエイチ | Calcium Hydroxide | 水酸化カルシウム、ポルトランダイト |
| AFt | エーエフティー | Aluminate Ferrite tri系 | 代表例はエトリンガイト |
| AFm | エーエフエム | Aluminate Ferrite mono系 | 代表例はモノサルフェート |
| C-A-H | シーエーエイチ | Calcium Aluminate Hydrate | アルミネート系水和物 |
| C-A-S-H | シーエーエスエイチ | Calcium Aluminosilicate Hydrate | Alを含むC-S-H系のゲル |
C-S-Hは、組成が一定の単一化合物というより、Ca/Si比や水の量が変わる幅を持った水和物として扱われます。C-S-Hのハイフンは、組成が一定でない相を表すために使われることがあります。
AFtとAFmの違いは、最初は次のように理解すると十分です。
| 比較項目 | AFt | AFm |
|---|---|---|
| 代表的な相 | エトリンガイト | モノサルフェート |
| イメージ | 硫酸成分を多く含む針状結晶として出てきやすい | 層状構造のアルミネート系水和物として扱われることが多い |
| よく出る文脈 | 初期水和、エトリンガイト生成、膨張 | 硫酸量の変化、炭酸塩・塩化物との置換 |
| 覚え方 | t = tri | m = mono |
AFtは calcium aluminate trisulfate hydrate、つまりエトリンガイトに対応する相として説明されることが多く、AFmは monosulfate などの相を含む系列として扱われます。
より詳しく水和反応の流れを追いたい場合は、セメントの水和反応メカニズム詳解も合わせて読むと、C3A、石こう、AFt、AFmのつながりが見えやすくなります。
C-S-Hまわりでよく見る略号
C-S-Hはセメント化学の中心にあるため、関連する略号も多くなります。
| 略号 | 意味 | 読むときのポイント |
|---|---|---|
| C/S比 | Ca/Si molar ratio | C-S-H中のカルシウムとケイ素の比 |
| Ca/Si | Calcium/Silicon ratio | C/S比とほぼ同じ意味で使われることが多い |
| Al/Si | Aluminum/Silicon ratio | Al置換やC-A-S-Hの議論で出る |
| MCL | Mean Chain Length | シリケート鎖の平均鎖長 |
| Qn | Siの結合状態を表すNMR表記 | Q1、Q2、Q3、Q4など |
| LD C-S-H | Low Density C-S-H | 低密度側のC-S-H |
| HD C-S-H | High Density C-S-H | 高密度側のC-S-H |
LD C-S-HとHD C-S-Hは、C-S-Hを密度や空隙構造の違いで分類するモデルの文脈で出てきます。Tennis and Jenningsのモデルでは、C-S-Hが高密度のHD C-S-Hと低密度のLD C-S-Hに分けられるという考え方が示されています。
ここで大事なのは、LD/HDは「別の化学式を持つ完全に別物」と覚えるより、C-S-Hの詰まり方や空隙構造を説明するための分類として読むことです。
分析法・評価法の略号
セメント化学の論文では、物質名だけでなく分析法の略号も頻繁に出てきます。
| 略号 | 正式名 | 何を見る手法か |
|---|---|---|
| XRD | X-ray Diffraction | 結晶相の同定 |
| XRF | X-ray Fluorescence | 元素・酸化物組成の分析 |
| TG | Thermogravimetry | 加熱時の質量変化 |
| DTA | Differential Thermal Analysis | 熱的変化 |
| DSC | Differential Scanning Calorimetry | 熱流の変化 |
| FTIR | Fourier Transform Infrared Spectroscopy | 官能基や結合状態 |
| NMR | Nuclear Magnetic Resonance | SiやAlなどの局所構造 |
| SEM | Scanning Electron Microscopy | 微細組織の観察 |
| EDS / EDX | Energy Dispersive X-ray Spectroscopy | SEMなどに付属する元素分析 |
