はじめに:セメントはなぜ水で固まるのか?
セメントが水で固まるのは「乾燥」ではなく、セメント中の鉱物が水と反応して新しい生成物をつくる水和反応が進むためです。とくに、生成されるケイ酸カルシウム水和物(C-S-H)が粒子間を結び、組織を緻密化させることで強度が発現します。副産物である水酸化カルシウム(CH)も、鉄筋の防錆や混合材反応の基盤として長期性能に大きく関わります。
コンクリート構造物の基盤となるセメント。粉末状のセメントが水と混ざるだけで、なぜ強固な塊に変化するのでしょうか?この不思議な現象の裏には、「水和反応」という複雑で巧妙な化学反応が存在します。
既存の記事では、CO2削減技術や特定の機能を持つセメント(早強・中庸熱)など、応用的・専門的なテーマを多く扱ってきました。しかし、これらの技術を深く理解するためには、まず最も基本的で広く使われている「普通ポルトランドセメント」の硬化メカニズムを知ることが不可欠です。
この記事では、セメント化学の出発点に戻り、以下の点を明らかにします。
- 普通ポルトランドセメントの基本的な水和反応
- 硬化の主役「C-S-H」と、名脇役「CH」の役割
- とくに「CH(水酸化カルシウム)」がコンクリートの長期性能に与える影響
それでは、セメント硬化の核心に迫りましょう。
普通ポルトランドセメントとは?
普通ポルトランドセメント(Ordinary Portland Cement, OPC)は、世界中で最も生産・使用されているセメントの種類です。その汎用性の高さから、一般的なビル、橋、ダムなど、あらゆるコンクリート構造物に使用されています。
主成分は、石灰石や粘土などを高温で焼成して作られる「クリンカー」と、硬化時間を調整するための「セッコウ」です。クリンカーは主に以下の4つの化合物から構成されています。
- エーライト(C3S): 初期強度の発現を担う主要成分。
- ビーライト(C2S): 長期にわたって強度を増進させる成分。
- アルミネート(C3A): 水和反応が非常に速い成分。
- フェライト(C4AF): セメントに灰色を与え、水和に寄与する成分。
これらのクリンカー鉱物が水と反応することで、セメントは硬化していきます。
セメントの硬化メカニズム:水和反応の全体像
セメントの硬化とは、セメント粒子が水と化学的に反応し、新たな化合物を生成して粒子同士が結合していくプロセスです。この一連の反応を「水和反応」と呼びます。
水和反応によって生成される主な物質は、以下の2つです。
- ケイ酸カルシウム水和物(C-S-H): 強度の源泉となる主役。
- 水酸化カルシウム(Ca(OH)2, CH): 副産物でありながら、重要な役割を担う名脇役。
セメント粒子 + 水 空隙が多い 水和反応 生成物 C-S-H(ゲル) CH(結晶) 硬化(緻密化) 空隙が埋まり強度が出る 図:セメントの水和反応の模式図(C-S-HとCHが生成され、粒子間空隙が埋まって緻密化する)。
セメントペースト(セメントと水の混合物)が時間とともに流動性を失い(凝結)、強度を発現していく(硬化)のは、これらの水和物がセメント粒子間の隙間を埋め、緻密で強固な組織を形成するためです。
主役と名脇役:CSHとCHの役割分担
水和反応で生成されるC-S-HとCHは、それぞれ異なる特性と役割を持っています。この二つのバランスが、コンクリートの性能を決定づけると言っても過言ではありません。
強度の源泉「C-S-H(ケイ酸カルシウム水和物)」
C-S-Hは、セメント硬化体の強度を直接的に担う、最も重要な生成物です。その特徴は以下の通りです。
- 不定形(アモルファス): 決まった結晶構造を持たない、非常に微細なゲル状の物質です。
- 高い結合力: 粒子表面積が非常に大きいため、セメント粒子や骨材と強力に結合し、硬化体全体を一体化させます。
