はじめに
私たちの生活を支える都市インフラの中でも、下水道システムは普段その存在を意識することが少ない「見えない生命線」です。しかし、大地震が発生したときに下水道管路や施設が機能低下・停止すると、衛生環境の悪化や浸水、交通・建築物への二次影響など、復旧に時間を要する課題につながり得ます。
こうした背景から、下水道の耐震化は「管を頑丈にする」だけではなく、地盤との相互作用、継手の変位追従、材料・施工・維持管理まで含めた総合対策として整理され、指針・手引きに基づく設計・計画が進められています。[1][2]
本記事では、地震に強い下水道システムを構築するための最新の技術動向として、耐震性コンクリート構造(管・継手・地盤対策・設計手法)を中心に、要点を整理します。
下水道が地震で受ける被害のメカニズム
地震時に下水道管が受ける被害は、発生メカニズムにより大きく二つに分類できます。
1. 地盤の揺れ(地盤変形)による被害
地震動によって地盤が揺れると、埋設された管路にも変形が生じます。地盤の変形に管路が追従できない場合、管体のひび割れや破断、継手の抜けやずれが発生します。特に、地盤の硬さが急に変化する場所(軟弱地盤と固い地盤の境界など)や、マンホール接続部・道路横断部などの条件が変わる箇所では、変形が集中しやすく被害が大きくなる傾向があります。
2. 液状化による被害
砂質地盤で地下水位が高い場所では、地震の揺れによって地盤が液状化することがあります。液状化が起こると、地盤が流動状となり、管路が浮き上がったり、沈下したりします。これにより、管路の破損や継手の離脱が生じ、深刻な機能障害を引き起こします。
これらの被害メカニズムを把握したうえで、対象エリアの地盤条件・重要度(幹線/枝線、重要施設周辺など)に応じて対策を組み立てることが、効果的な耐震化の第一歩となります。[1][2]
耐震性コンクリート管の技術革新
下水道管路の材料として広く使用されているのが、鉄筋コンクリート管(RC管)やプレストレストコンクリート管(PC管)です。これらは高い強度と耐久性を持つ一方、地震時の地盤変形に対しては「ひび割れ→漏水・損傷拡大」を招かない設計・ディテールが重要になります。
可とう性(変位追従性)を高める考え方
近年は、管体そのものの許容変形や、継手と組み合わせた「系としての追従性」を高める設計が重視されています。たとえば、管体に一定のたわみ性能を確保し、ひび割れが生じても急激な性能低下につながりにくい構造とする考え方です。柔軟性を持つコンクリート管の耐震性能評価に関する研究も進んでいます。[3]
高延性材料(HPFRCC等)の活用
高延性繊維補強コンクリート(HPFRCC)などの材料は、ひび割れの分散・微細化を通じて、損傷の局所化を抑えながら変形に耐える特性が期待されています。ただし、材料特性は配合や施工・試験条件により変動するため、採用時は設計条件・品質管理・コストのバランスを含めた検討が不可欠です。
ジオポリマー系材料の可能性(耐震×環境)
ジオポリマーコンクリートは、セメントを使用せずにフライアッシュや高炉スラグなどの産業副産物を主原料とする新しいタイプのコンクリートです。従来のポルトランドセメントコンクリートに比べて、製造時のCO2排出量低減が期待されるため、耐震性の確保とあわせて「持続可能性」の観点からも注目されています。近年は、ジオポリマーコンクリート管の地震時挙動や、土壌との相互作用を考慮した設計アプローチに関する研究が報告されています。[4]
PC管の高度化(圧縮応力の活用)
構造面では、耐震性を高めたプレストレストコンクリート管の高度化も進んでいます。管体に予め圧縮応力を導入することで、地震時に生じる引張応力に対する抵抗力を高め、ひび割れ制御に寄与します。採用にあたっては、継手方式・敷設条件・施工誤差の許容など「現場条件」に即した設計が重要です。
| 選択肢 | 狙い(耐震上のメリット) | 設計・運用上の注意点 |
|---|---|---|
