1. はじめに
コンクリートの「中性化(=炭酸化)」は、長らく耐久性劣化の代表要因として扱われてきました。アルカリ性が低下すると鉄筋表面の不動態皮膜が維持できず、腐食が進行しやすくなるためです。
一方で、地球温暖化対策が急務となる現在、炭酸化反応は「CO₂を比較的安定な形で固定化する反応」としても注目されています。セメント製造時に発生したCO₂の一部を、材料・製品側へ再固定化できれば、建設分野の脱炭素に資する可能性があるからです。
つまり炭酸化は、放置すれば耐久性リスクを高め、条件を管理すれば機能改善やCO₂固定に寄与し得る“扱い方が成果を分ける現象”です。本記事では、科学的メカニズムから測定・評価、実務的な制御と活用まで、公開記事として必要な精度と読みやすさを両立させて整理します。
2. 炭酸化(中性化)の反応メカニズムと進行
2.1 炭酸化反応の基本メカニズム
CO₂の溶解と電離の段階的過程
CO₂の溶解と電離炭酸化反応の最初の段階では、大気中のCO₂がコンクリート中の水分に溶解する物理的過程から始まります。溶解したCO₂は水分子と反応してH₂CO₃(炭酸)を形成し、これが段階的に電離してH⁺イオンとHCO₃⁻イオンを生成します。さらにHCO₃⁻イオンの一部はH⁺イオンとCO₃²⁻イオンに電離し、最終的にCO₃²⁻イオンがカルシウムイオンと反応して炭酸カルシウムを形成します。この一連の平衡反応(CO₂(g) ⇌ CO₂(aq) ⇌ H₂CO₃ ⇌ H⁺ + HCO₃⁻ ⇌ H⁺ + CO₃²⁻)により、pH環境の変化と炭酸化の進行が左右されます。
代表的な炭酸化反応(例)
水酸化カルシウムの炭酸化:
Ca(OH)2 + CO2 → CaCO3 + H2OCSHゲルの炭酸化(概念式):
CaO·SiO2·nH2O + CO2 → CaCO3 + SiO2·mH2O + (n-m)H2Oエトリンガイトの炭酸化(概念式):
Ca6Al2(SO4)3(OH)12·26H2O + 6CO2 → 6CaCO3 + Al2O3·3H2O + 3SO4^2- + 32H2O2.2 炭酸化の進行パターンと支配因子
時間依存性
炭酸化深さは、設計・診断の実務では「√t則」で近似されることが多いです。
d = k√t– d:炭酸化深さ(mm)
– k:炭酸化速度係数(mm/√年)
– t:経過時間(年)
環境条件(CO₂濃度・湿度・温度)
CO₂濃度は屋外大気でおおむね0.04%(約400〜430 ppm程度)で推移し、室内・地下・交通量の多い環境などでは換気条件により上振れします。促進試験では一般に1〜20%程度の範囲が用いられ、濃度が高いほど反応は加速しますが、過度な条件では反応が不均一になりやすく、結果の解釈や再現性に注意が必要です。
相対湿度は特に重要で、乾燥しすぎると反応に必要な水分が不足し、湿潤すぎると細孔内の水がCO₂拡散を阻害します。一般のコンクリートでは「中程度の湿度域で進行が大きくなりやすい」と整理されることが多い一方、材料組成や微細構造、評価対象(水和物単体か硬化体か)によってピークが移動することもあります。温度は概ね上昇すると反応が進みやすいものの、温度上昇が乾燥状態を変えてしまうため、温度単独で語らず湿度との組合せで管理するのが実務的です。
2.3 炭酸化生成物(CaCO₃多形の扱い方)
炭酸化で生成する炭酸カルシウム(CaCO₃)にはカルサイト、アラゴナイト、バテライトなどの多形があり、反応条件で生成相が変わることがあります。ただし、構造物の耐久性評価という観点では「どの相がどれだけできたか」以上に、「生成物が細孔を充填して拡散抵抗を上げたのか」「応力や微細ひび割れを誘発したのか」といった、微細構造の変化を合わせて見ることが重要です。相の同定自体はXRDやFT-IRなどの分析と相性が良い領域です。