コンクリートの圧縮強度の大部分は、このC-S-Hがどれだけ緻密に生成されるかによって決まります。まさに、セメント硬化の「主役」です。
コンクリートの守護神「CH(水酸化カルシウム)」
一方、CHは水和反応の副産物として板状の結晶を形成します。C-S-Hに比べると強度への直接的な寄与は小さいですが、コンクリートの長期的な耐久性において、非常に重要な役割を果たします。
役割1:強アルカリ性の維持と鉄筋の防錆
CHは強アルカリ性の物質であり、コンクリート内部の空隙を満たす溶液(細孔溶液)のpHを12.5以上に保つ役割があります。この強アルカリ環境が、コンクリート内部の鉄筋の表面に「不動態皮膜」と呼ばれる薄い保護膜を形成します。この皮膜が鉄筋を錆から守り、構造物の寿命を延ばすのです。 コンクリート(細孔溶液:高pH) 鉄筋 不動態皮膜(保護膜) CH CHなどがアルカリ性を支え、鉄筋腐食を抑制する 図:CHが寄与する強アルカリ環境により、鉄筋表面に不動態皮膜が形成され防錆に寄与する(模式図)。
もしCHが存在しなければ、コンクリートの中性化が容易に進行し、鉄筋はすぐに錆びてしまいます。CHは、まさに鉄筋コンクリート構造物の「守護神」なのです。
役割2:ポゾラン反応の「種」
フライアッシュや高炉スラグなどの混合材をセメントに加えると、長期的に強度が向上し、耐久性が高まります。これは「ポゾラン反応」と呼ばれる化学反応によるものです。
ポゾラン反応とは、混合材中のシリカ(SiO2)成分がCHと反応し、新たに強度成分であるC-S-Hを生成する反応です。つまり、CHはポゾラン反応を起こすための「種」として機能し、より緻密で耐久性の高いコンクリート組織の形成に貢献します。
CHのデメリット
一方で、CHにはデメリットも存在します。特定の骨材と反応して膨張を引き起こす「アルカリ骨材反応」の原因物質の一つとなったり、水に溶け出しやすい性質から、コンクリート組織内に空隙を作る「溶脱」の原因となったりすることがあります。
既存技術との関連性と今後の展望
今回解説したCHの役割を理解することは、当サイトで紹介している様々な応用技術を理解する上で非常に重要です。
- 混合セメント(フライアッシュ、高炉スラグ): これらの混合材は、CHを消費してC-S-Hを生成するポゾラン反応を利用しています。これにより、長期強度の向上だけでなく、アルカリ骨材反応の抑制や水密性の向上といったメリットが生まれます。
- CO2削減技術: セメント製造時のCO2排出量を削減するため、クリンカーの使用量を減らし、混合材の比率を高める動きが加速しています。この際、十分なアルカリ性を確保しつつ、いかにして優れた性能を発揮させるか、という点でCHの挙動を理解することが鍵となります。
このように、セメント化学の基礎である水和反応とCHの役割は、最先端の環境技術や高耐久化技術と密接に結びついています。
まとめ
今回は、最も基本的な普通ポルトランドセメントの硬化メカニズムと、その中で重要な役割を果たす水酸化カルシウム(CH)に焦点を当てて解説しました。
- セメントの硬化は、水との化学反応(水和反応)によってC-S-HとCHが生成されるプロセスです。
- C-S-Hは強度の主役であり、セメント粒子間を結合させます。
- CHは単なる副産物ではなく、コンクリート内部を強アルカリ性に保ち鉄筋を防錆する、またポゾラン反応の源となるなど、長期耐久性における重要な役割を担っています。
この記事で得た基礎知識は、より専門的なセメント技術やコンクリートの劣化現象を理解するための強固な土台となります。今後も、基礎から応用まで、セメント・コンクリートの世界を深く探求していきましょう。
相平衡や熱力学の基礎をまとめて確認したい場合は、セメントの相平衡と熱力学の基礎もあわせて参照してください。