はじめに:身近で不思議なコンクリート
結論:コンクリートが固まるのは「乾燥」ではなく、セメントと水が化学反応(水和反応)を起こして、強度の源となる結合相(主にC-S-H / CSH)ができるからです。
3行まとめ
・水が蒸発して固まるのではなく、水が“反応に使われて”新しい物質が生まれる。
・その中心がC-S-H(ケイ酸カルシウム水和物)で、コンクリートの「接着剤」の役割を担う。
・反応は時間とともに段階的に進み、初期強度と長期強度では主役の反応が少し違う。
この記事でわかること
- コンクリートが固まる仕組み(乾燥との違い)
- セメントを作る4つの主要鉱物(C3S/C2S/C3A/C4AF)
- 水和反応が「時間で段階的に」進む理由
- C-S-H(CSH)の構造と、強度が出るメカニズム
- 低炭素化とCSH研究の最新トピック
学校の校舎、道路、橋、ビル、家の基礎など、私たちの生活を支える建造物のほとんどにコンクリートが使われています。コンクリートは水で練ったセメントと砂利や砂を混ぜ合わせた材料ですが、最初はドロドロの液体なのに、時間が経つとカチカチに固まります。この変化はどのようにして起こるのでしょうか?
実は、コンクリートが固まる過程は単純な「乾燥」ではありません。水が蒸発して固まるのではなく、セメントと水が化学反応を起こして、まったく新しい物質「CSH(ケイ酸カルシウム水和物、C-S-Hとも表記)」が生成されることで固まるのです。このCSHこそが、コンクリートの強度を生み出す「接着剤」の役割を果たしているのです。
セメントの正体:4つの主要鉱物
セメントの主原料は石灰石(炭酸カルシウム)と粘土です。これらを約1450℃という高温で焼成すると、クリンカーと呼ばれる塊ができます。このクリンカーを細かく粉砕したものがセメントです。セメントの中には、主に4つの重要な鉱物が含まれています。
1. エーライト(C3S:3CaO・SiO2)
セメントの50~70%を占める最も重要な成分です。正式名称は「ケイ酸三カルシウム」といいます。水と反応する速度が速く、コンクリートの初期強度(打設後7日間程度の強度)の大部分を担当しています。分子レベルで見ると、カルシウムイオン(Ca²⁺)とケイ酸イオン(SiO₄⁴⁻)が規則正しく並んだ結晶構造をしています。
2. ビーライト(C2S:2CaO・SiO2)
セメントの15~30%を占める成分で、正式名称は「ケイ酸二カルシウム」です。C3Sに比べて水との反応速度が遅く、主に長期強度(28日以降の強度)に貢献します。環境に優しいセメントの開発では、CO2排出量が少ないC2Sの割合を増やす研究が進められています。
3. アルミネート相(C3A:3CaO・Al2O3)
セメントの5~10%を占め、「アルミン酸三カルシウム」と呼ばれます。水と非常に速く反応するため、セメントの急結(瞬間的に固まること)を引き起こす可能性があります。そのため、石膏(CaSO4・2H2O)を添加して反応速度をコントロールしています。
4. フェライト相(C4AF:4CaO・Al2O3・Fe2O3)
セメントの5~15%を占め、セメントの灰色の色の原因となっています。水和反応にはそれほど大きく寄与しませんが、セメントの焼成温度を下げる効果があります。
水和反応の始まり:分子レベルでの出来事
セメントに水を加えると、まず粒子表面で反応が始まります。分子動力学シミュレーションなどの計算研究でも、ナノ秒スケールの極めて短い時間領域で、水分子が表面と相互作用し、イオン溶出や初期生成物の“種”が形成されていく様子が議論されています(ただし、条件設定やモデル化の仮定により描像は変わり得ます)。
この初期段階では、次のような現象が起こります:
1. 水分子の吸着と解離
水分子(H2O)がセメント粒子表面のカルシウムイオンに引き寄せられます。このとき、水分子の一部は解離して、水酸化物イオン(OH⁻)と水素イオン(H⁺)に分かれます。カルシウムイオンの周りには、6個の水分子が八面体型に配位した構造が形成されます。
2. イオンの溶出
セメント粒子表面から、カルシウムイオン(Ca²⁺)やケイ酸種(シリケート種)が水中に溶け出し、溶液(間隙水)の組成が変化していきます。これにより、セメントペースト中の液相(間隙水)のpHはおおむね12~13の強アルカリ性になります。
なお、反応を式で表す場合は、溶解(イオンの溶出)と水和生成物(C-S-Hや水酸化カルシウムなど)の生成が同時並行で進むため、厳密な化学量論は条件で変化します。ここでは代表的な“全体像”として、C3S(エーライト)の水和を以下のように書いておきます:
2(3CaO・SiO2) + 6H2O → 3CaO・2SiO2・3H2O(C-S-Hの代表組成の一例) + 3Ca(OH)2
※上式は理解のための代表例です。実際のC-S-H(CSH)は非晶質〜低結晶性で組成に幅があり、生成物・水量・温度などにより比や生成量は変化します(本文後述のCa/Si比の幅も参照)。
3. 溶解の二段階プロセス
