2004|Richardson:tobermorite/jennite 混成モデル

CSH をどう描くか――この問いに結晶学の言葉で正面から答えたのが、Ian G. Richardson(2004)です。彼は、CSH を「結晶でも完全ガラスでもない欠陥の多い層状物質」と捉え、その骨格をトバモライト(tobermorite)とジェンナイト(jennite)という二つの結晶参照体の混成(T/J)として一般化しました。さらに、C/S 比や生成環境に応じてトバモライト様/ジェンナイト様の寄与が連続的に変わるという見取り図を提示し、実ペーストに現れる幅広い組成・形態・物性を一枚の地図に載せ直したのです。


1. どこが新しかったのか——“曖昧さ”を許容する結晶参照

当時、「CSH はトバモライト由来か、それともジェンナイト由来か」という二者択一の議論が根強く残っていました。Richardson は、この分断をほどきます。すなわち、短距離秩序(層状カルシウムシリケートの基本単位)は保ちながら、層間の欠陥・置換・鎖長の揺らぎによってトバモライト寄り⇄ジェンナイト寄り連続的に現れる――この“ゆらぐ結晶学”こそが実ペーストの CSH である、と定義し直しました。結果として、C/S ≈ 1.0 前後のSi リッチ条件ではトバモライト様、C/S が 1.7 以上へ上がるCa リッチ条件ではジェンナイト様の特徴が強まる、という経験的事実が、構造モデルとして説明できるようになります。 サイエンスダイレクトOSTI


2. “鎖”で語る骨格——Q¹/Q²と dreierkette

骨格の軸はシリケート鎖です。トバモライトでは、SiO₄ 四面体がdreierkette(3連鎖)のモチーフをとり、ブリッジ四面体の有無で鎖長が変わります。ジェンナイトは Ca リッチな層状構造で、鎖の切れ目(Q¹)が多くなる方向へ寄りやすい。これを 29Si MAS NMR のQ 種(Q¹=鎖端、Q²=鎖中)で読むと、Q¹/Q² 比=平均鎖長が、C/S と協奏して変化する像が描けます。1990年代の NMR 研究で可視化された鎖長の目盛りは、T/J の混成を定量的に語る物差しとしてぴたりとはまりました。 PubMed


3. “内”と“外”の生成場所——形態が教える構造の傾き

実ペーストには、セメント粒子の内側に詰まって成長した内生成物(Ip)と、外側の広い空間に析出・凝集した外生成物(Op)が共存します。Ip は空間制約が強く、相対的にCa リッチ/ジェンナイト様に寄りやすい。Op は余裕のある場でゆっくり育ち、Si リッチ/トバモライト様の徴候が出やすい。BSE 像で見える箔状・繊維状・粒状といった形態の違いは、単なる見た目ではなく、鎖長・C/S・層間の欠陥に裏づけられた構造の傾きを映す――これが Richardson の読み替えです。 サイエンスダイレクト


4. “T/J”だけでは終わらない——T/CH と C-(A-)S-H への拡張

2004年論文は、T/J に加えてT/CH(トバモライト+水酸化カルシウムの固溶的視点)も検討し、高 C/S 領域ではジェンナイト的な層と Ca(OH)₂ の関係性で説明するほうが妥当な場面がある、と指摘します。のちに 2014 年の続報では、Al 置換を含む C-(A-)S-H(I) へ議論を広げ、四配位 Al の導入や鎖長推定式を提示。T/J の“二元”を越え、実材組成の連続体として CSH を扱う基盤を固めました。 クライストログラフィージャーナルズオンラインPubMed


5. ほかの“流派”との整合——コロイド、nanogranular、原子モデル

同時代のコロイドモデルは CSH をナノ粒子(グロビュール)の凝集体とみなしましたが、粒子の“中身”を問うとき、T/J は層状骨格の具体像を提供します。nanogranular 力学粒子間接触から弾性を語りますが、その“粒子”の剛性や密度の差は、T/J が示す鎖長・C/S・層欠陥で裏づけられる。さらに、原子モデル(CSH-FF)や総散乱の成果は、短距離はトバモライト様秩序、長距離は欠陥・層ずれという二面性を示し、T/J の“混成+欠陥”という発想と整然と重なります。モデル間の言葉は違っても、観測される現実は一つ――この“翻訳装置”として T/J は機能します。 米国科学アカデミー紀要Physical Review Links


6. 実務への翻訳——“どちらに寄せたいか”を配合と養生で決める

耐久を重視し、緻密で透水しにくい骨格を狙うなら、Si リッチ(低めの C/S)で鎖を伸ばす方向が有利です。粉体設計や混和材(スラグ、シリカフューム)を活用し、若材齢の湿潤状態を保つことで、トバモライト様の寄りを後押しできます。逆に、初期強度を急ぎたい配合ではCa リッチ化が起こりやすく、ジェンナイト様の寄りが強まる可能性がある。ここで重要なのは、どちらが絶対的に“良い/悪い”ではなく、目標性能に対して“どちらに寄せるか”を意識することです。T/J は、配合・養生・環境の三つ巴を構造の方向性に翻訳する羅針盤になります。 サイエンスダイレクト


7. 研究を始める人へ——測り方の順番

自分の試料を T/J の目で見たいなら、まず29Si NMR で Q¹/Q²から鎖長を押さえ、EDX/ICPC/S と Al 含有を定量します。次にSAXS/SANS・総散乱で短距離秩序と粒子サイズ、ナノインデンテーションで局所弾性を測る。最後に吸脱着等温線アクセス可能な空隙を重ねると、鎖長—C/S—密度—弾性—空隙が同じ座標に収まります。乾燥前処理の影響を避け、非乾燥状態での密度時間分解を併用できれば、トバモライト様⇄ジェンナイト様の揺らぎが、より素直に見えてきます。 Physical Review Links


8. 一般読者の直観——“折り畳み方の違う紙”

同じ紙でも、アコーディオン折りにすれば波打つ層ができ、谷間が増えます(トバモライト様)。厚紙を重ね貼りするとコシは出るけど切れ目が増える(ジェンナイト様)。湿り気(=水)や力が加わると、折り目のずれ欠けが進み、全体の反り硬さが変わる。CSH でも、**層の折り畳みのされ方(鎖長・欠陥・置換)**の違いが、収縮・弾性・浸透の差として現れます――T/J はその“折り方の辞典”なのです。


9. まとめ——“結晶学の辞書”を手に入れる

Richardson(2004)の混成モデルは、CSH を結晶学的モチーフの連続体として語る辞書を私たちに与えました。Powers–Brownyard の“量”、Feldman–Sereda の“場所”、Jennings の“粒子”に、**“骨格の綴じ方”**という解像度が加わる。以後の C-(A-)S-H、原子・メソスケール計算、熱力学モデリングまで、構造の方向性を見失わないための基準点として、T/J は今も生き続けています。
次回は 2007|Constantinides & Ulm:nanogranular 力学、CSH を「顆粒体」として扱う力学の言語に進みます。


参考文献

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です