| RC/PC管(基本形) | 実績が多く、設計・施工体系が整っている | 地盤変形への追従は「継手・地盤対策」とセットで評価 |
| 可とう性・高延性系(設計・材料) | 損傷の局所化を抑え、性能低下を緩やかにする | 材料特性・品質管理・コストの成立性を事前に確認 |
| ジオポリマー系 | 環境負荷低減と性能確保の両立が期待 | 規格・設計法の整備状況や長期耐久性の確認が重要 |
継手部の耐震技術
下水道管路の耐震化において、管体と同様に重要なのが継手部の技術です。管路は多数の管を接続して構成されるため、継手部が弱点となりやすく、設計上は「許容変位」「水密性」「施工誤差」をどう成立させるかが要点になります。[2]
可とう性継手(伸縮・屈曲で追従)
耐震性継手には、地盤変形に追従できるように「伸縮」や「屈曲」の機能を持たせたものが開発されています。たとえば、ゴム輪を用いた可とう性継手は、一定の変位を許容しながら水密性を保つことができます。
大変位対応(伸縮量拡大・回転許容)
地震時の大きな変位に対応するために、伸縮量を大きくした継手や、回転を許容するボールジョイント型継手などもあります。ボールジョイント型継手は球面座を利用して三次元的な回転を可能にし、複雑な地盤変位への対応力が高い一方、適用条件や施工品質(芯出し・据付精度)の影響を受けやすい点に留意が必要です。
| 継手タイプ | 得意な変位 | ポイント |
|---|---|---|
| ゴム輪等の可とう継手 | 小〜中の伸縮・屈曲 | 水密性と許容変位の両立、施工誤差管理が重要 |
| 伸縮量拡大型継手 | 大きな軸方向変位 | 想定変位の設定根拠、抜け止め・止水の確実性 |
| ボールジョイント型 | 回転・三次元変位 | 適用範囲の見極め、据付精度と点検性 |
地盤改良と管路の相互作用
管路の耐震性能は、管自体の性能だけでなく、周囲の地盤条件に大きく左右されます。そのため、地盤改良と管路の相互作用を考慮した対策が重要です。[1][2]
液状化対策(地盤を“揺れにくく/流動しにくく”する)
液状化が懸念される地域では、地盤改良工法が広く採用されています。たとえば、薬液注入工法や深層混合処理工法によって地盤を固化し、液状化を抑制する方法があります。また、砕石による置換工法は、間隙水圧の上昇を抑制して液状化を抑える考え方で、施工条件が合えば採用例の多い手法です。
埋戻し材・施工管理(荷重の偏りを抑える)
埋戻し材の選定・締固め管理も、管路の耐震性能に大きく影響します。適切な埋戻し材と施工管理により、管路への荷重分布を均一化し、地震時の応力集中を緩和できます。近年では、軽量な埋戻し材を用いて管路への負担を軽減する工法も検討されています。
- 重点確認箇所:地盤境界、盛土・切土境界、マンホール周辺、道路横断部、浅埋設部
- 設計の基本:「管(材料・構造)」+「継手(許容変位)」+「地盤(改良・埋戻し)」を一体で評価
最新の耐震設計手法
下水道管路の耐震設計は、従来の静的設計に加え、地震動を考慮した評価へと発展しています。指針・手引きでは、地震動レベルに応じた考え方(レベル1/レベル2)や、重要度に応じた設計方針が整理されています。[1][2]
数値解析(FEM等)による相互作用評価
有限要素法(FEM)などの数値解析を活用し、地盤と管路の相互作用をモデル化することで、変位・応力の集中箇所を把握しやすくなります。柔軟性を考慮した管の耐震性能評価や解析の研究も報告されています。[3]
性能規定型設計(“どこまで機能を残すか”)
注目されているのが性能規定型設計の導入です。「地震後にどの程度の機能を維持すべきか」という性能目標を設定し、それを満たすように設計する考え方です。たとえば、レベル1地震動では損傷を抑え、レベル2地震動では一定の損傷を許容しつつ機能維持・早期復旧を重視する、といった基準設定が行われます。[1][2]
AI・ビッグデータの活用(計画・優先順位付け)
