この記事の要旨
下水道コンクリートの「微生物腐食(MICC)」は、嫌気環境で硫酸塩還元細菌(SRB)が硫化水素(H₂S)を生み、管路上部で硫黄酸化細菌(SOB)がそれを硫酸(H₂SO₄)へ酸化することで進行します。結果として、コンクリート表面のpHが大きく低下し、石膏やエトリンガイトの生成・膨張を伴いながら劣化が加速します。対策は大きく「硫化水素の発生抑制」「材料・被覆による防護」「診断・モニタリング」の3系統で考えるのが実務的です。
- 何が起きているか:SRB→H₂S発生、SOB→H₂SO₄生成、コンクリートが化学的に破壊
- なぜ下水道で起きるか:嫌気環境、有機物、滞留、温度、堆積物、換気条件が重なる
- どこが危ないか:マンホール天井部、圧送管→自然流下管の移行部、流量変動が大きい箇所
- どう守るか:発生抑制(運用・薬剤)/防護(被覆・材料)/見える化(H₂S・pH・厚さ)
はじめに
毎日当たり前のように使っている下水道。トイレを流し、洗面所で歯を磨き、お風呂に入る。これらの生活排水は全て下水道を通って処理場へと運ばれています。しかし、この見えない地下のインフラで、今この瞬間も静かに、そして確実に進行している深刻な問題があることをご存じでしょうか。
それは、微生物による下水道管の腐食です。特に、硫酸塩還元細菌(Sulfate-reducing bacteria, SRB)と呼ばれる微生物が関与する「微生物腐食(MICC:Microbially Induced Concrete Corrosion)」は、世界中の都市インフラにとって頭痛の種となっています。日本でも例外ではなく、建設から数十年が経過した下水道管の老朽化問題と相まって、この微生物腐食は喫緊の課題となっているのです。
硫酸塩還元細菌とは何者なのか
硫酸塩還元細菌という名前だけ聞くと、何やら難しそうな印象を受けるかもしれません。しかし、これらの微生物は実は私たちの身の回りに普通に存在している生き物なのです。海水や湖沼、湿地、そして土壌中など、酸素の少ない環境であればどこにでも見つけることができます。
これらの細菌の特徴は、その名前が示す通り「硫酸塩を還元する」ことです。私たちが酸素を吸って生きているのと同じように、硫酸塩還元細菌は硫酸塩(SO₄²⁻)を「呼吸」の材料として使って生きています。この呼吸の過程で、硫酸塩は硫化水素(H₂S)に変化します。この硫化水素こそが、下水道コンクリートの腐食問題の起点となるのです。
硫化水素と聞いて、温泉地で嗅ぐあの独特な卵の腐ったような臭いを思い浮かべる方も多いでしょう。まさにその通りで、下水道から時々漂ってくる嫌な臭いの正体も、多くの場合この硫化水素なのです。しかし、臭いの問題だけではありません。この硫化水素が、最終的にはコンクリートを劣化させる硫酸へと変換され得る点が、インフラ維持管理上の本質的なリスクです。
下水道という特殊な環境
下水道は硫酸塩還元細菌にとって、まさに理想的な生育環境と言えるでしょう。まず第一に、下水道管内、特に汚水が流れている部分は酸素濃度が非常に低い嫌気的環境です。これは硫酸塩還元細菌が最も活発に活動できる条件です。
さらに、生活排水や産業排水には豊富な有機物が含まれています。これらの有機物は細菌のエネルギー源となります。また、下水中の硫酸塩は流域の水質・産業排水・海水影響など複数要因で変動しますが、上水処理で用いられる硫酸系薬品(例:硫酸アルミニウム、硫酸鉄など)が硫酸塩供給源の一つになり得る点も、運用面で議論される重要ポイントです(寄与率は地域・季節・運転条件で大きく変わります)。
温度条件も細菌の成長を促進します。地下に埋設された下水道管内は、年間を通じて比較的安定した温度を保っており、特に夏季には細菌活動が活発化しやすい傾向があります。これらすべての条件が重なることで、下水道は硫酸塩還元細菌の活動にとって最適な環境となっているのです。
コンクリート腐食の複雑なメカニズム