3. 水和物別の炭酸化特性(CH / C-S-H / AFt・AFm)
3.1 水酸化カルシウム(CH)の炭酸化
水酸化カルシウム(ポルトランダイト)は、セメント水和物の中でも炭酸化の進行が比較的早く、反応が可視化されやすい相です。生成するCaCO₃(固相)は母相よりモル体積が大きく、細孔充填による緻密化(拡散抵抗の増加)に寄与する一方で、置換反応に伴う局所応力が微細ひび割れの要因になり得る点も押さえておくと、現象の解釈がぶれにくくなります。
反応速度式(概念モデル)
-d[CH]/dt = k[CO2][CH]3.2 C-S-H(CSHゲル)の炭酸化
CSHゲルの炭酸化は単純な一段階反応ではなく、Ca²⁺の溶出、CaCO₃の析出、Si-rich gel(シリカリッチなゲル)の残留という複数段階が重なりやすいプロセスです。そのため「どれだけ炭酸化したか」を一つの指標だけで断定すると誤判定が起こりやすく、分析(XRD、TG-DTA、FT-IR)と物性(細孔構造、強度、弾性)をセットで評価するのが現実的です。
また、Ca/Si比は反応性と構造変化に影響し得る重要因子ですが、実構造物では混和材や養生、緻密化の進み方も絡みます。したがって、Ca/Si比は「効きやすい方向性を示す指標」と捉え、現場条件を踏まえて評価するのが安全です。
C-S-H → CaCO3 + Si-rich gel + H2O3.3 AFt・AFm相(エトリンガイト等)の炭酸化
AFt・AFm相の炭酸化では、炭酸カルシウムの析出に加えて、アルミナ水和物の再配列や硫酸イオンの放出が絡み、局所のイオン環境が変化します。硬化体としての挙動は配合や空隙構造の影響も受けるため、単相の反応式だけで結論を出さず、化学分析と劣化症状(ひび割れ、剥離、鉄筋腐食)を行き来しながら整理すると診断精度が上がります。
4. 測定・評価技術(現場から研究まで)
4.1 炭酸化深さの測定
炭酸化深さの把握には、現場適用性と意思決定の速さを考えるとフェノールフタレイン法が今も主力です。pH 8.2~10.0付近で呈色する特性を利用し、未炭酸化部が赤紫、炭酸化部が無色に見えます。実務上は「境界をどこで読むか」が結果に影響するため、測定位置のルール化、撮影・記録、複数点の平均化を徹底するほどブレが減ります。
より定量性を重視する場合は、接触式pH計や埋込式センサー(長期モニタリング向け)を組み合わせる選択肢があります。測定目的(診断か研究か、補修設計か保証か)に合わせて、必要十分な手法を選ぶのがコスト面でも合理的です。
4.2 化学分析・物性評価
熱重量分析(TG-DTA)
TG-DTAは、CaCO₃分解に伴うCO₂放出(一般に600~800°C付近)や、水酸化カルシウムの脱水(一般に400~500°C付近)を手がかりに、炭酸化の進行度を定量評価できます。相の同定にはXRD、官能基の把握にはFT-IRが相性が良く、目的に応じて使い分けると評価の解像度が上がります。
物性側では、MIP等で細孔構造変化を見たり、反発硬度・表面引張・圧縮強度で材料性能の変化を追ったりします。炭酸化は「表面硬化が出るが、条件次第では脆化・微細ひび割れも起こり得る」ため、良否を単一指標で断定しないのがポイントです。
5. 炭酸化の制御と活用:守る炭酸化/使う炭酸化
5.1 環境制御(促進炭酸化を含む)
制御炭酸化では、CO₂濃度・湿度・温度を同時に扱うのが基本です。CO₂濃度は上げれば反応は速くなりますが、過度に上げると反応前線が乱れたり、表層だけが急速に変化して内部拡散が支配的になったりします。研究や品質管理では「条件を上げる」より「条件を揃える」ことのほうが、結果の信頼性に直結します。
