鑑定評価は、最後は紙(=報告書)で勝負がつきます。いくら現地で読み込み、手法を丁寧に回しても、報告書で結論と根拠の道筋が見えなければ、価値は伝わりません。本章では、堅苦しい定義や雛形に終始せず、読んだ人がそのまま意思決定に使える報告書をどう書くかを、実務の視点で整理します。狙いはシンプルです。「最初の1ページで結論がわかる」「本文は結論に至る一本道」「特記事項で前提の効き方がわかる」。この三つを外さなければ、評価の説得力は一段上がります。
1. 入口で迷わせない――“結論先出し”のサマリー
表紙の次ページ(または冒頭)にサマリーを置きます。箇条書きを増やし過ぎず、短い文章で要点だけを並べるのがコツです。最低限、次の順に記します。
- 依頼の趣旨と提出先の属性(誰が、何の意思決定に使うのか)
- 対象不動産(所在地・利用単位・権利の範囲を一文で)
- 価格(賃料)の種類・価格時点(正常/限定/特定、新規/継続の別)
- 鑑定評価額(または賃料)(金額をはっきり言い切る)
- 最有効使用の判定(更地・現建物の両面が絡むなら簡潔に)
- 採用手法の骨子(使った手法と、強く重視した理由を一言)
- 特記(想定条件・調査範囲等条件・利害関係の有無)(後段で詳述することを明示)
ここで“言い切る”勇気が品質を分けます。数式や長い説明は本文に譲り、サマリーは読む人の3分で意味が通る密度にします。
2. 本文は「一本道」で――章立ての基本形
本文は、結論へ一直線に向かう構成にします。おすすめの流れは次のとおりです。
- 依頼の概要と提出先
依頼目的、提出先の属性、開示範囲、利害関係の有無を明確にします。提出先が未定なら、その旨と想定利用場面を書きます。 - 対象不動産の表示
所在地・地番、地積・規模、地目・用途、構造・築年などの物的表示に加え、権利の態様(所有権・借地権・区分所有の敷地利用権など)と利用単位(一体か部分か)まで書き切ります。
ここで私道持分、越境、未登記、接道要件など**“含む/含まない”**を曖昧にしないことが肝心です。 - 調査の方法と範囲
実地調査の日時・立会・内覧範囲、役所調査、資料照合の方法(書面/口頭)を端的に。内覧省略や立入制限がある場合は、どの箇所を、なぜ、どう代替したかを書きます。 - 価格形成要因の分析
一般・地域・個別の三層で、対象に関係する事実だけを物語として示します。統計の羅列ではなく、「この地域で、誰が、何を求め、何が障害で、どこが強みか」を短い段落で立体化します。 - 最有効使用(HBU)の判定
現況と更地像の“距離”、法適合性、実現可能性、収益性を踏まえ、合理的・合法的で最も適切な使用を言い切ります。建物HBUと更地HBUがズレる場合は、そのズレが価格にどう効くかを一文で前置きします。 - 手法の適用
選んだ手法ごとに、前提→計算→意味づけの順で記述します。前提(率・費用・事例選択)を先に置くと、読者は数式を“追える”ようになります。 - 試算価格(賃料)の調整と最終判断
各試算の再吟味(資料の質、補正の妥当性、原則との整合、単価と総額のつながり等)を文章で示し、説得力の差に基づく重み付けを説明して、鑑定評価額(賃料)に着地します。 - 特記事項
想定条件・限定条件・調査範囲等条件、併記ルール(価格・賃料の種類、実質/支払賃料)、留意事項(法的リスクや計画変更の芽)をまとめます。 - 附属資料
地図・図面・写真・登記・都市計画・道路台帳・事例票・計算書等。本文の該当箇所から資料番号で呼び出せるように通し番号を振ります。
3. 対象の“輪郭”をぼかさない――利用単位・権利・含み方
報告書でいちばん揉めるのは、「どこからどこまでを評価したのか」です。複数筆の土地を一体利用している、1棟の建物でも階・区画で用途が異なる、私道持分や法定外公共物が絡む――こうした局面で、利用単位の画定を先に言い切ります。
また、越境や未接道など法適合に疑義がある場合、想定条件を置くなら「どの状態を、どこまで想定し、価格にどう効くか」を短い文章で添えます。想定を置かない場合は、その不確実性が価格に与える方向性(上振れ要因か下振れ要因か)だけでも書いておくと親切です。