C3Sからのカルシウム溶出が、表面近傍とより深部で挙動が異なる(“二段階”のように見える)可能性が、実験・モデル双方から報告されています。この種の知見は、硬化速度(凝結・強度発現)の制御技術につながる可能性があります。
CSHの誕生:ナノスケールの建築材料
溶液中のイオン濃度が一定以上になると、過飽和状態となり、C-S-H(CSH)の核形成が始まります。CSHは「Calcium Silicate Hydrate」の頭文字をとったもので、日本語では「ケイ酸カルシウム水和物」と呼ばれます。
CSHの特徴的な構造
CSHは、厚さわずか2~5ナノメートル(髪の毛の太さの約1万分の1)の極薄のシート状構造をしています。これらのナノシートが幾重にも重なり、折り畳まれ、絡み合うことで、三次元的なネットワーク構造を形成します。電子顕微鏡で観察すると、まるで花びらが重なり合ったような、あるいはクシャクシャに丸めた紙を広げたような複雑な形態をしています。
CSHの化学組成は一定ではなく、Ca/Si比(カルシウムとケイ素の比率)は0.7から2.0程度まで変化します。一般的なセメントペースト中では、Ca/Si比は1.5~1.8程度に中心があると報告されることが多いです。
CSHの階層構造
CSHは、次のような階層構造を持っています:
- 原子レベル(0.1~1nm):ケイ酸四面体(SiO₄)が鎖状につながり、その間にカルシウムイオンと水分子が配置された層状構造
- ナノレベル(1~100nm):厚さ2~5nmのシート状粒子(CSHナノシート)が積層した構造
- メソレベル(100nm~1μm):CSHナノシートが絡み合い、細孔を含む三次元ネットワーク構造
- マイクロレベル(1μm以上):CSH、未反応セメント粒子、水酸化カルシウム結晶などが混在した複合構造
CSH形成の多段階プロセス
近年の研究では、CSHの形成が複数の段階を経て進行する描像が提案されています:
第1段階:プライマリー粒子の形成
溶液中のカルシウムイオンとケイ酸種が集まって、直径1~2nmの極小の粒子(プライマリー粒子)を形成すると考えられています。計算・モデル研究では、いくつかの“基本ユニット”候補が提案されており、例えばC4S4H2のようなユニットが議論されることもあります(ただし、これはあくまで候補の一つで、条件やモデルに依存します)。
第2段階:凝集と成長
プライマリー粒子同士が凝集して、より大きな粒子へと成長します。この過程で、粒子間に水分子が取り込まれ、ゲル状の構造が形成されます。
第3段階:ネットワーク形成
成長したCSH粒子が互いに連結し、三次元的なネットワーク構造を形成します。このネットワークがセメント粒子間の空隙を埋め、コンクリート全体に強度を与えます。
水和反応の時間変化:5つの段階
セメントの水和反応は、時間とともに次の5つの段階を経て進行します:
第1期:初期反応期(0~15分)
水とセメントが接触した直後、発熱反応が起こります。C3AやC3Sの表面で急速な溶解が始まり、エトリンガイト(3CaO・Al2O3・3CaSO4・32H2O)やCSHの初期生成物が形成されます。
第2期:誘導期(15分~2時間)
反応速度が急激に低下し、見かけ上反応が停止したように見える期間です。この間、溶液中のイオン濃度が徐々に上昇し、CSHの核形成の準備が進みます。セメントペーストはまだ流動性を保っており、コンクリートの施工が可能な期間です。
第3期:加速期(2~12時間)
CSHの核形成が始まり、急速に成長する期間です。発熱量が最大となり、セメントペーストは凝結(流動性を失う)から硬化(強度を発現)へと移行します。C3Sの水和が本格化し、大量のCSHと水酸化カルシウムが生成されます。
第4期:減速期(12時間~数日)
反応速度が徐々に低下する期間です。セメント粒子の周りに形成されたCSH層が厚くなり、水やイオンの拡散が制限されるため、反応速度が低下します。しかし、内部のセメント粒子の水和は継続しています。
第5期:安定期(数日~数年)
反応速度が非常に遅くなりますが、完全には停止しません。C2Sの水和が主体となり、長期強度の発現に寄与します。適切な水分条件下では、数年、数十年にわたって水和反応が継続することがあります。
CSHの驚くべき性質
CSHは、コンクリートに様々な優れた性質を与えています:
1. 高い比表面積
CSHの比表面積はおおむね100~700m²/g程度と非常に大きいと説明されることが多く、条件によっては数百~1000m²/g前後のオーダーが議論される場合もあります。
この巨大な表面積により、強い接着力を発現します。
※比表面積は測定法(吸着ガス、前処理、乾燥条件)や「内部表面/外部表面」の定義で大きく変わるため、ここでは“オーダー感”として捉えてください。
2. ナノ多孔性
CSH中には直径1~10nmの細孔(ゲル細孔)が無数に存在します。これらの細孔中の水は、通常の水とは異なる性質を示し、コンクリートの耐久性や収縮特性に大きな影響を与えます。
3. 自己修復能力