湿度は反応の成立と拡散の両方に関わるため、単純に高ければ良いわけではありません。温度は反応を押し上げますが、乾燥状態の変化で逆効果になることもあるため、温度だけを操作して評価を早める設計は避けたほうが安全です。
5.2 材料設計と表面処理
炭酸化抵抗性は、配合(特に水結合材比)、空隙構造、養生で大きく変わります。一般論としては水結合材比を下げて緻密化させるほどCO₂拡散が抑えられますが、混合セメントや混和材を使う場合は、水酸化カルシウム量の変化や長期緻密化も絡むため、短期試験だけで結論を急がないほうが実務的です。
表面処理は、狙いが明確なほど成功します。被覆材(エポキシ、ウレタン、アクリル等)はCO₂侵入抑制に有効ですが、透湿性・耐候性・付着性のバランスが取れていないと、長期で剥離や膨れのリスクが上がります。浸透性材料(シラン系、ケイ酸塩系等)は施工品質が性能に直結するため、試験施工と評価を挟んで適用条件を固めるのが現実的です。
5.3 CO₂固定・性能向上としての利用
プレキャスト製品など、製造環境を管理できる領域では、促進炭酸化をCO₂固定や表面改質の手段として設計しやすくなります。廃コンクリートを粉砕して炭酸化処理し、再生骨材として循環させるアプローチも、資源循環の観点で検討価値があります。
ただし、炭酸化のメリットは条件と目的が一致したときに最大化します。CO₂固定を狙うのか、表面硬化を狙うのか、寸法安定性を狙うのかで、適切なプロセス設計と評価指標が変わります。ここを曖昧にしたまま「炭酸化は良い/悪い」と結論づけると、読者が現場に持ち帰れない情報になりやすい点は注意が必要です。
6. 実務でのリスク管理と規格・基準
劣化現象としての炭酸化(中性化)で最大の論点は、鉄筋腐食リスクの立ち上がりです。炭酸化深さがかぶり厚に近づくほどリスクは上がり、ひび割れ・剥離・断面欠損が維持管理コストを押し上げます。診断では、炭酸化深さだけでなく、ひび割れ幅、含水状態、塩化物イオン量、鉄筋位置や腐食兆候を合わせて「補修の優先順位」に落とし込むことが重要です。
評価・試験の標準としては、促進中性化試験(JIS A 1153)や中性化深さ測定(JIS A 1152)が実務で参照されます。JIS A 1153の促進条件は、温度20±2℃、相対湿度(60±5)%、二酸化炭素濃度(5±0.2)%が基本です。試験結果は便利な一方、自然暴露と完全に同一の進行を保証するものではないため、用途(比較評価か絶対寿命評価か)を明確にして使うのが望ましいです。
設計・施工側では、土木学会のコンクリート標準示方書やJASS 5の考え方に沿って、環境区分・かぶり・配合・施工品質・養生を一体で管理することが、結果的に最もコスト効率の良い中性化対策になります。補修では、表面保護や断面修復に加えて、必要に応じて再アルカリ化などの選択肢もありますが、どの工法も「原因(環境・水分・ひび割れ・材料)を潰す設計」なしでは効果が伸びません。
7. まとめ
セメント水和物の炭酸化(中性化)は、耐久性劣化の要因であると同時に、条件を管理すればCO₂固定や表面改質に活用できる可能性を持つ現象です。重要なのは、炭酸化を“善悪”で語るのではなく、目的(守る/使う)と条件(CO₂・湿度・温度・材料・施工品質)を揃え、測定・分析・物性をセットで評価することです。
公開記事としては、基準値や試験条件などの「引用される数値」を正確にし、読み手が自分の現場・研究・設計に転用できる形に落とし込むほど、検索評価だけでなく、指名検索や被リンクにもつながりやすくなります。炭酸化を正しく恐れ、必要に応じて上手に使う。その整理ができて初めて、このテーマは“読まれる専門記事”になります。

