2007|Allen–Thomas–Jennings:非乾燥で定まったCSHの「固体密度」と平均組成

コンクリートの主役である CSH(カルシウムシリケート水和物)は、「緻密そうだが、どれくらい“実体”が詰まっているのか」を長く正確に測れませんでした。理由は単純で、試料を乾かすほどゲルの中身が変質してしまうからです。2007年、Allen・Thomas・Jennings はその壁を小角散乱(SANS/SAXS)のコントラスト・マッチングで突破し、乾燥に頼らずに CSH 粒子の平均組成固体密度 ρ*(乾燥を介さない“純粋な固形成分の密度”)を世界で初めて決めました。報告された値は組成(CaO)₁․₇(SiO₂)(H₂O)₁․₈₀ρ* ≈ 2.604 Mg/m³。この二つの数字は、のちのコロイドモデル、ナノ顆粒力学、原子モデルに基準点を与え、議論のばらつきを一気に収束させます。


1. なぜ「非乾燥」が決め手だったのか

CSH はナノ粒子の集合体で、内部には層間水やゲル水が入り込みます。従来法では、密度や表面積を測ろうとして乾燥・溶媒置換を行うため、水の居場所が変わり、粒子が不可逆に詰まる(densification)ことが避けられませんでした。Allen らは、水素と重水素で中性子の散乱長が変わることを利用し、H₂O と D₂O(ときにメタノール)を入れ替えながら流体を“見えなくする”条件を作りました。流体のコントラストが打ち消された状態では、散乱はほぼ固体 CSH 粒子だけの寄与になります。そのときの散乱強度の絶対較正から、粒子の平均組成と固体密度が同時に決まる――ここがブレークスルーでした。結果は、乾燥前提の古い値と系統的に異なり、**「乾かさないと CSH はこう見える」**という基準を世界に共有させました。


2. 何が“見えるようになった”のか

ひとつは数字の精度です。CSH の平均式(CaO)₁․₇(SiO₂)(H₂O)₁․₈₀ は、Ca/Si ≈ 1.7の実材ペーストでよく観測される範囲にぴたりと一致し、原子モデル(CSH-FF)が仮定する化学組成の目安にも採用されました。もうひとつは相の切り分けです。CSH の陰に隠れていたナノスケールの Ca(OH)₂も散乱の差分から定量され、若材齢の組織でCSH と CH が共存する様子が立体的に見えてきます。これらの知見は、LD/HD(二相)やコロイドモデルの“詰まり具合”を、「どのくらいの密度の粒が、どれくらい集まっているか」という言葉に直結させ、ナノインデンテーションで観測される弾性の二峰性とも整合しました。


3. モデル間の“ものさし合わせ”が加速した

CSH をめぐる理論は多彩です。層状モチーフ(T/J 混成)は骨格の描像を、コロイドモデルは粒子の集まり方を、ナノ顆粒力学は接触ネットワークの力学を語ります。共通の難点は、互いのスケールや仮定が違うため、議論が同じ数字に着地しにくいことでした。Allen らのρ* と平均組成は、どのモデルでも避けて通れない“ハブ”の数値です。コロイドならグロビュールの固体密度の基準に、T/J なら鎖長と Ca/Si の範囲設定に、顆粒力学なら粒子剛性の初期値に。さらに 2010 年の総散乱(PRL)や 2016 年のメソスケール解析も、この基準を踏まえて空間スケールをつないでいきました。以後の研究では、装置が違っても“ρ* ≈ 2.6”に整合するかが、結果の信頼度を測るチェックポイントになります。


4. 現場の“判断”が変わる

この研究は純粋に基礎ですが、実務にも効きます。配合や養生で狙うべきは、空隙の連結を断ちながら、CSH 粒子の接触を育てることだ――という指針に、密度という裏づけが加わりました。若材齢の湿潤・内部養生は、粒子周りの水の出入りを穏やかにし、疎な通路を固定化させないまま接触密度を上げられます。逆に、早期乾燥は見かけの収縮だけでなく、粒子の密度や組成の読み違いを招き、性能推定をぶらします。表面積評価に SANS を使う場合も、散乱コントラストの基準が確立したおかげで、以前より装置間の比較が安心してできるようになりました。


5. 一般読者のための比喩で言い換える

冷蔵庫から出したプリンを想像してください。表面はツヤツヤだが、スプーンで切ると中身の“密さ”が分かる。プリンを乾かしてから重さを量ると、別の食べ物になってしまうのに、昔はそうやって密度を見積もっていました。Allen らは、表面のツヤ(流体)を光学的に“消して”、生のプリンの“中身だけ”の密度を量る手段を得たのです。以後、レシピ(配合)や冷やし方(養生)の違いを、同じものさしで比べられる。研究室の議論が、現場の判断と同じテーブルに乗るようになったのは、この手つきのおかげです。


6. 余韻としての課題

もちろん、平均値が分かっても、ばらつきの全てが分かるわけではありません。Al 置換を含む C-(A-)S-H、アルカリ・Mg・Na などのイオン環境、炭酸化や脱灰の進行で、局所の組成と密度がどう揺れるかは今も活発な研究テーマです。それでも、乾燥に頼らない基準値があることは、データどうしを縦につなぐうえで決定的です。2008 年の CM-II が履歴と不可逆収縮を数理化し、2009 年の 原子モデルが化学式から力学物性までを一筆書きにした背景には、この**2007 年の“定規”**が確かにあります。


まとめ

平均組成(Ca/Si ≈ 1.7, H₂O ≈ 1.8)と固体密度 2.604 Mg/m³。Allen–Thomas–Jennings の二つの数字は、CSH を乾かさずに測る時代の幕を開き、以後のモデルと計測をひとつの座標に並べました。これで、化学・物理・力学が同じ言葉で語れる。次回は 2008|Jennings:CM-II(コロイドモデル第2世代)、吸脱着等温線の精密解釈から、履歴と不可逆をどう切り分けたかを見に行きます。


参考文献

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