1. はじめに
セメントクリンカーを構成する鉱物の中で、最も重要な役割を果たす相の一つがC₃S(エーライト、Alite)です。一般的なポルトランドセメントのクリンカーでは主要相として多くを占め、初期強度の発現に特に強く関与します。加えて、水和の進行に伴い長期強度にも寄与します。
C₃Sの水和反応によって生成されるC-S-Hゲルが、硬化体の骨格となり、コンクリートを強固な構造体へと変化させます。本記事では、C₃Sの結晶構造、生成過程、水和反応のメカニズム、セメント・コンクリートにおける役割を体系的に解説します。研究動向にも触れつつ、実務での見方につながる形で整理していきます。
2. C₃S(エーライト)の基本情報
2.1 化学組成と名称
C₃S(エーライト)の正式な化学名は「ケイ酸三カルシウム(Tricalcium Silicate)」で、化学式は3CaO・SiO₂(Ca₃SiO₅)です。セメント化学の慣例に従い、これを略してC₃Sと表記します。
エーライト(Alite)という名称は、1897年にスウェーデンの研究者A.E.トルネボーム(Törnebohm)が、ポルトランドセメントの顕微鏡観察で識別した主要結晶相に対して与えた呼称に由来します。なお、当時のエーライトは純粋なCa₃SiO₅というより、微量元素を含む固溶体として扱われることが一般的です。
理論組成としてはCaO 73.7%、SiO₂ 26.3%となり、CaO/SiO₂のモル比は3.0です。ただし実際のクリンカー中では、MgO、Al₂O₃、Fe₂O₃、アルカリなどが微量に固溶し、これらが多形の安定化や反応性に影響します。
2.2 物理的性質
C₃Sの代表的な物性として、密度はおおむね3.15 g/cm³程度、硬度はモース硬度で5〜6程度が目安です。融点は約2150℃とされますが、実務的には「高温で分解を伴う」取り扱いが適切です。
見た目は純粋なものでは無色から灰白色ですが、実際のクリンカー中では固溶元素や微細組織の影響により色調が変化します。結晶系は温度や固溶の影響で変化し、三斜晶系から単斜晶系、菱面体晶系まで多様な構造をとります。光学的な識別指標として、屈折率が約1.717〜1.724の範囲に入ることが報告されており、偏光顕微鏡観察や鉱物相同定の補助情報として利用されます。
2.3 結晶多形
C₃Sの特徴の一つが、温度や固溶条件によって結晶構造が変化する結晶多形(ポリモルフ)です。C₃Sには、三斜晶系(T₁、T₂、T₃)、単斜晶系(M₁、M₂、M₃)、菱面体晶系(R)の合計7つの多形が知られています。
純粋系の相転移温度は文献により整理の仕方が異なりますが、代表的にはT₁→T₂が約620℃、T₂→T₃が約920℃、T₃→M₁が約980℃、M₁→M₂が約990℃、M₂→M₃が約1060℃、M₃→Rが約1070℃といった順で示されます。
実際のクリンカーでは、微量元素の固溶により、本来高温で安定な単斜晶系(特にM₁やM₃)などが室温でも保持されやすくなります。したがって、多形は「焼成温度そのもの」だけでなく「固溶状態」と「冷却条件」の影響を強く受けると理解するのが実務的です。
3. C₃Sの結晶構造
3.1 基本構造
C₃Sの結晶構造は、SiO₄四面体とCaの配位多面体が三次元的に連結した構造を持ちます。SiO₄四面体は孤立した形で存在し(ネソケイ酸塩型の特徴)、Ca²⁺は酸素原子に囲まれた配位構造をとります。
Ca-O結合は主にイオン結合性を示し、Si-O結合は共有結合性が強いという結合特性の差が、溶解・反応性に影響します。
単位格子定数などの結晶学的パラメータは多形や固溶状態で変化します。代表値としてM₃型の格子定数が文献で示されることがありますが、測定条件(試料の固溶、解析手法)に依存するため、値は「代表例」として扱うのが安全です。
3.2 不純物の固溶