| TEM | Transmission Electron Microscopy | ナノスケールの構造観察 |
| MIP | Mercury Intrusion Porosimetry | 細孔径分布の評価 |
| BET | Brunauer–Emmett–Teller method | 比表面積の評価 |
| ICP-OES | Inductively Coupled Plasma Optical Emission Spectroscopy | 溶液中元素濃度の分析 |
AAMやセメント系材料の構造解析では、FTIR、NMR、SEM、EDS、TEMなどがよく使われます。特にNMRはSiやAlの結合状態、SEM-EDSは微細組織と元素分布を見る文脈で出てきます。
論文を読むときは、分析法の略号を見たら「何を測るための手法か」を先に確認すると、結果の読み方が楽になります。
たとえば、XRDで「C-S-Hが見えない」と書かれていても、C-S-Hが存在しないとは限りません。C-S-Hは低結晶性・非晶質に近い性質を持つため、XRDでは明瞭なピークとして見えにくいことがあります。一方で、CHやエトリンガイトのような結晶相はXRDで扱いやすい対象です。
AAM・低炭素材料でよく見る略号
近年は、普通ポルトランドセメントだけでなく、AAMやジオポリマー、低炭素セメント系材料の論文も増えています。この分野では、セメント水和とは少し違う略号が出てきます。
| 略号 | 意味 | よく出る文脈 |
|---|---|---|
| AAM | Alkali-Activated Material | アルカリ活性材料 |
| AA | Alkali Activation | アルカリ活性化 |
| GP | Geopolymer | ジオポリマー |
| FA | Fly Ash | フライアッシュ |
| BFS / GGBFS | Blast Furnace Slag / Ground Granulated Blast Furnace Slag | 高炉スラグ微粉末 |
| MK | Metakaolin | メタカオリン |
| SH | Sodium Hydroxide | 水酸化ナトリウム |
| SS | Sodium Silicate Solution | 水ガラス、ケイ酸ナトリウム水溶液 |
| N-A-S-H | Sodium Aluminosilicate Hydrate | 低Ca系AAMで出やすいゲル |
| C-A-S-H | Calcium Aluminosilicate Hydrate | 高Ca系AAMやスラグ系で出やすいゲル |
| C-(A)-S-H | Alを一部含むC-S-H | C-S-HにAlが関与する表記 |
| C-(N)-A-S-H | Naを含むC-A-S-H系表記 | AAMで使われることがある |
AAMでは、前駆体のCa量によって主な生成ゲルが変わります。高Ca系、たとえばアルカリ活性化スラグではC-A-S-Hゲルが中心になりやすく、低Ca系、たとえばフライアッシュやメタカオリン系ではN-A-S-Hゲルが生成しやすいと説明されます。
水ガラスやAAMの基本を押さえたい場合は、ジオポリマー/アルカリ活性材料(AAM)総まとめも参考になります。
略号を読むときのコツ
セメント化学の略号は、全部を丸暗記しようとするとかなりしんどいです。まずは、次の順番で分類すると読みやすくなります。
| 見分け方 | 例 | 判断 |
|---|---|---|
| C, S, A, F, Hだけでできている | C3S, C2S, CH | セメント化学記法の可能性が高い |
| ハイフンが多い | C-S-H, C-A-S-H, N-A-S-H | 組成に幅のあるゲル・水和物の可能性が高い |
| AFで始まる | AFm, AFt | アルミネート・フェライト系水和物 |
| 大文字3〜5文字 | XRD, SEM, FTIR | 分析法の可能性が高い |
| 材料名っぽい | FA, BFS, MK | 前駆体や混和材の可能性が高い |
特に初心者がつまずきやすいのは、同じCでも文脈によって意味が違って見えることです。
セメント化学記法のCはCaOですが、C-S-HのCはカルシウムを含む水和物名の一部として読まれます。また、C̄のようにバー付きで炭酸成分を表す場合もあります。
論文中で迷ったときは、次のように確認すると安全です。
