CSH年表③|ポルトランドセメント誕生前夜:原料と焼成の基礎をたどる(〜1900)

第3回は、ポルトランドセメントが確立する直前までに形づくられた**「原料」と「焼成」の考え方を、一般向け7割・研究者向け3割のバランスで整理します。先に結論を言えば、近代セメントの進化は「石灰石と粘土」というシンプルな素材を、どれだけ高温で、どれだけ均一に、どれだけ連続的に焼けるかをめぐる技術競争でした。原料の組み合わせと焼き方が変わると、のちに水と反応して主役となるCSH(カルシウムシリケート水和物)**の“生まれ方”まで変わります。


1. 原料の基礎──石灰石+粘土という“二人三脚”

ポルトランドセメントの原料は、きわめて素朴です。石灰石(主に炭酸カルシウム、CaCO₃)と、粘土(SiO₂・Al₂O₃・Fe₂O₃ を含むけい酸塩)を砕いて混ぜ、窯で焼いて急冷すると「クリンカー」という小さな黒い玉になります。これを少量の石こうとともに粉砕したものがセメント粉。
18〜19世紀のヨーロッパでは、地域の地質に合わせて**マール(粘土質石灰岩)や海成堆積物のセプタリア(粘土と炭酸塩の団塊)をそのまま焼いた「ナチュラルセメント/ローマンセメント」も広く使われました。配合という発想より、“地層のレシピをそのまま焼く”**に近い作り方です。焼成温度はおおむね1000℃以下と低く、のちのポルトランドセメントに比べて反応がゆっくり、色味も褐色寄りという特徴がありました。


2. 「低温の時代」が生んだもの──ローマンセメントとベライト優位

当時のシャフト窯(立窯)やボトル窯では、燃料と原料を層状に積み上げて焼くバッチ(回分)方式が主流でした。温度勾配が大きく、局所的に温度が足りないと未反応のCaO(フリーライム)が残り、逆に温度が上がりすぎると部分的に溶けてガラス質が偏る。こうしたムラは、のちの水和反応でもムラとして現れます。
それでも、この低温焼成がもたらした利点もあります。焼成が比較的穏やかなため、ベライト(C₂S)が主体となり、強度の立ち上がりは遅いが長期的に伸びるという性格が生まれました。外装の装飾や歴史的建築の意匠にローマンセメントが重宝された理由の一つは、この穏やかな硬化挙動優れた耐候性にあります。原料の“地層由来”という偶然を活かしながら、職人の経験則で品質を均す時代でした。


3. 高温焼成への挑戦──「真のポルトランド」への道

19世紀半ば、製造者たちはより高温で、より強く、より早く固まる結合材を目指して試行錯誤を重ねました。焦点は二つ。
第一に、混合原料の均一化です。石灰石と粘土をただ混ぜるのではなく、粉砕・調合・スラリー化(湿式)といった原料調整を精緻化することで、焼いたときに狙いどおりの化学反応を起こしやすくします。
第二に、焼成温度と滞在時間の引き上げです。ある温度を超えると原料中に液相(溶け始めた部分)が生まれ、そこで成長するのがアライト(C₃S)という高反応性の鉱物です。アライトは水と出会うと初期からCSHを勢いよく生み、早期強度を与えます。ベライト主体の“穏やかさ”から、アライトを含む“近代的な強さ”へ――これが高温焼成の意義でした。


4. 焼成で何が起きているのか──四つの段階でイメージする

原料がクリンカーへ変わる道のりは、おおまかに①脱炭酸 → ②固相反応 → ③液相生成(部分溶融) → ④クリンカー化と急冷という四段階で説明できます。
①では石灰石からCO₂が抜け、CaOが顔を出します。②ではCaOがシリカやアルミナと反応してカルシウムシリケートやカルシウムアルミネートの前駆体を作ります。③で温度がさらに上がると、原料の一部が溶けて液相となり、そこを舞台にアライトの核が育ち始めます。④で急冷すると、その核は「クリンカー鉱物」として固定され、小さなクリンカー粒(ノジュール)に結晶が封じ込められます。
19世紀の窯では③→④の制御が難しく、温度ムラや酸化・還元の偏り
がしばしば品質を左右しました。のちに**連続的に原料を回転させながら焼く回転窯(ロータリーキルン)**が普及すると、温度と滞在時間の制御が格段に向上し、安定してアライトを含むクリンカーが得られるようになります。焼成技術の革新は、配合設計の自由度を一気に高めました。


5. 原料調整が決める「焼けやすさ」──バランスの科学

石灰石と粘土の“足し算”は、ただの比率の話ではありません。SiO₂に対するCaOの比(石灰飽和係数)Al₂O₃やFe₂O₃の助融作用微粉砕度乾湿混合の選択など、どれも焼けやすさ(バーナビリティ)に効きます。Al・Feが少し入ると液相が生まれやすく、低い温度でも反応が進む半面、入れすぎれば不必要な相が増えます。微粉砕すれば反応は進みますが、粉砕エネルギーのコストが跳ね上がる。結果として、“よく焼け、よく挽け、よく反応する”という三拍子の落としどころを見つけるのが製造の腕前です。
前近代の窯では、このバランスを地場の原料性状に合わせて手探りで決めていました。だからこそ、地域ごとのセメントの癖が生まれ、強度発現や色味、耐久の傾向にも差が出たのです。


6. 一般読者のための直観──「パン作り」と「焼き物」のあいだ

パンは加熱でタンパク質とデンプンが組み替わることで形を保ち、焼き物は粘土が焼結して固まる。セメントは、その二つの真ん中あたりのイメージが近いでしょう。原料を焼いて“半分溶かし”、急冷して“準備済みの結晶の種”を仕込み、あとで水を入れて“育て直す”。この二段構えのおかげで、現場では常温・短時間で硬くなるのに、工場では高温・長時間のエネルギー投資で反応の下ごしらえを済ませられる。文明的な役割分担が、セメントの強みです。


7. 研究を始めたばかりの学生へ──過去の窯を“水和の目”で読む

歴史文献に出てくる窯や原料の記述は、水和反応の視点で読み直すと腹落ちします。たとえば、

  • 低温焼成・不均一原料 → ベライト優位・ゆっくり強くなる
  • 高温焼成・良好な液相形成 → アライト出現・初期強度が出る
  • 急冷不足・ガラス過多 → 潜在水硬性が強く“引っ張り出す”のに時間
    こうした焼成の痕跡は、XRDやEPMAだけでなく、薄片観察のテクスチャ未反応ライムの分布間隙相の形態としても読み解けます。過去の製法を再現する試験では、焼成温度履歴のログ急冷条件を正確に残すことが、議論の質を決めます。

8. まとめ──「火」と「石」の設計術がCSHの未来を決めた

ポルトランドセメント誕生前夜の製造は、素材の地層に寄り添うローマンセメント的な作り方から、配合と焼成を意図的に設計する近代的セメントへと軸足を移しました。鍵は、原料の均一化高温焼成、そして連続プロセス化。この三点がそろって初めて、アライトとベライトの“配分”を操り、水と出会った瞬間にCSHをどう生ませるかまで設計できるようになりました。
次回は、この「焼成で仕込まれた素性」が水和初期の発熱や組織形成にどう現れるかを、実験と観察に基づいて追っていきます。

次回予告(#4):結合水・層間水・自由水――焼成の違いは「水の居場所」をどう変えるか。


参考文献

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