4. 「併記ルール」で誤解を防ぐ――価格・賃料の表示
価格では正常/限定/特定の別、賃料では新規/継続の別を明確にします。さらに、賃料を支払賃料で表示するなら、実質賃料も併記し、一時金(権利金・敷金等)の運用益や償却の扱いを一文で説明します。
“短期処分”などの限定条件を前提にした価格は、条件差で生じた値の相違であることを明らかにし、物件固有の欠陥ではない点を明記しておくと、将来の誤解を避けられます。
5. 手法パートの書き方――数式の前に「置き方」を出す
読み手が迷うのは、数式そのものではなく、どの事実をどう数字に置いたかです。手法ごとに、まず「置いた事実」を一段落で示し、次に「数式」、最後に「意味づけと限界」の順に組み立てます。
たとえば収益還元なら、市場賃料の水準と根拠、空室・運営費の平常化の考え方、還元利回り(または割引率)の出し方を先に言葉で置き、式と結果を続けます。取引事例比較法なら、代替・競争の土俵に立つ事例だけを選び、事情性の除去や時点修正の理屈を先に書く。原価法なら、再調達原価の取り方(直接か間接か)と減価修正の内訳を先に置く。
この順で書けば、読者は前提に納得→計算を追う→結果の意味を理解という自然な流れで読み進められます。
6. 試算調整は“平均”ではない――説得力の差を言葉にする
試算価格(賃料)が複数出たとき、ただ平均したり、なんとなく中庸を採るのは禁物です。各試算について、①資料の選択と活用、②諸原則(需要・供給、代替、HBU等)への適合、③一般・地域・個別の分析との整合、④補正・修正判断の適否、⑤手法間の整合、⑥単価と総額の関係――を自分で再吟味し、相対的信頼性を文章で示します。
たとえば「今回は事例市場が薄く、事情性除去の幅が大きいので取引比準の信頼性は低め。一方で、賃貸市場の厚みと稼働の安定から直接還元の説明力が高い。よって収益の重みを上げ、原価は建物仕様の透明性を補助線として位置づける」――こう書き切るだけで、**“なぜその最終値か”**の説得力が増します。
7. 附属資料は“見れば分かる”順に――本文から番号で呼ぶ
附属資料は、位置図→公図→地積測量図→都市計画図→道路台帳→建物図面→登記事項証明書→現地写真→事例票→計算書一式のように、現地理解→法規・権利→市場→計算の順に並べると読みやすくなります。本文からは「資料⑦参照」のように番号で呼び出すと、紙でもPDFでも迷いません。写真は撮影方向と撮影位置を図示した簡易平面図を添えると、実地確認の再現性が上がります。
8. よくあるつまずき――避け方のコツ
- 対象の“はみ出し”:私道持分や法定外公共物の扱いが曖昧。→ 早い段で含む/含まないを明文化。
- 時点の混線:統計・賃料・取引事例の時点がバラバラ。→ 価格時点に整列し、必要なら時点修正の係数表を巻末に。
- HBUの省略:現況のままの説明だけ。→ 現況と更地像の距離を一文で入れ、価格への効き方を示す。
- 併記ルール違反:支払賃料だけ提示。→ 実質賃料も併記し、一時金の扱いを書き添える。
- 調査範囲の黙示:内覧省略や立入制限の記載なし。→ 方法と範囲を短くても明示。
9. 仕上げの自己チェック(短い確認だけ)
- サマリーだけで、誰の何の意思決定に使うかと結論が分かるか。
- 対象の輪郭(利用単位・権利・含み方)を、第三者が誤解しないか。
- 手法の前提→計算→意味づけの順で、計算書が本文の言葉と噛み合っているか。
- 想定条件・調査範囲等条件の効き方を、短文で言い切っているか。
- 写真・図面・事例票が本文から番号で呼び出せるか。
まとめ
鑑定評価報告書は、最初の1ページで結論が通じる設計にし、本文は結論へ向かう一本道、特記事項で前提の効き方を可視化――この三点を固めるだけで、読み手の理解と信頼は大きく変わります。数式の巧拙よりも、事実をどう置き、どう語るか。ここがプロとしての腕の見せどころです。