下水道でのコンクリート腐食は、単純な化学反応ではなく、複数の微生物が関わる複雑な生物化学的プロセスです。このプロセスは大きく分けて二段階で進行します。
第一段階:硫化水素の生成と放出
まず、下水道管の底部や沈殿物の中で硫酸塩還元細菌が活動し、硫化水素を生成します。この硫化水素は水中に溶解していますが、水流の乱れや温度変化によって気体として水面から放出されます。特に圧送管から自然流下管への移行部分や、マンホールなどの構造物周辺では、この硫化水素の放出が顕著に見られます。
第二段階:硫化水素の酸化と硫酸の生成
水面から放出された硫化水素は、管路上部の空気中に拡散します。ここで新たな主役が登場します。それが硫黄酸化細菌(Sulfur-oxidizing bacteria, SOB)です。これらの細菌は、硫化水素を酸化してエネルギーを得る好気性細菌で、コンクリート表面に形成されるバイオフィルム(生物膜)中に生息しています。
硫黄酸化細菌による硫化水素の酸化は段階的に進行します。最初に硫化水素は元素硫黄(S⁰)に酸化され、さらにチオ硫酸塩(S₂O₃²⁻)などの中間体を経て、最終的に硫酸(H₂SO₄)まで酸化されます。この過程で、コンクリート表面のpHは初期のアルカリ性から低下し、腐食が進んだ部位では強酸性に至ることもあります。
コンクリートの化学的破壊
生成された硫酸は、コンクリートの主成分であるセメント硬化体と反応します。特に、セメントの主要な結合材であるケイ酸カルシウム水和物(C-S-H)や水酸化カルシウム(Ca(OH)₂)と反応して、構造的な強度を持たない石膏(CaSO₄・2H₂O)やエトリンガイト(ettringite)を形成します。これらの反応生成物は体積変化を伴うため、コンクリート内部に微細なクラックを発生させ、さらなる酸の浸透を促進する悪循環を生み出します。
被害の実態と経済的インパクト
この微生物腐食による被害は、想像以上に深刻です。適切な対策が講じられていない下水道管では、コンクリート表面の損耗が「年あたり数ミリメートル規模」に達することがあり、部位・換気条件・硫化水素負荷によってはさらに進行が早まります。これは、一般的な化学的劣化と比べても進行が速く、維持管理の前提(点検周期・補修周期)を崩し得ます。
経済的な損失も大きく、下水道インフラの維持管理費用の中で微生物腐食は無視できない割合を占めます。日本国内でも、老朽化した下水道管の更新費用は年々増加しており、その中で微生物腐食による早期劣化は大きな負担となっています。
実際の被害事例を見ると、建設から比較的短期間で大規模な補修が必要となるケースも報告されています。特に温暖で湿潤な日本の気候条件下では、細菌活動が活発になりやすく、被害の進行が早い傾向にあります。また、マンホールの天井部分や、流量変化の大きい箇所では、特に深刻な腐食被害が観察されます。
腐食リスクが高まりやすい代表例(点検の当たりをつける上で有用):
- マンホール天井部・管路上部(冠部):結露+H₂S蓄積が起きやすい
- 圧送管→自然流下管の移行部:H₂S放散が増えやすい
- 滞留・堆積が起きる区間:嫌気化が進みSRBが優位になりやすい
- 換気が不十分な区間:ガスが滞留しやすい
微生物群集の動態と環境要因
近年の分子生物学的手法の発達により、下水道環境における微生物群集の詳細な構造が明らかになってきました。硫酸塩還元細菌は単独で存在するのではなく、他の多様な微生物と複雑な生態系を形成しています。
主要な硫酸塩還元細菌として、デスルフォビブリオ属(Desulfovibrio)、デスルフォバクテリウム属(Desulfobacterium)、デスルフォトマキュラム属(Desulfotomaculum)などが同定されています。これらの細菌は、それぞれ異なる環境条件を好み、季節変動や水質変化に応じて優占種が変化することが知られています。
