1. はじめに
「CCUS」とは、二酸化炭素の回収(Capture)、利用(Utilization)、貯留(Storage)を組み合わせ、排出削減が難しい産業の脱炭素を現実解に近づける統合技術です。セメント製造では、石灰石(CaCO3)を焼成してクリンカーをつくる過程でプロセス起源のCO2が発生します。このため、燃料転換や省エネだけでは“ゼロ”にしづらいという構造的な課題を抱えています。
そこで重要になるのがCCUSです。排ガス中のCO2を分離・回収し、可能な範囲で材料・化学品などに転用し、余剰分は長期安定的に貯留する。こうした“全体設計”が成立すると、セメントは「難削減産業の代表」から「カーボンマネジメント産業」へと位置づけが変わります。
国内でも、セメント工場由来CO2の分離・回収(例:10トン-CO2/日規模)の実証や、回収CO2を鉱物として固定する試験設備の整備が進んでいます。海外では、ノルウェーのBrevikで商業規模のセメントCCS設備が稼働段階に入り、実際のサプライチェーン(回収→液化→輸送→貯留)として動き始めています。
本記事では、セメント産業におけるCCUSの全体像を、技術・事例・経済性の順に整理し、2030年代以降の現実的な普及シナリオまでを見通します。
2. セメント産業におけるCCUSの前提(なぜ必要か)
セメントのCO2排出は大きく二つに分かれます。ひとつは石灰石の脱炭酸反応(CaCO3 → CaO + CO2)に由来するプロセス起源、もうひとつは高温焼成のための燃料燃焼に由来するエネルギー起源です。省エネ・代替燃料・電化は重要ですが、プロセス起源を大幅に削るには、回収・貯留(CCS)や、鉱物固定などの利用(CCU)が組み合わさる必要があります。
また、セメント工場の排ガスはCO2濃度が比較的高く、回収プロセスの設計上有利になるケースがあります(ただし、ダストやSOx/NOx、水分などの共存成分が回収設備に与える影響は大きく、前処理や保全設計が重要です)。沿岸立地の工場も多く、回収CO2を液化して船で輸送する構想と相性がよい点も、将来のスケール展開における現実的な論点になります。
3. CCUSの全体像(回収・利用・貯留をどう組むか)
CCUSは「回収」「利用」「貯留」を別々に語ると分かりやすい反面、実装では一体として設計されます。回収段階で求められるCO2純度・水分・不純物の管理は、利用先(材料用途か、化学用途か)や貯留側の受入仕様に直結します。したがって、設備の最適化は“工場内”だけで完結せず、輸送・受入・長期責任まで含むバリューチェーンの視点が不可欠です。
3.1 CO2回収:まずは化学吸収が主戦場、次に省エネ化
化学吸収法(アミン系)は、現時点で最も商業化に近い手法として位置づけられています。回収率は設計・運転条件に依存しますが、高い回収性能を狙える一方で、再生に熱が必要であるため、蒸気・排熱の統合が経済性を左右します。
国内の動き(実証の位置づけ)
国内では、NEDO採択事業として、セメント工場で1日当たり10トン規模のCO2分離・回収の実証が進められています(熊谷工場を念頭にした発表が公表されています)。また、太平洋セメントは、セメントキルン排ガスからのCO2分離・回収(10トン-CO2/日)と、廃コンクリートやスラッジ等への固定化を組み合わせた有効利用の実証について資料を公開しています。ここで重要なのは、回収設備そのものの性能だけでなく、回収したCO2の使い道(固定化・原料化)まで含めて検証している点です。
海外の動き(商業規模)
ノルウェーBrevikでは、年40万トン規模のCO2回収設備が稼働段階に入り、Longship(回収〜輸送〜貯留のフルチェーン)と接続する形で“動く仕組み”が可視化されました。これにより、セメントCCSは「技術の可能性」から「市場・制度・需要の設計」に論点が移りつつあります。