クリンカー中のC₃Sは様々な元素を固溶しています。固溶元素はC₃Sの多形安定性、水和反応性、生成温度域などに影響します。
一般にMg、Al、Fe、S、Na、Kなどが微量に取り込まれ、格子内の置換や電荷補償を伴って構造に入ります。固溶量の上限は「原料・焼成・冷却」「共存相」「分析手法」によって報告がばらつくため、個別数値を断定する場合は出典の明示が望まれます。
3.3 結晶欠陥と反応性
C₃S結晶中には点欠陥、線欠陥、面欠陥などが存在し、水和反応性に影響します。
欠陥は反応開始点となり、局所的な溶解や生成物析出が起こりやすい領域になります。転位密度などの定量値は報告例がありますが、製造条件によって変動が大きい指標であるため、ここでは「欠陥が反応性を左右する」という関係性を押さえるのが実務的です。
4. C₃Sの生成過程
4.1 クリンカー焼成中の生成反応
C₃Sは、セメントキルン内の高温域(概ね1250℃以上で安定化しやすい領域)で生成されます。生成過程は段階的に進行します。
まず、1000〜1200℃程度の温度域で、石灰石由来のCaOと粘土由来のSiO₂が反応してC₂S(ビーライト)が生成されます(固相反応)。
2CaO + SiO₂ → C₂S
次に、より高温域でC₂SとCaOが反応してC₃Sが生成されます。液相の生成により拡散が促進され、反応が進みやすくなります。
C₂S + CaO → C₃S
4.2 生成に影響する因子
C₃Sの生成には、原料条件、焼成条件、鉱化剤の使用などが影響します。
原料設計では、石灰飽和度(LSF)、シリカ率(SR)、鉄率(IM)などの係数でバランスを管理します。各係数の「適正域」は製品設計(強度・発熱・耐久性)や使用する原燃料・設備条件で変動するため、「最適値を断定」するよりも、「工場ごとの管理範囲で調整される」ものとして理解するのが適切です。
焼成条件としては、最高温度域での滞留、液相量、雰囲気(酸化還元)、および冷却条件が重要です。冷却が遅すぎると高温相の分解や粗大化が起こりやすく、反対に急冷は結晶の微細化や多形保持に寄与します。
鉱化剤(例:フッ化物や硫酸塩など)は液相生成温度や反応速度に影響し得ますが、成分設計・品質・環境規制との整合が必要なため、採用は目的と制約条件の中で判断されます。
4.3 微細構造の形成
クリンカー中のC₃S結晶の形態は焼成・冷却条件により変化します。結晶サイズや形態、共存相との組織(共晶状、液相被覆など)は粉砕性や反応性にも関係するため、品質管理では顕微鏡観察やXRD/リートベルト解析などで鉱物相と組織を把握します。
5. C₃Sの水和反応メカニズム
5.1 水和反応の化学式
C₃Sの水和反応は代表的に以下のように表されます。
2C₃S + 6H → C₃S₂H₃ + 3CH
2(3CaO・SiO₂) + 6H₂O → 3CaO・2SiO₂・3H₂O + 3Ca(OH)₂
必要水量(非蒸発水)は生成するC-S-Hの組成仮定や測定条件で変動しますが、目安としてC₃S質量に対し約0.20〜0.24 g/g程度の範囲で扱われることがあります。また水和は発熱反応であり、C₃Sは主要相として温度上昇に寄与します。大型部材では温度ひび割れ(温度応力)との関係で、配合・養生・温度管理をセットで検討する必要があります。
5.2 水和反応の段階的進行
C₃Sの水和は、一般に「初期反応期 → 誘導期(休止期) → 加速期 → 減速期 → 定常期」といった段階で説明されます。
初期反応期(混練直後)ではC₃S表面からCa²⁺やOH⁻が溶出し、溶液pHが上昇します。誘導期では反応速度が低下し、この期間が施工上の可使時間に関係します。加速期ではC-S-HゲルやCHが急速に生成し、凝結・硬化の進行が顕著になります。その後は反応が緩やかになり、長期にわたって微細構造の緻密化が進みます。
5.3 水和生成物の特性
