ペーストを練ると、はじめは膨らんで見えるのに、数日、数週間と経つうちに少しだけ縮む。コンクリートの歴史は、このささやかな体積変化をどう捉えるかの試行錯誤でもありました。19世紀末の職人や技術者は、型枠から外れた直後の角の“面落ち”や、漆喰の微細なひび割れ、石造補修モルタルのわずかな痩せに、水が抜けただけでは説明できない縮みを直感していました。本稿は、その“前史”を足場にしながら、今日私たちが使う言葉――化学収縮、自己収縮、乾燥収縮――に橋をかけます。一般向け7、研究者向け3のバランスで、何が縮むのか/いつ縮むのか/なぜ縮むのかを、できるだけ直感的に描き直してみましょう。
1. 「縮む」とは何か——三つの視点でとらえる
最初に地図を描きます。
化学収縮は、セメントが水と反応して新しい固体(主にCSH)を作るとき、反応前の水+セメント粉の体積合計より生成物の絶対体積が小さいために起こる体積減少です。容器に封じていても進む、反応由来の縮み。
自己収縮は、特に低水結合材比(低 w/c)で、生成物が水を取り込み、毛細管の水が足りなくなって内部が乾いたも同然(自己乾燥)になることで起こる体積減少です。
乾燥収縮は、周囲の湿度が下がるなどしてペーストから水が抜け、細孔の水の状態が変わることで起こる体積減少です。
この三つは現象としては連続して見えますが、原因と時間帯と支配するスケールが違います。前史の観察はこの三つを言葉では分けられなかったものの、実務の感覚としては確かに捕まえていました。
2. 化学収縮——「反応すると体積が減る」というシンプルな真実
セメントが水と出会うと、溶け出したカルシウムやケイ酸の種が再び集まり、より詰まった固体(CSH ほか)になります。そのため、同じ質量でも体積はわずかに小さくなる。これが化学収縮の要点です。
前史の時代、この事実は“乾かしていないのに痩せる”現象として経験されました。今日の言葉で言えば、反応が進むほど、容器内の自由水の“居場所”が減る。だから、封緘条件でもダイラトメーターの針はゆっくりと負の方向へ動きます。のちに「化学収縮」という名が与えられ、反応度や水結合材比に比例して増えることが定量化されました。計算上の収縮量と実測値の整合がとれるようになると、配合設計でも**“どこまで詰められるか”**を数で話せるようになります。
3. 自己収縮——“水が足りない”内部で起きる静かな縮み
低 w/c のペーストでは、反応が進むにつれて毛細管の水が追いつかなくなる瞬間がやってきます。外から水を足せない(封緘)条件では、内部の相対湿度が下がり、毛細管やゲルの水がより強く固体に引きつけられる。その結果、外に水を失っていなくても、固体骨格がわずかに近づくような縮みが進む。この“静かな縮み”が自己収縮です。
前史では、これを“養生の善し悪し”として語りました。十分に水を与えると痩せにくい、与えないと痩せやすい。今日の理解はこれを内部湿度の管理として精密化し、若材齢のひび割れと強く結びつけています。
4. 乾燥収縮——水が移動すると、なぜ骨格が寄るのか
乾燥収縮は直感的ですが、なぜ“外へ水が出る”と“中の固体が寄る”のかは意外に難題です。説明にはいくつかの顔があり、湿度域によって効き方が変わります。
相対湿度が高い領域では、層間水・薄い水膜がつくる表面力(ディスジョイニング圧)が主役になり、粒子と粒子の距離がわずかに詰まります。湿度が下がると、毛細管の曲率が増して毛細管張力が立ち、細孔壁を内側へ引くように働きます。さらに乾くと、ゲル内部の水の配置そのものが変わり、表面自由エネルギーの観点で“より安定な並び”へと収束していく。