なお、アミン溶剤の文脈では、三菱重工が関西電力と共同で開発してきたKS-1™(KM CDR Process™)が広く知られています。最近は、さらなる省エネ・低劣化の改良溶剤も公表されており、回収段階のコスト・運用負荷を下げる競争が続いています。
次世代候補(要点のみ)
固体吸収、膜分離、極低温分離などは、条件が合えばエネルギー消費や設備構成で優位を取り得ます。ただし、実排ガスでの長期安定性(ダスト・不純物・温度変動への耐性)、大規模化、保守性といった“現場の制約”がボトルネックになることが多いため、現時点では「化学吸収を軸に、省エネ化と運用最適化でどこまで下げ切れるか」が主戦場になっています。
3.2 CO2利用(CCU):鉱物固定とコンクリート領域が現実的
利用(CCU)は、回収CO2を“資源”として扱う発想です。ただし、セメント産業の排出規模(工場単位で年100万トン級になり得る)を考えると、全量を高付加価値用途に回すのは現実的ではありません。したがって、実装は「一部を高付加価値用途へ」「残りを鉱物固定や貯留へ」というハイブリッドが自然な着地点になります。
鉱物固定(人工石灰石・炭酸塩化)
住友大阪セメントは、栃木工場にCO2再資源化人工石灰石の製造試験設備(製造能力:約270t/年)を整備し、廃棄物等から抽出したカルシウムと工場排ガス由来CO2を反応させる鉱物固定(炭酸塩化)を進めています。セメント原料の一部代替にもつながるため、単なる“CO2の処理”ではなく、資源循環(廃棄物→原料化)と一体で設計できる点が強みです。
コンクリート製品の炭酸化養生
コンクリートの養生工程にCO2を導入し、強度・緻密化を促しながらCO2を固定する技術も実装が進んでいます。海外ではCarbonCureなどが知られ、導入規模が拡大してきました。ここでのポイントは、セメント製造の排出削減に直接効くというより、コンクリートのライフサイクル側でCO2固定と性能向上を同時に狙える点です。結果として、建設発注者が求める環境性能(低炭素)と品質(耐久)を同じ枠組みで説明しやすくなります。
化学品・燃料(e-fuels等)は“余剰電力と水素”が前提
CO2を原料にメタネーション等で燃料化する構想は魅力的ですが、経済性は再エネ由来水素のコスト・供給量に強く依存します。そのため、現時点では「技術としては有望だが、セメント工場が単独で成立させるというより、地域の電力・水素・化学産業と結節して初めて現実化する」という整理が適切です。
3.3 CO2貯留(CCS):大量処理の受け皿として不可欠
CCSは、回収CO2を地下深部などに圧入し、長期にわたり隔離する考え方です。大量処理が可能である一方、候補地の調査、モニタリング、責任分担(長期責任)、社会受容など、技術以外の論点が実装速度を左右します。
日本では苫小牧でのCCS大規模実証が広く知られ、2016年4月に圧入を開始し、2019年11月に累計30万トンの圧入目標を達成した後、モニタリングが継続されています。実証で得られた知見は、その後の制度・標準化・事業化議論の基盤になっています。
海外では、ノルウェーのNorthern Lights(Longshipの輸送・貯留側)が、複数国・複数産業のCO2を受け入れる“ハブ”として整備され、Brevikのセメント由来CO2もここに接続しています。こうしたハブ型インフラは、工場単独で完結しないCCUSを現実に動かすための重要なピースです。
4. 経済性と制度:投資判断を決めるのは「回収」より「つなぎ方」
CCUSのコストは、回収設備のCAPEX/OPEXだけで決まるわけではありません。輸送(液化・圧縮・船舶/パイプライン)と、貯留側の受入・圧入・モニタリング、さらに利用先がある場合は品質仕様と販売契約まで含めた“連結コスト”として評価する必要があります。
