自治体の下水道事業に関する資料を見ると、「汚水処理原価○○円/m³」という数字が出てくることがあります。
家庭で支払う下水道使用料と似た単位なので、「これは1m³流したときの下水道料金なのか」と思うかもしれません。しかし、汚水処理原価と私たちが支払う下水道使用料は別のものです。
汚水処理原価とは、使用料で回収すべき汚水処理費を年間有収水量で割った、1m³当たりの処理費用を示す経営指標です。
一般的な算定式は次のとおりです。
汚水処理原価(円/m³)= 汚水処理費 ÷ 年間有収水量
総務省の経営比較分析表でも、有収水量1m³当たりの汚水処理に要した費用を表す指標として使用されています。自治体の説明では、汚水処理費には維持管理費と資本費が含まれます。
この記事では、汚水処理原価の計算方法から、使用料単価や経費回収率との関係、自治体間で比較するときの注意点まで順番に解説します。
汚水処理原価とは「1m³当たりの汚水処理コスト」
汚水処理原価を理解するには、まず算定式を見るのが分かりやすいでしょう。
汚水処理原価 = 汚水処理費 ÷ 年間有収水量
例えば、ある下水道事業で、1年間の汚水処理費が1億5,000万円、年間有収水量が100万m³だったとします。
この場合、
1億5,000万円 ÷ 100万m³ = 150円/m³
となり、汚水処理原価は150円/m³です。
つまり、この事業では、使用料で回収すべき汚水処理費を有収水量で割ると、1m³当たり150円だったことになります。
ここで注意したいのは、「家庭から1m³の汚水が増えるたびに150円の費用が追加で発生する」という意味ではないことです。
下水道には、処理場やポンプ場、下水道管など、使用水量にかかわらず維持しなければならない施設があります。そのため、汚水処理原価は1年間の費用と水量から求める「平均的な1m³当たりの費用」と考えると分かりやすいでしょう。
年間有収水量とは?
算定式の分母に使われる「年間有収水量」も、下水道経営では重要な言葉です。
有収水量とは、簡単にいえば下水道使用料を徴収する対象となった水量です。
すべての下水処理場への流入水量と同じではありません。例えば、地下水や雨水などが下水道管へ入り込む「不明水」は、処理場では処理する必要がありますが、通常はその水量自体から下水道使用料を徴収することはできません。
そのため、
- 実際に処理した水量
- 使用料収入につながる有収水量
は必ずしも一致しません。
不明水が増えると処理施設の負担や費用につながる場合があります。不明水について詳しく知りたい場合は、下水道における不明水と間接浸入水の問題を解説した記事も参考にしてください。
汚水処理費には何が含まれている?
では、算定式の分子である「汚水処理費」とは何でしょうか。
大きく分けると、
維持管理費
+
資本費
から構成されます。自治体の公表資料でも、汚水処理費を維持管理費と資本費に分けて説明しています。
維持管理費
維持管理費には、下水道を日常的に動かし続けるための費用が含まれます。
例えば、
- 下水道管の維持管理
- ポンプ場の運転・維持管理
- 下水処理場の運転
- 電力
- 薬品
- 修繕
- 委託
- その他の管理費
などです。
下水道は、一度整備すれば終わりという設備ではありません。地下に埋められた管路や処理施設を継続して点検・修繕し、汚水を安全に処理し続ける必要があります。
例えば、下水道管では硫化水素に由来する硫酸腐食など、下水道特有の劣化が生じることがあります。施設側の維持管理については、下水道コンクリート管の硫酸腐食と対策を解説した記事でも詳しく取り上げています。
資本費
もう一つが資本費です。
下水道を整備するには、管路、処理場、ポンプ場などに多額の投資が必要です。
地方公営企業法を適用している事業では、汚水処理に関係する減価償却費や企業債利息などが資本費に関係します。国土交通省の資料でも、汚水処理費を維持管理費分と資本費分に分けて整理しています。
つまり、汚水処理原価を見るときは、単に「汚れた水を処理場できれいにする費用」だけを想像すると不十分です。
管路を使い、ポンプで送り、処理場で処理し、それらの施設を維持していくための費用を含む指標として見る必要があります。
汚水処理原価が高くなるのはなぜ?