前史の観察は、これらをひっくるめて「乾くと縮む」と呼びました。今日の研究は、湿度の履歴(ヒステリシス)や不可逆な部分まで識別し、温度・時間・細孔階層の三つ巴として扱います。80〜40%RH のあいだで不可逆成分が育ちやすいといった知見は、養生の限界を決める実務的な指針にもなっています。
5. 一般読者のための直観——“濡れたスポンジ”ではない
スポンジは水が抜けると縮みます。セメントも似ている、と言いたくなりますが、決定的に違うのはスポンジの穴は固定だが、セメントの孔は反応で生まれ、乾湿でも変わることです。つまり、スポンジ(骨格)も水(中身)も、同時に変わっている。この二重の変化が、セメントの乾燥収縮を直感以上に複雑にしています。
もう一つのたとえは石けん膜です。乾くと膜の曲がりが増し、端が引き合って縮む。毛細管の曲率が増すと内側への引き力が強まるのと似ています。けれどもセメントでは、膜(=水)だけでなく**骨格側(=CSHの粒子間距離)**も可逆・不可逆に動く。ここが“スポンジ”とも“石けん膜”とも違う、セメント固有の世界です。
6. 研究の入口に立つ人へ——測るときの作法と落とし穴
縮みは測り方が結果を支配する現象です。試料厚が厚いと内部湿度勾配がきつくなり、外側だけが乾いて反る。薄すぎると拘束が弱くて実構造と乖離する。乾燥方法も重要で、溶媒置換や強制乾燥はゲルの並びを崩すアーティファクトを生みます。
“何を縮みと呼ぶか”の定義も大切です。封緘下で反応だけを進めて測れば化学収縮+自己収縮、湿度を段階的に下げれば乾燥収縮の履歴、温度を振れば熱−湿連成が顔を出す。望ましいのは、同一バッチの試料で条件を一つずつ変え、収縮−質量変化−吸脱着等温線を同時に取得すること。そうすると、**“どの水が、どの孔から、どの順序で”**出入りしているかの像が、少しずつ一枚の地図へ収束していきます。
7. CSHと縮み——ナノの密度変化がマクロの一歩を決める
収縮の主戦場はやはりCSHです。CSHは粒子の集まりで、乾湿や時間で密度(パッキング)が変わる。反応初期の疎なCSHは、時間とともに密になる(densification)傾向があり、これが自己収縮や乾燥収縮の不可逆成分に寄与します。逆に、脱灰(decalcification)が起きると、C/S 比が下がって骨格が別の安定配置へと組み替わり、戻らない縮みを残すことがあります。
このように、**化学(組成)と物理(並び)**が結びついて体積を決める――前史の直観を、現代のナノ観察と熱力学が裏づける形です。
8. 実務への翻訳——“縮みを小さくする”は、どこを触るか
現場でできることは意外と素朴です。若材齢の水分状態を守る(湿潤養生、内部養生)、乾燥開始を遅らせる(被膜養生、遮水)、拘束を理解して目地や配筋で“逃げ道”をつくる。配合では、過度な低 w/c を避ける、微粒子で核形成サイトを整える、収縮低減剤で表面力の効き方を和らげるなど。
これらはすべて、上で見た三つの縮みのどれか――反応、自己乾燥、乾燥――に効いています。つまり、縮み対策は**“どの縮みを狙って減らすか”**を決めるところから始まるのです。
9. まとめ——前史の目と、いまの言葉
19世紀末の人びとは、型わくの角の痩せや仕上げ面の微ひびの連続観察から、「乾いただけではない縮み」を嗅ぎ分けていました。今日の私たちはそれを化学収縮・自己収縮・乾燥収縮と呼び分け、CSHの密度変化と水の状態に結びつけて語れます。言葉は増えましたが、出発点は同じです。水と骨格が一緒に変わる――この単純にして奥深い真実が、いまも研究と実務をつないでいます。
次回予告(#6):研究のはじまり方――当時の実験ノートから学ぶ思考法。測る、記す、比べる。その“段取り”がセメント研究の地図をどう広げたのかを辿ります。
参考文献
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