日本の下水道インフラは、高度経済成長期の急速な整備から半世紀が経過し、今まさに老朽化という深刻な問題に直面しています。全国約50万キロメートル(都市下水路を除く)に及ぶ下水道管路のうち、標準耐用年数とされる50年を超える管路が急速に増加しており、10年後(令和15年度末)には約10万キロメートル(約20%)、20年後(令和25年度末)には約21万キロメートル(約42%)に達すると予測されています。
こうした状況の中で、特に深刻な問題となっているのがコンクリート管の腐食による劣化です。下水道管路では、管内で発生する硫化水素が硫酸に変化し、コンクリートを侵食する「硫酸腐食」が進行します。この腐食は管路の強度を著しく低下させ、道路陥没などの重大事故につながる危険性があります。実際に2025年1月28日には埼玉県八潮市で流域下水道管の破損に起因するとみられる道路陥没事故が発生し、改めて下水道管路の維持管理の重要性が注目されました。
本記事では、下水道管路の老朽化の現状を整理し、コンクリートの腐食メカニズムを科学的に解説するとともに、最新の補修・更新技術や予防保全の取り組みについて詳しく紹介します。
下水道管路老朽化の現状と社会的影響
全国規模で進行する老朽化
下水道事業は昭和40年代以降に各地で急ピッチに整備が進められました。当時建設された管路の多くが同時期に耐用年数を迎えることから、今後数十年にわたって更新需要がピークを迎えると予想されています。
国土交通省の整理によると、令和5年度末時点で標準耐用年数50年を経過した下水道管路は約4万キロメートル(総延長の約7%)ですが、10年後(令和15年度末)には約10万キロメートル(約20%)、20年後(令和25年度末)には約21万キロメートル(約42%)へと急速に増加する見込みです。
老朽化の進行に伴い、下水道管路の破損による道路陥没事故も発生しています。国土交通省資料では、下水道管路に起因する道路陥没は平成27年度に約3,300件とされ、近年でも令和4年度に約2,600件が発生しています。加えて、布設後30年程度を境に道路陥没が増加する傾向が指摘されています。
特に懸念されるのは、20年後には耐用年数を超過する管路が約21万キロメートル(地球を約5周する距離に相当)に達する見込みであることです。これは日本のインフラ維持管理における最も重要な課題の一つとなっています。
経済的インパクトの深刻化
下水道管路の老朽化は単なる技術的問題にとどまらず、深刻な経済的影響をもたらします。アメリカの事例では、腐食による下水道資産の損失が年間約140億ドル規模に達するとの推計もあり、日本においても同様に大きな経済損失が懸念されています。
また、老朽化に伴う緊急修理や応急対応は、計画的な更新工事と比較して大幅にコストが高くなる傾向があります。予防保全の概念が注目される背景には、こうした経済性の観点も大きく影響しています。
コンクリート腐食のメカニズム
硫化水素による生物学的腐食プロセス
下水道管内でのコンクリート腐食は、主に硫化水素(H2S)を起点とした複雑な生物学的・化学的プロセスによって引き起こされます。この現象は「生物学的誘発コンクリート腐食(Microbiologically Induced Concrete Corrosion)」と呼ばれ、通常の化学的腐食とは異なる特徴を持っています。
腐食のメカニズムは以下のような段階で進行します。まず、下水道管内の嫌気状態において、汚水中の硫酸塩(SO4²⁻)が硫酸塩還元細菌によって硫化水素(H2S)に還元されます。この硫化水素は、下水の流れの高低差がある箇所や攪拌される箇所で気相中に放散され、管内の結露に溶け込みます。
続いて、管壁上の好気状態において、硫黄酸化細菌や鉄酸化細菌が硫化水素を酸化させ、硫酸(H2SO4)を生成します。生成された硫酸は、コンクリートの主要成分である水酸化カルシウム(Ca(OH)2)と反応し、強度のない石膏状の物質に変化させてしまいます。
腐食の特徴と進行パターン
下水道管路におけるコンクリート腐食の特徴は、腐食が特定の部位に集中することです。特に管内の水面より上部の「気相部」において腐食が進行しやすく、天井部から側壁部にかけて著しい劣化が見られます。
腐食の進行速度は環境条件によって大きく異なりますが、最も過酷な条件下では年間10mm以上の腐食が進行する場合もあります。一般的には年間1〜3mm程度とされていますが、長期的には管路の構造的健全性に重大な影響を与えます。
