鑑定評価は、順番と粒度をまちがえなければ、ぐっと迷いにくくなります。基準は手順を明快に定め、
- 基本的事項の確定 → 2) 依頼者・提出先・利害関係の確認 → 3) 処理計画 → 4) 対象不動産の確認 → 5) 資料の収集・整理 → 6) 資料の検討と価格形成要因の分析 → 7) 手法の適用 → 8) 試算価格(賃料)の調整 → 9) 鑑定評価額の決定 → 10) 報告書作成、という流れを秩序的に実施することを求めています。
1. 基本的事項の確定――「何をいついくらで」から始める
最初に、依頼目的・条件・背景を依頼者に明確化してもらい、対象・価格時点・価格(賃料)の種類を固定します。ここを曖昧にしたまま次へ進むと、後段の手法や資料選択が“ゆがむ”ので要注意。
2. 依頼者・提出先・利害関係等の確認――独立性と透明性を確保
依頼者と提出先(開示先)の把握、関与鑑定士・鑑定業者の利害関係の有無を確認・開示します。提出先が未定でも、その旨を明示すれば足ります。運用上の留意事項は、提出先は個別名称でなく属性の把握でも可と補足しています(目的に資する情報の確保が肝)。
3. 処理計画の策定――“作業の地図”を先に描く
確定した基本事項に基づき、対象確認→資料収集→要因分析→手法適用→試算調整→決定までの作業を、性質・量・処理能力に即して計画化します。場当たりで回すほど後戻りコストが増えます。
4. 対象不動産の確認――「物的」と「権利」の二面から
実地調査・聴聞・公的資料で、
- 物的確認(所在地・地番・数量、建物の構造・用途などを実地照合)
- 権利の態様の確認(登記・契約等を通じて対象となる権利の存否と内容を明瞭化)
を行います。登記と現況の異同把握までがワンセット。
5. 資料の収集・整理――「確認・要因・事例」の三分類
収集の精度が成果の上限を決めます。資料は①確認資料(登記・図面・地図・写真等)、②要因資料(一般・地域・個別の三層に対応)、③事例資料(建設・取引・収益・賃貸借等)に分け、平素からの組織的収集と案件に応じた的確な追加収集が要諦です。
6. 資料の検討と価格形成要因の分析――HBUまで到達する
集めた資料が必要十分か・信頼に足るかを吟味し、一般→地域→個別の流れで価格形成要因を分析、最有効使用(HBU)を判定します。なお、専門職業家として尽くしても重大な影響要因が判明しない場合は、他の専門家の調査結果を活用するか、依頼者同意のもと想定上の条件/調査範囲等条件を設定して評価することも認められています(要件・根拠の明示が前提)。
7. 手法の適用――複数手法を“当該市場の特性”で選ぶ
案件に即して複数の手法を適用するのが原則です。複数適用が難しい場合でも、その考え方を参酌する努力が求められます。用途・地域・資料の信頼性に応じ、原価・比較・収益(賃料なら積算法・賃貸事例比較法・収益分析法/差額配分法・利回り法・スライド法)の当たりどころを見極めます。
8. 試算価格(賃料)の調整――“説得力の差”で束ねる
ここが最終判断直前の要(かなめ)。各試算の再吟味と説得力の判断を行い、論理的かつ実証的に説明できる最終判断へ導きます。再吟味の観点は、①資料の選択・活用の適否、②諸原則の活用の適否、③一般・地域・個別分析の適否、④補正・修正判断の適否、⑤手法間の整合、⑥単価と総額の関連――等。次に、採用資料の特性・限界や市場分析との適合性から相対的信頼性を判定し、重み付けの理由を言語化します。
近年の行政文書でも、**「各試算の再吟味と説得力判断を適切に」**と注意喚起があります。形式的な平均ではなく、論拠に基づく重み付けが必須です。国土交通省
9. 鑑定評価額の決定――公示価格の規準にも留意
手順を尽くしたうえで、専門職業家としての良心に従い適正と判断される額を決定。公示区域の土地の正常価格では公示価格を規準とします。
10. 鑑定評価報告書の作成――“第三者に説明できる”文章に
報告書は成果と理由と責任を示す文書。採用資料を整理し、価格形成要因の判断や手法適用の判断を明確にして作成します。限定・特定価格や支払賃料を示す場合は、正常価格(賃料)/実質賃料をかっこ書きで併記する表示ルールに従います。
記載事項の肝は、
- 地域・個別分析と典型的な市場参加者の行動、代替・競争の関係、
- 最有効使用の判定(建物・敷地、敷地の更地HBUも)、
- 手法適用の関係整理、試算調整の結果、
- 不明事項の取扱いと調査範囲、利害関係の開示、附属資料(地図・図面・写真・事例等)――
などを第三者に説明できる粒度で書くこと。実地調査の日時・立会・内覧範囲等の記載も忘れずに。
留意事項は、確認方法(書面/口頭)や内覧省略時の根拠まで書くことを推奨しています。関与鑑定士/業者の定義や開示の考え方もここで補強されます。国土交通省
ミニチェックリスト(現場用)
- 依頼・提出先・利害:未定でも属性の把握と明示は必須。
- 対象確認:物的+権利。登記と現況の異同を照合。
- 資料設計:確認/要因/事例の三分類で収集計画。
- 分析到達点:HBU判定まで到達。必要に応じ想定条件/他専門家の成果を適法に活用。
- 手法:可能な限り複数。難しければ考え方を参酌。
- 調整:再吟味6視点+相対信頼性で“説得力の差”を明示。
- 報告:併記ルール、最有効使用・試算調整の要旨、不明事項の取扱い、実地調査の記録を明快に。
ケースで体感:駅前雑居ビル(改修期)を一気通貫で
- 基本事項:市場価値(正常価格)、現在時点、対象は建物およびその敷地。
- 処理計画:現地・役所・PMヒアリング→収集(成約/募集/工事費/空室推移)→要因分析→手法適用(取引比準・直接還元・DCF)→調整。
- 対象確認:登記と現況でテナント入替・用途を照合、内覧範囲を記録。
- 要因分析:同一需給圏の人流・競争施設、個別では天井高・設備更新時期等からHBU(低層商業強化+上層オフィス平準化)を判定。
- 手法適用:取引比準は代替・競争の土俵に載る事例で、直接還元は平常化純収益、DCFは修繕の段差と再リーシングを刻む。複数手法の整合を意識。
- 調整:事例の事情性除去や率水準の根拠を再吟味し、資料の限界と相対信頼性を明示して最終判断へ。
- 報告:最有効使用の理由、試算調整の要旨、不明事項の取扱い、実地調査の記録、利害関係を過不足なく記載。
まとめ――“順番”と“粒度”が品質を決める
- 手順は10工程を秩序的に。設計図(処理計画)→対象・資料→分析→手法→調整→決定→報告の一直線で回す。
- HBUに到達し、複数手法を市場特性に即して選ぶ。
- 試算調整は“平均”ではなく再吟味+説得力で束ねる。
- 報告書は第三者に説明できる書きぶりで。併記ルール・調査記録・不明事項の取扱いを明示する。
次回は**第9章「鑑定評価報告書」へ。記載事項の型と説得力の出し方(どこまで書けば足りるか)**を、実例の“見出しテンプレ”付きで解説します。