炭酸化メカニズム(基礎編):脱Ca・再重合・生成物の移り変わりを一本のストーリーで

鉄筋コンクリートの寿命を語るとき、「炭酸化」は避けて通れません。けれども、現場では“フェノールフタレインが色落ちした/しない”という一次判定に話が終始しがちで、CSH(カルシウム–ケイ酸水和物)側で何が起きているのかまでは共有されにくいのが実情です。基礎編の本稿では、CO₂ が入る → Ca が動く → CSH が組み替わる → CaCO₃ が生まれる → pH と空隙が変わるという一連の筋道を、なるべく専門用語を足さずに解きほぐし、研究を始めたばかりの方にも“像”で掴めるようにまとめます。


1|「水」と「CO₂」の二人三脚——反応は“溶ける→移る→固まる”

炭酸化は、単なるガスの侵入ではなく反応性の輸送現象です。CO₂ はまず細孔水に溶け、アルカリ性の溶液中で炭酸種(HCO₃⁻・CO₃²⁻)へと姿を変えます。すると、CSH やポルトランダイト(CH)から Ca²⁺ が溶け出し、CaCO₃ が析出します。ここで重要なのは、水が多いほど溶解・反応は進みやすいが、拡散は遅くなるという逆向きの関係です。コンクリート全体で見ると、乾燥し過ぎても湿り過ぎても炭酸化は伸び悩み、中程度の湿り気で前線が最も進みやすくなります。対して、CSH 単相だけを取り出すと、水が潤沢な方がCSH の脱 Ca→CaCO₃ 化は加速しやすい、という“スケールの違い”も押さえておきたいポイントです。


2|相の“順番”で見る——AFm→CH→CSH のリレー

CO₂ が材料に入ると、アルミネート系の層状相(AFm)はまず炭酸塩型(モノカーボネート等)へ置き換わり、次にCH が溶けて CaCO₃(主にカルサイト)をつくります。CH が枯渇するといよいよCSH の脱 Caが始まり、Ca/Si 比が下がるにつれて鎖が“縫い直される”一方、骨格の一部はケイ酸リッチなゲルへと変わります。材料の pH は CH の有無に強く依存し、CH が充分に残る段階では pH ≈ 12.5 近傍を保ち、CH を使い切ると一段下がって鉄筋の受動態に影響します。相の入れ替わりは体積変化も伴い、CH→CaCO₃ではやや膨らみ、CSH の再編では微視的な収縮が支配的に現れます。結果として、どの相がどれだけ残るかで、空隙構造や透気性の行き先が変わります。


3|CSH の“ほどけ方”——Ca/Si と湿度でギアが変わる

CSH は“Ca の多い鎖”から“Si の多い鎖”へなだらかに脱 Caしていきます。Ca/Si が高い CSHほどCO₂ に対して反応性が高く、湿度が高い環境では鎖の切り直し→CaCO₃ 析出がテンポ良く進む傾向があります。逆に、Ca/Si が低い CSHでは速度が頭打ちになりやすく、同じ湿度でも“ほどけにくい”側に寄ります。生成する CaCO₃ の多形は環境に敏感で、高湿側では初期からカルサイトが育ちやすい一方、やや乾いた側ではベータライト(バテライト)やアラゴナイトの“寄り道”が観察されます。これらはのちにカルサイトへ落ち着きますが、途中経過の多形は微細構造や初期の力学に小さくない影響を与えます。


4|“その場”で見ると何が分かるか——PDF が描く、途中経過の地図

総散乱のPDF(Pair Distribution Function)を“その場”で測ると、炭酸化の途中で、CSH の局所秩序がほどけ、CaCO₃ の相関が立ち上がる様子が距離の相関として追えます。これは、NMR が示す鎖長の変化と補完関係にあり、「どの距離スケールの秩序がいつ失われ、どの結晶相が芽生えるか」を見取り図にできます。PDF は結晶・アモルファス・ナノ結晶を同じ物差しで扱えるので、CSH の“曖昧な相”が炭酸塩と置き換わる速度も取り逃しにくいのが強みです。


5|“加速”は万能ではない——濃度・湿度の落とし穴

実験では時間を短くするため高濃度 CO₂特定の湿度で“加速炭酸化”を行います。ただ、CO₂ が濃過ぎると CH 表面に緻密な CaCO₃ 殻が早く形成され、奥の反応が止まることがあります。湿度も一律には決められず、拡散と反応の折り合いが取れる範囲をはみ出すと、現実の劣化と違う相の並びになりがちです。**「濃度と湿度の設定で、どの相が主役になるかが変わる」**という視点を持っておくと、室内試験の結果を実構造へ外挿するときに迷いません。


6|“一般読者の手触り”で言い換える——砂糖水とスポンジの例え

砂糖(=CO₂)が入った水がスポンジ(=コンクリート)に染みて、溶け出したカルシウム味のところで砂糖の結晶(CaCO₃)が析出する、と考えてください。スポンジがびしょ濡れだと砂糖水は動きにくく、カラカラだと反応が進みません。程よい湿り気でよく進み、まず大粒の砂糖(CH)が砂糖水に反応して結晶化し、やがて繊維状の網(CSH)がほどけていく。ほどけ方は、網に含まれるカルシウムの量(Ca/Si)と湿り気で変わります。これが炭酸化の“肌ざわり”です。


7|研究の入口としての“複式簿記”——化学・距離・水を同時にみる

基礎メカニズムを自分の試料で確かめるなら、同一バッチで、XRD/TGA(CH と CaCO₃ の量)29Si/27Al NMR(鎖長と Al 座席)PDF(相関長)ポア溶液(pH・Ca・炭酸種)を若材齢から順にそろえるのが近道です。そこに湿度・CO₂ 濃度・温度三条件を振った系列を用意し、加速と自然暴露の差を見比べる。AFm の炭酸塩化も同時に追えば、C-A-S-H への Al 分配pH 緩衝まで一枚の図に重ねられます。道具立てが揃えば、**「どの配合・どの養生で、どの相がどの順に動くか」**を、色落ち試験の一歩先で語れるようになります。


まとめ

炭酸化の基礎は、水が媒介となる溶解・移動・析出の三拍子で進み、AFm→CH→CSHの順で相が入れ替わる、という単純で強い骨格にあります。CSH の脱 Ca は Ca/Si と湿度でギアが決まり、途中の CaCO₃ 多形は履歴に敏感です。PDF と NMR を左右の物差しに据えると、“鎖の組み替え”と“距離の秩序”が噛み合って見え、室内の加速条件と実環境の差も地図の上に置けます。次回の応用編では、この基礎ストーリーを配合・養生・表面被覆といった設計要素に落とし込み、**炭酸化前線の“速度”と“後戻りのしやすさ”**を現実解に翻訳します。


参考論文

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