1. はじめに:セメント科学の新しい潮流
従来のポルトランドセメントが硬化する仕組みは「水和反応」によってよく知られています。セメントに水を加えると、トリカルシウムシリケートやジカルシウムシリケートといった鉱物が分解され、カルシウムシリケートハイドレート(C-S-H)や水酸化カルシウムが生成して固化します。
一方、アルカリ活性材料(AAM)はまったく異なるプロセスを経て硬化します。水ではなく、Na₂SiO₃(水ガラス)やNaOHといったアルカリ性溶液が反応の引き金となり、原料粉体が溶解、再結合して三次元的なゲル構造を形成します。その結果として得られるのが、**C-A-S-H(カルシウム・アルミノ・シリケート・ハイドレート)やN-A-S-H(ナトリウム・アルミノ・シリケート・ハイドレート)**といった新しい結合相です。
これらは一見するとポルトランドセメントのC-S-Hと似ていますが、その化学構造や形成プロセスには大きな違いがあります。本稿では、AAMにおける反応メカニズムを整理し、Na₂SiO₃の役割とC-A-S-H生成の科学的背景をわかりやすく解説していきます。
2. アルカリ活性材料の基本反応
アルカリ活性反応は、大きく3つの段階に分けられます。
- 溶解(Dissolution)
アルカリ溶液が粉体原料(フライアッシュ、スラグ、メタカオリンなど)に接触すると、pHの高い環境でシリカ(Si)やアルミナ(Al)がイオンとして溶出します。特にNa₂SiO₃溶液は溶解を加速させ、豊富なシリケート種を供給します。 - 輸送と重縮合(Polycondensation)
溶解したイオンは溶液中を移動し、再結合してSi–O–AlやSi–O–Siのネットワークを形成します。この過程で粘性の高いゲル状の物質が生成されます。 - 硬化と成熟(Hardening & Aging)
ゲルは徐々に緻密化し、カルシウムの存在量によってC-A-S-HまたはN-A-S-Hが優勢になります。これが硬化体の強度や耐久性を支える主要な結合相です。
この反応の進み方は原料の種類やアルカリ溶液の組成によって大きく変わるため、研究者たちはそれぞれの条件での最適な反応経路を明らかにしようとしています。
3. Na₂SiO₃溶液の働き
Na₂SiO₃は単なる溶媒ではなく、反応に直接参加する「供給源」であり「反応加速剤」でもあります。
(1) シリケート種の供給
Na₂SiO₃溶液はすでに重縮合したシリケートを含んでおり、反応開始時点で追加のSiを系に与えます。これにより、ゲルの骨格となるSi–O結合の形成が促進されます。
(2) 溶解促進効果
Na₂SiO₃は強いアルカリ性を持つため、原料粉体の表面を侵食してSiやAlの溶出を早めます。その結果、初期反応速度が上がり、短時間で高強度を得やすくなります。
(3) 強度発現の向上
適切な量のNa₂SiO₃を加えると、生成するC-A-S-Hゲルのネットワークがより緻密化し、強度や耐久性の向上につながります。ただし、過剰に添加すると粘度が高くなり作業性が悪化するほか、未反応成分が残って耐久性に悪影響を与えることもあります。
4. C-A-S-HとN-A-S-Hの違い
AAMで生成されるゲルには大きく分けて二種類あります。
- C-A-S-Hゲル:カルシウムを多く含む高炉スラグ由来の材料で優勢に生成。ポルトランドセメントのC-S-Hに似ていますが、Alが多く含まれている点が特徴です。緻密で強度に優れ、耐久性も高いとされます。
- N-A-S-Hゲル:フライアッシュやメタカオリンのような低カルシウム材料で生成。三次元的なアルミノシリケート骨格を持ち、耐火性や耐薬品性に優れていますが、力学特性はC-A-S-Hに比べやや低い場合があります。
この違いは、単に原料の組成だけでなく、Na₂SiO₃の濃度や溶液の組み合わせによっても変化します。研究者たちはこれを制御し、目的に応じた性能を引き出す研究を進めています。
5. 研究者による分析手法
このような複雑な反応を理解するために、研究者はさまざまな分析手法を駆使しています。
- NMR(核磁気共鳴分光法):SiやAlの局所的な結合状態を調べ、ネットワークの形成度を評価。
- XRD(X線回折):結晶相と非晶質相を識別し、反応の進行度を把握。
- SEM(走査型電子顕微鏡):硬化体の微細構造を可視化。
- 熱分析(TGA/DSC):水分量やゲルの安定性を評価。
これらの手法によって、Na₂SiO₃の濃度や反応条件がどのようにC-A-S-HやN-A-S-Hの形成に影響するかが徐々に明らかになりつつあります。
6. 実用化に向けた課題
AAMやジオポリマーが持つ可能性は大きいものの、実用化にはいくつかの壁があります。
- コスト問題:Na₂SiO₃は高価であり、その製造にもCO₂排出が伴うため、環境面での優位性を完全に活かすには課題が残ります。
- 標準化:従来セメントに比べ、国際的な規格や施工基準が整っていないため、建設業界での採用が進みにくい現状があります。
- 長期耐久性:実験室レベルでは優れた性能を示すものの、長期にわたる耐久性や環境影響評価はまだ十分ではありません。
これらの問題を解決するため、研究者は代替アルカリ溶液の開発や、廃棄物由来の原料を用いた低コスト化の研究を進めています。
7. まとめ
アルカリ活性材料における反応メカニズムは、従来のセメントとは異なる化学的な舞台を描いています。Na₂SiO₃溶液は単なる補助材ではなく、シリケート種の供給、溶解促進、ゲルの緻密化といった多面的な役割を果たしています。そして、そこから生まれるC-A-S-HやN-A-S-Hゲルが、AAMの強度と耐久性を支える主役なのです。
今後、分析技術や材料設計の進歩によって、AAMの特性はさらに明らかになり、環境に優しい次世代のセメント材料としての地位を確立していくことでしょう。
参考文献(DOI付き)
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