一方、硫黄酸化細菌についても、コンクリート表面での群集構造の遷移パターンが詳しく研究されています。腐食の初期段階では中性〜弱酸性条件を好む細菌が優占しますが、pH が低下するにつれて、より酸性条件に適応した Acidithiobacillus thiooxidans や Acidithiobacillus ferrooxidans などが優占するようになります。これらの極酸性菌は強酸性環境でも生育可能で、コンクリートの最終的な破壊段階を担っています。
最新の対策技術と研究動向
この深刻な問題に対して、世界中で様々な対策技術が開発・研究されています。これらの対策は大きく分けて、「予防的対策」と「対症療法的対策」に分類できます。
実務上は、次の3系統で整理すると意思決定がしやすくなります。
- 発生抑制(硫化水素を出さない・溜めない)
- 防護(酸を当てない・反応させない)
- 見える化(どこが、どれだけ危ないかを定量で掴む)
予防的対策
最も根本的な対策は、硫化水素の発生そのものを抑制することです。前述のとおり硫酸塩供給源は複数ありますが、運用設計の観点では「硫化水素が生まれやすい条件」を崩すことが効きます。例えば、滞留時間を短縮する管路設計や、適切な勾配の確保による嫌気的環境の形成抑制などが重要です。さらに、定期的な管路清掃により、硫酸塩還元細菌の温床となる堆積物を除去することも効果的です。
材料改良による対策
コンクリート自体の耐酸性を向上させる研究も活発に行われています。従来のポルトランドセメントに代わる結合材として、フライアッシュやスラグを大量に使用したアルカリ活性化材料(AAM)は、優れた耐酸性を示すことが報告されています。これらの材料は、硫酸攻撃に対する抵抗性が高く、かつ微生物の付着・増殖を抑制する効果も期待されています。
また、抗菌剤を混入したコンクリートの開発も進んでいます。銀イオンや亜鉛イオンなどの金属系抗菌剤、あるいは有機系の抗菌剤を適量配合することで、コンクリート表面での微生物増殖を長期間にわたって抑制する技術が実用化されています。
表面処理技術
既設の下水道管に対しては、表面処理による対策が現実的な選択肢となります。エポキシ樹脂やポリウレタンなどの有機系被覆材、あるいはアルミナセメントなどの無機系被覆材により、コンクリート表面を酸から保護する技術が広く採用されています。
近年では、ナノテクノロジーを活用した超耐久性被覆材の開発も進んでいます。ナノサイズの粒子を配合した被覆材は、従来材料と比べて優れた緻密性と耐久性を示し、長期間にわたって保護効果を維持できることが期待されています。
診断・モニタリング技術の進歩
効果的な対策を実施するためには、腐食状況の正確な把握が不可欠です。従来の目視点検に加えて、近年では様々な非破壊検査技術が開発されています。
超音波厚さ計による測定、電磁誘導法によるコンクリート表面の劣化深さ測定、さらには X 線 CT による内部構造の可視化など、高精度な診断技術により、腐食の進行状況を監視することが可能になっています。
また、硫化水素濃度や pH の連続モニタリングシステムにより、腐食リスクの早期予測も実現しつつあります。これらのデータを AI 技術と組み合わせることで、最適なメンテナンス時期の予測や、効率的な対策の選択が可能になると期待されています。
国際的な研究協力と標準化の動向
この問題は日本だけでなく、世界共通の課題として認識されています。オーストラリア、ヨーロッパ、北米などの研究機関では、国際的な共同研究プロジェクトが進行中です。特に、オーストラリアのクイーンズランド大学を中心とした研究グループは、硫化水素制御技術の開発において世界的にリードしており、日本の研究機関との共同研究も行われています。
標準化の面では、ISO(国際標準化機構)や ASTM(米国材料試験協会)において、微生物腐食試験方法や耐酸性コンクリートの性能評価方法の標準化作業が進んでいます。これらの国際標準により、世界共通の評価基準が確立されれば、技術開発の加速と対策の普及が期待されます。
持続可能な下水道システムに向けて