腐食によるコンクリートの劣化は段階的に進行します。初期段階では表面の中性化が進行し、アルカリ性が低下します。次に、硫酸による化学反応で石膏やエトリンガイトが生成され、コンクリートが軟化します。最終的には、軟化した部分が流下水によって洗い流され、断面欠損が進行します。
補修・更新技術の最新動向
既設管内補修工法の進化
老朽化した下水道管路の補修・更新には、大きく分けて「開削更新」と「非開削工法」があります。開削更新は確実性が高い一方で、交通規制や騒音・振動などの社会的影響が大きく、都市部では施工が困難な場合が多いです。
これに対して非開削工法は、既設管を掘り起こすことなく内部から補修・更新を行う工法で、社会的影響を最小限に抑えることができます。代表的な非開削工法として、管更生工法(CIPP)、スリップライニング工法、スパイラル工法などがあります。
近年注目されているのが、エンジニアード・セメンティシャス・コンポジット(ECC)を用いた補修工法です。ECCは高い靭性とひび割れ分散性を持つ繊維補強セメント系材料で、従来のモルタルやコンクリートと比較して優れた性能を示します。
エンジニアード・セメンティシャス・コンポジット(ECC)の応用
ECCを下水道管路補修に適用するため、様々な施工技術が開発されています。特に注目されるのが、遠心スプレー技術を組み合わせたCS-ECCライニング(Centrifugally Sprayed ECC)工法です。
従来のECCは粘度が高く、現場施工が困難という課題がありましたが、CS-ECC工法では高性能減水剤による粘度低下と、硬化時間調整のためのクエン酸、繊維分散性向上のためのハイブリッド合成繊維を組み合わせることで、現場施工性を大幅に改善しています。
実験結果によると、25mmのCS-ECCライニングにより、ひび割れた既設コンクリート管の耐荷重性能が2.2倍、変形性能が1.5倍に向上することが確認されています。また、自己治癒能力や既設管との一体化性能なども備えており、コンクリート管路の長寿命化技術として大きな期待が寄せられています。
点検・診断技術の高度化
TV カメラ調査の効率化
下水道管路の状態把握において、TVカメラ調査は最も一般的な手法です。しかし、従来の調査方法では管内の清掃が必要で、1日あたり約200メートル程度しか調査できないという課題がありました。また、清掃時に発生する汚泥の処理費用も大きな負担となっていました。
これらの問題を解決するため、管内を清掃せずに調査を行う新しい技術が開発されています。調査ロボットを用いて下水を流したまま管内の状況を撮影し、画像解析技術により自動的に不具合を検出するシステムです。この技術により調査効率が大幅に向上し、コスト削減も実現されています。
機械学習による腐食予測
最新の研究では、機械学習技術を活用したコンクリート腐食の予測システムが開発されています。ガウシアンプロセス回帰(GPR)モデルを用いた手法では、4.5年間の実験室データと現場測定データを組み合わせることで、高精度な腐食予測を実現しています。
この予測システムの特徴は、単なる点予測ではなく、予測の不確実性も同時に提供することです。これにより、補修・更新の意思決定においてリスクを考慮した合理的な判断が可能となっています。従来の多重線形回帰やニューラルネットワークと比較して、予測精度と信頼性の両面で優れた性能を示しています。
Ground Penetrating Radar(GPR)の活用
地中レーダー技術(GPR)は、地面を掘ることなく埋設管の状態を調査できる革新的技術です。デジタル・スキャニング・エバリュエーション技術(DSET)と組み合わせることで、埋設管路の詳細な状態情報を収集できます。
この技術の応用例として、アリゾナ州フェニックス市での大口径PVCライニングコンクリート管の調査プロジェクトが挙げられます。ロジスティック回帰を用いた予測モデリングと組み合わせることで、劣化の進行度を定量的に評価し、効果的な維持管理計画の策定に成功しています。
予防保全とストックマネジメント
ストックマネジメントの概念と重要性
ストックマネジメントは、長期的な視点でインフラ資産の維持管理を行い、ライフサイクルコストを最小化する管理手法です。下水道管路においては、定期的な点検・調査に基づいて劣化状況を把握し、適切なタイミングで補修・更新を行うことが重要です。
国土交通省は、下水道ストックマネジメント支援制度を設け、地方自治体による計画的な維持管理を支援しています。この制度では、点検・調査結果に基づく状態評価、リスク評価、対策優先順位付けなどを体系的に行うことが求められています。
リスクベース管理の導入
限られた財源の中で効率的な維持管理を行うため、リスクベース管理の導入が進んでいます。リスクベース管理では、管路の劣化度だけでなく、破損した場合の影響度(重要度)を考慮して対策の優先順位を決定します。