- その略号は物質名か、分析法か、モデル名かを見る
- 表や図のキャプションで初出の正式名称を探す
- C, S, A, F, Hならセメント化学記法として読む
- ハイフン付きのC-S-H系なら「組成に幅がある相」として読む
- AFm/AFtは「アルミネート系水和物」として読む
よくある読み間違いと改善例
セメント化学では、略号の意味を少し間違えるだけで、論文の理解がずれることがあります。
| NGな理解 | どう直すか |
|---|---|
| C3Sを炭素と硫黄の化合物だと思う | セメント化学記法ではC=CaO、S=SiO2 |
| C-S-Hを1つの固定化学式だと思う | Ca/Si比や水の量に幅がある水和物として読む |
| AFtとAFmを物質名1つずつだと思う | AFt系、AFm系という水和物グループとして読む |
| XRDで見えない相は存在しないと思う | 非晶質・低結晶性の相はXRDで見えにくい場合がある |
| AAMとジオポリマーを完全に同じ意味で使う | 文献によって使い分けがあるため、定義を確認する |
たとえば、研究メモでは次のように書くと、あとから見返しても分かりやすくなります。
C-S-H:セメント水和の主要生成物。固定化学式ではなく、Ca/Si比や水分量に幅がある。強度発現に大きく関係する。
AFt:エトリンガイトを代表とするアルミネート系水和物。初期水和や硫酸塩の影響を読むときに重要。
AFm:モノサルフェートなどを含むアルミネート系水和物。炭酸塩・塩化物の置換でも出てくる。
略号から既存記事へ飛ぶ導線
略号だけを覚えても、反応の流れや材料設計の意味が分からないと、論文は読み進めにくいままです。次のように、略号ごとに読む記事を分けると理解しやすくなります。
| 知りたいこと | まず見る略号 | 次に読むとよい記事 |
|---|---|---|
| セメント化学の全体像 | C3S, C2S, C3A, C4AF, CH | セメント化学入門:基本的な化学反応と特性 |
| 水和反応の流れ | C-S-H, AFt, AFm, CH | セメントの水和反応メカニズム詳解 |
| AAM・ジオポリマー | AAM, N-A-S-H, C-A-S-H, SS | ジオポリマー/アルカリ活性材料(AAM)総まとめ |
この記事は辞典として使い、個別の反応や材料設計は関連記事で深掘りする、という使い方がおすすめです。
FAQ
C-S-HとC-S-H gelは同じ意味ですか?
かなり近い意味で使われることが多いです。ただし、文献によっては「C-S-H」を相の名前として使い、「C-S-H gel」を微細構造やゲル状の集合体として強調して使うことがあります。厳密に読む必要がある場合は、その論文内の定義を確認してください。
AFmとAFtはどちらが先にできますか?
普通ポルトランドセメントの水和では、石こうがある条件でC3Aが反応し、初期にAFt、代表的にはエトリンガイトが生成する説明がよく出てきます。その後、硫酸成分の条件によってAFm系へ変化する文脈で説明されることがあります。ただし、配合、温度、硫酸塩量、炭酸塩の有無で挙動は変わります。
セメント化学記法のCはなぜCaではないのですか?
セメント化学記法では、元素そのものではなく酸化物を短く表します。そのため、CはCaではなくCaOを意味します。同じように、SはSiではなくSiO2、AはAlではなくAl2O3です。
略号を全部覚える必要はありますか?
最初から全部覚える必要はありません。まずはC, S, A, F, H、C3S、C2S、C3A、C4AF、C-S-H、CH、AFt、AFmを押さえれば、セメント水和の基本的な論文はかなり読みやすくなります。分析法は、出てきた順に「何を見る手法か」をメモしていけば十分です。
まとめ:略号は「分類」して読むと楽になる
セメント化学の略号は多く見えますが、実際には「酸化物の記号」「水和物」「分析法」「AAM系材料」に分けて読むと整理できます。
最初に覚えるべきなのは、C=CaO、S=SiO2、A=Al2O3、F=Fe2O3、H=H2Oというセメント化学記法です。そのうえで、C-S-Hは主要な水和物、AFtはエトリンガイト系、AFmはモノサルフェート系、と大まかに押さえると、論文の導入や結果の読み取りがかなり楽になります。
次に論文を読むときは、分からない略号をただ調べるだけでなく、「これは物質名か、分析法か、モデル名か」を横にメモしてみてください。略号が読めるようになると、セメント水和やAAMの議論が一気につながって見えてきます。

