1968|Feldman–Sereda:層間水モデル(F–Sモデル)

「コンクリートは乾くと縮む」。だれもが知る現象を、“どの水が、どこから、どう抜けるのか”という視点で言葉にしたのが、Feldman–Sereda(以下 F–S)です。1968年の論文は、吸着・長さ変化・力学特性を同じ試料・同じ時間軸で見つめ直し、硬化セメントペーストの中に層間水(interlayer water)という“特別な居場所”を置きました。ここに着目すると、乾燥収縮やクリープを層間水の出入りや再配置として説明でき、Powers–Brownyard の「水と空隙の物質収支」を微視の物理へ橋渡しできます。


1. 何が新しかったのか——“水”の中にある序列を描いたこと

F–Sは、同じ“水”でも役割と拘束の強さが違うことを実験で示しました。大まかには、(a) 毛細管にいる“比較的自由な水”、(b) C–S–H 粒子表面に吸着した水、そして (c) C–S–H の層間に入り込んだ水。乾湿を繰り返すと、まず (a) が動き、次に (b)、そして最後に (c) がゆっくりと応答する。各段階で長さ変化の“効き方”が違うため、収縮曲線には折れ曲がりや履歴(ヒステリシス)が生まれる——この直観的な像を、F–Sは吸着等温線と長さ変化の同時測定で輪郭づけました。


2. 測り方の工夫——吸着・長さ変化・力学を“同じ地図”に載せる

F–Sは、乾燥過程を任意の点で止めて、そのときの長さ・質量(含水量)・弾性率を測定します。相対湿度を上下にスキャンしながら、吸着等温線の“行き”と“戻り”をたどると、曲線が重ならない履歴が現れます。そこで長さ変化の履歴を重ねると、「どの水の出入りが、どれだけ縮みを生むか」の対応関係が見えてくる。F–Sはさらに、メタノールなど水以外の分子を使った等温線も比較し、表面力の起源が単なる水の量ではなく、分子間相互作用と層間の配置にあることを示唆しました。


3. 層間水という“緩衝材”——収縮とクリープの共通語

カギは層間水です。C–S–H の層と層の間にある水は、完全に自由でも完全に固定でもない半拘束の状態にあり、外部湿度の変化や応力に応じてゆっくりと再配置されます。乾燥で層間水が抜ければ、層同士が近づき、不可逆な縮みが残りやすい。応力がかかれば、層間の配置が時間依存的にずれることでクリープが進む。F–Sはこの二つを同じ“層間の物理”で語り始め、収縮とクリープが別々の謎ではないと示したのです。


4. Powers–Brownyardからの一歩前進——“量”から“場所”へ

Powers–Brownyard は、水を「蒸発可能水」と「非蒸発水」に分け、反応の進み(非蒸発水)と空隙(蒸発可能水の足跡)を物質収支で描きました。F–S はこの見取り図に、“水の居場所の序列”を与えます。つまり、蒸発可能水の中にも毛細管水・吸着水・層間水があり、どこから動くか縮み方・速度・履歴が変わる。こうして、「量の言語」と「場所の言語」が接続され、養生や環境管理の意味づけが一段と具体化しました。


5. 一般読者の直観——本のページと薄い栞

本を思い浮かべてください。ページ(=C–S–Hの層)とページのあいだに薄い栞(=層間水)が挟まっている。湿った部屋に置くと栞はふくらみ、ページがわずかに開く(膨張)。乾いた部屋では栞が薄まり、ページが寄る(収縮)。本を縛った状態(応力下)で栞がじわじわ動くと、結び目のところで形がゆっくり変わる(クリープ)。F–Sは、この身近なたとえを実験データの地図にした、というイメージです。


6. どこまでがF–Sで語れるか——限界とその後

F–Sは非乾燥条件での密度決定ナノ構造の直接観察がまだ難しい時代の仕事でした。乾燥前処理の影響は避けがたく、層間水の“正体”は推定に頼る部分もあった。それでも、のちにナノインデンテーションコロイドモデル(CM-II)原子・メソスケール計算が進むと、F–Sが置いた「層間」という舞台はむしろ強化されていきます。今日の用語で言えば、C–S–H の粒子集合(グロビュール)どうしが作るナノ空隙でも、層状モチーフに沿った水の再配置でも、**“時間に遅れて応答する水”**が縮みやクリープの主役だ、という視点は生き続けています。


7. 実務への翻訳——F–Sが教える“湿度の段取り”

F–S の教えは実務に直結します。若材齢で外部から水が抜けない環境をつくれば、毛細管域の水移動を抑えられ、層間域への波及が遅れます。乾燥開始は十分な強度が出てからにする。遮水や内部養生材で湿度の落差を小さくして、層間水が急に薄くならないようにする。これらはすべて、**“どの水を、どの順序で動かさないか”**というF–S的な段取りです。


8. まとめ——“水の居場所”を発見した論文

F–S は、セメント硬化体の水を役割の違う階層として描き、吸着・長さ変化・力学を一枚の図にのせました。以後の半世紀、私たちはその地図をナノから原子まで拡張し続けていますが、起点は変わりません。層間水は、縮みとクリープを語るための最初の固有名詞でした。

次回:1996|Cong & Kirkpatrick:29Si MAS NMR で鎖長とQ種を定量。F–Sの“場所”の議論を、**化学骨格(鎖長)**という別の物差しで測り直します。


参考文献

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