過去の被害データや地盤情報、施設台帳を基に被害予測モデルを構築し、耐震化の優先順位付け(重要幹線、重要施設周辺、液状化想定区域など)に役立てる試みも進んでいます。実務では、モデルの精度だけでなく、説明可能性(なぜその結論になるか)とデータ整備が鍵になります。
レジリエントな下水道システムの構築
耐震性の向上は、単に「壊れない」ことだけでなく、大地震後に迅速に機能を回復できる「レジリエント(強靭)」な下水道システムの構築につながります。
冗長性と運用(代替ルート・応急対応)
重要な幹線管路に複数ルートを設ける、迂回可能なネットワークとするなど、冗長性(代替性)を確保することで、一部が被害を受けても全体機能を維持しやすくなります。あわせて、被災後の応急運用(止水・仮設ポンプ等)を想定した計画整備も重要です。
モニタリング(被災直後の判断を速くする)
管路内部にセンサーを設置し、地震後の変形や漏水兆候を検知するモニタリング技術も開発されています。点検・調査の優先順位付け(どこから確認すべきか)に活用できれば、復旧の初動を改善できます。
材料・補修技術(早期復旧と維持管理の効率化)
自己修復材料や自己治癒コンクリートなど、損傷後に性能回復を補助する材料の研究も進められています。実用化の段階では、長期耐久性・施工性・費用対効果を含めた検証が不可欠です。
おわりに – 持続可能な都市インフラへ
地震に強い下水道システムの構築は、私たちの生活を守る上で不可欠な課題です。耐震性コンクリート管の技術革新、継手部の耐震技術、地盤改良工法、そして最新の耐震設計手法など、多様なアプローチが進展しています。今後は、これらを組み合わせた総合的な耐震化とともに、計画・設計・施工・運用を一体で最適化する視点がより重要になります。[1][2]
また、脱炭素や資源循環の観点からは、材料選定や施工・更新計画における下水道インフラの脱炭素と環境負荷の考え方も、次世代の下水道システムの鍵となるでしょう。
最後に、地震後の迅速な復旧のためには、技術の進歩だけでなく、適切な点検・診断を含む維持管理の実務、定期的な点検・診断、そして計画的な更新・改良が、システム全体の耐震性能を維持・向上させる上で重要であることを忘れてはなりません。
下水道コンクリートの劣化メカニズムについては下水道コンクリートの隠れた脅威:エトリンガイト遅延生成(DEF)が引き起こす劣化メカニズムと対策も参考になります。
よくある質問(FAQ)
Q1. 下水道管路の耐震化で弱点になりやすいのはどこですか?
地盤条件が変わる境界部、マンホール接続部、道路横断部など「条件が切り替わる箇所」は変形が集中しやすく、継手の設計・施工管理が特に重要です。[2]
Q2. 液状化対策は“管を強くする”だけで足りますか?
液状化では浮上・沈下などの地盤挙動が支配的になり得るため、管の強度だけでなく、地盤改良や埋戻し・浮上抑制を含めた対策を組み合わせるのが基本です。[1][2]
Q3. レベル1/レベル2地震動の考え方は?
一般に、頻度の高い地震(レベル1)では損傷抑制を重視し、極めて稀な大地震(レベル2)では一定の損傷を許容しつつ機能維持・早期復旧を重視する、といった性能目標を設定します。[1][2]
参考文献
- 国土交通省. 下水道施設の耐震対策指針と解説. 2022.
- 日本下水道協会. 下水道管路施設耐震設計の手引き. 2023.
- Kobayashi, T., et al. Seismic performance evaluation of flexible concrete pipes. Journal of Infrastructure Systems, 29(3), 2023.
- Yamada, S., et al. Geopolymer concrete pipes for sustainable sewer infrastructure: seismic behavior and design approach. Cement and Concrete Composites, 140, 2024.
