第8章 鑑定評価の手順――“迷いなく回す”ための実務フロー

鑑定評価は、順番粒度をまちがえなければ、ぐっと迷いにくくなります。基準は手順を明快に定め、

  1. 基本的事項の確定 → 2) 依頼者・提出先・利害関係の確認 → 3) 処理計画 → 4) 対象不動産の確認 → 5) 資料の収集・整理 → 6) 資料の検討と価格形成要因の分析 → 7) 手法の適用 → 8) 試算価格(賃料)の調整 → 9) 鑑定評価額の決定 → 10) 報告書作成、という流れを秩序的に実施することを求めています。

1. 基本的事項の確定――「何をいついくらで」から始める

最初に、依頼目的・条件・背景を依頼者に明確化してもらい、対象・価格時点・価格(賃料)の種類を固定します。ここを曖昧にしたまま次へ進むと、後段の手法や資料選択が“ゆがむ”ので要注意。

2. 依頼者・提出先・利害関係等の確認――独立性と透明性を確保

依頼者と提出先(開示先)の把握、関与鑑定士・鑑定業者の利害関係の有無を確認・開示します。提出先が未定でも、その旨を明示すれば足ります。運用上の留意事項は、提出先は個別名称でなく属性の把握でも可と補足しています(目的に資する情報の確保が肝)。

3. 処理計画の策定――“作業の地図”を先に描く

確定した基本事項に基づき、対象確認→資料収集→要因分析→手法適用→試算調整→決定までの作業を、性質・量・処理能力に即して計画化します。場当たりで回すほど後戻りコストが増えます。

4. 対象不動産の確認――「物的」と「権利」の二面から

実地調査・聴聞・公的資料で、

  • 物的確認(所在地・地番・数量、建物の構造・用途などを実地照合)
  • 権利の態様の確認(登記・契約等を通じて対象となる権利の存否と内容を明瞭化)
    を行います。登記と現況の異同把握までがワンセット。

5. 資料の収集・整理――「確認・要因・事例」の三分類

収集の精度が成果の上限を決めます。資料は①確認資料(登記・図面・地図・写真等)、②要因資料(一般・地域・個別の三層に対応)、③事例資料(建設・取引・収益・賃貸借等)に分け、平素からの組織的収集と案件に応じた的確な追加収集が要諦です。

6. 資料の検討と価格形成要因の分析――HBUまで到達する

集めた資料が必要十分か・信頼に足るかを吟味し、一般→地域→個別の流れで価格形成要因を分析最有効使用(HBU)を判定します。なお、専門職業家として尽くしても重大な影響要因が判明しない場合は、他の専門家の調査結果を活用するか、依頼者同意のもと想定上の条件/調査範囲等条件を設定して評価することも認められています(要件・根拠の明示が前提)。

7. 手法の適用――複数手法を“当該市場の特性”で選ぶ

案件に即して複数の手法を適用するのが原則です。複数適用が難しい場合でも、その考え方を参酌する努力が求められます。用途・地域・資料の信頼性に応じ、原価・比較・収益(賃料なら積算法・賃貸事例比較法・収益分析法/差額配分法・利回り法・スライド法)の当たりどころを見極めます。

8. 試算価格(賃料)の調整――“説得力の差”で束ねる

ここが最終判断直前の要(かなめ)。各試算の再吟味説得力の判断を行い、論理的かつ実証的に説明できる最終判断へ導きます。再吟味の観点は、①資料の選択・活用の適否、②諸原則の活用の適否、③一般・地域・個別分析の適否、④補正・修正判断の適否、⑤手法間の整合、⑥単価と総額の関連――等。次に、採用資料の特性・限界や市場分析との適合性から相対的信頼性を判定し、重み付けの理由を言語化します。

近年の行政文書でも、**「各試算の再吟味と説得力判断を適切に」**と注意喚起があります。形式的な平均ではなく、論拠に基づく重み付けが必須です。国土交通省

9. 鑑定評価額の決定――公示価格の規準にも留意

手順を尽くしたうえで、専門職業家としての良心に従い適正と判断される額を決定。公示区域の土地の正常価格では公示価格を規準とします。

10. 鑑定評価報告書の作成――“第三者に説明できる”文章に

報告書は成果と理由と責任を示す文書。採用資料を整理し、価格形成要因の判断手法適用の判断を明確にして作成します。限定・特定価格や支払賃料を示す場合は、正常価格(賃料)/実質賃料かっこ書きで併記する表示ルールに従います。

記載事項の肝は、

  • 地域・個別分析典型的な市場参加者の行動代替・競争の関係、
  • 最有効使用の判定(建物・敷地、敷地の更地HBUも)
  • 手法適用の関係整理試算調整の結果
  • 不明事項の取扱いと調査範囲利害関係の開示附属資料(地図・図面・写真・事例等)――
    などを第三者に説明できる粒度で書くこと。実地調査の日時・立会・内覧範囲等の記載も忘れずに。

留意事項は、確認方法(書面/口頭)や内覧省略時の根拠まで書くことを推奨しています。関与鑑定士/業者の定義や開示の考え方もここで補強されます。国土交通省


ミニチェックリスト(現場用)

  • 依頼・提出先・利害:未定でも属性の把握と明示は必須。
  • 対象確認物的+権利。登記と現況の異同を照合。
  • 資料設計確認/要因/事例の三分類で収集計画。
  • 分析到達点HBU判定まで到達。必要に応じ想定条件/他専門家の成果を適法に活用。
  • 手法:可能な限り複数。難しければ考え方を参酌
  • 調整再吟味6視点+相対信頼性で“説得力の差”を明示。
  • 報告併記ルール最有効使用・試算調整の要旨不明事項の取扱い実地調査の記録を明快に。

ケースで体感:駅前雑居ビル(改修期)を一気通貫で

  • 基本事項:市場価値(正常価格)、現在時点、対象は建物およびその敷地
  • 処理計画:現地・役所・PMヒアリング→収集(成約/募集/工事費/空室推移)→要因分析→手法適用(取引比準・直接還元・DCF)→調整。
  • 対象確認:登記と現況でテナント入替・用途を照合、内覧範囲を記録。
  • 要因分析:同一需給圏の人流・競争施設、個別では天井高・設備更新時期等からHBU(低層商業強化+上層オフィス平準化)を判定。
  • 手法適用:取引比準は代替・競争の土俵に載る事例で、直接還元は平常化純収益、DCFは修繕の段差再リーシングを刻む。複数手法の整合を意識。
  • 調整:事例の事情性除去や率水準の根拠を再吟味し、資料の限界と相対信頼性を明示して最終判断へ。
  • 報告最有効使用の理由試算調整の要旨不明事項の取扱い実地調査の記録利害関係を過不足なく記載。

まとめ――“順番”と“粒度”が品質を決める

  • 手順は10工程を秩序的に。設計図(処理計画)→対象・資料→分析→手法→調整→決定→報告の一直線で回す。
  • HBUに到達し、複数手法市場特性に即して選ぶ。
  • 試算調整は“平均”ではなく再吟味+説得力で束ねる。
  • 報告書は第三者に説明できる書きぶりで。併記ルール・調査記録・不明事項の取扱いを明示する。

次回は**第9章「鑑定評価報告書」へ。記載事項の型と説得力の出し方(どこまで書けば足りるか)**を、実例の“見出しテンプレ”付きで解説します。

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