汚水処理原価は、
汚水処理費 ÷ 年間有収水量
で求めます。
そのため、原価が高くなる理由は大きく2つに分けて考えられます。
1.汚水処理費が大きい
まず、分子である汚水処理費が増えれば、汚水処理原価は上昇します。
例えば、
- 管路や処理施設の維持管理費が大きい
- 修繕費が多い
- 処理場やポンプ場など多くの施設を抱えている
- 減価償却費などの資本費が大きい
といった場合です。
自治体によって下水道の整備方法や施設構成は異なるため、同じ水量を処理する場合でも必要な費用は同じではありません。
2.年間有収水量が少ない
もう一つは、分母となる年間有収水量です。
仮に年間の汚水処理費が1億円だった場合、
年間有収水量が100万m³なら、
100円/m³
ですが、50万m³なら、
200円/m³
になります。
同じ施設や設備を維持する費用が必要なのに、それを割る水量が少なくなれば、1m³当たりの原価は高くなります。
このため、人口が少ない地域や人口密度が低い地域などでは、施設を効率的に利用することが難しくなる場合があります。
国土交通省が地方公営企業決算状況調査を基に行った過去の分析でも、処理区域内人口密度が高いほど汚水処理原価が低い傾向が示されています。
したがって、汚水処理原価は自治体の努力だけで決まる数字ではありません。
人口規模、人口密度、施設の整備状況、供用開始からの年数など、その地域が置かれた条件の影響も受けます。
使用料単価と汚水処理原価は何が違う?
汚水処理原価と一緒によく出てくるのが「使用料単価」です。
両者は単位が円/m³なので混同しやすいのですが、意味は大きく異なります。
| 指標 | 基本的な計算 | 何を表すか |
|---|---|---|
| 使用料単価 | 下水道使用料収入 ÷ 年間有収水量 | 1m³当たりの使用料収入 |
| 汚水処理原価 | 汚水処理費 ÷ 年間有収水量 | 1m³当たりの汚水処理費 |
| 経費回収率 | 下水道使用料収入 ÷ 汚水処理費 ×100 | 汚水処理費を使用料でどの程度回収できているか |
「まる見え!全国の下水道使用料」でも、使用料単価、汚水処理原価、経費回収率をそれぞれ別の指標として扱っています。
簡単に言えば、
使用料単価=入ってくるお金を1m³当たりにしたもの
汚水処理原価=かかる費用を1m³当たりにしたもの
です。
ここを理解すると、下水道事業の数字がかなり読みやすくなります。
汚水処理原価と経費回収率の関係
使用料単価と汚水処理原価を比較すると、「経費回収率」の意味も分かります。
例えば、
- 使用料単価:120円/m³
- 汚水処理原価:150円/m³
だったとします。
1m³当たり150円の費用がかかっているのに、使用料収入は1m³当たり120円です。
単純に計算すると、
120 ÷ 150 × 100 = 80%
となります。
つまり、経費回収率は80%です。
同じ年度・同じ定義の数字であれば、概念的には、
経費回収率 ≒ 使用料単価 ÷ 汚水処理原価 ×100
という関係になります。
国土交通省でも、経費回収率を「下水道使用料÷汚水処理費×100」としています。
この3つをセットで見ることが重要です。
例1:使用料単価120円、汚水処理原価150円
経費回収率:約80%
→ 使用料収入だけでは、使用料で回収すべき汚水処理費を全額賄えていない。
例2:使用料単価150円、汚水処理原価150円
経費回収率:約100%
→ 使用料収入と使用料で回収すべき汚水処理費がおおむね釣り合っている。
このように、汚水処理原価を単独で見るよりも、使用料単価と並べて見ることで、下水道経営の状況を理解しやすくなります。
汚水処理原価は低いほど良い?
