2000|Tennis & Jennings:LD/HD 二相モデル

同じCSHでも、“ふんわり”したものと“みっちり”したものがある。この直感をはじめて体系化し、吸着データや比表面積、空隙量と矛盾なく結びつけたのが、Tennis & Jennings のLD/HD(二相)モデルです。2000年の論文は、硬化セメントペーストに生成するCSHを**低密度(LD)高密度(HD)という二つの“状態”として整理し、密度・窒素アクセス可能なゲル空隙・比表面積を一貫して予測できる枠組みを提示しました。Powers–Brownyardが描いた「水と空隙の収支」を、“CSHの詰まり具合”**というミクロの目盛りで語り直した、と言い換えてもよいでしょう。


1. 何を提案したのか——“同じCSHでも状態が違う”という発想

LD/HDモデルは、CSHを異なる化学式の別相としてではなく、同じ化学的骨格をもつが“詰まり具合”と内部空隙のアクセス性が異なる二つの状態として扱います。

  • LD-CSH:生成初期に広い空間(粒子間)で析出・凝集し、窒素が入り得るゲル空隙を多く抱えた疎なネットワーク。比表面積は大きく、乾燥や荷重に敏感
  • HD-CSH粒子内部や狭い空間で成長して緻密化した状態。外部から窒素が入れない空隙が増え、比表面積は相対的に小さく、力学的には硬い

この二相の比率は、**w/c、反応度、生成が“どこで”進むか(内・外生成物)**に影響されます。結果として、同じ固形成分量でも“詰まり具合”次第で吸着量・空隙率・弾性の見え方が変わる、という整理が可能になります。


2. どのデータとつながるのか——吸着・表面積・空隙を一本に

当時の実験現場では、窒素吸着等温線BET比表面積、**MIP(水銀圧入)**など、手法ごとに見えるものがバラバラでした。LD/HDモデルは、

  • “窒素が入れる空隙”=LD寄りの領域
  • “窒素が入れないが水は存在し得る空隙”=HD寄りの領域
    という見方を導入して、吸着量・表面積・空隙率の数字を二相の配分として一枚の地図に載せ替えました。これにより、配合や養生で吸着曲線がどう変わるかが因果の言葉で説明でき、後年の等温線解釈(CM-II)やナノインデンテーションの弾性分布とも自然につながっていきます。

3. “内生成物”と“外生成物”——どこで育つかが性格を決める

水和生成物がセメント粒子内部の空隙を埋めながら育つと、空間制約によってHD化が進みます。逆に、粒子の外側の広い空間で析出・凝集すると、LD寄りになりやすい。つまり、**反応の舞台(内か外か)CSHの“詰まり具合”**を方向づけます。若材齢の養生で“水を逃さない”ことがLD偏重を抑え、**長期的な緻密化(densification)**に橋をかけるのは、この視点に立つと腑に落ちます。


4. 収縮・クリープ・浸透抵抗への示唆

LDは可逆的な水の出入り表面力の影響を受けやすく、乾燥収縮やクリープに強く反応する傾向があります。HDは弾性が高く長期の寸法安定や弾性率の底上げに寄与しやすい。塩化物やCO₂の移動も、連結した“アクセス可能空隙”の多寡に敏感です。したがって、配合と養生でLD→HDの進行を後押しできれば、収縮感度を抑えつつ耐久を底上げできる可能性が見えてきます。


5. その後の検証と拡張——“二山の弾性”と“固体密度”

2004年にはナノインデンテーションが、CSHの弾性分布に二峰性(バイモーダル)が現れることを示し、“柔らかめ(LD寄り)/硬め(HD寄り)”の二群を力学的に裏づけました。2007年には非乾燥状態でCSHの固体密度が直接決まり、“化学量—密度—表面”の整合が進みます。さらにコロイドモデル(2004/2008)は、CSHをグロビュールの凝集体として描き、LD/HDという“詰まり具合”を粒子集合の物理に落とし込みました。こうして、二相という設計図は、弾性・密度・吸着の三面図へ広がっていきます。


6. 一般読者の直観——“綿あめ”と“キャラメル”

同じ砂糖でも、空気を含ませれば綿あめのようにふわふわ(=LD)、加熱して押し固めればキャラメルのようにぎゅっと(=HD)。材料の“味”(化学)は同じでも、詰まり方と空隙の通り道が違えば**噛みごたえ(弾性)溶け方(浸透)**も変わる——LD/HDは、そんなイメージです。


7. 研究の入口に立つ人へ——どう測り、どう同定するか

LD/HDを自分の試料で見分けたいなら、

  1. 等温線(N₂吸着)でアクセス可能空隙比表面積を押さえ、
  2. ナノインデンテーション弾性分布の二峰性を探り、
  3. 非乾燥での密度決定SAXS/SANSで**固形成分と“見えない空隙”**を補い、
  4. 29Si NMRと合わせて、C/S比—鎖長(Q¹/Q²)—密度の整合をとる、
    という“複式簿記”が有効です。重要なのは、乾燥前処理の影響を最小化し、同一バッチで複数手法を突き合わせること。そうすれば、二相モデルが連続的な密度分布に重なる様子まで見えてきます。

8. 実務への翻訳——LD/HDを“設計変数”にする

  • 配合:過度な高 w/c はLD偏重を招きやすい。減水剤で水を絞り、粒度設計で外側の空間(外生成物域)の“余白”を整える。
  • 養生:若材齢に水を逃さない(湿潤・内部養生)と、HD化が進みやすい。早期乾燥はLDを固定化し、収縮・浸透の感度を上げやすい。
  • 混和材:シリカフュームや高炉スラグは長期の緻密化を促す一方、若材齢の自己乾燥に注意。内部養生とセットで“LD→HD”の道筋を作る。

“強度を上げる=セメントを増やす”ではなく、**“CSHの詰まり具合を育てる”**という視点が加わると、同じ材料でも到達点が変わります。


9. 限界と誤解を避けるポイント

LD/HDは二つの箱に世界を分ける近似モデルです。実態は連続的な密度スペクトルであり、配合・温度・時間で滑らかに移ろいます。二相の境界は手法依存で、窒素が入れるかどうか、インデンテーションの解析窓の大きさなどで見え方が変わります。**“LD=悪、HD=善”**でもありません。重要なのは、目標性能に対して、どの指標(収縮・弾性・浸透)をどちら側に寄せるかをはっきり決め、養生と配合でそこへ誘導することです。


10. まとめ——“詰まり具合”という設計言語

Tennis & Jennings のLD/HDモデルは、CSHを詰まり具合の違いで語る設計言語を私たちに与えました。吸着・表面積・空隙・弾性という別々の計測結果を、二相の配分という一つの座標に載せられる。その地図が、後のナノ顆粒力学コロイドモデル非乾燥密度測定と自然に接続し、配合—養生—性能の会話をスムーズにしています。
次回は、この二相の“力学的な顔つき”を明らかにした研究へ。**2004|Constantinides & Ulm:二相CSHの弾性(ナノインデンテーション)**に進みます。


参考文献

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