そのうえで、現実の投資判断を左右するのは、(1) 排熱統合などによる回収コスト低減、(2) クラスター化(複数排出源の集約)によるスケールメリット、(3) 補助制度・税制・規制整備、(4) クレジット・グリーン調達・顧客需要(低炭素セメントのプレミアム)といった要素です。技術だけを並べても意思決定は進みません。
また、カーボンプライシングは重要な追い風になり得ますが、価格水準の断定は避け、制度が動く前提で「価格・補助・調達(需要)が三位一体で整うと普及が加速する」という整理に留めるほうが、公開記事としての信頼性は上がります。
5. 2030〜2050の現実的ロードマップ(技術と実装の論点)
将来像を語る際は、理想論に寄りすぎず、段階的な“勝ち筋”を示すことが重要です。セメントCCUSは、まず回収設備を稼働させ、次に輸送・貯留を含むチェーンに接続し、並行してCCU(鉱物固定やコンクリート側)で一部を価値化する、という順序が現実的です。
2030年代に向けた主戦場
技術面では、回収プロセスの省エネ化(溶剤改良、熱統合、運用最適化)と、実排ガスでの安定稼働(不純物・保全・停止再起動の確立)が中心になります。事業面では、貯留サイトの確保と受入条件、輸送の標準化、そして社会受容(透明性ある情報公開と対話)が鍵です。
2040年代以降の到達点
クラスター化やハブインフラが整い、低炭素セメントの市場が育つと、CCUSは単なる“コスト”ではなく、工場の競争力(調達要件・入札・輸出)を左右する要素になります。さらに、回収CO2の一部を鉱物固定や材料用途に組み込み、残りを貯留で処理する設計が一般化すれば、セメント産業は「環境負荷産業」から「環境貢献産業」へと説明可能になります。
このロードマップを現実のものにするためには、単独企業の努力だけでなく、港湾・輸送・貯留・化学・建設発注者を含むエコシステム設計が欠かせません。ここが描けている記事は、検索上も評価されやすく、読者の意思決定にも寄与します。
6. まとめ
セメント産業におけるCCUSは、技術論だけでなく、輸送・貯留・需要(低炭素調達)まで含む統合設計が成否を分けます。国内では、10トン/日規模の分離・回収実証や、鉱物固定(CO2再資源化人工石灰石)の試験設備が進み、海外ではBrevikのように商業規模でフルチェーンが動き始めました。
今後、技術改良による省エネ化と、制度・インフラ・需要の整備が噛み合うことで、2030年代から段階的な普及が現実味を帯びます。セメント産業が2050年に向けて生き残りと成長を両立するうえで、CCUSは中心的な選択肢であり続けるでしょう。地域循環と組み合わせれば、持続可能な社会の実現に向けた産業構造転換の核にもなり得ます。
なお、記事内で触れたCO2削減の論点は、全体像の理解だけでなく、実際の投資・調達・技術選定の判断材料として使われることが増えています。公開後も、プロジェクトの進捗や制度変更に合わせて、少なくとも年1回は事実更新(運転開始、設備能力、政策・補助枠)を行うことを推奨します。
参考文献
- NEDO(2020)「セメント工場のCO2を再資源化(カーボンリサイクル)する技術開発に着手」(太平洋セメント採択、10t/日規模の分離・回収実証)
- 太平洋セメント(2022)「セメントキルン排ガスからのCO2分離・回収、有効利用実証」(PDF)
- 住友大阪セメント(2025)「CO2再資源化人工石灰石の製造試験設備 栃木に竣工」(製造能力:約270t/年)
- Heidelberg Materials(2025)「Brevik CCS facility opens」(年40万トン規模、Longship)
- 三菱重工(公式)「KM CDR Process™/KS-1™」(溶剤・プロセス説明)
- NEDO(2020)「苫小牧CCS大規模実証:30万トン達成の総括報告書公表」