「原価」という言葉を見ると、低ければ低いほど良いと思うかもしれません。
確かに、同じ条件であれば少ない費用で汚水を処理できる方が効率的と考えられます。
しかし、汚水処理原価だけを見て自治体の下水道事業を評価することはできません。
汚水処理原価には、人口密度や施設規模、資本費などの条件が影響するためです。
米子市の経営比較分析表でも、汚水処理原価には明確な一律の数値基準がなく、類似団体との比較や、維持管理費・資本費と使用料収入のバランスなどを検証する必要があると説明されています。
例えば、人口が密集した都市部と、広い地域に住宅が点在する自治体では、1人当たりに必要となる管路や設備の条件が大きく異なります。
したがって、
「A市は100円/m³だから優秀」
「B町は200円/m³だから経営が悪い」
と単純に判断するのは適切ではありません。
同じ事業区分や似た地域条件の自治体と比べることが重要です。
家庭の下水道料金を20m³で割った数字とも違う
もう一つ、非常に間違えやすい点があります。
例えば、家庭の下水道使用料が20m³で3,000円だった場合、
3,000円 ÷ 20m³ = 150円/m³
となります。
しかし、この150円を「使用料単価」や「汚水処理原価」と考えてはいけません。
家庭用20m³の料金は、自治体が定めた料金表から算定する標準的な料金です。
一方、
- 使用料単価は実際の年間使用料収入を年間有収水量で割った数字
- 汚水処理原価は年間の汚水処理費を年間有収水量で割った数字
です。
「まる見え!全国の下水道使用料」でも、一般家庭用20m³/月使用料と決算実績から求める使用料単価を別の指標として扱っています。
同じ「円/m³」に換算できても、意味が違う点には注意しましょう。
自分の自治体の汚水処理原価を調べてみよう
汚水処理原価の意味が分かったら、自分が住んでいる自治体の数字を確認してみると、下水道経営をより身近に感じられます。
「まる見え!全国の下水道使用料」では、総務省の地方公営企業決算状況調査などを基に、自治体ごとの汚水処理原価や使用料単価、経費回収率を確認できます。
まず自分の地域を確認したい場合は、自治体ごとの下水道使用料・経営指標を検索することができます。
全国の中で汚水処理原価を比較したい場合は、全国の汚水処理原価を比較するランキングも確認できます。
ただし、ランキングは全国の単純比較です。事業区分、人口、人口密度、施設構成などの条件が異なるため、「順位が高い・低い」だけで事業の良し悪しを判断しないことが大切です。「まる見え!」でも、類似団体区分や事業規模の差を調整した評価ではないことを明記しています。
数字を見るときは、
- 汚水処理原価はいくらか
- 使用料単価はいくらか
- 経費回収率はいくらか
- 同じような条件の自治体と比べてどうか
という順番で見ると理解しやすいでしょう。
指標の算定方法を確認したい場合は、「まる見え!全国の下水道使用料」の指標の計算方法とデータ出典も確認できます。
あなたのまちの下水道使用料はどのくらい?
汚水処理原価を見ることは、下水道の持続可能性を考える入口になる
下水道は、私たちが毎日使っていても、その処理にいくらかかっているのかを意識する機会がほとんどない社会基盤です。
しかし、その裏側では、下水道管、ポンプ場、処理場などの施設を維持し、必要に応じて修繕・更新しながら、毎日汚水を処理しています。
日本の下水道がどのように整備されてきたのかについては、日本の下水道の歴史とコンクリート技術の発展を解説した記事でも紹介しています。
汚水処理原価は、こうした下水道事業にかかる費用を「1m³当たり」という身近な単位に直した数字です。
もちろん、この数字だけで下水道事業の健全性を判断することはできません。
それでも、
「1m³の汚水を処理するために、私のまちではいくらかかっているのか」
を知ることは、自分が毎月支払っている下水道使用料と下水道事業の経営との関係を考える入口になります。
まとめ
汚水処理原価とは、使用料で回収すべき汚水処理費を年間有収水量で割った、1m³当たりの汚水処理コストを表す指標です。
基本的な関係は次のように整理できます。
- 汚水処理原価:1m³当たり、いくら処理費がかかったか
- 使用料単価:1m³当たり、いくら使用料収入があったか
- 経費回収率:処理費を使用料でどの程度賄えたか
特に重要なのは、汚水処理原価だけを見て自治体の良し悪しを判断しないことです。
人口密度、施設規模、維持管理費、資本費、年間有収水量など、さまざまな条件によって数字は変わります。
まずは、自分の自治体の汚水処理原価・使用料単価・経費回収率を調べるところから始めてみてください。
普段は見えにくい下水道の経営を数字で確認すると、毎月支払っている下水道使用料が何を支えているのかも見えてきます。
あなたのまちの下水道使用料はどのくらい?