C₃Sの水和で生成する主要な水和物は、C-S-Hゲルと水酸化カルシウム(CH)です。
C-S-Hゲルは、化学組成が(CaO)ₓ(SiO₂)(H₂O)ᵧ(x=0.8〜1.8)として表される不定比化合物です。比表面積が大きく、ナノ〜サブミクロンの空隙を含む層状構造(トバモライト類似として議論されることが多い)を持ち、強度・緻密性に中心的に寄与します。
水酸化カルシウムは六角板状結晶として析出し、pHを高く保つことで鉄筋不動態皮膜の形成に寄与します。一方で、溶脱や中性化により耐久性側の課題にも関係するため、混合材や水結合材比の設計と合わせて評価されます。
5.4 水和反応に影響する因子
C₃Sの水和反応は温度、水結合材比、粒度、混和材・混和剤、溶液組成などの影響を受けます。
温度は特に影響が大きく、一般に温度が高いほど反応は進みやすくなりますが、高温養生では生成物の形態変化や長期特性への影響が議論されます。水結合材比は反応可能な水量と空隙構造に直結し、低水結合材比ほど緻密化しやすい一方、自己乾燥や施工性の課題が顕在化します。
混和剤(促進・遅延・分散)は施工性と反応速度の両面に影響します。たとえば塩化カルシウムは促進効果が知られますが、鉄筋腐食リスク等から適用には制約があります。高性能減水剤は粒子分散により反応環境を変化させるため、配合全体で評価する必要があります。
6. 強度発現メカニズム
6.1 C-S-Hゲルによる強度発現
C₃Sの水和で生成するC-S-Hゲルが強度の主要因となります。結合力には複数のメカニズムが関与していると整理されます。
まず、ファンデルワールス力によるゲル粒子間の物理的引力があります。次に、シロキサン結合(Si-O-Si)や水素結合などの化学的相互作用が関与します。さらに、生成物の成長による機械的嵌合(絡み合い)も重要です。これらが複合して、硬化体としての強度が形成されます。
6.2 強度発現の時間的推移
一般に、C₃Sは初期材齢(特に数日程度まで)の強度発現に強く寄与し、C₂Sは長期材齢の強度増進に相対的に寄与しやすいと整理されます。
ただし、圧縮強度の絶対値や寄与率は、セメントの種類(鉱物組成・比表面積・SO₃/アルカリ等)、水結合材比、養生温度、混和材・混和剤、骨材・ITZの状態などで大きく変動します。そのため、材齢別強度を示す場合は「対象とする配合条件」を併記することが望まれます。
6.3 微細構造と強度
コンクリートの強度は、その微細構造、特に空隙構造に大きく依存します。
毛細管空隙(概ね50 nm〜10 μm)は強度に悪影響を与えやすく、ゲル空隙(概ね2〜50 nm)は強度への影響が相対的に小さいと整理されます。空隙率と強度の関係は、Powers-Brownyard式などの枠組みで議論されます。
また、骨材周囲の界面遷移帯(ITZ)も重要です。この領域は相対的に多孔質になりやすく、微細構造上の弱点となることがあります。高強度化・高耐久化では、このITZを含めた全体の組織設計が課題になります。
6.4 C₃S含有量と強度
セメント中のC₃S含有量と初期強度には相関が見られることが多く、一般にC₃Sが増えるほど初期強度が上がりやすい傾向があります。一方で、長期強度・耐久性・発熱・ひび割れ抵抗性などはC₂Sや混合材、粒度分布、養生条件も含めた総合設計で決まります。
したがって、C₃S/C₂S比は「一意の最適値」があるというよりも、用途(早強・低熱・耐硫酸塩・低炭素など)と制約条件に対して設計されるパラメータと捉えるのが適切です。
7. C₃Sの改質と機能向上
7.1 固溶による改質
C₃Sの性質は、固溶元素により変化します。固溶により結晶多形の安定化、水和反応性、生成温度域などが変化し得ます。
