2010年代のCSH研究は、「どこに何が、どんな結びつきで、どのくらいの密度で存在しているのか?」を、ナノ〜メソスケールで“見える化”しつつ、第一原理・分子動力学・連続体モデルへ橋渡しする流れが加速しました。とくにSTEM-EELS(走査透過電子顕微鏡/電子エネルギー損失分光)やSTXM-NEXAFS、EXAFS(拡張X線吸収微細構造)のような元素選択・局所配位感度の高い分光が、CSHのカルシウム配位やシリケート鎖の重合度、アルミ取り込みの度合いを、直接的に定量化するための“ものさし”になりました。一方、メゾスケールの粒子凝集像とナノ力学をつなぐ計算は、観測で得た数値を初期条件・検証値に据えることで、実験×計算の往復を常態化させています。
なぜ「STEM-EELS/EXAFS」なのか
CSHは結晶度が低く、XRDだけでは“平均像”しか見えません。EELSやXANES/EXAFSは、**特定元素の近傍(第一・第二配位圏)**に敏感です。たとえばCaのL₂,₃エッジやSiのKエッジは、配位数や結合の対称性、シリケート鎖の重合度の変化に反応します。これにより、乾湿の履歴や混和材による化学環境の違いが、局所の配位変化として読み取れるようになりました。STEM像と同期させれば、繊維状や箔状に見えるCSHの内部で、どこが“よりトバモライト的”で、どこが“より欠陥的”かを、ナノメートルスケールでマップできます。
STXM-NEXAFSは、薄片化した水和試料をほぼ「生のまま」観察できる利点があります。CaCl₂などの促進材やイオン環境を切り替えたとき、早期に生じる局所化学の差が、後のメソ構造や力学に波及する——そうした“因果の芽”を現場のRH・温度条件に近い状態でとらえられる点が、この10年で大きく評価されました。
EXAFSが与えた“数”の重み
EXAFSはバックグラウンドを取り除いた吸収端後の振動を解析し、平均配位数、結合距離、熱振動の大きさを直接パラメータとして返してくれます。CSHで繰り返し議論されてきた「Caのサイトはどの程度ゆらいでいるのか」「Alが入るとSi鎖長はどう伸びるのか」といった問いに、統計的に頑健な数値で答える枠組みが整い、NMRや全散乱(PDF)と相補的に使う設計が定着しました。局所配位の“数”は、後段の分子動力学(MD)や反応力場の設定、さらにはメソスケールの粒子パッキングや空隙ネットワークの初期化にも、そのまま流し込めます。
「見える化」から「つなぐ」へ:マルチスケールの橋渡し
2010年代には、メゾスケールでの凝集テクスチャが、ナノの配位情報とマクロの弾塑性・クリープ特性を媒介する“要”であることが繰り返し示されました。ナノ粒子としてのCSHがどのように凝集し、どの密度帯に落ち着くのか。そこに外部水分場や養生条件、混和材由来のAl・Na・Mgといった溶液化学がどう効くのか。実験側が与えた「配位・鎖長・密度」の制約を、計算側が満たすようにモデルを構築し、得られたテクスチャをナノインデンテーションや超音波測定の実測値と突き合わせる——この往復運動で、コロイドモデル/ナノ顆粒力学/熱力学計算の分野が、互いに前提を擦り合わせる文化が生まれました。
分子動力学の文脈でも、反応性MDや第一原理の結果を、実験のPDFやEXAFSが示す実在の組成・欠陥量へ引き寄せる動きが進みました。たとえばCSHの平均Ca/Siが“なぜこの値に落ち着きやすいのか”という問いに、**速度論(析出速度が最大となる化学組成)**の観点から答えを与える研究は、その後の生成経路の議論を大きく押し広げています。
実務にどう活かすか(一般読者7割の視点で)
まず、**“密度”と“つながり方”**が強度や耐久に直結することを押さえてください。CSHはふわふわの綿が寄り集まって固まったようなものですが、一本一本の“綿”の中での原子のつながり方(配位)や、綿どうしの絡み具合(凝集テクスチャ)が変わると、水の出入りのしやすさ、炭酸化の進みやすさ、凍結融解への粘りまで変わります。促進材や混和材の効果は、単なる“早く固まる”“粉体が細かい”に尽きません。CaやSi、Alといった鍵元素の周りの景色を変えることで、のちの空隙と強度のバランスを押し上げたり下げたりしているのです。
また、RHの履歴や乾湿サイクルが、CSH内部の配位やシリケート鎖長に及ぼす影響は、見た目の密度が似ていても無視できません。水セメント比や養生条件を意識的にコントロールし、“できた直後”の微細な違いが、数年後のひび割れ抵抗や中性化速度にどう繋がるかを想像できると、配合設計はぐっと合理的になります。
研究のレシピ(研究者3割の視点で)
実験×計算の連成を回すなら、(1)局所配位の“錨”→(2)メゾテクスチャの“型”→(3)マクロ則の“拘束条件”を、ひとつのデータパイプに通します。具体的には、薄片化した水和試料でCa-L₂,₃/Si-KのEELS・XANESを取得し、配位数と対称性、鎖長指標を出す。同じ領域のSTEM像やSTXMで数十nmスケールの密度分布を得る。これらを初期化に使い、MD/粗視化モデルで凝集ダイナミクスを計算し、得た充填率分布をインデンテーションの弾性・硬さ分布と照合する——という順路です。乾燥・再吸水、アルカリや塩化物、微量Alの置換など、パラメータの動かし方は多いですが、配位→テクスチャ→力学という因果の順は崩さないのが効率的でした。
2010年代の到達点と次の一手
この10年で、CSHの“平均像”から一歩進み、どのスケールで何が支配的かが見えてきました。配位の変化はシリケート鎖長と密度を動かし、それがメソの充填率や空隙ネットワークを通じて、マクロの弾性・クリープ・透水性に反映します。次の一手は、そのつなぎ目をデータ駆動で定量化し、設計空間(低クリンカー化、CO₂固定型バインダー、海水・塩害環境)に外挿できる信頼域を明示すること。2010年代に育った実験×計算の往復と可視化の作法は、そのまま2020年代の機械学習やロバスト設計に継承できます。
参考論文
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