第1章 第1節「不動産とその価格」—“価値の三要素”を実務目線で
導入
不動産鑑定基準は、条文そのものは簡潔ですが、背景にある考え方(価値形成の仕組み)をつかまないと読み進めにくい章です。第1節は、基準全体の土台となる「不動産とは何か」「価格とは何か」を定義し、後続の節で展開される評価方法・原則の共通言語を与えます。本稿では条文のキーワードを“自分の言葉”に翻訳しながら、短いケースを交えて「価値の三要素(効用・相対的稀少性・有効需要)」がどう噛み合うかを腹落ちさせます。試験対策にも実務の現場にも効く、思考の型を作るのがゴールです。
1. 基準が言う「不動産」=土地+定着物+“あり方”
基準は不動産を、通常は土地とその定着物(建物・工作物など)として捉えます。ここで重要なのは、土地が国民の生活・活動の基盤であるという視点です。土地は単なる面積や形状の集合ではなく、人々の生活や経済活動との関係性(=不動産の“あり方”)を通じて価値を持ちます。あり方は、自然(地勢・気候・災害リスク)、社会(人口動態・教育・治安)、経済(所得・雇用・金利)、行政(用途地域・建築規制・公共事業)といった要因の相互作用によって規定され、その結果が市場で価格として表現されます。
この“関係性”の発想を持つだけで、条文が一気に立体的になります。たとえば同じ延床・同じ築年でも、都市中心部と郊外では「人との関係」「活動との適合度」が全く違うため、価値の現れ方が異なるのです。
2. 「価格」は“価値の三要素”の相関結合の貨幣表示
価格とは、(1)効用(役立ち・使い勝手)、(2)相対的稀少性(代替のしづらさ=供給の制約)、(3)有効需要(購入力や投資資金を伴った欲求)の相関結合によって成立する経済価値を貨幣額で示したものです。三要素は単独では機能せず、互いに影響しながら一つの価格に収れんします。
さらに基準は、価格には二面性があると指摘します。すなわち、三要素や外部要因の影響を受けて価格が形成される一方で、価格自体が市場参加者の選択指標として機能し、将来の需要配分や土地利用の方向性に影響を与えるという点です。価格は“結果”でありつつ、次の「原因」にもなり得ます。長期的な都市の発展や衰退を考えるとき、この循環視点は不可欠です。
3. 三要素の“裏側”にある環境要因を見ておく
三要素の水準は、しばしば次の環境要因で動きます。
- 自然:地盤・標高・河川との距離・日照・風害・自然災害リスク
- 社会:人口構成・教育/医療アクセス・治安・コミュニティの成熟度
- 経済:賃金水準・雇用機会・金融機関の融資姿勢・金利・物価
- 行政:用途地域や容積率・高度/斜線制限・再開発計画・道路/鉄道整備
評価書では、物件周辺のマクロ〜ミクロ情報を収集し、どの要因が効用・稀少・需要のどれにどう効いているかを論理で結びます。データ(取引事例・賃貸事例・公示/基準地・空室率・賃料指数・金利)と地元事情(出店動向・ローカルの再編計画)を相対化して語るのがコツです。
4. ミニ事例①:駅徒歩3分・築20年の分譲マンション
- 効用:通勤・買物・行政サービスへの近接で日常利便が高い。管理体制が良好なら機能面の効用も維持。
- 稀少性:駅近の住宅用地はそもそも供給制約が強い。高度/斜線・日影規制が厳しければ、同等の新規供給はさらに難しい。
- 有効需要:共働き世帯比率が高いエリアでは取得意欲が強く、低空室の賃貸市況が価格の下支えに。金利が上がる局面でも需給の底堅さがクッションとなる。
→ 三要素が揃いやすく、価格は相対的に強含み。
5. ミニ事例②:郊外の大型戸建用地(車依存)
- 効用:広さや静穏性は魅力だが、公共交通の不便さが日常の効用を一部相殺。
- 稀少性:同等の代替地が比較的見つかりやすいなら相対的稀少性は低くなる。
- 有効需要:ローン金利や燃料/維持費の動向に敏感。所得階層のニーズが限定されると需要の裾野が狭くなる。
→ 一部の要素が弱いと価格の伸長は限定的に。造成・インフラ負担の重さが評価に反映される場合も。
6. 誤解しやすいポイント整理
「築浅=常に高く売れる」…×。築年は効用の一部に過ぎません。代替供給が潤沢(稀少性が低い)で、金利上昇や景況悪化により有効需要が痩せていれば価格は伸びません。
「人気エリア=永続的に上昇」…×。人気の根拠(学区・雇用集積・交通利便・ブランド)が弱まれば三要素は再調整されます。価格は“結果であり原因”でもあるため、短期の上昇自体が将来の需給に影響する点にも留意が要ります。
「相場は一物一価で決まる」…×。不動産は個別性が強く、同一エリア・同一面積でも、眺望・騒音・日照・隣接用途・管理履歴などの差で価格が異なるのが常です。
7. 学習と実務をつなぐ“分解→合成”の型
評価論述や現地調査メモでは、常に三要素で分解してから合成する癖をつけます。
- 物件の効用(現況の使い勝手・用途転換余地・管理水準)
- 代替可能性(規制・立地・物理的条件からの供給制約)
- 有効需要(成約/賃貸事例・空室率・家計/投資家の購入力・金利)
→ これらの相互関係を文章で結び、最後に「だから○○万円/㎡程度が妥当」と価値を貨幣表示に落とし込みます。複数の手法(取引事例・収益還元・原価)を用いる場合も、裏で回しているのはこの三要素です。手法間の整合性検証も、三要素で説明できると説得力が段違いに上がります。
8. データ収集の具体例(最小構成)
- マクロ系:人口推移・家計所得・雇用統計・政策金利・住宅ローン金利・地価公示/基準地の時系列
- ミクロ系:半径1kmの成約/募集事例、空室率、賃料水準、用途地域・容積/建蔽・高度/日影、ハザード、騒音・振動・眺望・日照
- 現地確認:最寄駅からの動線(雨の日・夜間も)、生活施設、嫌悪施設、管理状態、近隣の建替・再開発の兆候
「どの事実が効用・稀少・需要のどれに効くか」をプロットしておけば、評価書の論理展開がスムーズになります。
9. まとめ(今日の持ち帰り)
- 価格=効用×稀少×有効需要の“相関結合”の貨幣表示。
- 価格は結果であると同時に、市場参加者の行動を通じて将来の土地利用に影響する指標でもある。
- 調査・論述は、三要素で分解→合成の型を守るとブレない。
この型を身につけておくと、次節の「不動産とその価格の特徴」(位置の固定性・不増性・個別性など)がなぜ価格に独特のクセを生むのかが、極めて理解しやすくなります。
次回予告(第1章 第2節)
次回は、不動産の自然的特性(不動性・不増性・個別性 等)と人文的特性(用途の競合・転換・併存、併合・分割 等)を、再開発・規制強化・インフラ整備・ハザードの事例で具体化します。三要素のどこに効いて、どんなメカニズムで価格へ波及するかを、評価レポートの“書き筋”で示します。