気候変動による異常気象の増加や、都市化の進行により、下水道システムへの負荷は今後さらに増大することが予想されます。このような状況下で、微生物腐食対策は単なる維持管理の問題を超えて、持続可能な都市インフラの構築という観点から重要な課題となっています。
循環型社会の構築という視点から見ると、下水道で発生する硫化水素を有効活用する技術開発も注目されています。硫化水素から水素ガスを回収してエネルギー源として利用する技術や、硫黄を回収して工業原料として再利用する技術などが研究されています。これらの技術により、廃棄物を資源に変える「都市鉱山」の概念が下水道分野でも実現しつつあります。
今後の展望と課題
硫酸塩還元細菌による下水道コンクリート腐食問題の解決に向けて、技術的な進歩は着実に進んでいますが、まだ多くの課題が残されています。
まず、対策技術のコスト面での課題があります。高性能な材料や高度な処理技術は、初期投資が大きくなる傾向にあり、自治体の財政負担が問題となっています。長期的な経済性を考慮したライフサイクルコスト評価に基づく意思決定支援の枠組みが求められています。
また、既存インフラの大規模な更新には長期間を要するため、段階的かつ効率的な更新計画の策定が重要です。リスクベースアセスメントによる優先順位付けや、限られた予算の中で最大の効果を得るための戦略的アプローチが必要とされています。
技術面では、より長期間にわたって効果を持続できる対策技術の開発が課題です。特に、抗菌効果の持続性や、多様な環境条件に対する適応性の向上が重要な研究テーマとなっています。
まとめ:見えない敵との長期戦
硫酸塩還元細菌による下水道コンクリートの腐食問題は、まさに「見えない敵」との闘いと言えるでしょう。地下深くで静かに進行するこの問題は、日常生活では直接目にすることがありませんが、都市インフラの持続可能性に深刻な影響を与えています。
しかし、この記事で紹介したように、問題のメカニズムは科学的に解明されつつあり、様々な対策技術も開発されています。重要なのは、この問題が単純な技術的課題ではなく、微生物生態学、材料科学、環境工学、経済学など、多分野にわたる総合的なアプローチが必要だということです。
私たち一人一人にできることは限られているかもしれませんが、この問題への理解を深め、持続可能な都市インフラの重要性を認識することから始まります。研究者、技術者、行政、そして市民が協力して取り組むことで、この見えない敵との長期戦に勝利し、次世代に安全で持続可能な都市環境を引き継ぐことができるのです。
地下に張り巡らされた下水道網は、まさに都市の生命線です。その健全性を維持することは、私たちの快適で安全な生活を守ることに直結しています。硫酸塩還元細菌という小さな生物が引き起こす大きな問題に対して、科学の力で立ち向かう挑戦は、これからも続いていくのです。
FAQ(よくある質問)
Q1. SRB(硫酸塩還元細菌)とSOB(硫黄酸化細菌)の違いは何ですか?
SRBは嫌気環境で硫酸塩を還元し、硫化水素(H₂S)を生成します。SOBは好気環境で硫化水素などを酸化し、最終的に硫酸(H₂SO₄)を生成し得ます。下水道のMICCは、この「H₂Sの生成」と「H₂SO₄への酸化」が分業的に起きる点が特徴です。
Q2. 腐食は下水管のどこで起きやすいですか?
一般に、管路上部(冠部)やマンホール天井部など、ガスが滞留しやすく結露が起きる場所で進みやすい傾向があります。また、圧送管から自然流下管に切り替わる部位や、流量変動が大きい箇所も注意が必要です。
Q3. 対策は何から始めるのが現実的ですか?
既設管であれば、(1)臭気・H₂S・結露などの兆候把握、(2)リスクの高い区間の特定、(3)被覆などの防護、(4)運用(清掃・滞留抑制)の見直し、という順で進めると投資対効果を出しやすくなります。新設なら設計段階で滞留・換気・清掃性を織り込むことが有効です。
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