CSHを「連続したゲル」ではなく、ナノ粒子が寄り合ってできた顆粒体として捉えると、見慣れた現象が驚くほど明快になります。2007年の The nanogranular nature of C–S–H は、ナノインデンテーションの統計解析とミクロメカニクスを組み合わせ、CSHの弾性や時間依存変形は“粒子同士の接触”に強く支配されると示しました。これは、2000年に提案されたLD/HD(二相)像に「力学の言葉」を与え、以後の多尺度連結を一気に加速させた論文です。
1. 「刺して測る」を“分布”で読む——場当たりの硬さから、相のふるまいへ
ナノインデンテーションは、微小な圧子で材料を押し込み、荷重—変位から局所弾性を読み取る手法です。著者らはセメントペースト中のCSH域に高密度の格子で数百〜千の測定点を打ち、弾性率の分布そのものを解析しました。するとヒストグラムは一山ではなく、柔らかめと硬めの二つの“丘”に分かれて立ち上がる。混合則を通して読み解けば、これは疎に詰まった粒子集合(LD寄り)と密に詰まった粒子集合(HD寄り)が相対比を変えながら共存している姿に重なります。重要なのは、これが単なる統計の偶然ではなく、試料の化学状態が変わると分布も体系的に動くことです。
2. 何が支配しているのか——“接触”と“表面”の力学
連続体なら弾性は“材料固有”に見えますが、CSHのスケールでは粒子同士の接触数と接触の剛さが支配的です。粒子間距離がわずかに縮むだけで接触ネットワークが増え、系全体の弾性は非線形に立ち上がる。乾湿で水の配置が変われば、**表面力(毛細力・ディスジョイニング圧・ファンデルワールス力)**のバランスも揺れ、可逆変形と、場合によっては不可逆な密度化が起きる。これらを“顆粒体”としての接触問題に落とし込むことで、乾燥収縮・クリープ・湿度履歴といった現象が同じ舞台で語れるようになります。
3. LD/HDとの橋渡し——“状態の違い”に手ざわりを
LD/HDモデルはCSHを詰まり具合の異なる二状態と見る枠組みでした。nanogranular論文は、その二状態が力学的に別の手ざわりを持つことを、同一試料内の弾性分布として可視化しました。若材齢で水分が潤沢なら粒子は緩くつながり(LD寄り)、長期の緻密化や良好な養生のもとでは接触が増えて(HD寄り)弾性が底上げされる。逆に、脱灰などの劣化では柔らかめの母集団が増える。配合・養生・劣化という実務の三題を、**“接触ネットワークをどう育てるか/壊すか”**に翻訳できるわけです。
4. スケールの“お作法”——測った弾性をどう一般化するか
インデンテーションの結果は、押し込み深さ=解析体積の大きさに影響されます。著者らは浅い深さと高密度格子で“CSH主体”の応答を抽出し、得られた分布を**ミクロメカニクス(自洽型の混合則など)**で相の代表値と体積比に写像しました。重要なのは、**前処理(乾燥・研磨)**の影響を最小化し、同一バッチで複数の地図(湿度・化学状態)を取り、相対変化を読む設計です。こうして初めて、弾性分布の“丘”が実体を持つ相として立ち上がります。
5. その後の展開——密度・原子モデル・総散乱と相互補強
2007年には非乾燥状態でCSH固体密度が実測され、化学量(C/S)—固体密度—弾性の整合が進みました。2008年のCM-IIは吸脱着等温線の精密解釈から可逆・不可逆の乾燥収縮を数理化し、粒子集合としての履歴を裏づけます。2009年の**原子モデル(CSH-FF)は、短距離秩序は層状、長距離は乱れたネットワークという二面性を示し、“粒子の中身”**の像を鮮明にしました。結果として、**顆粒体の接触(力学)—粒子の詰まり方(物理)—骨格の化学(C/S・鎖長)**が一枚の図に収まり、マルチスケール連結の幹が通ります。
6. 一般読者の直観——湿った砂場の“踏み心地”
濡れた砂を踏むと、最初はぐにゃりと沈み、足を離すとゆっくり戻る。乾いているとさらさら崩れる。砂粒の数も材質も同じなのに、粒子間の水の状態と接触が変わるだけで踏み心地は一変します。コンクリートのCSHも同じ。湿度・時間・応力で粒子のつながりが組み替わり、その度に弾性・収縮・クリープの表情が変わる。nanogranular 力学は、その“砂場の理屈”をナノスケールで定式化したのだ、と考えると腑に落ちます。
7. 実務への翻訳——“接触ネットワーク”を設計する
配合で水を絞り(許容 w/c)、減水剤や微粒子で初期分散と核形成を整え、若材齢は水を逃さない養生で粒子の橋渡しを促す。これだけでHD寄りの割合が増え、弾性の立ち上がりと乾燥収縮感度の低減が期待できます。逆に、早期乾燥や化学劣化は接触を切り、柔らかい母集団を増やします。nanogranularの視点は、「なぜその対策が効くのか」を接触の増減で説明できるのが強みです。
8. まとめ——“ゲル”から“顆粒体”へ
2007年の論文は、CSHを顆粒体として読み解く言語を与えました。以後の十数年、密度・等温線・原子/メソ計算がこの見取り図を補強し、化学—物理—力学の三者が一本の道で結ばれていきます。
次回は同じ年のもう一つの決定打、2007|Allen–Thomas–Jennings:非乾燥で定まったCSH固体密度。顆粒体の“粒”そのものの重さと組成を押さえ、議論の基準点を確立します。
参考文献
- Constantinides, G., & Ulm, F.-J. (2007). The nanogranular nature of C–S–H. Journal of the Mechanics and Physics of Solids, 55(1), 64–90. DOI: https://doi.org/10.1016/j.jmps.2006.06.003 / Publisher(抄録): https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0022509606001062 ADS+1
- Allen, A. J., Thomas, J. J., & Jennings, H. M. (2007). Composition and density of nanoscale calcium–silicate–hydrate in cement. Nature Materials, 6(4), 311–316. DOI: https://doi.org/10.1038/nmat1871 / PubMed: https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/17384634/ / Author PDF: https://www.civil.northwestern.edu/people/thomas/pdf/Allen_CSHContrast_NM_2007.pdf PubMed+1
- Jennings, H. M. (2008). Refinements to colloid model of C–S–H in cement: CM–II. Cement and Concrete Research, 38(3), 275–289. DOI: https://doi.org/10.1016/j.cemconres.2007.10.006 / Publisher(抄録): https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0008884607002761 サイエンスダイレクト+1
- Pellenq, R. J.-M., et al. (2009). A realistic molecular model of cement hydrates. Proceedings of the National Academy of Sciences, 106(38), 16102–16107. DOI: https://doi.org/10.1073/pnas.0902180106 / Open PDF: https://www.pnas.org/doi/pdf/10.1073/pnas.0902180106 米国科学アカデミー紀要+1