微細なひび割れが生じても、水分の供給があれば、未反応のセメント粒子が水和してCSHを生成し、ひび割れを修復することがあります。これは古代ローマのコンクリートが2000年以上も耐久している理由の一つと考えられています。
4. 力学的性質の異方性
CSHナノシートは、シート面内方向には強い共有結合で結ばれていますが、シート間は弱いファンデルワールス力で結合しています。このため、方向により強度が異なる異方性を示します。
環境問題とCSH研究の最前線
セメント・コンクリート産業は、推計の切り口(直接排出のみ/電力由来を含む、CO2/CO2e)によって数字は前後しますが、世界のCO2排出量の約7~8%程度を占めると広く報告されています。地球温暖化対策の観点から、低炭素セメントの開発が急務となっています。CSH研究の最新動向をいくつか紹介します:
1. CSHシード技術
あらかじめ合成したCSHナノ粒子(CSHシード)をセメントに添加することで、水和反応を促進し、早期強度を向上させる技術が開発されています。これにより、セメント使用量を削減しながら、必要な強度を確保できます。
2. 代替セメント材料
高炉スラグやフライアッシュなどの産業副産物を利用したセメント材料の開発が進んでいます。これらの材料も水和してCSHを生成しますが、Ca/Si比が低く、より緻密な構造を形成する特徴があります。
3. CO2固定化技術
CSHにCO2を反応させて炭酸カルシウムを生成し、CO2を固定化する技術が研究されています。これにより、コンクリートが大気中のCO2を吸収する「カーボンネガティブ」な材料となる可能性があります。
4. 分子設計によるCSH最適化
コンピュータシミュレーションを用いて、最適な力学特性を持つCSHの分子構造を設計する研究が進められています。Ca/Si比や水分量を制御することで、強度と靭性のバランスが取れたCSHの合成が可能になりつつあります。
CSH研究の最新技術
CSHの研究には、最先端の分析技術が駆使されています:
1. 透過型電子顕微鏡(TEM)
原子レベルでCSHの構造を観察できます。最新の環境制御型TEMでは、水和反応をリアルタイムで観察することも可能になっています。
2. 核磁気共鳴分光法(NMR)
²⁹Si-NMRや²⁷Al-NMRにより、CSH中のケイ素やアルミニウムの配位環境を分析できます。これにより、CSHの重合度や構造の詳細が明らかになっています。
3. X線回折・散乱法
通常のX線回折では非晶質のCSHの構造解析は困難ですが、放射光を用いた小角X線散乱(SAXS)や全散乱測定により、CSHのナノ構造情報が得られます。
4. 分子動力学シミュレーション
数万~数百万個の原子の動きをコンピュータで計算し、CSHの形成過程や力学特性を予測します。機械学習を組み合わせることで、より大規模で精密なシミュレーションが可能になっています。
5. ナノインデンテーション
ナノメートルスケールの圧子を用いて、CSHの局所的な弾性率や硬度を測定します。これにより、CSHの力学特性の不均一性が明らかになっています。
未来のコンクリート:CSH研究がもたらす可能性
CSH研究の進展は、次世代のコンクリート材料の開発につながっています:
1. 超高強度コンクリート
CSHの構造を最適化することで、圧縮強度200MPa以上(通常のコンクリートの5倍以上)の超高強度コンクリートが実現されています。これにより、より細い柱で高層ビルを支えることが可能になります。
2. 自己修復コンクリート
CSHの形成を促進する細菌や、マイクロカプセル化したセメント粒子を混入することで、ひび割れを自動的に修復するコンクリートが開発されています。
3. 機能性コンクリート
CSHの細孔構造を制御することで、断熱性、吸音性、電磁波遮蔽性などの機能を持つコンクリートの開発が進んでいます。
4. バイオミメティックセメント
貝殻や骨などの生体材料の形成メカニズムを模倣して、常温・常圧で硬化する新しいセメント材料の研究が行われています。
おわりに:ミクロからマクロへ
コンクリートが固まるメカニズムは、原子・分子レベルでの化学反応から始まり、ナノスケールのCSH形成を経て、最終的にマクロな強度発現へとつながる、スケールを超えた現象です。一見単純に見える「セメントと水を混ぜる」という行為の背後には、驚くほど複雑で精緻な化学反応が隠されているのです。
CSHは、人類が作り出した最も重要な材料の一つでありながら、その詳細な構造や形成メカニズムには、まだ多くの謎が残されています。しかし、最新の分析技術とコンピュータシミュレーションにより、その謎は少しずつ解明されつつあります。
中高生の皆さんの中から、将来このような材料科学の研究に携わる人が現れることを期待しています。身近なコンクリートの中に、これほど奥深い科学の世界が広がっていることを知って、少しでも化学や材料科学に興味を持っていただければ幸いです。
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