たとえばMgやアルカリの固溶は初期水和を変化させる可能性がありますが、過剰なアルカリはアルカリシリカ反応(ASR)リスクと関係するため、セメントのアルカリ量は規格・用途要件の範囲で管理されます。硫酸塩(SO₃)は凝結調整や反応環境に関与しますが、量が過大になると膨張などのリスクにつながるため、これも規格・品質管理の範囲で扱われます。
7.2 急冷による活性化
クリンカーの冷却条件は、C₃Sの活性や多形保持に影響します。急冷は結晶の微細化、欠陥増加、高温型多形の保持に寄与し得ます。一方で、冷却を含めた焼成条件は燃料・設備・品質・環境制約のバランスで決まるため、「急冷=常に最良」ではなく目的に応じた最適化が必要です。
7.3 粉砕による活性化
粉砕によるメカノケミカル効果も、C₃Sの反応性に影響します。粉砕により新生面が生成され、格子歪みや表面の非晶質化が進むことがあります。
実務では比表面積や粒度分布を品質指標として管理しますが、最適域はセメント種・目標強度・ワーカビリティ・温度ひび割れリスクなどで変わるため、単一の数値を「理想値」として断定するより、用途別の目標範囲として設定するのが適切です。
8. 実用的な応用と最新研究
8.1 高強度セメントへの応用
高C₃S設計(相対的にC₃Sを増やし初期反応性を高めた設計)は、プレキャストや早期脱型が必要な用途などで有効になり得ます。一方で、水和熱増加や温度応力リスク、収縮ひび割れなどの観点で、部材条件に応じた温度管理・配合設計が重要になります。
8.2 低炭素セメントでの役割
環境負荷低減の観点では、クリンカー量の削減(混合材の活用)、焼成プロセスの改善、代替クリンカーの検討などが進んでいます。C₂S(ビーライト)主体の設計は焼成や相組成の観点で議論されており、初期強度の確保や凝結特性、耐久性の設計が主要課題になります。
低炭素設計は「C₃Sを単に下げる」だけでは成立しないため、混合材、促進技術、粒度設計、養生設計をセットで最適化することが重要です。詳細はCO₂削減の記事も参照してください。
8.3 ナノテクノロジーの応用
近年は、ナノシーディング(C-S-H核の添加)などにより、水和初期の核生成・成長を促し、初期強度や初期反応の立ち上がりを改善する研究が進んでいます。効果は材料系・添加量・養生条件で変動するため、性能評価は対象条件を明示した上で行う必要があります。
8.4 最新の分析技術
C₃Sの研究には、環境制御下でのSEM観察、XRD/リートベルト解析、(条件によっては)中性子散乱などが用いられ、水和反応の時間発展をより高精度に捉える試みが進んでいます。さらに分子シミュレーションや反応モデル化により、核生成・成長と溶解の関係を定量的に扱う研究も活発です。
9. まとめと今後の展望
C₃S(エーライト)は、ポルトランドセメントの主要相として、特に初期強度発現に中心的な役割を果たします。結晶構造は多形を持ち、固溶や冷却条件で相安定性と反応性が変化します。水和は段階的に進行し、C-S-HゲルとCHを生成して硬化体の微細構造を形成します。
今後は、環境負荷低減(クリンカー削減・代替相・混合材活用)と性能(初期強度・耐久性・施工性)の同時達成が重要テーマです。ナノレベルでの核生成制御、反応モデルの高度化、データ駆動型の材料設計などにより、C₃Sを含むセメント系材料の設計自由度はさらに広がると期待されます。
参考文献
- H.F.W. Taylor, Cement Chemistry, Thomas Telford.
- A. Cuesta ほか, “Multiscale understanding of tricalcium silicate hydration …”, (2018).
- J.W. Bullard ほか, “A Determination of Hydration Mechanisms for Tricalcium Silicate”, NIST (2008).
- (相組成・多形)C₃Sの多形と相転移温度に関する結晶学・熱力学関連文献。