重要度の評価には、交通量、周辺人口、代替ルートの有無、重要施設への影響などが考慮されます。特に幹線管路やポンプ場への接続管など、下水道システムの機能に重要な管路は優先的に対策を行う必要があります。
今後の展望と課題
技術革新への期待
下水道管路の長寿命化には、材料技術、施工技術、診断技術の総合的な進歩が必要です。特に、耐硫酸性に優れた新材料の開発、施工効率を向上させる工法の改善、AIを活用した診断・予測技術の実用化が期待されています。
また、既設インフラの維持管理には多大な費用が必要であり、技術革新によるコスト削減は重要な課題です。効率的な点検技術、長寿命化技術の開発により、維持管理費用の抑制と安全性の確保を両立することが求められています。
人材育成と体制整備
技術的課題とともに、維持管理を担う人材の確保・育成も重要な課題です。下水道事業の現場では、技術者の高齢化と人材不足が深刻化しており、若手技術者の育成と技術継承が急務となっています。
また、最新技術の導入には、自治体、企業、研究機関の連携が不可欠です。産学官連携による技術開発と実証、標準化の推進、情報共有体制の整備などが重要となります。
まとめ
日本の下水道管路は急速に老朽化が進行しており、コンクリート管の腐食による劣化は深刻な社会問題となっています。硫化水素を起点とした生物学的腐食メカニズムの理解と、それに対応した補修・更新技術の開発が重要です。
CS-ECCライニングなどの新しい補修技術、機械学習やGPRを活用した診断技術の高度化、ストックマネジメントによる計画的維持管理など、様々な取り組みが進められています。これらの技術と管理手法を組み合わせることで、下水道インフラの長寿命化と安全性確保を実現することが期待されます。
今後は技術革新とともに、人材育成と体制整備を進め、持続可能なインフラ維持管理システムを構築することが重要となるでしょう。
参考文献
- Zhu, M., et al. (2021). Trenchless rehabilitation for concrete pipelines of water infrastructure: A review from the structural perspective. Tunnelling and Underground Space Technology, 114, 104072. https://doi.org/10.1016/j.tust.2021.104072
- Hojat Jalali, H., & Abuhishmeh, K. (2023). Reliability Assessment of Reinforced Concrete Sewer Pipes under Adverse Environmental Conditions: Case Study for the City of Arlington, Texas. Journal of Pipeline Systems Engineering and Practice, 14(2). https://doi.org/10.1061/JPSEA2.PSENG-1406
- Jiang, G., et al. (2017). Prediction of concrete corrosion in sewers with hybrid Gaussian processes regression model. RSC Advances, 7(48), 30289-30299. https://doi.org/10.1039/C7RA03959J
- 国土交通省. 「下水道の維持管理」. https://www.mlit.go.jp/mizukokudo/sewerage/crd_sewerage_tk_000135.html
- 国土交通省. 「下水道管路メンテナンス年報(令和5年度とりまとめ)」. https://www.mlit.go.jp/mizukokudo/sewerage/content/001769140.pdf
- 埼玉県. 「流域下水道管に起因する道路陥没事故の発生について(発生:令和7年1月28日)」. https://www.pref.saitama.lg.jp/c1502/news/page/news2025050201.html
- 日本下水道新技術機構 (2024). 「更生・修繕技術審査証明」. https://www.jiwet.or.jp/examination/更生技術-3-4
