コンクリートの配合を語るとき、最初に問うべきは何か。今日なら多くの現場で「水セメント比(w/c)」という答えが返ってきます。この“当たり前”を最初に一本の法則へまとめ、実務の言語にまで落としたのが、1918年のダフ・アブラムズでした。アブラムズは、強度を上げたければセメント量を闇雲に増やすよりも、入れる水の量をどう抑えるかが決定的だと示します。彼の実験室で整えられた曲線は、のちの100年を貫くコンパスになり、私たちの配合設計・耐久設計・品質管理の考え方を根こそぎ変えました。
アブラムズの核心は驚くほどシンプルです。水が多いほど毛細管孔が残り、硬化体はスカスカになる。逆に、必要最小限の水なら、反応生成物(CSH など)が空隙を埋めて、緻密な骨格が育つ。彼は実験で得た多数のデータを、一つの経験式――いわゆるアブラムズの式――に整理し、強度と w/c の逆相関を明快に打ち出しました。重要なのは、この法則が**材料の種類や材齢が変わっても成立する“枠”を与え、その後の研究者が条件に応じた一般化(Generalization)**を積み重ねられる土台になったことです。
当時の目から見れば、これは“強度の地図”の誕生でした。曲線の左側(低 w/c)へ行くほど強度は上がり、右側(高 w/c)へ行くほど下がる。地図があれば、施工の難しさやワーカビリティの課題を別の手段――たとえば化学混和剤や骨材の詰め方――で解き、水だけは安易に足さないという判断ができます。のちに高性能減水剤が普及すると、この思想は一段と力を持ちます。水を減らしつつ流動性を確保するという現場の理想が、実装可能になったからです。
では、なぜ w/c が強度の“主旋律”になれるのか。微視構造の言葉で言い換えると、毛細管孔の総量と連結性が w/c によってほぼ一義的に決まるからです。水が多いほど、反応で消費されずに残る水が蒸発し、連結した毛細管が形成されやすい。これは単に圧縮強度に効くだけでなく、水や塩の通り道にもなり、耐久性を長期にわたって左右します。後年の理論研究は、強度と空隙(あるいは porosity)の関係式を一般形へと拡張し、アブラムズの式が**“空隙—強度”関係の一つの特殊形であることを示しました。こうして、経験則は物理モデルの一員**として位置づけ直されます。
もっとも、アブラムズの曲線を“万能鍵”だと誤解してはいけません。彼自身の実験も、材料が変われば定数が変わることを示していました。セメントの比表面積や化学組成、骨材の吸水、養生温度、材齢――どれも曲線の位置や形を動かします。現代の総説や一般化研究は、こうした変動要因を年齢関数や材料パラメータとして式に組み込み、配合や施工条件を越えて予測精度を高めてきました。要するに、w/c 則は「正しいか否か」ではなく、どの条件で、どの範囲まで正確かという形で使うべき道具なのです。
実務の視点では、アブラムズが残した最も大きな遺産は、配合と品質管理の思考順序にあります。すなわち、(1) 目標強度や耐久性能から許容 w/c を逆算し、(2) その w/c で必要な流動性を混和剤と粒度設計で満たし、(3) 養生と打込み・締固めで孔の連結を抑える。逆に言えば、フレッシュ時の作業性のために水を足すのは、強度・耐久・収縮の複合損失を招く最短ルートです。アブラムズは、現場にとって最も危険な“安易な解決策”に赤信号を灯しました。
研究面では、w/c 則はのちの巨視モデルと微視モデルをつなぐ“対話のハブ”になりました。Powers–Brownyard の非蒸発水と空隙の整理は、w/c を物質収支の言葉に載せ替え、どれだけの CSH ができ、どれだけの空隙が残るかを量で描きます。さらに 1990 年代以降、29Si NMR や散乱法によって CSH の鎖長や密度が測られると、空隙の質まで議論に入ってきました。アブラムズの曲線は、こうして“空隙量の指標”から“空隙構造の入口”へと再解釈され、今日のマルチスケール研究の座標軸の一つになっています。
耐久設計にとっても、w/c はいまだに最強のシンプル指標です。塩化物浸透、凍害、ASR、硫酸塩――現象の物理はそれぞれ異なりますが、空隙の量と連結性という観点に戻ると、許容 w/c の目盛りが最初の防波堤になります。もちろん、混和材の利用や炭酸化の影響など、現代的な要素は多い。しかし、設計や規格が最初に置く“線”はやはり w/c で、残る課題はその線の両側をどう賢く使い分けるかという戦術です。
最後に、学び始めの読者へのヒントを一つ。アブラムズを読み解くコツは、「水は反応のためだけに要るのではない」と理解することです。水は流動性を与える溶媒であり、**空隙を生む“足跡”**でもある。だから、配合計画の第一歩は、水の行方と役割を二つに分けて考えること。アブラムズの曲線は、その二重性を一本の目盛りに押し込めた、100年効く設計図なのです。
参考文献
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